15:大鎧の運用 前編
獣人族が居れば鼻でバレそうな気もしたが、流石に窮屈が過ぎるので諦めて空気を入れ替え、更にしばらく立った頃。
アニマが本日初遭遇となる、一体だけで行動しているらしい鬼を発見した。
アニマは俺が操作する感覚を読み取るべく集中しているようなのだが、魔物を探す方もちゃんと頑張っているのは偉いものだと思う。
頭を横に向ける動作と連動させると胴体正面に表示される映像を見るのが大変なので、首を傾ける動作と連動するようにしてある。
残念ながら後ろは振り向くには手間が多いのでそっと称賛を送りつつ、そのまま歩いてアニマが報告した地点に向かい、鬼からも気付かれた。
頭部からの映像を魔法で屈折、拡大しながら操作しているのだが、鬼と同じ高さで目線が合うというのは、中々に新鮮な感覚だ。
「ガアアアッ!」
見た目は違っても魔物からすれば俺達は殺意を向けるべき対象であるらしく、姿を確認するなり突っ込んできた。
この辺りの鬼は投石が基本なのか、こいつも突っ込みながら石を投げてきたので、左手を前に出して受け止める。
「ひゃっ」
少し衝撃が通ってしまい、アニマが短い悲鳴を上げ、アンナの腕にも力が籠った。普段より気をつけるべきだったかと反省しつつ、今度は反撃の準備。
背中に固定してある『二重の輪』で集めた魔力を『搭乗鎧』の右手に集め、適当な属性の魔法にしてから、跳び掛かりつつ鬼の顔面に叩きつける。
「ゴッ!?」
森から集めた魔力を贅沢に使っていたので鬼は一撃で沈黙、戦闘が終了した。
鬼が残した素材については、換金に困るし、金銭的な余裕も随分と出来ている。少し勿体ない気もするが、今日の所は塵ごとまとめて更なる魔法で磨り潰す。
と、アニマから声を出してしまったことを申し訳なく思っているのが伝わってきたので、あのぐらいなら漏れないだろうし、俺の失敗が原因だから気にしなくていいと伝え返した。
…………。
一応、納得はしてもらえたようだ。
鬼を倒してから、更に小鬼を数匹駆除した後。
次に『搭乗鎧』を操作することになっていたアニマに操作を譲るべく、適当な樹を掴んでから各関節を固定し、一応空気の入れ替えを実行。
どことなく湿度も下がった気がする鎧の中、設置してあった照明用の魔道具で鎧の中を明るく照らし、『操作鎧』を全て外してアニマのために場所を空けた。
……それで、本当にやるのか?
質問が伝わるようにしっかり意識して【伝達】を使ったが、アニマからの返答は、肯定。
……厳しく判定するぞ?
頑張りますと、ジェスチャーと共に強い肯定が返ってきたので、認める事にした。
まずはアンナと協力して『搭乗鎧』に前脚を追加で作り、用意してあった鎖を適切な位置に繋げて、アニマが操作できるように整える。
空気も『搭乗鎧』の脚、改め、後脚と同程度の濃さで充填し、後脚の方も形を整えながら足を少し長くして、鎧の胴体も高さはそのまま前後に少し広げた。
ケンタウロスのように動物の身体から人の上半身が生えているような、より正確には首のない動物の腰辺りから人間の胸から上が生えているような形だが、動物部分は馬よりも猫などの獣に近いので、何と言うべきだろう?
