09:引率付きの狩猟
馬車から降りた俺達の目の前には、起伏が多く、視界はあまりよろしくない広葉樹の森が広がっていた。
……広葉樹林……いや、広葉樹森? 林と森の違いってなんだっけ。
「頑張ってな」
「馬は任せておいてくれ」
しょうもないことを考えていると、言葉を残して御者さん達が離れていった。着く前にも聞いていたが、近くの水場で馬を休ませてくるそうだ。しばらくしたらまたここに戻ってきて、待機しておくとかなんとか。
「よし。じゃあ、まずは俺とイーリアが先頭を歩くので、それを見て森の歩き方を覚えていけ」
「「はい」」
「上手く獲物と遭遇できれば狩りも行うが、そこは出会い方次第だな。一応、参考になるように狩るつもりだ。行くぞ」
「「はい」」
俺と駆の返事を聞いて、バクスターとイーリアは音をあまり立てずにするすると先へ進んで行く。
俺と駆も慌てて後に続くが、前の二人は相当歩き慣れているのか、かなり速い。
正直、昨夜【固定】の最適化を進めていて良かったと思う。たまに木の根をガスッと蹴ってしまったり、斜めになった地面で足首を捻りそうになるので、足首の安定感がなかったらどれだけ苦労したかわからない。
ただ、それなりに木が密集しているせいか、あるいは植生の関係か、足元の草はさほど背が高くない。野生の鹿が増えたらしいから、食われたのだろうか。
そんな感想を抱きつつ、苔むした倒木を飛び越え、バクスターを追って進み続ける。
数分そのまま進んだところで、前方の二人が速度を緩めた。
「ゼッ、ゼッ…ハッ、ゼッ」
今回息を乱しているのは駆だけである。俺の【固定】の最適化は上手くいったようで、疲れも少ない。
前を歩いていた二人がこちらを見て──何かに驚いている?
二人の表情の意味を考えているとバクスターが声をかけてきた。
「ユーリが普通に付いてきてたから忘れてたが……二人とも走るのはあまり得意じゃなかったよな?」
「まだあちこち錆び付いてるんで、このぐらいの速さが限度ですけどね」
「ゼッ、ハッ、ハッ……すみません」
「近くに何かが居そうな気配があるから、今からはもう少しゆっくり進むよ。できるだけ静かにね」
イーリアはそう言って、バクスターと共にどこかへ向かう。俺と駆も二人の後ろを静かに付いていく。
そのまま十数メートルほど進んだところで二人は止まり、前方の様子を見ていた。その視線の先を注意して見てみると、そこそこ離れた位置に緑色の肌をした──子供が四人? 居るようだった。「ギィギィ」と声を上げている。
「なんです? あれ」
「魔物のことは馬車の中で教えただろ? で、あれがゴブリンだ」
「へぇ、あれが……」
俺がバクスターと話していると、ゴブリン達も何かに気付いたように周囲を見回し、こちらを発見して向かってきた。
なんというか、随分と凶悪な顔つきだった。武器は木の棍棒のような物を持ち、振り上げている。後ろで弓を構えているのも一匹だけ居るが、『あれで飛ぶのか?』と言いたくなるぐらい雑な作りに見える。しかし、武器は粗末でも殺意は本物、と。
さて、バクスターとイーリアの二人はどう狩るのか、お手並み拝見。
バクスターはトトッと木や地面を足場に一気に駆け寄り、途中でゴブリンから放たれた矢は回避して棍棒持ちに切りつける。
イーリアは、バクスターが注目を集めている隙にゴブリンの視界から静かに消えて、背後に回り込んで襲いかかる。
次の矢を番えるのにもたついていたゴブリンの弓使いは、バクスターが撃った風属性の魔法に貫かれ、倒れたところにイーリアが来て止めを刺す。
もう一匹もいつの間にかバクスターが倒していたので、二人が行動を初めてから十数秒で、あっさりとゴブリンの一団はその生を終えた。
「全部をいきなりやれ、とは言わんがな。実戦はこんな感じでやればいい」
頷きながら、外れた矢が飛んだ先に目を向けると──鏃も矢羽も付いていないただの細い木の棒が、木に当たって軽く表面の皮に傷をつけるという成果を上げて、へし折れている。
