表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あの日の夏

作者: ナヤカ

空が異様に青かったのは覚えてる。それは、地平線から立ち上る入道雲がどこまでも白かったせいなのかもしれない。


空気は乾いていて、だけど、時おり窓から吹き抜ける風は湿気のようなものを帯びていた。その湿り気は、実は汗だったのかもしれない。


何度となく見たはずの景色。それを見るたびに、僕はたとえようもない喜びに駆られた。今にも走り出してしまいたい、そんな衝動に。


だけど、それと同じくらい悲しくもなった。


人の寿命は長くて百年。この景色を見ることは、百回すらない。


――――あと、何回。


そう考えてしまう度に、胸が押し潰されそうなほど息苦しくもなった。


夏は、生命の渦が最も濃くなる瞬間だと思う。だけどそれらは混ざり合うことはなく、鮮やかに、ハッキリと、美しい自己主張をしていた。

その光景に、その神秘に、理由もなく感動を覚えてしまう。


そして、そのこと自体に愕然とする。


圧倒的な世界が目の前にあることを、今さら気づかされたからだ。


周りを見れば、仲間たちと共に夏の計画を立てる者、暑さに文句を言う者、様々だ。

だけど、皆、夏という熱気に焦がされているのはわかる。迫りくる新緑の可能性に、浮き足だっているのがわかる。


それも夏。これも夏。


きっと、その全てが「夏だから」という言葉で片付けられてしまうのだろう。


それほどに、夏の存在はおおきい。



――――夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。


学生の頃、国語の時間に習った文が甦る。


確かに夏は夜もいい。だけど、それと同じくらい照りつけられる昼間も良いのだ。

何が言いたいかというと、夏は全てが良いのである。


そんな時間が、人生にしてみれば一瞬で在ることを残念に思う。

そんな一瞬が、あまりにも眩く光る物であることを嬉しく思う。


その一瞬。まるで、完全に閉められていない蛇口から一滴の雫が地面に落ちるような感覚。その感覚の中で、僕はただただ何かに夢中になっていた。ひたすら、何かに向かっていた。


きっとそれは、あと百回はない。


もしかしたら、あと数回しかないのかもしれない。












引用文。「枕草子」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