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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
三章 神罰
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第十三話

「ひーまーだーなー」


「……」


 僕が言うも、ツツナさんは顔色ひとつ変えずに本を読んでいる。 その昔……と言っても僕はまだ小さいけど。 ツツナさんがどんな本を読んでいるのだろうと思い、後ろからこっそり覗いたことがあるんだ。 結果としては、小難しい本で何が書いてあるのか分からなかったけどね。 それで聞いたら、ツツナさんは「ただの小説だ」と言っていたっけ。 あんな難しい小説、僕にはとてもじゃないけど無理だね。 ライトノベルって呼ばれる部類が限界だよ、僕は。


「しっかしマジ暇だね。 なぁロクー、アイス買ってきてよ、アイス!」


「なんで僕なのさ。 鈴さんが行けば良いのに」


「暑いからヤダ! 外見てみろよ、ゆらゆらしてるぞ……あそこに行けばアタシもゆらゆらしちまうのかな……? うう、なんか鳥肌立ってきた」


 今、僕たちが居るのはアジトだ。 ここにはクーラーも付いてなければ、風通しが良いわけでもない。 窓ガラスだって存在しない所為で、アジトの中は常に埃っぽいし、冬とか極寒……らしい。 僕は異法のおかげで分からないけどね。


「んじゃ仕方ねぇなぁ、俺が行ってやるか」


「……え?」


 声の方に顔を向けると、その発言をしたのはハコレさんだ。 僕も驚いたし、リンさんたちも驚いている。 当然、カクレさんも。 だってそうだ、あの引き篭もり癖があるハコレさんが、自ら外に出ようとするなんてあり得ないこと。 もしかしたら今から雪降るのかな?


「アッハハ! 冗談に決まってんだろばーか。 つーか、アイス買ってきても戻る前に溶けるだろ、ロクがいかねえと」


 ……ムカつくなぁ。 でも、言ってることは合ってるんだよね。 買いに行くにしても、どうせ法地区には入らないと行けないし。 そうなると、ここに戻ってくる間にアイスなんて普通に溶けちゃう。 だったら僕が行って、異法で温度を保って行くしかないんだよね。 僕の異法ってそんなことに使うものじゃないんだけど。


「ならこうすれば。 今から鈴とわたしとハコレとカクレとロクでじゃんけん。 負けた人が買って来る」


「おいおい倫さぁ、今俺がした話聞いてたワケ? 溶けちまうだろって、ふつーに」


「大丈夫。 コンビニには、ロックアイスっていう保冷剤がある」


 確かに。 でもあれ重いんだよね、無駄に。 僕なら温度は保てるから良いとして、リンさんたちやハコレさん、カクレさんではそれがないと駄目ってことか。 それで、みんなからしたら無駄なことで異法は使いたくないだろうから……あの重さを感じながら、ここまで戻ってこなきゃって感じかな。 うん、それはとっても大変そう。


「……俺はアイスいらねえから良いや。 テメェらで勝手にやっとけ」


「なんだぁおい! ハコレ! アタシの前で勝負から逃げるのは許さねえぞ!? アタシの前に立ちはだかったなら、最後まで戦えよッ!!」


 室内の温度が更に上がった気がする。 リンさん姉は動く暖房器具なのかもしれない。 一度火が点けばそれが収まることは早々ないし、決着が付くまで諦めることはないリンさん姉だ。 それで、ハコレさんもハコレさんで挑発には乗りやすいタイプ。 その結果。


「後悔すんじゃねえぞ、クソガキ」


 結局、僕たち五人はじゃんけんによって、お使い役を決めるのだった。




「ツツナさんがお茶で、リンさん姉がスポドリで、リンさん妹がオレンジジュースで、カクレさんがコーヒー牛乳で……あとはアイス」


「いちいち覚えなくても良いだろ、俺がメモ持ってんだからよぉ」


 というわけで、僕とハコレさんで買い出し中。 考えれば分かることだったけど、まずリンさんたちにじゃんけんなんかで勝てるわけがなかった。 そのじゃんけんを提案した時点で、リンさん妹は異法を使っていただろうからね。 勝てると分かって、こうなると分かって、やっていたんだ。 で、その結果がこれ。 一発勝負のじゃんけんで、一緒に負けた僕とハコレさんが買い出しに行くことになった。 まーそれ自体は負けた側だし文句はないけどさ、じゃんけんに参加していないツツナさんに「俺はお茶で良い」と言われたのは、少し気分が悪いね。 不愉快だよ、不愉快。 暖かいお茶でも買って行ってあげようかな。


