03:コボルドの巣と、夕暮れの王都
木から飛び降りた分の力は浪費してしまったが、その後の調整もあり、中々の速度で走ってこれた。
そして今、俺は煙の発生源まで来たところではあるが……来て良かったとは思うけど、気付かなければよかった気も、少し。
煙の発生源は焚き火。その周囲には、コボルドが集まっていた。
雑な造りの小屋も周囲にいくつかあって、延焼に気を遣う程度の脳はあるようだ。
悪意の塊のような奴らだが、コボルドは随分と知能が高いんだなと少しばかり感心する。
…………。
「はぁ……」
溜息を吐きながらコボルド達の前に歩いていくと、向こうも俺に気付いて向かってきた。
初めに跳び掛かってきたコボルドは叩き落とし、首の骨を踏み砕く。
それからも次々と掛かってくるが、俺は【固定】で全身を守っているので、近い奴から順に攻撃していくだけだ。
コボルドの力は人と同程度しかなかった。本気で殺しにくる分普通ならそんな力でも脅威ではあるんだが、今の俺には刃も衝撃もまともには通らないので、オーガ並の力がない限りは問題もない。
これと比べれば先程の、木から飛び降りた際の衝撃の方が、明らかに大きくて危険だったぐらいだ。
そんなことを考えていると、油断というわけでもないが、何かが後ろから俺の頭にカツンと当たった。振り返ってみると、木の上に弓を放った姿勢のまま固まっているコボルドが居る。
犬は鎖骨がないから木登りは苦手、なんて話を聞いた覚えがあるんだが……二足歩行する犬、という評価を改めるべきだろうか?
使い慣れてきた風属性の魔法の輪を飛ばしてコボルドの首をぶった斬り、落ちた場所を把握しながら、次のコボルドもそのまま斬っていく。
更に向かってきたコボルドを斬り捨て、足で首と肩の間辺りに触れてみる。どうやら、鎖骨はあるようだった。
そんな確認作業もしながらだったが、戦闘とも言えない、蹂躙するだけの作業を進めていった。
「やっぱり見間違いじゃ、なかったか」
コボルドを倒し終えてから、焚き火の中で燃えている物を見てみたのは、失敗だった。
中身は、骨格は人のもの、肌や毛の色は不明。つい最近焼かれたような物から、炭化した何かの付いた骨など、様々だ。
そう遠くない場所に血溜まりだったらしい痕跡もある。魔物の血なら風化しているはずなので、恐らくは人の物なんだろう。
以前、ちょっとした時間に駆から【蘇生魔法】はどの程度の効果があるか、という話を詳しくを聞いたことがある。
綺麗な死体であれば魂を呼び戻すことすら可能らしいのは、俺自身の身体で証明されている。
そして回復魔法系統の上位スキルであるため、蘇生しない範囲でも、部位欠損だろうとある程度は回復できる。
分断された部位の再接続ぐらいなら必要な魔力も少ないが、壊死していれば治すのに必要な魔力が増えるし、雑菌を排除する必要があれば魔力消費は更に増える。
部位の再生に必要な魔力はおおよそ体積に比例する。人の三倍はあるらしい駆の魔力でも、一度に再生できるのは指一本ぐらいなんだそうだ。尤も、一度に再生できないだけで、何度も掛け直すことで再生はできるそうだが。
また、再生させる部位に制限はないがリハビリは必要になるらしので、脳の一部が欠損──つまりは、記憶や経験が物理的に欠損した場合、一から積み上げるしかないと思われる。……蘇生できるだけマシか?
