11:夕食と治療
換金を終えた後は、バクスターとイーリアが案内する飲食店で夕食という流れになった。元々外で食べてくるという話は付いていたらしく、城の食材が無駄になったりはしていない。
「結構繁盛してますね、この店」
「出てくる物は美味いからな。少々値段は高いが、払う価値は十分にある」
「それは、楽しみです。今日は結構動き回ったし、腹いっぱい美味しい物を食べたい気分なんで」
「僕もですね。【蘇生魔法】で思ったより魔力を使って疲れました……」
「疲れるぐらいであの大怪我を治せたってのは、凄いことだよ?」
そんな会話をしながら料理が出てくるのを待つ。
看板娘らしい人が「お待たせしましたー」と言いつつ持ってきた料理は、中々に美味かった。
香辛料の効いた肉料理と、よく煮込まれた野菜のスープ。塩加減の丁度良い、やや硬めのパン。……フランスパン?
パンとソーセージは持ち帰り用の販売もしているとのことだったので、ついつい、いくつか買ってしまった。加熱済みなのでそのまま食べられるが、温め直すとより美味しいとかなんとか。
俺の所持金は金貨三枚ほどだが、一人前の価格は銀貨二枚ほど。一〇〇食以上は買える計算になるので、問題はない。
飲み物は麦酒か水かを選べたが、今回は水を頼んでおいた。部屋に帰ったら確保した【蘇生魔法】の魔力から色々研究をするつもりだったからだ。
少々飲んだぐらいで酔いはしないが、酔いは少ない方が良いだろう。
のんびりと、今日の狩りがどうだっただのと話しながら食べている途中、気になっていた点を聞いてみることにした。
「そういえばって話なんですけど、獣人も魔族みたいに精霊の影響で変わった種族なんですか?」
「ああ、それ獣人に向かって言うんじゃないぞ? 精霊によって変質した人間が元になってるって点だけなら同じような種族なんだが、獣人側の精霊の性質は善良だ」
「はい、気を付けます。この街にも結構住んでるんですかね?」
「うん……? 昨日の訓練にも市場を回る時にもいたが、見てなかったのか?」
「あー……どっちでも目の前に集中しすぎてましたかね。覚えてないです」
「…………そうか」
戦った相手や話した相手は普通の人間だったはずだが、それ以外の相手は……少し独特な髪型だと思ったぐらいでスルーしていたのかな?
見識的な意味で視野狭窄気味なのは自覚があるだけに、否定できない。
ちなみに、普通の人間は人族、獣人は獣人族とも言うんだとか。
途中、少しばかり催したので謝りつつ便所へ。店員に聞いた扉を通ると、外に出てしまった。確かにすぐ脇にそれらしい小屋はあるが、建物から別になっているとは思わなかった。
現在時刻は夕暮れ時。街灯は既に街を照らしており、夕日と混じってなんともいえない感覚である。裏路地の街灯は表と比べて少ないが、それでも真っ暗になる程少なくはない。
ちなみにこの便所は男女共用で、手洗い用の蛇口付き個室が複数並んでいるような形式だった。現在の利用者はいないらしい。
…………?