「だってハコレさんってテキトーじゃん。 どうせなくすでしょ、そのメモも」


「あぁ? 俺ほどしっかりモンもいねぇぞおい。 ただめんどくっせぇだけだしなぁ」


 語尾を伸ばすようにハコレさんは言う。 見た目で言えば怖い部類のハコレさんだけど、話してみるとこれが結構面白い。 話し方とか目付きとかは怖いけどね。 たとえるなら、天上さんが威圧的な怖さなのだとしたら、ハコレさんは人を怯えさせる怖さって感じ。 ま、僕はそれでも平気だよ。 仲間だしね、ハコレさんは。


「ポチさんが言ってたよ、そろそろハコレの怠惰も直さないとって」


「……うぇ、マジかよ。 怖いねぇそれは」


「ふふ、もうちょっと頑張らないとね、ハコレさ――――――――」


 僕のその声は、爆音によってかき消された。 後ろからの爆音と、暴風。 そして真っ赤な光が僕とハコレさんを包み込む。 それを受け、ほぼ同時に僕たちは振り返った。


「……魔術かなぁ」


「だろうよ。 ロク、もどんぞ。 今はポチさんたちがいねぇ、相手がガチできてんなら、マズイな」


 はーあ、こんな日に限ってツイてない。 ポチさんは「動くとしたら魔術使い」と言っていたけれど、それが本当に当たってしまうなんて。 折角僕とハコレさんが買い出しに行っているというのに、全部が全部無駄になっちゃったよ。


 X地区からは少し離れているけど、そこまで距離があるわけじゃない。 そしてX地区の上空に居るのはヒトだ。 目を凝らして見ると、それがローブを纏った複数の人間ということが分かる。 間違いなく、魔術使い。


 今の魔術はあのエリザという王女さんが使う魔術に似ているな。 でも、ちょっと威力としては弱そうかも。 だとしたら、扱っているのは違う魔術使いってところかな。


「ツツナさんもいるし大丈夫だよね。 けど、天上さんとルイザさん、霧生さんが居ないのは痛いなぁ」


 結果から言えばそれに尽きる。 戦力なら充分だけど、問題はあの王女さんが出てきたとき。 アレに対抗できるのは、現時点でポチさんのみで、そうなってくると不利なのは明白。 そして攻めてきた魔術使いたちの中に王女さんが居ないのならば、勝率はぐんと上がるだろう。


 ともかく、早めに戻るに越したことはないけどね。 今現在目の前に広がっているのは、火の玉を打ち込む魔術使いたちの姿。 当然、あの上空にいるだけが全てではないだろう。 軽く見積もっても数百くらいはいると考えて良い。


 こっち側で動ける人数は六人。 個人で戦えるのは僕とツツナさんで、ペアで動くべきはリンさん姉妹とハコレさんとカクレさん。 一度に戦える場所は三つが限界で、敵の目的は僕たちの殲滅か、地区の破壊かのどちらか。 前者ならそれこそ力勝負になってくるけど、後者なら守りながら戦わなければならない。 拠点とする地区を破壊されるのは気に食わないし、これからのことを考えても不利になる。


「あーあ、めんどくっせぇなぁおい」


 頭をぼりぼりと掻き、ハコレさんは前方へ向かって飛んだ。 それを見て、僕も付いて行く。 まずはツツナさんたちとの合流、それが最優先。 ここからならアジトへは十分もあれば余裕だろう。


 だが。


「……あらら、なんのつもりかな」


 僕たちの前に立ちはだかったのは、数十人の人間。 そして後ろにも、気付けば数十人が居た。 挟み撃ち、それも僕たちの行動を読んでいるか。


「見てのとーりだよ、見てのとーり」


 その中で、恐らくはリーダーである女が言う。 フード付きのパーカーで、そのフードを目深にかぶり、口角を吊り上げていた。


「だってさ。 ハコレさん、僕がなんとかするからさ、ハコレさんは先に行っててよ。 カクレさんと揃ってないと、ぶっちゃけヤバイでしょ」


「チッ。 生意気なガキだなほんっと。 まぁ事実だししゃあねぇか。 ロク、任せるわ」


 ハコレさんは言うと、その間を抜けていく。 敵はそれを目で見るだけで、追うことも攻撃を加えることもない。 端から僕が狙いか、それとも残った一人を確実に葬るか。 いずれにせよ、良い状況じゃないね。


「あはははは。 嫉妬って怖いねぇ、嫌だねぇ。 それとも羨望かな? 嫉視、艶羨、羨慕。 いろーんな言葉があるけどさ、君たちの場合はどれだろう?」


「笑わせないで。 あたしらはただ、あんたらが憎くて憎くて仕方ないだけだよ」


「そりゃ嬉しいよ。 そうやって想われるのはさ、ふふ。 悪いことじゃないよね」


 さぁて、思わぬ展開だ。 僕の前と後ろに居るのは、()()使()()()()()()。 当然、法使いでもない。 なら、今僕の敵となっているのは。


 ――――――――本来仲間のはずの、異法使いたちだ。

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