第十四話
「やろうか。 たくさん相手にするのって久し振りだから、良かったよ。 慣らしておかないといけないしね」
僕は言い、狐のお面を外した。 顔を隠すという役割は最早、あまり意味を成していない。 けれど、僕はやっぱりこのお面が宝物なんだ。 何一つない僕に、ポチさんが与えてくれたこのお面が。
だから、大切に服の中へと仕舞う。 そして、前方に居る人の群れを見つめた。
「舐めてくれるわね、さすがのあんたでもこの人数を相手にして、タダで済むわけないでしょ」
「ふふ……ふふふ! それはこっちのセリフだよ、おねーさん。 たったその程度の人数で、僕の相手が務まると思ってるの? ナメられたものだね、僕も」
思わず、笑ってしまう。 数十人、数百人。 それだけの人数で相手をしようというのか。 確かにそりゃ疲れるよ。 けどね、疲れるだけだ。 やれないなんてことは、ないんだよ。
「――――――僕を殺したかったら数万人を用意しなよ、おねーさん」
言って、地面を蹴った。 自身を法使いとしていない以上、その身体能力は劣る。 けど、それは相手も一緒。 それに自分で言うのもアレだけど、所詮は異法使いでしかない。 法使いに比べたら、圧倒的に個々は弱く、脆い。
僕はまず、後ろへと飛んだ。 定石通り前へ突っ込み突破するなんてことはしないよ。 僕は別に君たちからは逃げないんだからさ。
「異法執――――」
「だから遅いんだって。 わざわざ存在を知らせるなんて、ほんっと馬鹿だね」
まず一人、首を跳ねた。 やっぱりそうだ、脆すぎる。 僕の力でも、簡単なくらいに。 これなら大した時間も使わずに、終わらせることもできそうかな。 ツツナさんたちは大丈夫だと思うけど、一応は僕も向かっておかないとね。 あの王女さんが来ていたらそれこそマズイし。
また一人、また一人。 後ろで構えていた数十人を次々と殺す。 淡々としたそれは、作業のようなものだった。 首を跳ねる、体を貫く、頭を潰す、心臓を潰す。 それを繰り返すだけの作業で、気付けば僕は血溜まりの中で立っていた。 顔も服も、汚れてしまった。
「ほら、君たちは弱すぎるよ。 逃げるなら、追いかけないよ。 僕今さ、気分は良いから」
「そりゃそうよね。 異端者のナンバースリーともなれば、これくらいの強さは見越していたわ。 けど、あたしたちは逃げない」
……驚いたのは、その気が全員にあったことだ。 さっき後ろの人たちを殺しているときもふと思ったが、この人たちは一人足りとも逃げ出すことをしなかった。 そして今も、僕が圧倒的な強さを見せたのに、逃げない。 一体何を考えている? 勝算があるとでもいうのかな? だとしたら是非ともその勝算を見せて欲しいよ。
「だったら、遠慮は要らないね」
笑って、地面を再度蹴り飛ばした。 軽い体は風を切り、前方に居た人の群れへと飛んで行く。 さすがに二度目となれば速度を見切ったのか、一番前に立っていた男は手に持っていたナイフで僕に攻撃を加えようとする。
「食らっても良いんだけど。 万が一ってこともあるし遠慮しておくよ」
昔なら、面白半分で食らっていたかもしれないけど。 今はそういう事態じゃないし、敢えて受ける意味もない。 僕は思い、その攻撃を宙で体を捻り、避けた。 同時に男の下顎と頭を掴み、力任せに捻る。 ボキッという鈍い音が響き、男は小さい悲鳴をあげ、地面へと倒れた。
「こんのッ!!」
「あは」
死んだ男を見た一人は、鉄パイプのような物を構え、僕に向けて振り下ろす。 僕はそれを掴み、握り潰した。 面白いくらいにパイプは潰れ、そのままそのパイプを奪うと、振りかざす。
「あ……がは」
血を吐き、また一人倒れた。 脆すぎる。 これじゃあ退屈凌ぎにもならないよ。 遊べるにしても、少しは趣向を凝らして欲しいよね。
……けど、やっぱり違和感。 おかしいなぁ、どうしてこれでもこの人たちは退いていかない? 背中を向けずに戦うことが、蛮勇だとでも思っているのだろうか? 敵わない敵に背中を向けるのは、恥じることだと思っているのだろうか?