便所で用を足していると、奥の路地から何かの物音が聞こえてきた。
用を足している途中で見に行くわけにもいかないな、と思っていたら、更にガシャリという音が聞こえてくる。
流石に気になったので、手早く後始末を終えてから向かってみると、そこには──
「…………ぁ……」
エメラルドグリーンを少し濃くしたような毛色の、猫っぽい獣人族の女の子が仰向けに倒れていた。俺に気付いたのか、体毛よりやや薄い緑色の瞳を向けてくる。……今抱く感想としてはあれなんだが、確かに聞いた通り、王都にも獣人族ってのは居るもんなんだなぁ。
女の子だと認識した理由は、胸元の膨らみと、地面に広がる髪である。背は一五〇センチぐらい。猫っぽい尻尾と耳が付いている。あとは、手足には体毛がかなり生えているが、骨格は人族と変わらないように見える。
他には、瓦だかタイルだか知らないが、まぁ、その破片も散らばっている。この子の上に被さっている破片もあるので、後の音がこれか。
上に目を向けると、瓦がずれている屋根が見える。屋根の下には縦に三つ並ぶ窓──屋根の上から落ちたとすると、四階相当か。
頭は打っていないようだが、少なくとも左脚と右腕は見ただけでわかる程度に折れている。そこに屋根から瓦が落ちて追撃を入れた、と。
なんというか、運悪いな、この子。……それだけの目に遭っても生きているあたり、逆に運は良いのか? 毛色は違っているが、なんとなく日本で最後に見た猫を思い出すな。
そして、意識はあるらしいのと、怯えつつも助けを求めているように見える。……さて、どうするか。
「…………すけ……て」
悩んでいたら、ついに声に出された。ここで更に放置するのは流石にどうかとは思ったが、一応、確認しておく。
「君は、泥棒か何かだったりするか?」
「……ち……ぁ……」
「……じゃあいいか。まだ瓦が落ちてくるかも知れないから、場所動かすぞ?」
「……おね……が……」
声は途切れ途切れだし、【伝達】で伝わる意思も弱いが、助けてほしいという意思と泥棒等ではないという自己申告は確認したので、治療を施すことにした。
また落ちてきた瓦を弾き、女の子をできるだけ動かさないように、便所小屋の後ろまでゆっくり移動する。清潔に保たれているようで、便所の近くとはいえ臭くはない。なんで屋内じゃないのか謎なほどだ。……音か?
そんな考察より治療を優先するべきかと思い直し、怪我の具合を診察を始める。
使うのは、【固定】。変化がわからない程度に薄く【固定】を人体に掛けると、影響を与えずに内部の構造を正確に把握できる便利な力である。
エルヴァンだった頃は周囲にいる全員が【固定】及び【反固定】を使えたため、相当気を抜いてくれなければできなかったことだが、この世界の人間にはその手の抵抗力が皆無なため、問題はない。
あまり使っていると【固定】や【反固定】を習得されてしまうかもしれないので、治療後は力をしっかりと回収する必要はあるが、今はいいか。
「とりあえず、頭から順に診ていくか。暴れるなよー……とりあえず頭は、大丈夫っと。首は……損傷なし。ヒビもないな。鎖骨は──」
「……ゃ……」
「動いちゃだめだって、痛いだろ? 鎖骨は良し。肋骨は単純な骨折が三本で、肺をちょっと引っ掻いている……と。正しい位置に戻すぞ。少し我慢しててくれ、すぐ治すから」
「ぅ……~~ッ」
抵抗がないとはいえ、空気と比べれば【固定】の力がやや通り難いので、一か所ずつ慎重に調べていく。
骨の移動は最初【魔力操作】で動かしてみようとしたものの、この子の魔力に干渉でもしているのか魔力の消費量が多く、精密性に欠けるので断念。
骨や太い血管は避けるが、肉体の組成を無視して、対象の身体組織自体を【固定】で棒状に固める。そして俺の手先とも【固定】の力で接続して、俺が手を動かす力を患部に直接伝えて骨を移動させる。
血管や神経を引きちぎりかねないので何度も掛けなおしながらになるが、骨は折れたばかりで肉も締まっておらず、手間はそれほど多くない。内出血も血管に押し戻しながら、血管の傷は【固定】で支えておく。
患部付近に繋がる神経もわかる範囲で固めながら作業を進めているので、余り痛みは感じていないはずだ。……少なからず怖いだろう分は、我慢してもらおう。
慎重に、できるだけ早く動かして、周囲の組織を正常な位置に整えていく。
「……さて、ぶっつけ本番だけど、効くかな?」
