第二十話
矢は体を貫いた。 が、痛みもない。 それにダメージと思えるものは一切なかった。 威力が弱すぎる、こいつらはなんだろう、遊びにでも来ているのだろうか?
光で視界を奪われながら、無数の矢に貫かれながら、俺はそう思う。 くだらない、所詮はその辺の魔術使い、法使いとなんら変わらない。 俺の相手が務まるほどでもなかったな。
やがて、生成した矢を放ちきったのか、降り注ぐ矢は最後の一本となった。 その最後の矢は上を見上げていた俺の額へと命中する。 そのまま俺は刺さった矢を引き抜き、握り潰す。
かなりの量を放たれた所為で、視界は土埃で遮られていた。 何やら話し声も聞こえることから、恐らく作戦でもあるのだろう。 が、どうでも良いことか。
「数多さん以外は用済みかな」
「余裕だな、異法使い」
「……っと」
独り言を呟き、煙が晴れるのを待っていたそのとき、俺の背後から攻撃が仕掛けられる。 鹿名という女、こいつは中々に面白い。 センス、性格、法、全てが自分に噛み合っていて、法使いとしても最高と呼べる人材だ。 異法使いだったら、ぜひ……ああ、駄目か。 こいつの性格的に、それは無理な話だよね。
「前からしたら、随分落ち着いたな。 上司の命令もまともに聞かないガキだったのに」
「私はお前より年上だ、どっちがガキだ、どっちが。 それに余裕ぶっていて良いのかな、異法使い」
「手を抜いているつもりはないよ。 ただ、俺にも一応目的ってのがあるしね。 こう見えて、無駄な殺生はしない主義だから」
「……どの口が言うか。 まぁ良い、ここでお前は死ぬ」
「へえ」
鹿名は地面を蹴り、まずは向かい合った形から斜め右へ進んだ。 俺はそれを目で追い、警戒は解かない。 もしも万が一、俺が一泡吹かせられるとしたら、鹿名からというものがもっともあり得る。 だから、そこの可能性を警戒し、ゼロにしておこう。
「法執行ッ!」
ずしりと、体が重くなるのを感じる。 だが、まったく話にならない程度だ。 それで戦えるつもりなのか。
「異法執行」
言い、床を踏みつける。 砕かれたアスファルトが宙に浮き、俺はその一つに軽く触れる。 すると、アスファルトの破片は鹿名目掛け、飛んでいった。
さながら弾丸のようなそれを鹿名は確認し、刀を振り抜く。 反射速度がやはり優れているな、今のは簡単に言っちゃえば弾丸を刀で切り落とすようなものだけど……怖いなぁ。
「ッ!!」
そして、ある程度まで進んだところで、鹿名は急激に体の進む方向を変えた。 俺の方に迫り、刀を振り上げる。
「前より賢くはなったか? けど、それは俺も一緒だよ」
こいつの刀の重さ、そして加重。 それらはもう、一度見ている。 だから、超速度で振り下ろされる刀を止めるのは、難しいことではない。
「チッ……」
「成長はしたが、学習はしないね。 無駄だって、君じゃ俺に勝てないよ」
「ああ、そうだな。 私では、お前には勝てない。 認めよう」
鹿名は言うと、笑う。 俺はほんの一瞬、それに寒気を覚えた。 俺が、コンマ数秒だけでも、嫌な予感というのを覚えたのだ。
「鹿名ッ!!」
聞こえてきたのは、数多の叫び声。
「くたばれ、異法使い」
油断しているつもりはない。 が、俺の予想とは違う行動をこいつは取った。 戦う上でもっとも重要である武器を、鹿名は捨てたのだ。 俺は刀を抑えているということにだけ意識が向いていて、あろうことか鹿名がその武器を捨て、後方へと飛ぶだなんて、微塵も思わなかった。
そして。
「法執行ッッッ!!!!」
「ん」
