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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
三章 神罰
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第十六話

「ポチ! ポチ! あれはなんですか!? 何事ですかっ!?」


 天上たちに連絡が取れなくなったこともあり、俺とシロは最初に提示していた集合場所へと向かっていた。 キグのこともあったし、それもまとめて一度伝えるべきだろう。 ルイザはキグを知らないけど、情報を渡せば研究施設襲撃の作戦に対して助言もしてくれるはずだ。 しかし、その道中でシロが遠くの空を指さし、声をあげる。


「ん? あれは……」


 ……天上、か? 見たところ、戦闘中ってところだろうか。 だとしたら相手はあいつか。 俺が苦手な男、戦馬戦次。 しかし霧生がやられていて、ルイザを背負った天上は逃げているようにも見える。 八雲って男の姿はないが、妙だな。


 戦馬自体、確かに強い。 だけど、あの三人が勝てないほどの男だっただろうか? 考えられるとしたら、あの人もまた強くなっているってことになってしまう。 努力を欠かさない凡人、努力のみで積み上げた力は、今尚磨かれているって感じなのかな。


「まぁ全員無事なようだし、とりあえずは合流……あら」


 目を細めて見ていた。 遠いが、ハッキリと顔は確認できる距離で、誰にも追われていないことは認識していた。 が、唐突にルイザが何かに斬られた。 太刀筋も、気配もない。 しかし、何かに斬られたかのように、衝撃が走ったんだ。 そして、天上の背中からルイザは落ちる。 意識を失ったように、体全体の力は抜けていた。


「行くよ、シロ」


「じ、じじじじっ事件ですねっ!?」


 慌てふためくシロの頭に一度手を置き、俺は天上たちの元へと向かうのだった。




「んで、安全圏から斬られたってわけか。 戦馬さんも面倒な人になっちゃったね」


 それから適当な宿を探し、合流した俺たちはルイザをそこへと運んだ。 鉄の街とは言っても、さすがにベッドまで鉄ということはない。 床や壁は鉄だが、装飾品によってそこまで気になるものではなかった。


「悪い、ポチさん」


 頭を下げるのは天上だ。 その横で、手当てを終えた霧生は項垂れている。 随分とこっ酷くやられ、こいつらにとってはそれ自体、滅多にないことだったから余計か。 だけど今回ばかりはちょっと相手が悪かったとしか言えないね。 あの人の剣術は厄介なんだよ、本当に。 七からなる剣技、俺が知っているのは六までなんだけど、最後の最後にこんな隠し球があるなんて。


「いいよ、問題ない。 それより面倒なのは、ルイザが使えないってことだよ」


 それは意識を失っているとか、怪我をしているとか、そういう問題ではなくて、だ。 もっと根本的な意味で、ルイザは現時点で力にはなれない。


 文字通り、ということ。 ルイザは今、異法を全く使用できない状態なんだ。 数日経てばそれも戻るとは思うが……何かしらの方法でルイザを治さなければマズイ。


「……異法を封じる法、か? 聞いたことないねぇ、そんな法、俺っちは」


「ちょっと見せてくださいです。 回路については、詳しいのです」


 何かを考え込んでいたシロは椅子から立ち上がり、ルイザの横へと行く。 ルイザは未だに眠り、目を開ける様子はない。 生きているのは確実だが、ここへ来てからの困憊もあったのだろう。 それこそ、事前にアースガルドのことは調べあげていたようだし。


「……」


「何か分かりそうか? シロ」


 ルイザの瞼を開き、シロはその蒼い瞳をジッと見つめる。 俺が話しかけても反応がなく、集中しているってところか。 それならそっちは任せるとして、俺たちは今後の話し合いでもしようかな。


「霧生、体は大丈夫か?」


「もっちろん。 ポチさんがある程度治してくれたし、大丈夫大丈夫。 それよりポチさんの方はなんか収穫ってあったの?」


 笑い、右腕を回す霧生。 だが、その傷は完全に治ったわけではない。 俺の異法である程度は治したけど、結構な傷はすぐには癒えないだろう。 ロクやツツナの異法なら、もしも傷を負ったとしてもすぐに治せるだろうが。


