14:大鎧作り
駆除の参加者達は全員無事にバスまで帰り着き、本日の駆除作業が終わった。
参加者の負傷については、他の班も骨折した人は居たようだが、命に関わる怪我を負った人は居なかったらしい。
森の魔力を浪費させる件については、俺にやれる範囲で一応頑張ってみたが、残念ながら芳しいとは言い難い成果だった。
消費させた森の魔力を比率として表すなら、そこそこ大きな池の水をバケツ数杯分減らした程度だろうか。俺が自室で発生させている魔力と比較しても多くはないので、大きな規模で見れば、今日もまた魔力が増えたわけだ。
世界規模の対処法などは考えても仕方ないので忘れるとして。今のままでは俺の魔力の消費量が地味に多いので、もう少し効率化したい所である。
一応、【固定】を使うなら思いつく方法はあるので、帰ったら二人に聞いてみるべきか。
マンションに帰ってからはアンナとアニマに迎えられ、作って待っていてくれた夕食を摂る。
今日は自分でパンを焼いてみたらしく、やや不揃いながら懐かしさを感じる素朴なパンと、懐かしくもやや豪華なスープが食卓に並んでいた。
「──だから、最近は昔と比べても危険ではあるらしいよ。街中では大した魔力もないみたいだけど」
「そんな事があったのねぇ」
「ふぇぇ……」
ある程度食べ進めてから今日の話をしてみたところ、二人とも軽く感心こそしているが、あまり驚いている風ではないというか、どう反応すればいいか迷っている様子。
「……これからの事を考えるなら、俺達には特に問題もないしな」
「そうなのよね……人があまり居ないところでしか現れなくて、ちゃんと狩る組織もあるんだし……? まだ三年ってことを考えたら、この世界の人達なら何か開発しそうだもの」
「だよなぁ。それはわかってるんだが……明日あたりちょっと試してみるか?」
「……私は構わないけど、アニマちゃんは?」
「私も大丈夫ですよ、ご主人様っ」
「俺が今考えてる通りの方法だと、誰かが残り二人を背負って移動するような形になるとは思うんだが、それでも?」
「えと、ご主人様の補助は頂けるんですよね?」
「そりゃあな」
仮に獣人族で体力のあるアニマが俺とアンナを背負う形だとしても、素の体力でやらせるのは無理がある。
「じゃあ、ひとまずご主人様は上で確定ですかね」
「そうね。強い魔物が出た時はその方が安心だし……」
「いやいや、今まで危なそうな戦闘になる時は大体俺が一人で戦ってただろ?」
「それこそ戦闘中だけ分かれて行動しても良いんだから、何でもない時の負担ぐらい私達に任せておきなさい」
「ご主人様から色々教わって私も成長してますから、私が下ならそのままでも避けるぐらいは大丈夫ですよ、きっと」
「む……それもそう、か? ……いや、せめて交代で色々試そう」
一瞬説得されそうになったが、そのまま認めるのはダメな気がする。
「つまり、その間に頑張れってことね」
「そうですね、頑張りましょうっ」
「…………まぁ、無理はしないようにな」
夕食を終えてからは、風呂や歯磨きなどの用も一通り済ませ、また寝室で寛ぐ。
それなりに伸びてきたアニマの髪は前に垂らせば胸まで届くほどになっており、うなじの辺りで緩く束ねてあって、浴衣風の寝間着とも似合っている。
そんなアニマに膝を貸し、緑色の毛先でくすぐりつつ、明日はどうしようかと一通り考えから就寝した。
………………
起床後は身嗜みを整えて、朝食を摂ってから、まずは俺だけで空き部屋に移動。数分遅れて、着替えを済ませた二人も部屋に入ってきた。
どうせ全身隠れたままだからとか、【伝達】を使ってやりとりをする際の効率などといった理由からか、今日の二人は他人に見られることを考慮していない服を着てきている。俺も部屋着のTシャツとジャージ姿なのであまり強く指摘し難いところではあるが、二人はそれ以上だ。
二人とも色以外はお揃いで着用しており、保護具等はどちらの色も黒だが、それ以外の衣類は、アニマは濃紺、アンナは白で統一しているようだ。
黒い革の首用の装飾品は今更として、もう少し具体的には──とりあえず、手足については結構ゴテゴテとしている。
手足を直接覆うのは、長手袋と長靴下。その上には俺が作った革製の手首用の保護具と足首用の保護具が巻かれている。
