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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
三章 神罰
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第二十五話

「ポチ、ワタシはポチが何を考えているのか分からなくなるときがありますです。 優しいときもあれば、今のように……人を簡単に殺すときもある。 分かりません」


 シロがそう、俺に話しかけてくる。 大方、先ほど数多を殺したことについてだろう。 こいつはたとえ自分自身にとって危険な存在でも、殺そうとまでは思っていない。 優しい奴なんだ、シロという少女は。 だからこそ、殺しという役割はいつも八雲が行っている。 今、その変わりとなっているのが俺というだけの話だ。 人はそれを卑怯と呼ぶかもしれないが、俺はそうは思わないね。 大切な大切な、シロの優しさなんだからさ。 それに、敵対している奴に対しては、シロも殺しについて何かを言うことはない。 これまでも、八雲の殺しに加担したことだってあるだろう。


「そりゃ俺にだって分からないしね。 俺は成り行きって言葉が大好きなんだよ。 流されるままに流されて、その結末がどうなるのか、楽しいと思わない?」


「果たしてどうでしょうか……。 少なくともワタシは、楽しいという感情は覚えませんです。 人が死ぬのは、悲しいことですよ? もちろん、自分に攻撃を仕掛けてくる人を殺すということは、仕方のないことだと思いますが」


「可愛い顔してサッパリしてるよね、その辺りは。 良いよ、それなら天上たちが来るまでの間、話でもしようか。 議題はこう、人を殺すということは何か。 哲学的だろう?」


 俺の言葉に、シロは短く息を吐いて地下室への扉前にもたれかかる。 俺はその反対側の壁に背中を預け、地面へと座り込んだ。 まさに「やれやれ」といった感じだ。 俺の出した議題、そんなため息吐かれるものだったのかな。 悲しいねぇ。


「悪ですね」


「それは言えてる。 どんな理由であれ、他者の命を奪うという行為は等しく罰せられるべきだ。 なんて、俺が言うと思う?」


「思いませんね。 ですが、普通の人間、普通の感情でそれを言うならば、悪となるのではないですか?」


 正しいと、そう思う。 シロの言っていることは、単純な話だ。 同じ人間が、同じ生物の命を奪うようなことが、許されるのかどうか。 たとえばそれが動物ならば話は違う。 生きるため、という明確な目的があるから。 しかしそれが人間の場合、少し異なる。 感情……それが、人間が与えられたものだ。 その感情があるからこそ、人は殺人という行為に罪を感じ、恐怖をも感じる。 しかし果たして、それが絶対かと言われれば、そうでもない。


「よし、それならシロ、こうしよう。 とある町に、大変仲の良い親子が居た。 親は男でも女でもどっちでも良いし、子供も男、女、どっちでも考えやすい方で考えてくれ。 んで、その親は近所からの評判も良く、誰かが困っているときは迷わず助けに行くような人物だった。 しかし、ある日倒れてしまう。 不治の病によってね」


「それは……可哀想です。 治してあげられないのですか?」


「うんまぁ無理だね、不治の病って言ったじゃん。 それで、多くの人が看病、お見舞いに来てくれた。 一週間、一ヶ月、毎日違う顔ぶれだった。 それだけ多くの人を今まで救ったというのを表しているね。 でも、人生そんなうまーく回りはしない。 一人、その連中の中に頭がオカシイ人がいた。 そいつが、看病と見せかけて殺してしまった。 じっくりじっくり、嬲るようにね。 耳を削ぎ、鼻を削ぎ、爪を剥ぎ、目に針を突き刺し……」


「わ、わわわわわかりましたっ! その、そんな詳細に語らないでくださいっ! もう分かりましたのでっ!」


「ありゃ。 死体の後処理してるって聞いたけど、ビビリは健在ね。 あっはは」


 特に怖い話系が大の苦手らしい。 昔、シロの外見も結構怖いよって言ったら怒られたっけ。


「……それは、八雲のためなので」


 うん、そうか。 シロは、八雲のことが好きなのか。 そーいう感情は良く分からないけど、素晴らしいことだね。 人が人を好きになって結ばれる、美しいことだ。 叶うと良いな、と思いつつ、俺は口を開く。


「ここまでで、男のしたことは悪だと思う?」


「当然です。 そんな酷いこと、中々できません」


 オーケー、良い答え。 俺もそう思うよ、それは本音でね。 恩を感じたら、もらったら、しっかり返す主義の俺としては、恩も返さずに殺すのはどうかと思う。 殺すならあれ、しっかり恩を返してからにしないとだ。


「続けよう。 そして、子供はその現場を見てしまった。 見て、言う。 どうしてってね」


「はい……。 当然、そう言うと思います。 その男も、恩があったのですよね?」


「もっちろん。 男はその人に、自身が経営する店がピンチのとき、知恵や肉体労働で救ってもらっている。 そのおかげで、男の店は町中でも有名な店へと成長し、美人な奥さんと二人の子宝にも恵まれた。 まさに、人生の転換点とも言える出来事。 一生かかっても返しきれない恩さ」