「良い知らせと悪い知らせ。 良い方は、LLLのデータがある場所が大体分かった。 んで、悪い知らせの方は……キグが居た」


「……あ? キグ? ポチさん、ちょっと待て……見間違いじゃなくてか?」


 俺の言葉に、天上と霧生は表情を曇らせる。 こいつら二人は知っている奴だ。


 異端者という組織自体、元々は俺、ツツナ、ロクから始めた組織。 そこへ俺が異法使いを勧誘して、連れて行き、そして仲間へとなり、今に至っている。 最初に連れて来たのは天上で、次が霧生。 そのあとに連れて来た人物こそ、キグと呼ばれる男。 しかしそいつはあろうことか、仲間を売ろうとしたんだ。 結果的に俺との一騎打ちとなり、殺した男。 それはツツナもロクも、天上も霧生も知っている。


「見間違いじゃない。 間違いなくあいつはキグだ。 だから、少し面倒だな」


 異法と呼ばれる能力にも、様々な傾向はある。 天上や霧生のような超能力的なものから、ルイザのような意識を支配してしまうものも。 そしてツツナやロクのような特異的なもの、カクレのようにサポートに特化した能力まで、様々である。 基本として現象を捻じ曲げるということがあるのは良いとして、その在り方は千差万別なのだ。


 そして、キグの異法。 あいつの異法は、戦闘というものに特化した異法だ。


「物質変則か。 確かに面倒だね……特に俺っちとか天上じゃ、相性がちっと悪いかな」


「うん。 だから俺が殺るよ、その責任だって俺にあるしね。 時間もあまりかけてはいられないし、数日後にはデータの破壊に向かう。 それまで休んでいてくれ」


 さてさて、問題は手が回るかどうかと言ったところか。 法使い……ここへ来ているという数多さんたちの姿も見かけないことだし。 上からの指示だとするならば、大方施設の護衛ってところかな。 そうなると、そこともぶつかる可能性は大いにあるわけで。


「ポチ」


 そこまで考えたところで、ルイザを診ていたシロから声がかかった。 俺だけでなく、その声には天上も霧生も反応する。 ルイザの容態が気になるというのは、どうやら全員一緒のようだ。


「どうだった?」


「はい、この人なんですが」


 俺が尋ねると、シロはすぐさま口を開く。 しかし、その言葉、結果は……良いものだとは、限らない。


「回路をやられています。 今現在、この人は異法を全く使えない状態です。 生身の人間と、一緒の状態です」


「……なに?」


 回路をやられた……ということは、あの最後の一撃でそれをしたのか。 肉体的な傷はなく、体内にある回路に対する攻撃というわけか。


 ……しっかし、それは本当に参ったな。 俺は今回、必要最低限の人数で来ているということもあり、作戦の難易度はかなり上がってしまった。


「治る見込みは?」


「今は眠っているだけなので、直に目は覚ますと思います。 ですが回路に対する攻撃、それもあり得ないほどに綺麗に斬られています。 ですが物理的なものではなく、能力的なもののはずです。 つまり、攻撃をした本人が法を解けば、元通りになるのではっ!」


「要するにそれまでは治らないってことか。 んー、ルイザは今回休みだな、それじゃ。 俺と天上と霧生、んでシロと……あれ、そういやもう一人の男は?」


 そういや、シロと一緒に行動をしていた男を見かけない。 はぐれたのか、殺られたのか、それとも別の何かか。


「……むー! 知らないです知らないです! 八雲の馬鹿たれっ!」


 手をぶんぶんと振り回し、怒りを露わにするシロ。 そして天上と霧生の顔色を見る限り、どうやら一悶着があったらしい。 シロがその事情を知っているってことは、シロには連絡でもあったのだろうか? んでそうなると、戦力として考えられるのは、ルイザを除いたこの場にいる四人というわけか。