……なんというか、憐れだ。
「……ええと、ゴブリンの武装ってのは、こんなもんなんですか?」
「あー……まぁ、大体はそうだな。殺意自体は間違いなく本物だし、個体数もかなり多いから甘くは見るなよ?」
「……なるほど」
嫌な想像をして体を震わせていると、少し不思議そうな顔の駆が質問を投げかけてきた。
「そんなに、危ないんですか?」
「そりゃそうだろ? 何匹まとめて出てくるかは知らないけど」
「ん? ああ、ゴブリン殲滅作戦なんて名前でたまに実行されてるんだが、多い時は全部で何千匹って場合もあるぞ」
「うわぁ……」
「凄い数ですね……」
一匹一匹は人間の子供程度の力しかない相手でも、それだけの相手に襲い掛かられ続ければいつかはこちらが力尽きるだろう。
例えば、一匹につき一回剣を振るだけで確実に肉だけを切り、致命傷を与えるという戦い方ができたとする。それでも、血をぬぐう暇すらなければ剣の切れ味は落ち、肉を通り抜ける際の負荷が増し、その負荷が剣の耐えきれる限度を一度でも超えれば剣は折れる。
それに刀や剣というのは、数キログラム程度の質量はある。これを百回、二百回と振り続れば大概の人間は腕の動きが鈍る。千は……振るのも難しいだろう。
ましてや相手は生きていて、殺意を持って襲い掛かってくるし、粗末な出来とはいえ飛び道具も使う。
一匹殺すまでに剣を振らなければいけない回数というのは、平均すれば一回より多くなると見て間違いない。魔法で仕留めるにしても、魔力は有限だ。
そして力尽きて倒れれば、たとえ相手が子供程度の力しかなくても死ぬ。いや、その程度の力しかないからこそ、嫌な死に方をするのか。
……うん。忘れよう。
そんなことを思っていると、ゴブリンの死体が形を崩し始めた。
「ぉおう……? どうしたんです? これ」
「これは魔物の特徴。生命活動を止めさせると、魔力が留まれなくなって魔力が抜けていく。そうすると、魔物の体ってのは魔力で維持されてるから、徐々に形を崩していくのね。完全に空気中に霧散してしまうこともあるけど、どこかの部位に魔力が留まることもあって……ほら」
イーリアが喋りながら元ゴブリンだった何かを崩すと、中から歪な形の赤黒い結晶、のようなものが出てきた。指先ぐらいの大きさか?
「品質はあんまり良くないけど、これは魔石だね。魔物が残した素材は、何もしないまましばらく放っておくと崩れちゃうから、魔力をちょっと流し込みながら、中身を全部自分の魔力で染めて安定させるの。込めすぎないように注意ね」
「……勉強になりますね」
「そりゃお前、学ばせるために連れ回してるんだからな」
「あはは、そうでした」
ゴブリン達の死体……残骸? 塵でいいか。
塵から出てきたのは、この魔石だけだった。武器も残ってはいるが、使い道はせいぜい、薪代わりぐらいか? この弓だって…………む、弦は蔓植物の茎をそのまま使ってるのか。
一応、それなりに頑丈そうではある。撃った矢の威力は残念だったが、ちゃんと作れば同じ材料でも威力は上がりそうだ。……それでもまだ、微妙な性能だとは思うが。
「集めるもんも集めたし、次に行くぞ」
「あ、はい」
考察に意識を割き過ぎたな。反省反省。
それからまた似たような移動を続けると、大した時間も置かずにまたゴブリンの一団と遭遇した。今度は、七匹だ。
「結構遭遇するもんなんですね」
「まぁなっと、今回は棍棒三、槍一、弓二と、魔法一か。……ユーリとカケルもやってみるか?」
「良いんですか? それじゃ、やってみますね」
「おう。俺たちの後から……おい?」
「大丈夫ですよー」
俺はそう言って、普段通りにゴブリン達の前まで歩いて行く。剣はまだ抜いていない。
ゴブリン達は歩み寄る俺に気付いた後、数瞬訝しんだようだが、すぐに行動を決めた。
「ギィ」
「ギギィ!」
ゴブリン達は何かを叫びながら棍棒を振り、槍を突き込んでくる。後ろのゴブリンも同様で、躊躇する気は無さそうだ。