「!?」
駆から【蘇生魔法】を掛けてもらった際に確保した【蘇生魔法】の魔力を読み取るように集中し、自分の魔力でも再現できるように制御する。
本当は駆を呼べば早いのだろうが、魔力は随分使っていたようだし、骨を動かすような場合は消費量も増えるとのことだった。
俺で無理なようならこのまま全身の骨接ぎを済ませて、【蘇生魔法】で治すのに必要な魔力をできるだけ下げた上で頼もうと思う。
とりあえず今は集中して、細胞をちょっと繋ぐだけで済むように整えた箇所をしっかり認識しながら、俺なりに回復魔法を発動してみる。
結果は、成功。
無事に細胞を繋ぐことができたので、少し溢れた魔力を回収し、回復魔法用の魔力の純度を高めながら周囲の細胞も治し終えた。
「良し、意外と魔力を使ったが効いたな。これで肋骨と肺はOK。心臓は問題なかったし、続けるぞ?」
「ぁぅ……」
「肝臓ほか内臓……こっちもところどころ内出血が起きてるか。……血を押し戻して、繋いで、回復回復……っと。背骨の歪みは……これは古い奴みたいだし、後でいいか」
「ぅ……? ッ!」
「胴体はこれでよし、って、それでも手足の骨折は痛いか。先に痛まないようにしておくぞー。続いて腕は……うわぁ、見た目でわかってたけどぐしゃぐしゃ。でもあんまり骨は動いてないし、外に突き出したりもしてないから手間は少ないかな。怖いかもしれないが、我慢だぞー」
「ぅぅ……っ……?」
こんな状態になった時点で相当な不運ではあるが、骨が体の外に突き出すような傷がないのは幸運だったと言えるだろう。あるいは、上手く受け身を取ったのか。
手頃な古めの骨折も一緒に治しているせいで、時折ゴリッと音が出るような力を掛けていたりはするが、やはり我慢してもらう。古い物も一緒にやっている理由は、直前に繋がっていた細胞でなくても回復魔法で繋がることがわかったからだ。
やり直した箇所があるせいでわかったことだから少々申し訳ないのだが、怪我する前より良い状態にするつもりなので許してもらいたい。
少なくとも今のところは、正常に動く骨や筋肉の配置には治していけている、と思う。
「痛くはなかった、よな? 動かれると治せないから、そのまま大人しくしててくれよ? ……腕はこれでOK。次は脚だな」
脚にも古い骨折の痕が所々あって驚いたのだが……まぁいい、せっかくだからまっさらにしてやろう。
治療中に考えることではないのだが、手足は毛深い人間といった感じで、骨格は人間そのもの。肉球も無かった。……ちょっと残念。
治療が終わったので、神経に掛けていた【固定】を解除して、腕と脚の感覚を戻してやる。
「よし、これで、腕と脚の治療は終わり。傷は大体治ったはずだからちょっと動かしてみて、痛い所があったら言うように」
「は、はい……えと、ないみたいです」
「ならいい。手足の骨は大体終わって、皮膚が擦り切れてる所も治したし、と、尻尾をちょっと診るぞ」
「ひゃっ!? あぅぅ……」
「……尻尾ってこんな風になってるのか。内出血はないが、ここにも古そうな骨折の跡はある、と。ちょっと体を起こしてくれるか?」
「は、はい、ん……と」
「うん、改めて診てみても、背骨はやっぱり歪んでるな。暴れるなよー」
「は、ひゃぁぁ……」
前後の曲がりは自然な物だとしても、左に山がある曲線を描いているのは明らかに歪みだろう。
返事を待たずに尻尾も含めた背骨の歪みを修正。ゴキッゴキッと音が鳴る度に少し震えている。できるだけ痛みが伝わらないようにしているし、きちんと動けるように治しているので我慢してほしいところである。
……俺が無理やり足の筋を伸ばした時なんて、回復魔法すらなかったんだぞ? って、知らない相手に求めるのは無茶か。
「終わり、かな。ちょっと立ってみてくれ」
「うう…………」
これでちゃんと動けていれば大丈夫なはず。【固定】に使った力もほぼ一〇〇パーセント回収し終えている。
「問題なさそうだな。これで治療はひとまず終わり、っと、大事な事が一つあった」
「な、なんです?」
「いや、そこにトイレがあるから……」
「? …………あっ!?」
俺の視線を目で追ってようやく女の子は自身の下半身の惨状に気付いたのか、声を上げてから便所に駆け込んだ。あれだけの大怪我を負っていたんだから仕方ない事だけどな、と心の中で擁護しておく。