「元から八雲はそうなんです! 信念というか芯というか、そういうものがないんですよっ! まったくもう昔からで……」


「そっちの方が何かと都合が良いんだろ。 ここでうまく立ち回るときなんか、特に」


 さながらスラム街のような街並みを窓から眺め、シロの言葉に答える。 それに、俺が見た八雲という人間は、少なくとも信念は持っていたように思えたんだ。 それがどんなものか、シロと同じならば……きっとうまくは行くんじゃないかな。


「でもでもでもっ! でもワタシは納得できませんっ! 不納得です! ずーっと一緒にやってるのに、酷いですっ!」


「分かった分かった。 分かったから俺を叩くなよ……」


 苦手なんだよなぁ、この子。 妙に人懐っこいし、気配が妙だし。 俺の場合はロクの力で法使いとなっていた所為で、気配がないと言われていたんだけど、それとはまた違うタイプだな。 シロの場合は、幼少期の人体実験の影響だろう。 一体どんなことをされたのか、そんなことには興味もないんだけどね。 昔のことなんて、どーだって良い。


「居ない奴、怪我人のことを考えても仕方ない。 天上、霧生、今夜実行に移そう」


「今夜? なんだポチさん、やけに急ぐんだな」


「うん。 少し嫌な予感がするんだ。 なるべく急いだ方が後々のためになりそうなね」


「まぁあれだね、俺っちとしてはあの戦馬って男をとっととぶっ飛ばしたいところだけどっ! 俺っちとか天上じゃ歯が立たないのも事実だししゃーなしかなぁ」


「あの人はもうここには居ないだろうさ。 話を聞く限り、目的を見失ったんだしね。 必要最低限のことしかしない、そういう人だ」


 弟子である小牧さんにも、そうしている。 そして余った時間で自身の鍛錬を行う。 終わりのない努力、それがあの人の強みだろう。


「ルイザの異法も早く取り戻したい。 だからとっとと終わらせて地上に戻ろう。 天上、霧生、今回は俺もそれなりにやるよ。 俺がセキュリティの注意を引き受けるから、その間に裏側にある入り口から侵入してくれ。 地図は大体頭に入ったから、あとで渡す。 目標は地下室にあるLLL、それの破壊。 障害になる奴が居れば殺して良い。 ただし、キグと遭遇したら俺に連絡しろ」


「了解」


 二人は声を揃えて言う。 それを聞いた俺はシロの方へと向き直り、口を開いた。


「シロは俺と一緒に来い。 法を使わなきゃ、お前が一番戦闘力が低い。 どーせ法を使う気はないだろ?」


「……了解です。 ワタシとしてもポチの傍なら安心なのでっ!」


「それって俺っちと天上に超失礼じゃね!? いやまぁ良いんだけどさ……確かにポチさんつえーし」


 少々不貞腐れる霧生を見て、シロは口元を押さえて笑う。 それは年相応の姿に見えて、それがなんだか安心もできた。


 シロの異常なほどに強力な法。 本来ならばあり得ない法は、LRIの研究の賜物と言っても良い。 そんなシロがLRIに歯向かうなんて話は、なんて皮肉なものだろうか。


「うっし。 んじゃ地図を渡すから各自頭に入れとけ。 俺はちょっと休むから、ルイザが目を覚ましたら教えてくれ」


 そう伝えると、三人は頷いた。 確認した俺は、別の部屋へと歩いて行く。


 ドアが閉まり、三人は談笑でも始めたのか、話し声が聞こえてきた。 俺はその声を聞きながら、部屋の中にあったベッドへと座る。 そして息を深く、吐いた。


「……ほんっと、面倒なことに巻き込んでくれるよ、シロは」


 面倒事は面倒事を引き連れる。 一度捕まれば、それは根源となっているものを消さなければ終わらない。 ずるずると引っ付いてくる物たちこそ、真に厄介なんだ。

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