第十一話
この男……強い。 今まで見てきた法使いと比べても、圧倒的と言って良いほどに。 私の目の前に居る戦馬戦次という男は、それほどまでの雰囲気を醸し出している。
下手に動ける状況ではない。 今、私たちと戦馬との距離は数メートルほど。 あの刀の間合い、戦馬が出せる速度を考えても、一振りで届く距離ではない。 しかし、だからこそ踏み込めない状況だ。 私の左には天上、そして右には霧生。 少し前に、八雲が立っている。 四対一、圧倒的有利なのは明白なのに……。
「……場所がわりぃな」
横で天上が呟く。 それを聞き、私は視線を上へと向ける。 なるほど、確かにそうかも。 この位置は少し、天上にとっては不利だ。 開けた場所ではあるが、建物に囲まれている。 上へ飛べば、そこから攻撃はできるが動ける範囲が狭くなる。 天上の能力は基本的にはサポート向けで、この状況でそれをするのは少々悪手かもしれない。 なら、この場合天上は。
「天上、後ろに下がってカラスでサポートお願い。 くれぐれも、私たちを巻き込まないようにね。 もしも巻き込んだらタダじゃおかないから」
「一々うるせえ女だなルイザ。 けど分かった、今回はそうさせてもらうわ」
天上は聞こえるように舌打ちをし、後ろへと下がる。 さて、八雲という奴の力が分からないが、私と霧生で充分に戦えるはず。 まずは、私の異法であの男の動きを止めることからか。 難点は、私の異法が届く範囲は大分限られるということ。 半径一メートル、その範囲でしか効かない異法。 入れさえすれば、動きを確実に止められるから問題はないんだけど。 それに戦馬のような物理攻撃を主として戦う相手になら、相性が良い。
「霧生、私が動きを止める。 あとは、いつも通りに」
「りょーかいお姫様」
私の指示に、霧生はふざけた調子でそう返す。 だが、いざ実戦となれば完璧にこなしてくれるのがこの男。 あくまでも仕事をする上では、ベストパートナーでもある。
「んでオレは? 見学でもしてりゃ良いのかい?」
「……正直あんたがどれほどなのかも分からないし。 まずは、敵の力を知ることからね」
そう言って、一歩踏み出す。 戦馬はそれでも動じず、刀の先を私に向けているだけだ。 その目的は、私が攻撃範囲内に入るということか。
だが問題ない。 私とて、敵の攻撃範囲を見切れないほど甘い生活を過ごしてきたわけではない。 今の敵の状態、地形、武器、それから考えて、私の異法が使える範囲と、相手の攻撃が届く範囲に入るのは、同じタイミング。 そうなれば、異法の方が早く使用できるのは明白だ。
「一刀、神言」
男が呟き、刀の先を僅かにズラした。 瞬間、見えていたモノが変わる。
……なに? あり得ない、なんだ、これは。 何もかもが変わった。 まるでこれじゃあ、別人だ。 刀を扱う者として、その当人の能力が変わった? いや、違う。 変わったのは、この男の集中力か。 そしてそれが、強さにあり得ないほど影響を与えている。
「良いのかい、そこで」
攻撃範囲内が、広がる。 先ほどまでのごく小さな範囲から、膨大な範囲まで。 この位置はマズイ、一瞬で、天上までもが攻撃の範囲内に入ってしまった。 数メートルどころの話ではなく、数十メートルクラスの話。
「くっ……」
私は反射的に足を止め、後ろへ飛ぶ。 天上、霧生、八雲もそれを理解したのか、瞬時にその場から離れた。 だが、私の場合はマズイ……ここから、範囲外への離脱が間に合うか?
