第十七話
「すいません、ボス」
「良いって、気にするな。 それより、今は自分自身が一番危険ってことを頭に入れとけ」
やがてルイザは目を覚まし、俺の顔を見るなり真っ先にそう言った。 自分が置かれている状況は理解しているのか、その言葉は勝負に負けたことからなのか、使い物にならなくなってしまってのことなのか。 後者ならば、それは違うと俺は言えるか。
「ルイザ、頼みがある。 このアースガルドは地下帝国だ。 太陽の光は届かないけど、昼夜という概念は存在する。 それが上部に設置してある液晶で、あれは地上から見た空をそのまま映しているんだ」
「それを頼りに、昼と夜を区別しているということですね」
「そ。 あの液晶は各地に散らばっている電源装置から電力を引っ張っている。 でも、街中にある街灯はその限りじゃない。 その電力は南部にある施設から持って来ている」
俺はそこまで言うと、ルイザにノートパソコンを手渡す。 ハコレに頼んでおいたもので、俺は詳しくないから知らないけど、かなりの高性能とのこと。 そしてそんなパソコンを手渡し、俺は言う。
「あとは分かるな? 配置に付いたら連絡する」
「了解です。 ボス、気を付けて」
「ああ」
準備は整った。 地図は既に、天上も霧生も頭に入れただろう。 それを示すかのように、天上も霧生も立ち上がる。
「んじゃ、行くか」
敵の持ち駒は不明のままだが、こっちには落とせる戦力は間違いなくある。 なら、そろそろゲームを開始しても問題はないだろうよ。
「ポチさん、それじゃ気を付けて」
「お前たちもな。 なんかあったらすぐに連絡しろ。 中に入ったら、地下室に降りる階段が中央にあるはずだ。 そこで一旦合流しよう」
「りょーかいっと。 そんじゃ、行くか」
「なんでてめぇが指示すんだよ、チャラ男が」
と、睨み合いながら歩き始める二人。 ルイザが居ないとやっぱり駄目だな、止める奴がいなくなっちまう。 だが、それでも一度引き受けた仕事だ。 二人はそれを放棄してまで揉めるほど、無責任な奴らではない。 特に天上なんて、こう見えてかなり責任感はあるからな。 霧生も一応、言動も行動も軽いけど、頭の中では真面目なことを考えているし。
「さて、と」
裏側へと回るのは天上たち。 そして正面から敵の引き寄せ、突破するのが俺とシロ。 かなりの規模の研究施設なので、敵全てをこちら側へと向けさせるのは少し厳しいが……ある程度なら注意を向けることはできるだろう。
「シロ、俺から離れるなよ。 八雲のことが気になるのは分かるけど、今は忘れろ」
「別に気にしてなんかないですっ! けど、はい。 分かりました」
ムスッとしながらシロは言う。 俺はそれを見て、施設へと視線を向けた。 そこでふと、違和感を覚える。
「……なんだ? 昼間のときより手薄なのか?」
周囲を見回っている奴がいない。 それどころか、正面玄関を抑えているのは二人だけだ。 それもただの雑兵のような風貌だな。
「まぁ関係ないか。 ……ルイザ、俺だ」
『はい、聞こえています。 準備は完了しているので、指示があればいつでも』
「おっけー。 んじゃ始めよう」
『了解』
返事を聞き、俺は通信を切る。 すると数秒後、この街に異変が起きた。 灯りという灯りが全て、消え去ったのだ。
上部のパネルから外の空は映しだされている。 今現在、アースガルドの光はあそこだけにしかない。 しかしその光だけで街が照らされるかと言えば、答えはノー。 夜の街から光が失われれば、暗闇の方がよほど勝る。
「ゲームスタート」
俺は言い、犬の顔に猫の耳の面を付ける。 今ではどうやら、俺の素顔よりこっちの面の方が有名らしい。 なんというか、少し虚しい話だよ。
「停電か!?」
広大な土地にぽつんと存在する施設。 その正面から歩き、俺とシロは入り口へと辿り着いた。 電力設備へのハッキング、そして停止。 復旧にはしばらく時間がかかるはず。 いくら慣れた場所だと言っても、消えることが分かっている俺たちと分かっていない奴らではこっちに地の利があるだろう。 もちろん、敵にもそれが慣れてしまえば変わってくるが。