それに。
万が一そうだとしても、誰一人そういう気配がない。 逃げる、という文字が頭にないくらいに。 選択肢として、戦うことがないように。 これはちょっと、変かも。
「あんたじゃ一生勝つことはできないわ。 どれだけ強い異法だったとしても、弱点はあるもの」
「へえ。 弱点ね、ぜひ教えて欲しいよ。 僕はか弱いっていうのは知ってるんだ。 だから、もしも弱点があるなら克服したいね」
「教えると思って? それともあの男にずっと教えられてきた所為で、甘えた性格になったのかもね」
あの男、ポチさんのことか。 別に全部が全部、教えられたわけでもないんだけどなー。 まぁこの人にとっては、そう見えているだけの話か。 他人からどう思われようが、僕は別にどーだって良いや。
そして僕は、もう飽きたと思い、残された数人を殺すべく、一歩進む。 だが、そこで目の前の女は更に口を開いた。
「あの男も、結局はあんたみたいな異法に頼った馬鹿を飼う馬鹿ってことよ」
「……黙れよ。 僕のことは良いけど、ポチさんのことを悪く言うな」
頭に来たよ、少し。 僕のことは本当にどうだって良いんだ。 でも、ポチさんのことを貶されるのは許せない。
「殺してやる。 ムカついた」
けど、本気で怒っては駄目。 僕の制御できる範囲で、異法を使わないと。 じゃないとあとで怒られてしまうから。
「どうぞ、ご自由に」
女は礼儀正しく頭を下げて、笑って、言う。 僕はその瞬間、女の元へ飛んだ。 いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち。
八人。 十秒もいらないや。
「ははは、あはははは、アッはっはっはっはハッハッハッハッは!」
油断しきっている女の髪を掴み、力任せに引っ張る。 ぎち、という不愉快な音と共に、女の頭は簡単に外れた。 その頭をそのまま近くに居た男へと、また力任せに投げつける。 今度はある程度の質量を持った物が潰れる、小気味良い音が聞こえた。
「ねぇねぇ、ねぇねぇねぇ! なんで君たちはそんな弱いのに強そうな態度をとるわけ!? ふふ、ふふふふふふふふふ! 僕、面白すぎてオカシクなっちゃうよ! あははは!」
殺して、殺して、殺し尽くす。 虫を潰すように、呆気なく。 やっぱり大したことなんてない、そして造作もない。 殺しにかかってくるのなら、法使いでも魔術使いでも……たとえ異法使いだったとしても、関係ないね。 先に手を出してきたのは君たちなんだから、それくらいは理解しているよね。 手加減なんて、しないよ。
一人は頭を潰した。 一人は喉を引き裂いた。 一人は心臓を突き刺した。 一人は首を刎ねた。 一人は体を潰した。 一人は首を折った。 そうしてその場にいた全員を殺した。
だけど、不思議なことに達成感はなかった。 それは相手が弱かったからではない。 僕はこれでも一応、どんなに弱い相手でも多少は達成感を得ることができるんだ。 なのに、今はなんら達成感を得られていない。
「……」
地面は赤く染まっていた。 周囲に死体が転がっていて、その中心に僕は立っていた。 そんな光景を一度見て、目を瞑って息を吐く。 そして、次に目を開けると。
「気は済んだかしら」
つい先程、殺したはずの女は立っていた。 それどころか、僕が殺した人間全員が、立っていた。 後ろ、前、僕の立ち位置。 それらが全て、元通りに。
「異法か」
「ご名答。 けど、あなたじゃ無理ね」
時間の巻き戻し、それとも生き返り? でも僕の位置まで戻ったということは、巻き戻しの方があり得るかな。 それか幻覚ってところだろうか。 だけど不思議なのは、この人たちレベルの異法で、それができるって部分。 可能性として一番あるのは、何かしらの制約があるってところかな。
「あたしたちの役目は足止め。 早くしないとあんたの仲間、みんな死んじゃうわよ」
女は言って笑う。
……そうか、そういうことか。 この人たちは、本当に死ぬ気で戦っているのか。 その先にある僕たち異端者の壊滅を望んで。 自分たちが死のうと、異端者という組織が崩壊さえすればそれで良いと。 けれど、不自然さはやっぱり拭えないね。
まぁともかく。 これは確かに、ちょっと手こずるかもしれないよ。