「二刀、破邪」
直後、暴風が起きた。 振りかざされたのは、一振りの刀。 それはとてつもない風を起こし、周囲を斬り伏せる刃となる。 これは法ではなく、剣技か。 これほどまでの強力な力、法を使わずに行うなんて……化け物じゃないの。
「……やっば」
私は後ろに飛びながら、呟く。 やはり、間に合わない速度。 このままじゃ間違いなく私の体は斬り伏せられる。 正直、油断していた。
「チッ……」
だが、前方で起きた爆発によって、私の体は推力を得る。 熱風に押されるように、後方への速度が加速した。
「さんきゅ、天上」
「手間かけさせんな。 んでどうするよ、これ」
なんとか逃れられたは良いけど、天上のカラスは全部が斬られたか。 こっちに関してはまた出せば良いんだけど、問題は近づけないということ。 あの刀……見切るのにはかなり苦労しそう。
「範囲はかなり広い。 それに……」
「私は生憎暇を持て余している。 睨み合いなら、数日は続けても構わない」
戦闘時に置ける重要なものの一つ、冷静さ。 そして相手を下に見るということ。 たとえ格上相手だったとしても、そうすることで視野は広がっていく。 余裕を持つということがどれだけ重要なのか、この男は理解している。
「ルイザちゃん、俺が突っ込んであいつと斬り合うってのは?」
霧生は横にいる私へ向けて言う。 作戦を練らないとマズイかも。 ハッキリ言って、ここまでの敵を相手にするなら、事前に作戦を練っておくのが常識だ。 いきなり鉢合わせで戦うことになったのは、運が悪い。 もっとも、喧嘩を吹っかけたのは私たちだけど。
「まだ手の内を見切れていないから、危ないわ。 もう少し探りを入れられれば良いんだけど……」
天上のカラスは斬り伏せられる。 私の異法も、近づかなければ不可能。 霧生の異法でも、あの攻撃に対処できるかどうかが不透明。 と、なれば。
「ちょっとあんた、なんか役に立てないわけ?」
「あーオレか? つってもオレはろくに法も使えねぇからな。 けどまーあいつに隙を付くくらいならやってやるよ、仕方ねぇ」
鍵となるのは、八雲しかいない。 未知数の力を持つこいつに頼るしかない。 まさか、法使い一人に押されることになるとは思いもしなかった。 ヤバイのは明らかに男の方だけど、女も相当に厄介だった。 先に女を無力化できたのは、幸いか。
「見切るか、私の剣技を」
「はっ、そんなことやってみなきゃ分からねぇ。 ……法執行」
静かに言い、八雲は一歩踏み出す。 その瞬間、刀がブレた。 攻撃が、来る。
八雲はそれでも構わず進む。 そして僅かに、八雲の右側から首目掛け、刀の道筋が見えた。 私が驚いたのは、ここからだ。
「あんたはつえーな。 だけど、オレのパートナーはもっと化け物だぜ」
見ることなく、避ける。 どうして避けられたのか、私は目を凝らし、それを眺めていた。 一度、二度、三度、無数にも及ぶ剣撃、それらを体をズラすその動作だけで、八雲は回避をしている。 しかし、それをいくら見ていたところで理解ができない。 更に刀の道筋が見えたとして、どうやって反応をしている?
「君は場慣れしているね。 手を見ているのか。 そのやり方は、昔に私もやられたよ」
……手を、見ている? まさか、戦馬の手の動きを見て、斬撃が来るであろう場所に予測を立てているのか。 そんなこと……一歩間違えれば間違いなく即死だというのに、恐怖がないように思える。 少なくともこの男、戦馬が言うように相当な場数を踏んできているか。
「ならば切り替えよう――――――――三刀、虚無」
同時、範囲が狭まった。 細く、鋭利なものに。 それを受け、八雲は足を止める。 それはそうだ、先ほどの広範囲に及ぶ攻撃を一点のみに絞ってきた。 広範囲斬撃では見切られる、ならば居合いの要領で一閃する。 そういうことだ、これは。
しかし、これなら私にもチャンスができる。 あの範囲がなければ、近づく分には問題ない。 それは霧生も同じことを思ったのか、一歩二歩、戦馬との距離を詰めていく。 当然、あの一刀の範囲が来れば、逃げられる程度に。
「……怖いねぇ、ったく」
