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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
三章 神罰
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第八話

「ルイザ」


「……パパ。 起きてたのね」


 家へ帰り、玄関扉を開けると、父親が立っていた。 私の姿を見て、静かに名前を呼ぶ。 ひと目で仕事をしていたと分かる見た目だ。 怒られるとは思わなかったけど、何かを言われるとは思い、私は咄嗟に目を逸らす。


「……失敗したのか、ルイザ」


 その仕草で、結果を読み取られたと言っても良い。 殺しの失敗は、死と同義。 顔も見られ、声も聞かれ、ましてや逆に殺されかけ、命乞いすらした。 今になって、そのことが思い出される。 私の体は、震えていた。


「ごめんなさい、パパ。 ごめんなさい……」


「……」


 言葉にすると、更に震えは止まらなくなっていた。 冬でもなく、暑いくらいの夜だというのに、がたがたと足元は揺れ、指先は震えて仕方ない。 そして謝り続ける声ですら、掠れていた。 父親はそんな私を数秒見続けたあと、ようやく動き出した。


「ルイザ、中に入りなさい。 暖かい紅茶を淹れてあげるから」


 いつぶりだろうか。 父親が私の頭を撫でたのは。 本当に小さいとき……そんなことをされた気がする。 人の温もりを久し振りに、家族の暖かさを久し振りに、感じた。 私はそれが嬉しく、幸福で、自分でもどうしてか分からないほどに喜んでいた。 私が初めて感じた死への恐怖というものが、もしかしたら人間性というものを取り返してきたのかもしれない。


「……はい、パパ。 ありがとう」


 そして、私は家の中へと入っていく。 私は本当に、このときは何も知らなかったのだ。 馬鹿で、愚かな自分だったと今でも思う。 だけど、そんな馬鹿で愚かな自分だったからこそ、今の私がいるのだとも、同時に思う。


 結局、過去なんてことはくだらないものかもしれない。 異法使いの過去に、まともで幸せなものなんて、絶対にないのだから。




「あ……れ……」


 目が覚めると、天井が目に入った。 いつも、私が寝ている部屋ではない。 ここは……パパの部屋? ああ、私、そういえばあのあとお茶を飲んで……それから、疲れて寝てしまったのか。 お風呂にも入ってない所為で、体が少し気持ち悪いな。


「……え?」


 起き上がろうとして、それができないことに気が付いた。 腕は、ベッドの両脇へと手錠で繋がれている。 足も同様に、ベッドの両脇へと繋がれていた。 さながら磔のような格好で、私は混乱した頭を必死に整理する。 見れば、どうやらいつの間にか服も脱がされている。 今、身に着けているのは下着だけだった。


 一体、どうして。 私、なんでこんなことに。 もしや、あの男が家まで来た……? それで、私は拘束されている? だとしたら、パパと妹……リアは。


「起きたか」


 横で声が聞こえてきた。 その声は、酷く落ち着いた声だった。 私が良く知る、毎日聞いている、パパの声。


「……パパ?」


「ルイザ、お前は母さんそっくりだな。 本当に、昔の頃の母さんに似ているよ」


 パパの手が、私の頬を撫でた。 さすがに、さすがにオカシイ。 妙な状況だと、私は理解する。 だけど、腕も足も動かない。 なに、なんなの、いったい。


「パパ、なに? なんで、私は」


「何とはまた、変な質問だな。 私はお前を愛しているんだよ、ルイザ」


 パパの手は、段々と下へ伸びていく。 首筋、肩、腕。 その手は生暖かく、私の体を這うように動く。


「いや……嫌よッ! パパ、やめて! なんで、私は娘でしょ!?」


「大人しくしなさい。 ああ、そうだ。 ルイザ、今日は仕事を失敗したのだろう? 勝手に依頼を受け、それだけならまだしも、失敗した。 それの罰ということにしよう。 ふふ」


「なにを……パパ、お願い。 こんなこと、やめて。 ママも、悲しむから。 お願いよ、パパ」


 怖かった。 涙は必死に堪えていた。 パパの手がこんなに気持ち悪いと思ったのは、初めてだった。 きっと、パパは寂しいだけ。 ママが死んでから、ずっと悲しんでいたんだ。 だから、説得すれば大丈夫。 まだ、間に合わないわけじゃない。


「母さんが……ふふ、ふふふ! あっはっは! ルイザ、そうか……お前は、知らなかったのか」


「え?」


 パパは、気持ち悪く笑う。 私の顔に自身の顔を近づけて、私の胸部を触りながら、言った。


「ルイザ、聞きなさい。 ママと兄さんは、私が殺したんだ」


「……パパ、が? え、それって……なに? どういう、こと」


 頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。 パパが、ママと兄さんを殺した? そんなこと、あり得ない。 だって、毎日毎日、家にいることは少なかったけど、仲は良くて、それで。