下半身が獣の体なんだから、『Lower body is a Beast body』? 長いので多少短縮するとして、人獣型。鎧込みで言うなら『大型鎧人獣型』でいいか。下半身が馬なら人馬型で。
人のような型は、HumanoidだとHorseと被るから、通常型で──いや、雌の馬はMareだったか? まぁ、性別不詳ならHorseで良かったとは思うので、アニマが動かすとしてもこれでいいだろう。
形状も名称も仮のものだしな。
外側の作業は終わったので、次は内側。後脚用『操作鎧』の長さをアニマ向けに調整しながら、各部の保護具が正しい位置に来るように装着する。
二人は肩と腰には保護具を着けていなかったが、歪みに強い【固定】の枠があるので、肘や膝さえしっかり装着できていれば肩も腰も操作はできるので問題はない。腰の動作も枠から取得する形に実装方法を変更しており、余ってしまった鎖はスペースを作って保管している。
軽く動かしてもらうとしっかり装着できているのは確認できたので、アニマには四つん這いになるように体を倒してもらって、胸とあごの下にはクッションを配置。前脚用『操作鎧』も丁寧に装着した。
既に昼を回っている今になって、朝からほとんど変化のなかった二人の装備がようやく目の保養以外の役に立ったかと、改めて少し反省。
アニマの体を避けながら上に戻る時に触れたが、現在のアニマは少しばかり心拍数が上がっているようだ。無防備な胴体が気になっているのと、少し緊張もしているらしい。
あまり焦らしても悪いのでアニマの背に跨り、下からの微振動を気にしないように努めつつ俺も『操作鎧』を腕に嵌め、『搭乗鎧』の関節が動くようにする。
俺の位置は脚を前に出せばアニマの肩に膝が掛かる辺りだが、足は鐙のようなものに掛かっているし、『操作鎧』の鎖は上に繋がっているので、アニマの背中ではなく鎧に体重の大半を預ける形になる。アンナも別の鐙に足を掛ける形で俺の背中にしがみ付いていてるため、アニマの負担は実のところそれほどでもない。
姿勢を確認したら掴んでいた樹からも鎧の手を離させて、鎧の中も暗くして、準備は完了。
アンナには鎧の背中に付いている『二重の輪』の操作を任せ、アニマにはひとまずゆっくり歩くようにと指示を伝えた。
四肢のある動物は爬虫類なども含め、基本的には関節が多かったり逆に曲がったりするわけではない。
例えば馬や牛の移動方法は蹄行と言い、発達した一本の指と、同じく発達した指一本分の爪である蹄で歩くなり走るなりするものだ。要するに、人で例えれば少々不格好になる部位が妙に発達しているだけである。
具体的な姿勢としては、両肘を前に出し、手の甲を上に向けた状態で四つん這いになればほぼ同じ体勢になる。前足を前に出すのは肘の関節で、二の腕は胴体にほぼ同化しているだけだからだ。あとは、大地に突き立てる四つの蹄と同様に、両手の中指と両足の人差し指の爪で地面をしゃかしゃかと引っ掻けるなら関節的にはほぼ同じ動作になる。
そして今回アニマが担当する動物部分はというと、蹄行ではなく趾で進む趾行を行う形状だ。
こちらは蹄行よりも単純で、手足の指先を前に向けて、手足の指の付け根だけで立てば同じ姿勢になる。人との違いとしては、足の踵から指の付け根までの間が異様に長く、手の指が短いようなもの。
つまり、関節間の距離を適切に変えるだけで動物に似た動作をする鎧は作ることは可能であり、蹄行でも趾行でも、操作系統を大きく変える必要はないのである。
ただし、てこの原理の関係で必要な力が変わるため、現行の仕組みでは空気圧の調整が必要不可欠。現状だと鎧の踵から先を自身の筋力だけで操作するのは難しいので、そこにも気を付けてもらう必要があるか。
そして、大多数の人間が普通に行う歩き方は、蹠を使うということで蹠行と言う。