要するに、あちらこちらが雑菌に塗れていたり、脳のような重要器官が欠損しているような死体だと絶望的という話だ。俺の場合も、もう少し遅れていれば蘇生できていなかった可能性がある。
俺の【固定】と組み合わせればなんとかなるかもしれないが、誰とも知れない一人を蘇生させるために、何十日分もの魔力を全て注ぎ込むのは──流石にありえない。魔物を狩って損耗を減らす方が、力の使い道としては正しいと言えるはずだ。
少し落ち込んだ気分のまま、探索を進めていく。
周囲にある小屋を探索してみると、物置らしい建物に置いてあるのは血と錆に塗れた刃物や枷だった。
住居にしているらしい小屋には、中には人間のものらしい骨が飾るように置かれていた。
コボルドが集まって何かを食べていたらしい小屋もあった。見たところ人間だけではなく、森に棲む動物も狩っていたようだ。果物の類もある。
全てが留守というわけではなく、隠れて奇襲を狙う個体も居た。人間が現れたからといって、ただ短絡的に襲い掛かりはしないらしい、というのは中々に興味深かった。
だからこそ。知恵を持ち、人間に敵意を持っている魔物であるからこそ、逃がさないように狩る必要があるわけだが。
あとは、群れのリーダーらしいとんでもなく強い個体が、なんてことは特に無かった。
そもそもゲームのように、ほぼ同じ体格でありながら何倍、何十倍といった差が付くことなどそうはない。他のコボルドに指示を出す個体なら焚き火を囲む集団に居たが、急所を斬るだけで終わった。
そのまま全部で五戸あった小屋を見て回ったものの、生存者は無し。蘇生できそうな死体も無し。
ここで可愛い女の子の生存者を介抱してどうたら、みたいな出会いの可能性に少しだけ期待してみたけれど、そんな血生臭い出会いはありませんでした。……って、冗談めかして考えてみても、空しいだけだな。
「はぁ……」
鍛冶を行えるような設備も無かったので、コボルドの持っていた鉄製の武器は、狩人か、森に入った人の物だったんだろう。
建物を探す過程でコボルドの死体が増えたので、風化して素材が取れるようになるまでの時間がまた増えた。
床板の下に隠し部屋のようなものが隠れていないかを見て回り、『隠し部屋はどの小屋にも無かった』という成果を得た頃には、コボルドの死体も崩れきっていた。
素材を拾い集めて背嚢に仕舞ったところで、頭上の雨雲がゴロゴロと唸り始めた。木の上から見た雨雲はこちらに来ていたらしい。
雨に降られるのは構わないが、そろそろ夕方も近いので、さっさと街に帰りたい。
【固定】を使って保存してあった地図を確認しながら、森の外へ足を向けた。
森の出口が近付いたあたりで雷が大きく鳴り響き、雨もざーざーと降り始めたので、減速せざるを得なくなった。
接地面積を増やせばもう少し加速もできるし、そのための補助具も作ったことはある。具体的にはエルヴァンだった頃の話になるが、『長い足』と名付けた趾行補助具だ。踵から足先に向かって長く伸ばした棒の先を、疑似的な『趾』として『歩行』、あるいは『走行』する【固定】製の道具である。
今でもこれを作るための労力は大したものではないが、結局作らなかった。歩幅が狂っているのは今更だが、平原では浮いたまま走っているように見えて、目立ちそうだからな。
現状でも服の外は【固定】で固めた空気が覆っているので、服が濡れる心配はないが……表面の調整が甘く、やや粗いせいで水滴が多少残っている。
視界が制限されて不快だったので水を払いつつ、頭には鍔付きの頭巾、ついでに他の部位にも薄く追加装甲を作る。『怪物の脚』には機構全体を覆う装甲を予めつけていたので、後で雨水ごと【固定】の表面を剥がせばいい。
一通りの雨対策を終えてからは走ったので、日没よりは早く王都に帰り着けた。
特に迷うことも無く狩人組合の換金所に向かうと、建物の外からでも利用者の多さが伺えた。
換金所に入ってからは、流石に利用しないことを選ぶ程ではないがうんざりしながら並ぶ。見たところ、窓口毎に処理するとして、俺の番まであと一〇分ぐらいか。
「やっぱりこの時間は混むなぁ。つっても早く切り上げたらそれはそれで稼げねえし……」
「今はまだマシな方だ。酷え時はもっと酷えからな」
「ああ、大規模作戦の換金と被った時とかな。あん時は参ったぜ」
聞こえてくる話を面白く感じられるだけマシかと思いながら、利用者の多い時間帯のスーパーに比べればまだ楽だと納得して、自分の番を待った。
「なあ、そこのあんた、見ない顔だが新入りかい?」
「ん? ああ、今日入ったばっかだよ」
横から声を掛けられたので、素直に答えた。声を掛けてきた相手は、高校生ぐらいに見える。当たってたら駆と同年代だ。
「やっぱそうか、黒髪は珍しいからな。……そこまで若くはないよな? 大丈夫か?」
「そこそこかな。獲物さえちゃんと現れてくれれば路頭に迷わないぐらいには大丈夫だ」
「そりゃあ大体の奴はそうだがよ、装備揃えたり色々してたらすぐ無くなっちまうんだよな」
「はは、剣だけでも結構高いから気を付けるよ。ほら、前空いたぞ」
「おう悪い……お前さん、自分で狩ってるのかい? 荷運びとかじゃなくて、その恰好で?」
「そりゃそうだが、なんでだ?」
「いや、弓を使うならまだしも、そういう物は持ってないみたいだからなぁ」
「まぁ、必要性を感じたら買ってくよ」
「必要になった時に持ってなかったらどうするんだか」
「そこらの物を適当に投げて、なんとかするんじゃないかな?」