「法使いとの約束があってな。 ルイザ、お前の保護は約束されている……それも一生な。 私はそれを約束するため、ママと兄さんを犠牲にしたのだ。 それにどのみち、私とお前が愛し合う上では邪魔者でしかなかった奴らだ。 一石二鳥という言葉を、知っているか?」


 狂っていると、もう手遅れなんだと、知った。 ママと兄さんは、たったそれだけのために殺された。 それも、パパによって。 その理由は、パパが私と愛し合うため? 意味が、意味が分からない。 頭が痛い、気持ち悪い、怖い、なんで、どうして、私が悪いのか、誰が悪いんだ、分からない。


「……リア、リアは? リアは、どこ」


 妹の名を呼ぶ。 まさか、この人は妹までも? 私だけなら、それも嫌だけど、気持ち悪いけど、妹は。


「殺してしまったよ。 ルイザ、安心しなさい。 この家にいるのは、私とお前だけだよ。 だからもう、何も心配いらない」


「なん……で。 いや、嫌嫌嫌嫌嫌よッ! 私はパパとそんなのは嫌ッ! 絶対に、絶対にいやよッ!!」


「大人しくしなさいと、言ったはずだ」


 頬が強く、叩かれた。 鋭い痛みで、私は怯えた。 父親は私の体の上に覆いかぶさり、私の体を弄る。 上は脱がされ、もう何もかもが怖かった。 なんで、こんなことになったのだろう。 誰の所為で、こうなったのだろう。


「はな、して。 あんたなんか……パパじゃないッ!!」


 私は言い放ち、睨みつける。 だが、それで状況が変わるわけじゃなかった。 更に言ってしまえば、父親だった男はそれを聞き、見て、笑ったのだ。


「ああ、抵抗してくれて構わないよ、ルイザ。 それを無理やりにというほうが、興奮する」


「……死ね、ケダモノ」


 涙が、溢れた。 心の奥が酷く冷たくなるのを感じた。 もう良いやと、どうにでもなってしまえと思い、目を閉じる。 それでも尚、涙は溢れるように流れ続ける。 止まれ、せめて泣くな、弱いところなんて、こいつに見せたくない。


「かわいいよ、ルイザ。 昔の母さんそっくりだ」


 耳元で声がする。


 ああ、そうか。 この人は、老いていったママが嫌になり、殺したんだ。 そしてそっくりな私に、その愛情を移した。 たったそれだけの理由で殺されたんだ、このケダモノに。


 折角、ママと兄さんの気持ちを理解できそうだったのに。 こんなことに、なるなんて。


「ルイザ、ルイザ……」


 耳元で延々と私の名前を言う。 その度に、私の心は殺されていった気がした。


 しかし、次にまた、声が聞こえてきた。 その声は、私に覆い被さるケダモノのものではない。


「そうだね、確かに美人さんだと思うけど。 でもさ、そっちは同意だけど無理やりの方が興奮するってのは、同意しかねちゃうかも。 あっは」


「がっ……!」


 さっきの、男だ。 私が殺し、殺されかけた男。 一体、どうやってここへ? それに、なんでここへ。 状況に頭が追いつかない、だけど。


「まぁ物は試しって言うしさ。 俺も無理やり君で遊ぼうと思うんだ。 骨を一本ずつ折ってみようか? あ、抵抗してもいいよ。 ほら、そっちの方がコウフンするんでしょ?」


「な、にを……ぐぁ!? ぁぁぁあああああああああああ!?」


 鈍い音が部屋に響いた。 父親だった男の腕は、あらぬ方向へと折れ曲がっていた。 見たところこの男は細いのに、一体どこにそんな力があったのだろうか。


「んー、こんなんで本当に興奮できんの? まぁまだ始めたばかりだし。 とりあえず、続けるよ」


 それから、部屋には鈍い音と悲鳴が交互に響く。 最後の方は、鈍い音だけが響いて、私が止めるまで、男はそれをやめることはなかった。 部屋の隅には、最早何か分からなくなった肉塊と、そんなのは関係ないと言わんばかりに、体を血に染めた男がいる。 そして男は、私に近づき、手と足の拘束を解いたのだった。




「なんで……あんたがここにいるのよ」


「なんでって、また変な質問だねぇルイザ。 助けてって言ったのは君でしょ? それがお願いだったわけだし、だから俺はそれを果たすまでだよ」


「馬鹿じゃないの、あんた。 私は、あんたを殺そうとしたのよ? それに、さっきのは私が殺されかけたから言っただけで……」


 私は近くにあった布団で体を隠し、男はベッドの端に座り、会話をする。 部屋は暗く、男の表情は見えなかった。


「ん? いやいや、なに言ってんの。 俺が君に殺されるわけないじゃん、俺のが強いんだし。 んで、もしかして怒ってる? あーだとしたら、ルイザって無理やりされるのが好きな人だったり? それならごめんごめん、俺の早とちりかも」


