第十話
「っしゃあ!! テメェら全員ぶっ殺す!! 覚悟できてんだろうなアアん!?」
俺が出てきたのは随分久し振りだ。 最後の魔術使いとの戦闘以来、長いこと眠っていた。 本能的に抑えこまれていたんだから仕方ねえけどな。 つってもまぁ……私の方は随分鍛錬を重ねたようだな。 体が軽い。
「うお……おいおい、あいつは戦闘するとき性格変わんの? こええ女」
「よーし、オーケイ顔面傷野郎、まずはテメェだ」
刀を構え、斬る。 距離は数メートル、だが俺には距離なんて関係ねえ。
「八雲ちゃん、避けろ! あいつの刀は間合いを無視するッ!」
「ん……おおっと! なるほど、そーいうわけかい」
チッ……クソ茶髪野郎が、余計な口を挟みやがって。 そっちから殺っても良いんだぞ、このクソボケが。 だが、待て。 今相手をしているのは四人だ。 天狗と呼ばれる奴に、俺が一度負けている霧生。 そして一人は見たことがない男。 八雲と呼ばれている男の方は、法使いか。 異法使いに肩入れとは、情けねえゴミが。
それよりも、問題は。
「テメェだ!!」
「ほんと、口汚い子ね。 駄目でしょ、女の子がそんな口の利き方をしたら」
金髪、碧眼の女。 こいつの異法が恐らくもっとも厄介と見て間違いない。 動きを停止されたら、前回の二の舞いになってしまう。 だったらとっとと殺すしかねぇ。 そう思い、俺はすぐさま女へ向け、刀を振るう。
暴風とでも呼べる風が、刃が、金髪目掛けて飛ぶ。 この法武器、風走の強さはその軽さにある。 指一本でも扱える刀だ。 そして、その軽さにも関わらず絶対の強度を持っている。 故に法武器、たったそれだけの特徴を最大限生かすこと。 それが、俺の法……間合いの強化。
早く振れば早く振るほど、威力は増す。 そして同時に、速度もだ。
風が切れる音がし、金髪の背後にあった鉄の壁が真っ二つに割れる。 かろうじで避けたか……伊達に法使いに歯向かってねえな。
「どんな切れ味してるのよ……」
「っひゃー、前よりもかなり手強いね。 昔は可愛い子だったのに、今じゃおっかなくて仕方ないっての……異法執行」
霧生の声がし、俺はそこへ視線を向けた。 腕は刀となっていく、霧生の異法だ。 こいつもこいつでまた厄介な異法。 が、最優先で排除するのは碧眼の方か。 一人でやる場合、碧眼の異法を食らえば即ゲームオーバー。 それは当然相手も分かっているだろう。
……師匠頼りの考えはしない。 いないものとして考えろ。 俺は今、一人でこいつらを相手にしている。 状況は圧倒的に不利だが、この世に勝てないって状況は存在しねぇ。 たとえ相手が神だろうと、俺の敵となればぶっ飛ばすまでだ。
「行くぜ。 懺悔は済んだか、クソ野郎共」
俺は言い放ち、刀の先をそいつらへと向ける。 同時、動いたのは霧生だ。
「お。 しっかり反応するんだね、良い成長だ」
「なに教育者ぶってんだよオラッ!!」
霧生の刀を防ぎ、俺は言う。 何を斬ろうと刃こぼれせず、だが絶対の切れ味を持つ俺の刀で防げないものはない。 そもそも法武器として、俺の刀は優秀だ。
「……ッッ!」
視界の隅で、見えた。 碧眼が気配を消し、自分の存在感を薄め、俺に近づくのが。 いやぁあれだな、戦闘に少しの余裕があるだけで、見えてくるものが随分違うもんだ。 きっと、前回の俺だったら気付くことはできなかっただろうよ。 技術、体力、筋力、それらを養い、見える世界が変わっている。 そして同時に、頭に叩き込めた。
この碧眼の異法、その条件に。
「ん? なんだ、やり合わないの?」
「すっとぼけたことを言いやがって。 テメェのお仲間さんに聞けよ、それは」
「……」
俺は碧眼向けて言う。 が、碧眼は口を噤んだまま、何も言わない。 あくまでも秘密は隠しておきたいか。 女々しい奴だねぇおい。 ま、女だから仕方ねーか。
俺と霧生たちの距離は少し開き、お互いがそこで様子を伺う。 霧生、天狗、碧眼……待て。
あの傷男は、どこへ行った?