治療を始める前からあの惨状は広がっていたので、俺のせいではない。むしろ止めた方である。
それでも治療中に微妙に垂れてきたが、その分については【固定】の力で隔離してあったので、女の子とは別の個室に入り、便所に流す。多少なり血にも触れたので少しばかり念入りに手を洗い、便所の個室から出た。
……しかしなんというか、消費魔力をケチりながら回復魔法を掛けるのは大変だな。
『回復』魔法と言いつつ、やっている事は『整形外科』的な治療ではあるが──そういえば、俺のこれは【回復魔法】でいいんだろうか? あのスキルを確認できる魔道具で改めて測定したいところである。
治療を施すのに使った場所に汚れが残っていない事を再度確認し、店に戻ろうとしたところで、女の子が便所の個室から出てきた。
改めて見ると、身なりはさほど良くない。元は白かったであろう服を着ているが、かなり草臥れているし、色も悪い。
髪(毛並み?)は──水浴びぐらいはしてるのかな、と思う程度だ。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。まだ痛む所はあるか?」
「ん、いえ、ないみたいです」
「そうか。ならいい。あと、無理はするなよ? いきなり激しい運動をしても大丈夫かどうかはわからないからな。体を数日休ませた方が良いとは思うんだが……そこは君の自由かな」
「えとあの、お礼……」
「要らんよ。治療したのはただの気まぐれ。回復魔法は覚えたばかりだったから、実験と練習に付き合ってくれてありがとうって感じだな。もうあんな怪我するんじゃないぞ?」
「は、はい……ありがとうございます!」
なんだか照れ臭かったので突き放すような言い方になったが、悪い印象は持たれなかったようだ。……見抜かれたか?
じゃあな、と言って店に戻ろうとしたところで、女の子の胴体辺りからきゅるるると妙に可愛らしい音が聞こえてきた。この子は何やら顔を真っ赤に染めている。…………いや、わかってるけどな。
ここまできたらもう同じかと、先程店で買ったパンとソーセージを渡すことに。
「ほら……食えない物だったりはしないよな?」
「……大丈夫だけど、良いの?」
「おう」
「…………ありがとう」
「ん」
ついでに自分でも食べてみると、期待通り美味しかった。機会があればまた買いに来ようと思う。
食べ終えてから、手を振りながら今度こそ「じゃあな」と言って店に足を向けた。
しかし、妙なイベントをこなしたせいで、思ったより時間が掛かってしまった。
ギリギリ、大だったと言い張れるぐらいの時間ではあるが。
「お、戻ってきたか。案外、無事に見えて効いてたりしたのか?」
「そんなんじゃないですよ」
「迷いでもしたの? ……誰か付いて行くべきだったかな?」
「そんなんでもないです。危険な事もなかったですし」
「そう?」
誰かが付いて来てたら…………あれか、大怪我以外にもあの惨状を他の人が見ることになってたんだよな。それは流石に可哀想だ。
と、買ったばかりの持ち帰りの品を消費してしまったことを思い出したので、訓練後のちょっとした間食用にと、改めてパンとソーセージを頼んだ。
「お前、用を足した後すぐ食ってきたのか? 流石にそれはどうなんだ?」
「いいじゃないですか、美味かったですよ?」
微妙にからかわれているような気もするが、今は少し気分も良いので、素直に受け止めておくことにする。
城の部屋に帰ってきた。
今回は少量ではあるが魔道具を使った湯沸かしを試してみて、改めて体をしっかり洗う。
悠理とエルヴァンの人生を合わせて二五+一八で四三年。今日は二つの人生を合わせて一番深く女性と接した気はするが、あれな感じの接触も含むので、綺麗に洗いたい気持ちで一杯である。当然だが、母親は除いた話だ。
体を洗い終えてからはベッドに座り、今日は自分の骨格の歪みを矯正することにした。
自分であれこれ試す前にいきなり他人で試すことになったのは不満だが、一気に調整できることは証明できたからだ。
パキパキ、プチプチと耳障りな音を聞いてから、【固定】と回復魔法との組み合わせで修復。一通り動いて体に無理がかからないことを確かめ、【固定】の最適化も改めて進めていく。
そして、区切りの良いところで眠りに就いた。
安心させるために声をかけてあげようとしつつ、自分も落ち着きを若干失いかけて、独り言が(一応小声ではあるものの)ぽろぽろと。