障害物の少ない平地の移動を行うなら蹄行、障害物が多く、平面の移動もそれなりに大きな森の中などであれば趾行、応用力が求められる場面では蹠行と、上手く使い分けていきたい。
…………。
考えていた事がひと段落付いてしまったので、うっすらと見える背中と、そこから伝わる振動や体温が気になってきた。
アニマは魔力の少ない場所での運用テストもしてくれているようで、歩行にはほとんど魔力を使っていない。空気圧の補助はあるものの運動量もそれなりにあるせいか、体温や心拍はやや高くなっている。
アニマの操作で歩き始めて、今は五分少々経ったところだろうか。アニマが小鬼を二匹まとめて発見したので、そのまま向かうようにと指示を伝える。
俺の指示を受け取ったアニマの背中が肉食動物を思わせるしなやかさで動き、鎧もアニマの操作に従って駆け出した。
「ギッ? !」
小鬼達は俺達の接近に気付いて身構え、殺意を見せてきた。
「……」
アニマから戦闘の許可を求められたので許可を出すと、アニマは早速とばかりに『搭乗鎧』を操作し、一旦足を止めて右の前脚に体重を掛け始める。
小鬼の一匹が手の届く距離まで来たところで、アニマは【魔力操作】で右の前脚を強く引き付けたまま持ち上げさせ、素早く狙いを付けて力を一気に解放した。その操作によって鎧の重さで圧縮されていた空気が前脚を突き出させ、物理的な力を正面から受けた小鬼は吹き飛んだ。
アニマはそのまま前に倒れ込む鎧を左の前脚で支えさせ、まだ遠くにいるもう一匹を見据えている。
倒れ込む動きが止まったら、今度は左前脚を曲げたまま後脚で跳び掛かり、上から叩き潰す一撃で即死させた。
そして、左前脚を叩きつけた体勢から緩やかに着地。周囲に他の魔物は居ないようなので、戦闘はこれで終わりである。
俺は自分が嵌めていた『操作鎧』を片腕だけ外してアニマの頭を撫でながら褒めると、アニマは恥ずかしがりながらも喜んだ。
アンナには集めた魔力で小鬼達の残骸を処分してもらい、もぞもぞと身体をくねらせていたアニマの頭を自業自得だと軽く指先で叩いてから、更に森を練り歩くこと三〇分ほど。
俺に伝わってくる振動がやや多くなってはいたものの、アニマはその間も索敵を頑張り、二回遭遇した小鬼との戦闘もアニマはしっかりとやり遂げたので、合格だと伝える。
休憩に良さそうな場所で身を休め、また樹を掴んで換気をさっと行うと、アニマの全身をしっとりと湿らせている汗が目に付いた。
…………結構汗かいてるな。ええと、タオルは──
アニマからタオルの場所と控えめな催促が伝わってきた。
状態にもよるが、物質には物質ごとの音速が存在する。
標準的な大気中であれば秒速約三四〇メートル、水中であれば約一五〇〇メートル、海水中ならもう少し上がって、さらに固体にも音速は存在する。
固体の場合は縦波と横波があり、これは硬い物質であるほど速い。ダイヤモンドの音速であれば水中の一〇倍を超えていて、秒速一八〇〇〇メートルはあるとか。
で、【固定】で固めた空気の場合。これは、縦波、横波とも光速の何分の一かぐらいまでは届いていると思われる。
俺達が乗っている搭乗用空間の壁は、一辺が枠込み一〇センチメートル程度の独立して動けるタイル状の平面で構成してあり、精度的には密閉していない状態に劣るものの、ある程度の音は面単位の振動から伝わってくるようになっている。質量自体は空気と差がないので、タイル状の面越しでも振動はそれなりに伝わり易い。
そして、独立している平面を【固定】で繋いで動作できないようにしてしまえば──まぁ、よく反響もするが、俺達の体重で抑えられた壁をまとめて振動させないと、外部に伝われないようにもできる。
できている、と思う。
アニマの汗をしっかり拭いてからタオルを片付けた後、水分を少し補給させて、やる気を見せていたアンナに交代させるべくアニマから『操作鎧』を外した。