この二種類の保護具は革の部分にベルト等を通せる四角形の金具が──それはともかく、どちらも革の内側には綿が配されていて、手首用の保護具は掌の半分ほどを覆う布の穴に中指と親指が通っている。足首用の保護具の布は踵と、足の前半分が露出するような形だ。
そして、手首と五本の指を通す穴が開いた、掌を主体に拳も一応守る掌用の保護具。足は室内履き用、といいつつ足首に留める帯は付いている踵の低いサンダル。勿論、肘と膝にもよく見るような形の保護具を着けている。
中々に拘束具染みた装備だが、アニマに【固定】で固めた空気の鎧を着せるなら、このぐらい着けさせておかないと怪我をしてしまいかねないので、仕方がない。アニマは、仕方ない。
今列挙したものを二人とも身に着けているという点からは目を逸らしておく。
…………ああ、アニマの髪は、後で三つ編みにでもしてやろうかな。
でだ。
個人で鎧を装着する場合を考慮して胸部用の保護具、股用の保護具、太腿用の保護具なども作ってはあったのだが──今回は不要だと判断したらしく、二人ともそれらの保護具は着けてはいない。
それらの代わりにクッションをいくつか持ってはいるし、頭部保護用のヘッドギアも着けてはいないが持っているからそれはいいとして、問題は着ている物。ぶっちゃけてしまえば、競泳水着だ。
レオタードのような運動用の服も作って渡してあるし、洗濯中のものは一着もなかったはずなのだが、二人が着ているのは競泳水着だ。
俺が着せたわけではなく二人が自主的に着てきたもので、眼福だとは思うものの、相変わらず用途がおかしい。
下着の上に着ていたりはしないようだから、ある程度正しいのだろうか? あ、いや、この場に着てきている時点でおかしいのは間違いな──
「あれ? アニマのそれは小さい奴か?」
アニマは先日購入した余裕のあるサイズではなく、最初に試着が不十分なまま買った小さめの物を選んでいたようだ。
「大丈夫です。その分頑張ります!」
「その分ってなんだその分って……まぁ、それで大丈夫なら後が安心ではあるか」
「ですですっ」
どこか勢いで誤魔化そうとしているアニマだったが、今回は誤魔化されることにする。そして視線を動かすと、アンナの微妙に悔しげな表情が目についた。
「……アンナ?」
「な、何かしら? 私はサイズに問題はないわよ?」
「ああ、うん、そうだよな。……アニマのを借りる、なんて言い出さないかと心配になったんだ」
「…………あ、あははは……大丈夫、大丈夫よ」
アンナの方が身長は一〇センチメートルばかり高いので、アニマ用の通常サイズを借りれば今のアニマと同じような状態になるのだが、そこまではしないようで一安心だ。
アニマの服は尻尾用の穴が開いているので敷居が高かっただけかもしれないが、その辺りは突かないでおく。
実際にどんな鎧を作るかという段階になり、動力を伝える仕組みを作っておく必要がありそうだという点に思い至って、一時間と少し。
俺とアンナが【固定】でちまちまと作ってみた鎖が十分な量に達した。
耐久性でいえば、細いものでもトン単位の張力に余裕で耐えられるし、歪みもしない。静音性は、金属と違って互いに衝突しても、発生する音は周波数が尋常でなく高いのか振幅が小さいのか、耳の良いアニマの可聴域にもかすらない。振れば流石に風は切るが、用途から考えても問題ない程度の音量である。
ただ、問題点として。作るのは非常に面倒臭いし、【固定】を使えないアニマは全力でも千切れないので怪我が怖く、アンナの場合は無意識に切ってしまいそうで逆に怖い。
まぁ、必要性は二人も納得するところだったので、二人には悪いが使い回す前提でがっつり作ってみることにしたわけだ。
作った鎖は、女性向けのアクセサリーに使われるような太さで、直径二ミリメートル程度。形状は通常のO字型を連ねたようなものではなく、ギリシャ文字の小文字のθに近いパーツを連ねた『アンカーチェーン』、もしくは『マリーナチェーン』と呼ばれる形のもの。
形状を変えた理由は、O字が連なっているような通常の鎖は直径ギリギリのストローの中でも多少伸縮するが、θのような形が連なったアンカーチェーンであればそう変わらないからだ。