八雲は警戒し、戦馬の出方を伺う。 対する戦馬は無そのものといった具合に静か、かつ集中を切らさない。 威圧感は相当なもので、ただ立っているだけでも疲労を感じるほどだった。
「隙がないわね、ほんとに」
隙をなくすのはとてつもなく難しい。 ひと動作ひと動作に対し、完璧なことを成し遂げないと不可能。 そしてそれが多数相手ともなれば、尋常じゃない集中力を要する。 それをいとも簡単に行うこいつは、まさに熟練者のそれ。 職業柄、こういうタイプの奴も殺してきたけど……ここまでのは居なかったかも。
「俺っちが押さえるしかないかなぁ。 っていっても、体を作り替えても斬られそうで困るんだけどね」
「……下手に手を出さねえ方が良い。 幸いなことに相手さんは基本的に受けるタイプだしな。 まずは様子見が最善だろうよ」
私としても、この場面では八雲と同意見。 下手に攻撃するのは絶対にヤバイ。 特に今の雰囲気の中、踏み出したり攻撃を加えるのは自殺行為と言っても良い。 それほどまでの空気を戦馬は醸し出している。
そして、戦馬は続けて口にした。
「四刀、幻死」
明らかに戦馬の体が傾く。 太刀先がブレ、下へ向く。 判断は一瞬のことで、その場面で動いたのは私と八雲。 大きな隙が現れた、そこへ私たちは一瞬で距離を詰める。 殺るなら今だと認識して、殆ど条件反射のように攻撃を仕掛け。 勝負の決着は一瞬のこと。 僅かな隙が命取りとなり、僅かな判断ミスが致命傷となる。 私は今までのことがあり、それが体に染み込んでいる。 そして私と同時に動いたということは、八雲も同様だろう。
そこまで考え、私は違和感に気付いた。 どうして、私は攻撃を仕掛けた? さっきまで、様子見が最善だと結論付けていたのに。 それに、八雲まで。
「慣れというのは恐ろしい化け物のようなものだよ、お二人」
――――――まさか。
わざと、隙を作ったのか。 それも自然に、気付かれないレベルで。 そこに気付けた私と八雲が、反射的に攻撃を仕掛けてしまった。 場数を踏みすぎたことが仇となる、まさに慣れというもの、習慣というものに襲われた。 最高のタイミング、そして最低限の仕草で私たち二人に戦馬は隙を見せたのだ。 これは……。
「五刀、滅刃」
刀は振り抜かれる。 私と八雲は左右から攻撃を仕掛けている途中だが、その斬撃は容易く二人を斬り伏せるはず。 極限まで集中し、一瞬で抜き去る。 その途方もない威力は、人体を切断するには十分すぎる。
空気が裂け、振り抜かれた刀が残像を作り出す。 皮肉にもその剣術は、とても美しいものに見えた。 これで殺されるのなら、文句は言えないとも思った。 だけど……くっそ。
悔しいな、こんなあっさりなんて、嫌だな。 死にたく、ないな。
「ルイザッ!!」
そんな私の前に、人影が現れる。 その背中を見て、私は心底呆れてしまった。 さっきは自信なさそうに言ってたのに、こんなピンチのときだけ出てくるなんて……馬鹿すぎでしょ、まったくもう。
「女に手出すなんてろくでもねえなぁ、あんた。 異法執行ッ!」
霧生は言い、私の前に立ちはだかる。 直後、とてつもない風圧、そして斬撃により、霧生の体は後ろに居た私もろとも突き飛ばされる。 しかし、霧生はそれでも倒れない。 当然体を別物質に作り変えているはずだけど……それでも、無傷で済むはずはない。
それを表すかのように、私の頬に血が飛び散った。 霧生の体が、斬られたのだ。 異法を上回る斬撃……これは、予想外。
「ああくそ……いてぇいてぇいてぇ! いてぇよルイザッ!」
「……ほんっとに馬鹿なんだから。 なんで助けたのよ」
「はぁ!? 助けてあげたのにそれ言うの!? そりゃ女の子がピンチなら助けるっしょ! 男として!」
勢い良く振り返り、霧生は少々声を荒らげて言う。 私はそれを見て、ため息をひとつ吐いた。 ここまでの馬鹿だとは思わなかった。 会ったときからチャラチャラして、馬鹿な奴だと思ったけど。 それでも、ここまで馬鹿だなんて。
「下がってて。 奥の手使うわよ」
一か八か、最近になってやり始めたことだけど、ここで決めなきゃいつ決めるというのだ。 失敗したら即死、成功すれば勝てる可能性は格段に上がる。 昔なら絶対に選ばなかった答えよね、ほんっと。
私もいつの間にか、随分馬鹿になったものだ。