今までにない加重が俺を襲う。 その加重に耐え切れず、俺は地面に膝をつく。 先ほどまでの加重は手を抜いていたのか? そしてここで本気を出した。 なるほど、これも予想外かも。 だけどまだ、これじゃどうにもならないよ。
しかし、それで終わらない。 煙は晴れ、視界が再度見えてきた。 そこで目に見えたのは、五人の敵。
数多、鹿名、木高、不、コルシカ、ラングドック。 一連の攻撃は、まずラングドックによる光の矢から始まり、次にコルシカが視界を遮るため、風を操作して煙を少しの時間残した。 そして鹿名が時間稼ぎをする。 ということは。
「おい! そろそろこっちは限界だぞ……!」
声を放ったのは木高。 が、俺はそれを見て違和感を覚える。 あるはずのものが、存在しない。 木高が武器として使っている巨大な剣、それがどこにも存在しない。
これが、最後の予想外だ。 木高の法、そのものに対して勘違いを起こしていた。 てっきり鹿名と同類、同系統の法だと思っていたんだ、俺は。
だが、それは違う。 木高の法は。
「そういうことか」
俺は上空を見上げる。 そこへ浮かんでいるのは、木高の持っていた巨大な剣。 剣先は丁度、俺へと向いている。
「抵抗の強化。 俺の攻撃を受けて無事だったのもそういうことか」
「ふん、気付くのが遅すぎたな。 もう、間に合わない」
鹿名が俺のことを見ながら言う。 ああ、そうだな。 だが、あの剣で俺を殺せると思っているのか。
「法執行」
次いで、鹿名が法を使用した。 更なる加重は、俺の足を地面へと埋め込む。 まだ更に上があるとは……少し、動くのには時間がかかるかな。 そして同時にそれは、丁度真上にある巨剣にも作用している。
「法……取り消しッ!!」
同時に、木高が法を解く。 膨大な抵抗によって、宙へ留まらせていた剣。 それに対し鹿名が加重を行い、同じタイミングで木高は法を取り消す。 ただでさえ重量感ある剣に加重、その結果は俺が何か言葉を発する前に、結果として表れる。
「……」
ギリギリ、体の中心を反れ、剣は地面を叩き割った。 が、俺の右腕は肩より少し先から容易く斬り飛ばされた。 目で見えない速度、それだけ見れば、あのアレスよりも高速だ。 反応して回避するのは不可能か。
異法によって、痛みはなかった。 だが、それは相手も分かっているはず。 だとしたら、次に行われることは。
「――――――――法執行」
「ぐっ!?」
鋭い痛みが右腕を襲う。 そして、血が吹き出す。 これも分かっていたこと、この状態に追い込まれた時点で、これは決まっていた結果だ。 そう――――――結果なのだ。
数多の法、結果の強化。 俺に与えたダメージを結果とし、強化した。 小さなものならどうにでもなったが、さすがに右腕を斬り飛ばされ、そこに上乗せで法を食らえば、ダメージは通ってくるか。 頭を使った戦法、戦術、賞賛に値するぞ、これは。
「……ッ!!」
異法で治すのには、こうなってしまえば時間がかかる。 だから俺は着ていた服を千切り、それを切断された右腕に巻きつけ、締め上げた。 応急処置にしては雑すぎるけど、しないよりはね。
「だから言っただろ、異法使い。 私では勝てないと。 だが、私一人で戦っているわけではない」
「……ああ、そうだな」
加重は既に解けた。 俺はゆっくり立ち上がる。 血は未だ、激しく脈を打ちながら垂れ落ちていく。 痛みと、血。 いつぶりだろうと、俺は思う。
「侮っていた。 少し、下に見過ぎていた。 これは俺の非だよ、だから謝ろう。 悪い」