つまり、何かを巻き込んだり、どこかで引っかかって力のかかり具合が急に変わるような可能性が低くなるのである。名前にもある通り、大きな船になれば鎖込みで十トンを超える錨に使われている技術は伊達ではない。本来は強度を考えた結果なのかもしれないが、強度問題のない俺達にも利点はあるので流用させてもらう。
自転車のチェーンに似せるかは少し悩んだが、横に曲がれないので却下した。
そして実際に製作する手順は、やり方さえ定まってしまえば大したものでもなかった。
まずは、【固定】を使える二人のうち細かい作業が得意な俺が、ギリシャ文字の大文字のΨを等間隔に沢山並べて下線で繋げたような部品をガンガン作っていく。
次にアンナが俺の作った部品を二つ【固定】で繋げると、上下に枠が付いたθが──この場合大文字のΦか? とにかくそれが沢山並ぶので、並んだΦが鎖になるように九〇度違う方向から別の部品二つで挟み、それらも繋ぐ。あとは下線に例えた枠の辺りを綺麗に切り離せば、θが連なったような鎖が完成するわけだ。
通常の鎖を製作する手順とはかけ離れているのだが、こんな手順でも強度は十分出るあたり、本当に【固定】様様である。
その作業中、手が空いていたアニマには、アンナが作業し易いように鎖の完成分を巻き取ってもらった。少々不満げではあったが、担当分はしっかり頑張っていた。
思ったより時間を掛けてしまった鎖を使って作るのは、鎧の操作系統。
先程作った鎖を、各関節の屈伸と捻りを考慮して、肩、肘、手首に二本ずつが片腕で、左右合計一二本。脚は付け根、膝、足首の順に二、二、一と、左右合計一〇本。そして胴と首の回転用に一本ずつ使って、ついでにアニマの要望に応じた一二本を加えて、合計三六本。これらの鎖を一本あたり一つの輪として使う。
動きを伝える仕組みはやや複雑だが操作方法自体は単純で、腕や脚だけの操作用の鎧を嵌め、あるいは履き、そのまま体感的に操作するだけだ。
肘を例にすれば、まず肘の曲げ伸ばしによって回転する円を肘の外側に付ける。そして、肉体的には肩関節の動作なのだが、腕相撲のような動きに対応する円はその中を腕が通るようにする。
それぞれの円の側面には鎖が通る溝が作ってあり、動作に問題ない範囲で鎖を【固定】で接着する。関節部の円から伸びた鎖は関節に固定してある滑車を通りながら肩のあたりで束ねられて、張力維持用の次の滑車へ。斜め前上、斜め後下、ほぼ真上と、鎖は滑車に引かれながらジグザグに通り、肘の鎖であれば更に肩関節部分の滑車を通って、肘関節部分の円に繋がっている。
それだけの手順を踏んでいるため、鎧の内側では束ねられた鎖が弛まず、干渉せずに真っ直ぐ伸び、操作用の鎧そのものを引っ張っても外の鎧は動かない。しかし鎧に着いた円を回転させる運動だけは適切に伝わるようになっていて、それでようやく体感的に操作できるわけだ。
部品数が多いので普通なら故障の危険が高まるところだが、その点もやはり【固定】様様。耐久性が尋常でなく高いため、プラスチックや金属とは違って破損が起こり難く、挙動も静かなので安心して装着できる。
問題は、仕組み的には輪軸と呼ばれるてこの原理の一種を逆に使うので、鎧を動作させる力がとても弱くなってしまうこと。
一応、可動域の中央付近で落ち着くように空気を圧縮、封入してあるので反動をうまく使えば多少は力も補えるが、本当に一応という程度でしかないので、出力が必要な時は【魔力操作】頼みだ。
また、手足の先に近い関節は滑車の数が異常に増えて面倒くさ──大変だという理由から、鎧の指は【魔力操作】で直接動かしてもらうことになっている。
何故【魔力操作】で事足りるのに鎖を使ったかといえば、趣味もあるが魔力が薄い所でも活動できるかのテスト、というのが主な理由である。本格的にそういう機会があるなら、もっとしっかり作ろうと思う。
とにかく、こっちでも予想外に時間を食ったが、三人で乗り込んで動かせる鎧の仕組みはひとまず出来上がった。手間は掛かったが作り方は把握できたので、次回以降はより短時間で作れるだろう。
その仕組みを導入し、アンナと協力して作った高さ二.五メートルほどに届く鎧は、前後にも分厚いので不格好だが、今は部屋の中で身を屈めている。
操作用の鎧は『操作鎧』、外側の大きな鎧は乗り物のような鎧として…………被る名前は避けたいな。
