愛玩人形
こんな夢をみた。
私は一人の少女だった。
砂漠の国に生まれた豪族の娘だった。
皆に愛されて私は育った。
しかし戦が起こり、父と兄は戦死し、母と私は奴隷となった。
奴隷となった先の国で、私は一人の男のものとなった。
男は私を人と思ってはいなかった。
「こんなことも出来ないのか!」
男は何も出来ない私を殴った。
「お止め下さい、父上」
一人の少年が私の前に立ちはだかった。
「気に入らぬのなら、この娘は私にくれませんか?」
男は鼻をならした。
「かまわん。
役に立たぬ奴隷などいらぬ。
好きにするがいい」
少年は静かに頭を下げ、私の手をつかみ立たせた。
「おいで、今日からお前は私のものだ。
私はラエド、お前の名は?」
「カマル」
「カマル。
月か、いい名前だ」
少年は満足そうに頷いた。
「可哀想に。
美しい顔に傷がついてしまった。
手当てをしよう」
ラエドは私を自室に案内してくれた。
そうして自ら傷の手当をしてくれた。
「お前は美しいな。
夜のような深い瞳、褐色の肌、鳥の羽のような黒い髪。
ずっとこうして眺めていたいくらいだ」
奴隷となってこんなに優しくしてもらったことはなかった。
私の目から涙がこぼれた。
「どうした?痛かったか?」
私は違う、と首を横に振った。
「では、どうしたのだ?
言わないと分からないではないか」
ラエドは困惑して、私を覗き込んだ。
「…怖かった。
父様も兄様も死んでしまった。
母様とも離れてしまった。
ずっと一人で、怖かった…!」
「そうか」
ラエドは泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれた。
「お前は何を考えている?
奴隷を囲って。
どうせなら、もっといい女がいるだろうに」
眉をひそめる父親に、ラエドは笑った。
「父上、カマルは愛でるために傍に置いているのです。
他の女など比べようもない」
「くっ、愛玩人形か」
ラエドは何も答えずにただ笑っていた。
私は二人の会話を聞いてしまった。
ラエドは私を大切にしてくれる。
奴隷という身分では味わえない贅沢をさせてくれる。
殴られることもなかった。
ラエドは私をただ、傍に置いてくれたのだ。
それでも、私は時々家族を思い出して泣いた。
静まり返った夜に、一人庭に出て、月を眺めて泣いた。
そのたびにラエドは私を見つけ、抱きしめてくれた。
「また、ここにいたのか。
そんなに悲しむな。
お前は私の傍にいればいい。
何も不安に思うことなどない。
そうだろう?」
「はい」
ラエドのことは好きだった。
きっと、ラエドから見放されたら、生きていけないだろう。
それくらい、ラエドを中心にして私の世界は回っていた。
「さあ、もう寝よう」
私は静かに頷いた。
最近ラエドが私に会いに来なくなった。
新しい女の元へ通っているという話を聞いた。
私は捨てられたのだ。
あまりに大きい衝撃に、私は何も食べることが出来なくなった。
そうしてただ、横になり、月を眺めて涙を流した。
このまま、死んでしまうと思った。
「カマル?
どうした、具合が悪いそうだな」
久しぶりにラエドの顔を見た。
私の胸は高鳴った。
ラエドは優しく私の頬に触れ、少し悲しそうに微笑んだ。
「痩せたか。何も食べないそうだな」
そう言うとラエドは私を抱き寄せ、背中を撫でてくれた。
あたたかな温もりに、涙が溢れた。
「寂しかった。
ラエド、あなたが来てくれなくて、とても寂しかった」
「それで元気がなかったのか?
悪かった。
愛しいカマル、お前を捨てることなどないのに。
お前は私だけのモノなのだから」
ラエドの言葉に私は安堵した。
そうして強く、ラエドにしがみ付いた。
私がラエドの子供を身籠っていることが分かったのは、それから数日後のことだった。
ラエドは喜んだ。
新しい女の元へ通うことはなくなり、ずっと傍にいてくれた。
「さあ、これを飲むといい。
体にいい飲み物だ」
私はラエドを疑うことなど考えたこともなかった。
だから、私はその飲み物を飲んだのだ。
突然下腹部に激痛が走り、私は腰を丸めた。
股の間から、赤い血が流れ出した。
驚いた私はラエドを見た。
ラエドも驚いた顔をして慌てている。
「何ということだ!
子供が流れてしまった!」
私はあまりの激痛に気を失いかけた。
その時、近寄るラエドの顔が見えた。
ラエドは微笑んでいた。
「これでいい。子供などいらない。
カマル、君だけがいればいい」
小さな呟きが聞こえた。
ああ、ラエド。
あなたがやったのね。
あなたが子供を殺したのね。
私はラエドにもたれかかった。
ラエドの愛玩人形でも構わない。
傍にいられるのなら。
遠くなる意識の中で、私はそれでもいいと思った。