棍棒を左の手の平、槍を右手で掴み取り、槍を持っていた方を蹴り飛ばす。少し遅れて放たれた二本の矢は、槍を手放した右手の指で挟んで止める。
一旦手を止めてゴブリン達を見るとゴブリン達は怒った様子で、更に殺意を露わに向かってくる。
……うん。
「ギッ!?」
棍棒を持っていたゴブリンを足蹴にして、剣を抜いて喉を突き刺す。
先程の槍持ちのゴブリンがまた槍を拾って突っ込んできたので、槍を避け、頭を掴んで喉に一閃。勢いが足りず、骨に半分ほど食い込んで剣は止まったが、致命傷だろう。
剣を抜くとまた矢が二本飛んできた。今度は左手で掴んで捨てる。……あの雑な弓でよく正確に飛ばせるもんだ。
今俺に使える遠距離攻撃は各属性の魔法の矢ぐらいだが、それだと貫通してしまい、致命傷にはならない気がする。
まだゴブリンの前衛も居るので、駆け寄って剣で切るのは手間だ。だから今必要なのは、首を落とす刃の魔法。
パッと頭に浮かんだのはチャクラムのような、輪の形に整えた魔法だった。輪自体は魔力操作でよく浮かべているので、再利用した形である。
属性は火属性を使っても火事にはならないとは思うが、バクスターに倣って風属性を選択した。その魔法の輪を魔力操作で飛ばし、弓使い二匹の首を狩る。
どうやら飛ばした後も数メートル程度ならまだ制御は届くようだった。限界も調べたいが、それはまた別の機会にする。
残り三匹。
「ギィィィッ!」
魔法使いゴブリンが叫びながら火属性らしい魔法の球を飛ばしてきたので、片手で受け止め、握り潰す。そして、まだ制御下にあった風属性の魔法の輪で、魔法使いの首も飛ばす。
残り二匹はと目を向けると、殺意を衰えさせず向かって来ていたので、二本の棍棒をそれぞれ左の手の平と右腕で受け止め、手元に引き戻した同じ魔法で仕留める。
敵を仕留めた風属性の魔力は……少し気持ち悪い気もするが、一応吸収して別枠で管理しておくか。
流石に五体も斬り飛ばしただけあって魔力をそれなりに消費していたらしく、あまり多くの魔力は回収できなかった。
軽く手を開いて握り直し、肩を回して確認すると、何処も怪我はしていないようだ。そうしているうちに剣に付着した血が塵で濁った水になった。
粘性も失い、ぽたぽたと地面に垂れ始めたので、剣を振って誰もいない方に飛ばし、指で拭って鞘に戻す。指についた水は──落ちていた棍棒に擦り付ける。
処理を終えてふと後ろを振り向くと、三人が驚いたような表情でこちらを見ていた。
「ええと、どうしました?」
「あ、と、なんというか、予想外で驚いたんだ」
「……? あぁ、実際に殺意を向けられるまではどうにも攻撃し辛かったんですよ」
「それはわからんでもないが、そうじゃなくて」
「?」
……そんなにおかしなことをしただろうか?
殺す気で奮われた武器、撃たれた矢、魔法までを受け止めきれた理由は単純。ただ、【固定】で固めた空気で物理的に止めただけだ。思い切り【固定】で固めた空気は、ちょっとした刃物でも傷つきはしない。
ただ、全体を思い切り固めると腕で止めても骨や内臓を直接殴られるようなものなので、表面から徐々に硬さは落としたりと衝撃を吸収するための措置は取った。
矢を止めるのもそう難しくはない。当たる箇所は見極める必要もあるが、【魔力知覚】のお陰で弾道は見極めやすいからだ。
あとは──ゴールテープに突っ込むランナー、じゃんけんのパーなんかに例えればいいだろうか。これも【固定】の応用で、関節を付けた固めた空気の板を指の間に貼っておくだけ。この板に矢が当たれば、引っ張られた指が矢を挟みこむ。矢を挟んだ際、ぱちりと嵌って指が開かないようにする仕組みも【固定】で作っておけば、矢を指で挟み止める図の完成だ。
魔法を握りつぶしたのは、部屋で試していた実験の成果の一つ。【固定】で魔力を通さないように固めれば魔法も防げたので、そのまま握力で握り潰しただけである。構造は脆かった。
……まぁ、この世界だとチート臭いよな、【固定】。
