あの日の夏
空が異様に青かったのは覚えてる。それは、地平線から立ち上る入道雲がどこまでも白かったせいなのかもしれない。
空気は乾いていて、だけど、時おり窓から吹き抜ける風は湿気のようなものを帯びていた。その湿り気は、実は汗だったのかもしれない。
何度となく見たはずの景色。それを見るたびに、僕はたとえようもない喜びに駆られた。今にも走り出してしまいたい、そんな衝動に。
だけど、それと同じくらい悲しくもなった。
人の寿命は長くて百年。この景色を見ることは、百回すらない。
――――あと、何回。
そう考えてしまう度に、胸が押し潰されそうなほど息苦しくもなった。
夏は、生命の渦が最も濃くなる瞬間だと思う。だけどそれらは混ざり合うことはなく、鮮やかに、ハッキリと、美しい自己主張をしていた。
その光景に、その神秘に、理由もなく感動を覚えてしまう。
そして、そのこと自体に愕然とする。
圧倒的な世界が目の前にあることを、今さら気づかされたからだ。
周りを見れば、仲間たちと共に夏の計画を立てる者、暑さに文句を言う者、様々だ。
だけど、皆、夏という熱気に焦がされているのはわかる。迫りくる新緑の可能性に、浮き足だっているのがわかる。
それも夏。これも夏。
きっと、その全てが「夏だから」という言葉で片付けられてしまうのだろう。
それほどに、夏の存在はおおきい。
――――夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
学生の頃、国語の時間に習った文が甦る。
確かに夏は夜もいい。だけど、それと同じくらい照りつけられる昼間も良いのだ。
何が言いたいかというと、夏は全てが良いのである。
そんな時間が、人生にしてみれば一瞬で在ることを残念に思う。
そんな一瞬が、あまりにも眩く光る物であることを嬉しく思う。
その一瞬。まるで、完全に閉められていない蛇口から一滴の雫が地面に落ちるような感覚。その感覚の中で、僕はただただ何かに夢中になっていた。ひたすら、何かに向かっていた。
きっとそれは、あと百回はない。
もしかしたら、あと数回しかないのかもしれない。
引用文。「枕草子」