目の前に居る六人に向け、俺は言う。 数多友鳴、鹿名早紀、木高宗馬、不、コルシカ、ラングドック。 全員、雑魚と認識していたよ。 それは俺の見立てが甘かっただけ、そして同時に、戦いに対する無礼だ。 結果として俺は生き残ったが、それでも非礼は消えることはない。
「お詫びだ、これで許して欲しいかな」
俺は言い、先ほどの巨剣での一撃により、粉砕されたアスファルトの断片を拾う。 先が尖り、武器として充分使えそうなそれを手に取る。 そして俺は、それを自分の左眼へと突き刺した。
「――――――ッぁああ!! さすがに痛いな、あっははは! あーハハはははハははッ!!」
視界が片方、闇に飲まれる。 さて、これでそろそろ俺も追い込まれてきたのかな。 こんな場所でそうなるのは、マジで予想外だったけどね。
「貴様、一体何を……」
「っはぁ……だからお詫びだって。 それで、あは。 もうひとつ良いことを教えるよ」
左眼を瞑り、片目だけで六人を見る。 鹿名、木高、不は動揺しているようだが、不の使い魔の二人と数多は落ち着いているな。 場数が違うか、さすがに。
「君たちに見せた俺の異法だ」
俺は言い、指を折り曲げながら言う。
「強制修復、座標負荷、物体交換、意思横奪、法則変化、物体停止、身体暴化……君たちに見せたのはこれくらいだっけ?」
「……七つ、だと?」
「驚くことじゃないでしょ? 法使いだって、たくさん法を使う奴だっているんだし。 まぁでも、俺の場合は少し違うんだけどね」
「どういう意味だ、矢斬」
俺の言葉に数多が言う。 問われたから答えよう。 今は質問タイムで、戦闘はそのあとで良い。 この俺が受けた痛みも、じっくり味わっておかないとだし。
「回路歪曲、空間切断、地盤破壊、肉体固定。 このくらいかな、ここに来るまでに使った異法は」
「な……に?」
「でも、まだある。 俺の異法は百を超えるんだぜ、法使い。 それで数多さん、あんたにだけ話があるんだ。 だから他の奴らを帰らせてくれないか?」
俺の提案に、六人は誰しも返答をしない。 何か思惑があると思われているのかな。
「まぁ、良い。 ならそういう状態を作るだけだ」
言って、俺は前へ飛ぶ。 瞬時に数多の目の前へと行き、その体に左手で触れようとする。 が、そこで左右から殺気がした。 左の視界は悪いな、だが右は見える。 それに合わせ、俺は数多の体を前方へと蹴り飛ばす。 同時、俺も後ろへと飛んだ。
数多には蹴り自体をガードされ、前方へ飛ばしただけ。 だが、それで良い。
「異法執行」
中央へ向け、俺は異法を行う。 起きる現象は、空間との隔絶。 ああ、この異法は今言った中にはなかったっけ。
「隔絶空間。 見えない壁をドーム状に作る異法。 守ったりするときにも使えるんだけど、こういう使い方の方が便利だよね……まー聞こえてないか、もう」
「――――! ――――――!!」
鹿名は気付いたのか、見えない壁を叩きながら何かを叫ぶ。 が、その声はもう届かない。 不もコルシカもラングドックも木高も、全員が壁の突破を試みるも、無駄だ。
「さて数多さん、話をしよう。 あんたには是非とも聞いて欲しい話だ」
「チッ……子供の相談っていうのは、あまり得意じゃないんだけどね」
数多は壁に囲まれた鹿名たちに一度視線を向け、俺へと視線を向ける。
「そう言わずにさ。 難しい話じゃないし、あんたにとっても悪い話じゃない」
俺は言い、笑った。 これが決め手だ。 そして、遠い未来に打つ一手。 これが後々どうなるかなんて俺にも分からない。 けれど、きっと最重要の一手なんだ。
「数多さん、あんたには俺が法者を殺す手助けをして欲しい」
変わらず、笑い、俺は数多に向け、そう言った。