「それならば、なぜ?」


 その顔に疑問符を付け、シロは俺に言う。 そう言われるのを待っていた。 だから俺は答えよう。 意気揚々と、楽しく愉快に。


「あっはは。 この世は理不尽なんだぜ、シロ。 男はただ、気が向いたから殺したと言ったんだ。 殺したくなったから殺したと、ね。 それを聞いた子供は、キッチンから包丁を持ち出し、そのまま男の顔、体をブスッと刺した。 当然、男は息絶えた。 さて問題、この子供の殺人と、男の殺人、一緒か?」


「それは……違うかと、思いますです」


 声を小さく、どこか言いづらそうにシロは言う。 俺の出した物語での殺人をハッキリと否定したのだ。


「どうして?」


 それに対し、俺は尋ねた。 人を殺すということが罰せられるべきことならば、親を殺した男も、その男を殺した子供も、同じ罪を受けるべき。 シロが言うことを表すなら、そういうことになってしまう。


「感情が、違うからですよ。 その男とその子供では、感情がまったく違います」


「そう、その通りだよ。 だから俺たちがやってることが正しいとは言わないさ。 けどなシロ、俺らが受けてきた苦しみなんて、法使いには一生分からないんだよ」


 様々な傷を負ってきた。 殴られ、蹴られ、刺され、殺されかけ、騙され、脅され、貶められ、罵倒され、理不尽な目に沢山遭ってきた。 だから報復でしかない。 異法使い全体が受けてきた苦しみを俺たちが肩代わりしているに過ぎない。


「ですが、ですがポチ。 無関係な人も、沢山死んでしまっています」


「無関係? あっはは! 面白いこと言うね、シロは。 この世に無関係な人間なんて存在しないのに」


「何も知らない人だって、居るではないですか?」


 俺の言葉に、シロは立ち上がって言う。 きっと、俺の発言にこいつは怒ったのだろう。 だが、俺はそんなシロを見上げながら、口を開く。


「うん、そうだね。 でもそれは同じことだよ。 俺とは関係のないことだ、私は何もしていない、僕は関わらない方が良い……そうやって見て見ぬ振りをしている時点で、同罪だ。 これが、人間という一括りでまとまっていたら良かったのに。 世界はどうしてか、法使い、異法使い、魔術使いの三つに分けてしまったから。 一人の法使いが起こした問題は法使い全体の責任だよ」


 俺は指を一本突き出し、シロに向けて言う。 言いながら、立ち上がった。 シロは背が小さいこともあり、今度は逆に俺を見上げる形となっていた。


 ズレているということは知っているさ。 馬鹿だとも、愚かだとも。 今までずっと、機関に正面から逆らおうとしていた異法使い、魔術使いはいなかった。 まぁエリザに関しては……あいつは特殊だから、タイミングとして面白いから出てきたんだろうけどね。 それでも、喧嘩を売れるほどの戦力はなかった。 戦争が終わり、国境がなくなり、そこから起きたのは内戦と言っても良い。 ただでさえ戦争で戦力の大部分を失っていた異法使いと魔術使いは、その内戦で更に戦力を削られた。 少数は、悪なのだ。


 これまでにも、現状を変えようとした奴は沢山居たらしい。 だが、実際に行動を起こした奴はいなかった。 いいや、いたのかもしれない。 でも、そんな小さな声が届くはずはない。 それなら、残された手なんてひとつしかないわけで。 要するに、実力行使ってわけ。


 だから俺は、俺がそれになろうと思った。 やられて黙っていられるほど、俺は生憎優しくない。 理不尽な仕打ちには、理不尽を持って返す。


「シロ、お前と会うよりもっと前、俺には友達がいたんだ」


「友達……ほんとですか?」


 疑うような眼差しで、シロは言う。 おいおい、さすがにそんな目で見られると傷付くよ? 俺、そんな友達居なさそうなのかな。 友達を作れる異法とか、ちょっと欲しいんだけどね。 異端者の奴らは友達とはまた違うし。 対等な目線で語れる友達ってのは、今シロに言った奴らくらいのものかな。 凪は……俺が素性を隠していた以上、対等とは言えないしなぁ。


「ほんとだよほんと。 酷いなまったく」


 ため息を吐き、俺は続ける。


「それも、三人。 法使いが二人と、異法使いが一人。 珍しいでしょ? 異法使いと仲良くする法使いって」


「それは、そうですね。 外のことはよく分かりませんですけど、本来ならばあり得ないことかと……思いますです」


 ……うん、そうだ。 珍しかったんだ。 あんな奴らは、きっともう居ない。 異法使いだと知って、それでも仲良くしようとする奴なんて。


「それで、その方たちは今でもお友達なのですか?」


 良く言えば、希少だった。 しかし悪く言えば、特殊すぎた。 たった、それだけだった。


「言っただろ? 少数は悪だって。 異端はいつだって殺される。 排除される。 そうやって、世界は平均を保っている。 俺の友達は、全員殺された。 異法使いと仲良くしたせいで、法使いの二人は殺された。 張本人である異法使いも、殺された。 俺の目の前で、法使いによって」


 あのときのことは、今でも覚えている。 そして俺が、世界を終わらせようと思った出来事。 ただただひっそりと暮らすだけでは駄目だと思い知った出来事。 殺される前に殺せと思った出来事。


 あの日に起きたことが、今の俺を作り出しているのだろう。

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