少し遠回りだが、『Armor Like a Vehicle』、『搭乗鎧』とでも呼称しようと思う。
英文法に自信はないので誰かに言う気は欠片もないが、外国語にしておけば名詞として区別し易い気がするからだ。
特別感も出るので何となく好きなのだが、何にでも外国語を使う意識の高い方々の同類にまでは、なっていないと思いたい。
準備開始から合計で二時間ほど掛かりはしたものの、鎧はちゃんと形になったので一旦便所休憩を挟み、いよいよ出発の時である。
が、空間魔法で転移する前に。まずは帰宅時に床を土などで汚さないよう、【固定】の板というか、大きな受け皿を床に広げておいた。
目的地は、特に人影は見あたらず丁度よさそうだったので、隊を組んで鬼を狩ったやや遠くの森の中。
話し合いの結果、最初は俺が鎧を操作することに決定したので、まず最初に俺が乗り込み、次はアニマとアンナは左右に分かれて俺の後ろに座るような形で後に続いた。
乗り込んだ『搭乗鎧』胴体の中は大雑把にいえば縦横一.三メートル、高さ一.五ほどの直方体状の空間で、俺の脚はこの空間からはみ出す形で鎧の脚に入っている。後ろに座った二人の膝から先も同様だ。
あまり広いわけではなく絵面的にもそこそこアレだが、外からは見えないようになっているので、問題はない。
ほぼ密閉状態に近い鎧なので換気用にと、窓の外からフィルターを通しつつ集め、放熱しながらゆっくり圧縮した空気もそれなりの量を積んでいる。
ついでにタオルや水、クッション等も多少積んだが、おやつはなし。二人ともヘッドギアを着けさせたので、安全面も多分、大丈夫だろう。
「それじゃあ、行こうか」
「はいっ」「ええ」
目的地、今回は地表近くを狙って、空間魔法を発動した。
俺達の体重も含めて二〇〇キログラムほどになる『搭乗鎧』がちゃんと動くかを試してみたところ、問題はない様子だったので次の手順へ。
周囲に魔物が居ないのはアニマが【伝達】で静かに教えてくれているので、このまま森の魔力を浪費するための装備をアンナと作る。
俺一人の時よりも少し早い速度で出来上がったのは、魔力を集める【固定】の輪だ。自動車のタイヤのように、断面は内側に開いたU字の輪で、魔力を通さないように固めてある。
周囲の魔力をこの輪の内周に押し付けるように操作しながら回転させれば、輪を作るように回転させるよりも少ない操作で周囲の魔力を集められる、という寸法である。
組織にはまだ【固定】の力を大々的には教えていないので、昨日は残念ながらできなかった事だが、今日は正体を隠しているので遠慮なくぶん回しながら魔力を集めていく。
近くの魔力は集めきれたので、脚で圧縮した空気を使って、適当に歩き出──
「っ……」
声を出すのは我慢したが、輪を回転させたまま移動しようとしたら、内側に溜まっていた魔力が風に乗って流れてしまった。移動する前に要改良である。
とりあえず輪の内側にも【固定】の面を作り、外気との対流を防いでみたところ、歩いても大丈夫なようにはなった。ただ、魔力は濃い所から薄い所に流れる性質があるので、輪の中の魔力が濃くなってくると抵抗が増えてしまう。
そうなると森の魔力の消費量より自前の魔力の消費量が増えるので、森の魔力を消費し易くする仕組みを用意しなければいけない。
輪の内側からすくい出すような形では少々不格好そうなので、防音性能があるわけでもない鎧の中、声を出さずに二人と【伝達】でイメージを突き合わせながら相談した。
纏まった案は、断面で言って、外側に頂点を向けた三角形の上に、内側に開いたU字をかぶせる組み合わせ、という二重の輪を作るもの。
断面が三角形になる輪は内側の面と外側の頂点付近だけ魔力を通すように作り、早速動かしてみると音もなく回転しながら頂点から魔力が少しずつ、断面がU字になる輪の中に溜まっていく。
断面がU字になる輪は回転させず、外側に適当に魔力を通す穴を開けて、【固定】の筒を繋げておく。あとは『搭乗鎧』の前面から噴き出すようにしておけば、戦闘なりなんなりに流用できる、はずだ。
ひとまず使える形になったことを二人と一緒に喜んでから、二重の輪を『二重の輪』と仮称。これを『搭乗鎧』が背負うように固定し、やや多めに集まっていた魔力を加速に流用して森の中を歩かせ始めた。