アンナの希望は人型だったので不要になった前脚の空気を排出しつつ、余った部分は鎧の腹に収納してから鎧を再変形。
アンナは【固定】で自分の身を守れるので保護具をしっかり付ける必要もないのだが、アンナにもアニマと同様に『操作鎧』を一本ずつ装着していく。
そして、アンナから出た意見がアニマに即承認され、操作しない二人が横並びに座るのではなく俺が間に挟まる形で、鎧の中では一直線に並ぶことになった。
まぁ、絵面的にはさっきよりマシな乗り方だ。
アンナも基本的には魔力を使わずに『搭乗鎧』を動かしていて、移動はそこまで速くはないが、それなりに疲れる程度の運動量ではある様子である。
時間的にも距離的にもアニマの半分に至らない程度だが、交代する直前のアニマと同じぐらい息が弾んでいて、褐色の首筋を伝う汗が目に付いた。
改めて見てみれば長手袋、長靴下とも白い布地が汗を吸って、色が変わっている。あと二、三分経つか一回戦闘したら休憩を入れておこうと思う。
それなりの重量物を動かして移動している最中だし、放置しても操作に差し障るような箇所ではないので、目の前でつつっと垂れていく汗も放置である。顔の汗が流石に辛いと伝わってきたので、一応立ち止まらせてから顔から順に汗をさっと拭った。
汗を拭ってから更に一分ほど歩き、そろそろ休憩かと思ったところでアニマが小鬼を見つけたので、アンナにはそちらに向かってもらう。
アンナに交代してからの初遭遇であり、小鬼は一匹だけらしいので少々物足りなさそうではあるが、アンナはやる気を見せながら俺の指示に従った。
ほどなく小鬼もこちらを見つけ、声を上げながら粗末な武器を掲げて突っ込んでくる。
アンナもそれに応じるように右手を操作。【魔力操作】による補助も含めて『搭乗鎧』の右手が胴体に強く引き寄せられていく。
指は【魔力操作】を行っていないので力を抜いたような形のままだが、しっかり力を蓄えて狙いを付けた『搭乗鎧』の右手は下半身とも連動し、小鬼の命を容易く砕き散らした。
アンナは、自分が予想していたより高かったらしい威力に驚いていた。
休憩に入るとアンナは思ったほど動けなかったと悔しがっていたが、この『搭乗鎧』作製でも頼もしかったので問題ないと伝えたら落ち着いてきた。
それから二人に魔力をしっかり使った戦闘も試してみたいと伝え、どこの動きを担当するかの相談を始める。
言葉こそ出していないが、ぼんやりとした映像も【伝達】で伝えられるお陰か相談は着々と進み、アニマは人獣型の動物部分を担当、アンナは腕を担当、そして俺はアニマの背中に乗って悪戯担と──
「………………」
「……」「……」
纏まってきた案に呆れたような目線を飛ばしながら訴えたところ、俺は魔力全般とその他担当になった。多数決で負けたのでその他には悪戯が含まれているが、それは置いておく。
移動中でも汗を拭ってみるのは試してみてほしいという要求もなされ、危なくないかと返してみたが、【伝達】で伝えながらだったら顔や背中ぐらいなら我慢できそうだと返されので、後で試してみることに決めた。
変形し易いように鎖ごと腹に抱えさせていた前脚を出して、『搭乗鎧』を人獣型に変形。
アンナが履いている『操作鎧』を脱がして、アニマには動物部分の『操作鎧』を装着し、先程と同様の体勢をとらせる。
アンナは当人の希望に従って、鐙を更にごつくしたようなものにしっかり脚の保護具を固定して、アニマの尻の上、少し高い位置のクッションに座らせた。アンナが俺の背もたれを担当し、太腿が少し高めのひじ掛けになるような形である。
…………。
深く考えるのは止めよう。うん。
アンナかアニマに体重を掛けないと姿勢を保てない状況なので、自動車に付いている『アシストグリップ』という部分のように、手で掴める所を左右に作る。
二人から伝わってくる不満を気にせず体を支え、『搭乗鎧』内の照明を隠し、アニマに前進させた。