「ここだ、口悪女」
背後からの声。 それに反応し、俺はすぐさま刀を後ろへ回す。 が、既にそこには誰もいない。 早いな……その辺りはさすが法使いか。
「チッ!」
そしてすぐさま、今度は攻撃が飛んできた。 真横からの蹴りを刀を地面へ突き刺し、防ぐ。 こいつは靴に鉄板でも仕込んでいるのか、甲高い音が鳴り響いた。
「すっげえ反射神経だな。 オレの仲間に入れたいくらいだ」
「ほざけ。 テメェらゴミどもに協力なんて死んでも御免だ。 ゴミは大人しくゴミのように地面這いつくばって死んどけやッ!!」
刀をそのまま回し、傷男の蹴りをいなす。 次に俺は刀を引き抜き、傷男の首目掛けて振り下ろした。
「怖い怖い」
傷男はそれを横へと回避する。 後ろへの退避は意味がないことはさすがに理解しているか……俺の間合いの強化は前方方向のみ、それが弱点だな。
「けどよ、良いのか? 隙を作って」
「あ? なに言ってんだ、このボケ……」
そこまで言い、違和感を覚える。 体の動きが、停止した。
「ったく、面倒かけさせないでよ。 まだまだひよっこだけど、確かに相当厄介になってるわね、あなた」
クソが……やっちまった。 傷男は最初からこれが狙いか。 注意を惹きつけることだけを優先しやがった。 かなりの速度を出して翻弄してきたのは、そういうことかよ。
「ふざけんじゃねえよボケが……クソが、クソがクソがクソがクソがクソがぁああああああああああ!!!!」
こんなとこで負けてたまるか。 俺はよええけど、もう負けるわけにはいかねえ。 俺が弱ければ、負ければ、私は更なる無茶をしていく。 そこに俺の無茶は含まれていない。 俺は何一つ疲れることなく、苦労することなく、結果だけをこうして使えている。
だから、その無茶を全て背負っているのは、私の方だ。 そんな理不尽、許されねぇ。 その結果だけを我が物顔で使える俺が負けることは、許されねえんだ。
「……うっそ」
体がぴくりと動く。 とても、満足に動かせるほどではない。 小指の先ほどにしか動かず、こんなのではどのみち、勝ち目は皆無。 だがそれでも、碧眼の顔は驚愕に満ちていた。
骨が痛む。 体が痛む。 俺が無茶をすれば、その仕打ちは全て私へと行く。 だが、負けることだけは駄目なんだ。
「そこまでだ」
ぽんと肩に手が置かれた。 そこで俺は我に返り、同時に碧眼は距離を取る。
「師匠」
「良い動きだったよ、幸ケ谷くん。 そして、結果も出してくれた。 あとは私がやろう」
碧眼が距離を取ったと同時ほどに、俺の体は自由を取り戻す。 やはり、あいつの異法は距離と関係しているのか。
「後ろへ下がっていなさい。 決して、私の範囲に入らないように」
「……わりい、師匠。 そうさせてもらうわ」
師匠の言葉通りだ。 俺にはもう、戦うだけの力が残されていない。 あの碧眼の異法からほんの少し体を動かしただけで、随分な疲労具合だ。 さすがに甘えるしか、選択肢はねえな。
言い、俺は後ろへと下がる。 師匠が居る位置から十メートルほどは離れ、万が一師匠がアレを使うなら、そのときは私が距離を取ってくれるだろう。
そこで、俺は刀を収める。 同時、意識は沈んでいった。
「さて、私の弟子がお世話になったね。 ここからは、私がお相手致そう」
師匠の声がした。 私は……駄目だったみたいですね。 さすがに、四人も相手となると荷が重い、ということでしょうか。
せめて、この戦いを眺めよう。 私が次にするべきことを見定めるために。 それに師匠が戦うところを見れるのは、かなりレアですから。
「戦馬流当主、戦馬戦次――――――――推して参る」