「普通に防げる攻撃ばっかりでしたし、バクスターさん達だって一人で倒せる数だったでしょう?」
「そりゃ、まぁなぁ。手は大丈夫か?」
「なんともないですよ? ほら」
「……無事ならいい」
「はい」
返事をしてから周囲を見て、他には居なさそうだなぁと思ったところで、手持ち無沙汰な状態の駆が視界に入った。
「…………あ、本堂君にも獲物残すの忘れてた」
「へっ? あ、そ、そうですね。次は僕も…………いや、あんな戦い方はちょっとできる気がしないですけど」
「今回はフォローしそびれたが、次はちゃんとフォローする。あと矢や魔法は避けろよ?」
「は、はい」
……俺も避けなきゃだめなんだろうか。
「ユーリは……あれは、受け損ねて怪我しても知らんぞ?」
「普通は、避けた方が楽だと思うよ?」
俺の考えてることがわかったのか、バクスターとイーリアから言及された。
激しく動き回るのは疲れそうだし、防ぐ方が簡単なのだが。
柔らかな七つ塵(元ゴブリン)からは二個の魔石が出てきた。魔法を使ってた奴と、槍の奴から一個ずつだ。
魔物から出てきたばかりの物を染めた魔力は吸収したくないので、最低限の魔力で染める。元々入っていた少量の魔力の、なんとなく不快な部分は追い出して、崩れていきそうな端の部分を魔力で抑えて、とやっていたら安定した。
魔石以外に体の一部が残ることもあるとは聞いたが、今回は魔石しか残らなかったようだ。……ん? 魔石と、魔物の体の一部が残るだけ?
「そういえば魔物って、飯とか食うんですか?」
「そりゃ奴らも食いはするが、なんでだ?」
「魔物が食った後の食料は塵から出てこないのかなぁと、ふと思ったんですよ」
「それは、どっかで聞いた覚えがあるな。……あいつらは消化吸収がかなり早くて、一時間もあれば吸収しきるんだよ、たしか」
「へぇぇ……随分早いですね」
「なんでも、胃袋の中で魔法を使ってるんだと。性質は邪悪だが、精霊みたいなもんだからな」
そう言い終えてからバクスターが移動を始めたので、なるほどと頷いてから付いて行く。
程なくして、またゴブリンの一団を見つけた。今度は棍棒と槍の二匹組。
どうするのか聞いてみるとバクスターと駆の二人で行くとのこと。念のため、逃げられても大丈夫なように、イーリアと俺は二手に別れて逃げ道を塞ぐ。
結果、無事に駆はゴブリンを打ち倒した。まぁ、剣を振る姿そのものはかなり危なっかしい様子だったが。
「怪我もなく戦えて良かったな」
「……はい」
初戦闘で少し疲れているようだ。
命を奪うと言っていいのかはわからないが、ここまで現実的な感覚を得られるゲームなんて無かったからなぁ。
死体がすぐに風化してしまうから、少し現実感を失わせてくれるのだが。はて、命と言えば?
「今日ってたしか、鹿を狩りに来たんでしたよね?」
「ああ、そうだな。二、三頭ぐらい見かけていても良いはずなんだが、今日はゴブリンが随分多い。これは──」
ズズン……と、森の奥の方から、微かな音と振動が届いた。続いて、逃げ惑うような鳥の羽ばたきと鳴き声。
「……どうします?」
「原因ぐらいは調査する必要もあるんだが、今日はこの二人が居るからな」
イーリアとバクスターの二人が話し合っている。
「自己責任、ってことで俺も行っていいですか?」
「ぼ、僕も、街を脅かす何かがあるなら……」
「いや、本堂君は無理しない方が良いんじゃないかな?」
「え、ええぇ……」
俺もついて行こうと声を上げたんだが、駆も声を上げたのでつい否定してしまった。
駆は明らかに戦力が足りてない気がするんだが、などと思っているとまた遠くから音が届いたので、一言述べてみる。
「とりあえず、ここで話し続けるのは行かないのと同義だと思いますよ?」
「そうだな……仕方ない。各自、自身の安全を最優先に考えて動くように。特にカケル。いいな?」
「はい……」
「では、調査に行くぞ」
バクスターの声にそれぞれが応じて、全員で音の元へ走り出した。
ようやく魔法っぽい(?)魔法と、模擬戦じゃない戦闘。