「いいや、寝る時間だから消したんだよ。 こんばんは」
「誰だッ!?」
男は叫ぶように言い、俺に非常用の懐中電灯を向ける。 暗闇の中に俺の姿が浮かび上がった。
「LLLを壊しに来たって言えば良いかな? それとあれ、暇潰しだよ」
「……なんだ、こいつ。 チッ、頭がおかしい野郎め。 ……外部ブロックA1より司令室へ、現在不審者二名が接近、排除する」
男はそのまま機関銃を俺に向ける。 どうやら許可を取っていたようだが、それはすぐに降りたようだ。 そして、更に巨大な光が施設の入り口を照らしてきた。
「……非常用の電源か。 さすがにそういうのはしっかりあるわけね」
となれば、施設内もある程度は電力が生きているってことだろうな。 それならそれでも良いけど、ある程度の力を奪った上で、道標となる灯りを点けてくれるのなら好都合か。
「ワンワン。 お前らも法使いの端くれなら、逃げるなよ」
「ラリってんのか、てめぇ」
機関銃を構えていた男は、俺に狙いを定める。 俺の背中にシロは隠れているためもあり、動けないな。 もっとも、避ける必要も感じなかったが。
「犬の顔に、猫の耳……おい待て、こいつまさか」
「んだ、よ?」
銃を構えていた男が、もう一人の男へと顔を向けた。 だから俺は、その頭を掴んで千切った。 余所見は駄目だろ、もう戦いは始まっているんだから。
「足らねえよ法使い。 俺を殺したきゃ、もっと良いのを呼んでくれよ」
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいい!! く、来るなぁああああアアアアあああ――――――――あっ」
「……おっかしいな。 やっぱ」
千切った頭部を放り、数秒後に頭を失った体は地面へと倒れる。 俺はそれを目で追うことなく、施設の入り口へと視線を向けた。 そのまま、数十秒眺め続ける。
妙だ。
侵入者に対し、警備が薄すぎる。 それも八雲とシロ、二人と戦闘を重ねてきた研究施設の連中だ。 施設が襲撃されることだって想定内のはず。 戦闘慣れしていないというわけでもない。 連絡は先ほどの男がしただろうから、届いていないわけがない。
だからこそオカシイ。 この変な静けさと、ここへ向かってきている気配を感じない。 もしや、既に襲撃計画がバレていて、逃げられたあとなのか?
「……ポチ。 LRIは外部との通信を厳重に監視、禁止しています。 たとえ情報を漏らすにしても、許可を得るのに数日はかかります。 閉鎖的な機関なんです、LRIは」
「だったら考えられるのは二つかな。 この静けさは罠か、それとも予想外のことが起きているか」
「予想外のこと、ですか?」
「たとえば、既に侵入者がいるとかね」
俺は言い、靴の裏を見る。 あいつと接触したのは一回で、そのときにぶつかっている部分はここか。 となれば、俺の予想が正しければ。
「……シロのお友達って、ほんっと趣味が悪い奴多すぎ」
靴の溝に埋め込まれた小さな機械。 無線型の盗聴器か。 これを仕掛けたのは八雲だろうな。 そして、俺とシロの会話を盗聴し、施設にLLLのデータがあることを知ったのだ。 結果、俺たちより先に侵入を果たした。
さて。 そうだとしたら目的はなんだろう? 八雲が俺たちより先に侵入し、LLLのデータを必要とする理由。
「シロ」
「……はい、なんですか?」
シロはきっと気付いていない。 その行動の意味にも、目的にも。 そして、一連の出来事の裏にあるものにだって、気付いていないだろう。 だから俺は、言う。
「何があっても法は使うなよ。 お前の法は一般的なものから逸脱してる。 バランスが壊れちゃうからさ」
「分かってますです。 ワタシもこんな法、不要なものですので。 ですがポチ、――――――」
「ん?」
最後の言葉が聞き取れず、俺はシロに尋ね返す。 すると、シロは今度はハッキリと言った。
「もしもワタシを殺さなければならなくなったら、迷わず殺してください」
「ああ、分かったよ」
その言葉を聞き、俺は施設の中へと入っていった。 暗く、ジメジメとしたその中へと。