肩を竦められた。
会話を適当に流していると、ようやく俺の番が来た。
「えと、初めての方ですか?」
「はい、そうですね。今日登録しましたユーリです」
組合証を出しながら挨拶をする。
「! はい、では素材の換金で御座いますか?」
「そうですね。他もあるんですか?」
「素材はこちらのトレーにお出しください。討伐作戦、って聞いたことはありませんか? あの場合、参加したかどうかの情報はこちらで把握しておいて、参加した事による金銭の受け渡しはここで、という流れになります」
「なるほど」
背嚢から素材を出して並べながら、職員の言葉に相槌を打つ。
コトコトコトと、魔石を、一三個。目玉の価値は良くわからないが、残っていたので一応並べてみた。
「以上でしょうか」
「はい」
「畏まりました。査定いたしますので、このまま少々お待ちください」
「わかりました」
職員がトレーの上で手早く素材を見ていく。こちらからでは見えないが、何かを操作しているようだ。
「…………終わりました。全て買取でよろしいのでしょうか?」
「はい、問題ありません」
「では、金貨二枚と銀貨三枚になります。このままお渡ししましょうか?」
「そのうち金貨一枚を大銀貨に分けたりできますか?」
「畏まりました。……ではこちらになります。ご利用ありがとうございました」
「こちらこそ。それでは」
換金もスムーズに終わったので換金所から出て、今度は狩人組合の受付に向かう。
深夜は流石に閉じているものの、掲示板の情報の更新はこの時間まで行われているそうで、明日の予定を決めるために利用する人は多いんだとか。
「あ、ユーリ様、今日はどうでした?」
「ぼちぼちですねー。狩るより探す方が大変でした」
「戦闘が大変な高ランクの魔物になると、流石に王都近郊には居ませんからね」
「そりゃまぁ……現れたら軍が対処するんですね、なるほど」
「そういうことです。そうでなければ、税金を支払う意味が薄れてしまいますしね」
「確かに」
そうやって受付職員と笑いあってから、掲示板の内容に集中する。
……近場の情報は微妙、かな。
「今日よりもう少し大物を狙うなら、どの辺りで狩るのが良いですかね……?」
「うーん……南の森ですかね? オーガの目撃情報が多数入ってきているので、調査隊を編成中ではあるのですが……加わってみますか?」
「俺は流石に経験が浅すぎますから、もう少し経験を積んでからじゃないと……殲滅しちゃって良いなら?」
「構わないといえば構わないのですが、無理はだめですよ? 他の方に迷惑がかかります」
「まぁ、そうですね」
「それで、どうされます?」
さて、どうするか。…………よし。
「明日、決めます」
「……そうですか」
受付職員からは少し残念そうに苦笑された。
狩人組合から出ると雨は上がっていて、そのせいか、良い香りがあちらこちらから漂ってきていた。
俺の食欲も刺激されたので、適当に歩いて腹が鳴った時に目についた飲食店に入店し、お勧めらしい料理と酒を頼んでみた。代金は合わせて銀貨二枚ほどだった。
「……ふむ」
出てきたのは良く煮込まれたソース付の肉野菜炒め、といった雰囲気の料理。香辛料自体はあまり使っていないようだが、肉の旨味は良く感じる。
俺が白井悠理として日本で育っていた頃の、なんというか、社会人になった後の衝撃を思い出した。
調味料の味しかしない料理を食い慣れていたせいで、素材の味だけでこんな風になるのかと驚いたのだ。
料理=味付けをしたもの。味付け=加えた調味料がわかるもの──という図式を浮かべていたとしか思えないアレ。調味料を付けていなかったら『味が無い』と言い放つあの母の料理は、反面教師にしかしたくない。
……たまになら、調味料塗れのあの味も良いんだけどな。
「口に合いませんでしたか?」
「いえ、美味しかったですよ。少しばかり、昔食べたあんまり美味くなかった料理を思い出しただけです」
「そうですか、ごゆっくり」
「ありがとう」
妙なことは思い出したが、この料理自体は普通に美味なので、しっかり味わうべく手を進める。
料理を食べ終え、酒をちびちび飲んでいると、店の外が何やら騒がしくなってきた。
「おや、なんでしょうね?」
「この時間ですから、酔った者同士のいざこざでしょうか」
「そんなもんですか」
店主の言葉に納得していると、酒を丁度飲み終えてしまった。
「御馳走様でした」
「よろしければ、またお越しください」
「はいよ」
支払いは済ませてあったので、そのまま店の外に出る。……まぁ、野次馬というのはなんだかんだで面白いものだからな。
趾行とは『趾(足の指とその付け根)』で『歩行』、あるいは『走行』すること。
てこの原理で踵付近への負担は大きくなるため、その辺りの発達か、保護が必要になる。
『趾行』を簡単に『爪先立ちで歩く』と言うと『指の先だけで』なのか『指の付け根を地に着けて』なのかが非常に、本当に紛らわしいので、できれば『かかとを上げたまま歩く』などの表現にしたいところ。
更に余談になるが、指の先だけの場合は蹄行という、蹄(ひづめ)を使うものが近い。
踵を着ける歩き方や走り方は蹠行(せきこう、しょこう)。
……本当にどうでもよい話ですが、転生する前の悠理だった頃にもとある理由により、趾行で歩く癖をつけていたため、下半身の筋肉の発達度合いの割にスタミナが無かったという裏設定が。
でなきゃ名前なんて知りません。