「そ、そんなわけないでしょ! ばかっ! 死ねッ!!」


 私は言い、手短にあったありとあらゆる物を投げる。 男はそれを避けることはせず、笑っていた。 楽しそうに、笑っていたんだ。 それは今日のあのときの表情と同じだったかもしれない。 でも、ついつい面白くて、私も笑ってしまったっけ。


「怖いなぁ……。 ま、これで一応お願いを聞いたわけになるんだけど。 こっからは俺のお願いだ。 ルイザ、俺の仲間になってくれ。 今、俺は異端者って組織を作っているんだ。 まだ数人しかいねぇけど、全員良い奴らだよ。 行くところがなきゃ、来てくれると助かる」


「助けたあとに誘うとか、本当にたちが悪いわよ。 それに、女の子に頭下げるとかなっさけない」


「んー。 じゃ、ルイザ。 お前の力、俺に使わせてくれ。 お前の人生、俺に預けてくれないか」


「……」


 私は男の顔を見た。 真っ直ぐで、迷いがない目をしていた。 この先に感じる不安も、恐怖も、男にはない。 私は仕事の関係上、その人の心理状態を読み解くということも学んでいる。 だからこそ、分かる。


 この男……矢斬戌亥は、計り知れないほどの意思を持っているのだと。


 それを言われたその瞬間、私の心は決まっていた。 最早何一つ残されていない私の道を示してくれた気がした。 たとえ、騙されていたとしても。 もう、迷うことはない。 怖がることも、悲しむこともない。


 私は言う。 一度息を吐き、右手を差し出して。


「分かりました。 私の命、預けます。 ボス」


「ありがとう、ルイザ」


 こうして、私は異端者の一員となった。 アジトへと案内されたのは数日後で、私はそこで、またしても驚くことになったんだけどね。




「おかえりポチさん……ってその人誰?」


 数日後、荒れ果てたX地区へと連れて行かれ、そしてそこにあった廃墟のような建物へと案内された。 入り口には札がかけられていて、走り書きで「俺らのアジト」と書かれていた。 そんな適当っぷりを見て少し心配になりつつ入った私に、最初に目を向けたのは小さな女の子。 フードをかぶり、二束の縛られていない黒髪が体の前へ流れている。 そして綺麗な銀色の瞳で私のことを見ていた。 猫みたいに小さな体と、興味深そうに私を見る姿。 そんな可愛らしい姿とは別に、その眼差しからは違う感情が少し、見て取れた。


「ああ、俺の彼女だよ」


「……そう」


 ぴしっと、小さな女の子が持っていたコップにひびが入る。 これって……怒ってるんじゃ。


「違います。 私はルイザ、いろいろあって、異端者に入ることになりました」


 すぐさま否定し、私は一礼する。 それを見て、鋭い雰囲気を放っていた女の子からは、その気配がなくなった。 第一印象は怖い……といった感じかも。 それにここ、私よりも強い人が多い。


「あーびっくりした! ってことはポチさんポチさん! 俺っち狙っちゃって良いわけ!? 良いよね!? よっしゃ! それじゃあルイザちゃん、この霧生さんが懇切丁寧にここのこと教えてあげるから、ちょっと二人で出かけようか? ね、ね?」


 一見、調子が良さそうなこの男も。 顔はとても整っているが、その性格が嫌い。 何があっても私がこの人と何か起きることはなさそう。


「お断りよ。 私は誰とも慣れ合う気はないし」


「まじかよぉ! あーあ、折角ポチさんが良い女連れてきてくれたと思ったのに! 誕生日プレゼントかと思っちゃったよ俺っち。 まぁでも誕生日まだ先だけどね」


 オーバーリアクション、調子が良い口調。 この人の第一印象はこんなところ。 それにしても、ボスは随分若いのに、私よりも年上に見える人を部下としているのはどういうことだろう? それほど、ボスは強いのかな。 そこまで考え、私もボスよりは年上だったことを思い出す。


「おいるっせえぞ霧生。 あ? なんだポチさん、また新しいの連れてきたのか?」


 そして、部屋の奥から出てきたのは柄が悪そうな男。 体つきが良く、しかし目付きが怖い男だ。 口調からも、それが感じられる。


「うん、まぁね。 ああルイザ、そっちのチャラいのが霧生で、そっちのヤンキーっぽいのが天上ね。 んで、俺がポチでそこに居る小さい子がロク」


「初めまして。 僕はロクね、よろしくルイザさん」


「ええ、よろしく」


 言いながら、私はロクと呼ばれた子と握手をする。 そしてそれが数秒続き、不審に思った私はロクの顔を見つめた。


「僕が三番目ね、異端者に入ったの。 で、ツツナさんが二番目。 ルイザさんは六番目だから。 僕の方が、ポチさんと仲良いから」


「へ? ええ、まぁ……そうね」


 どうしてだろう。 なんか、敵意みたいなのを感じる。 気のせい……ということにしておいた方が、良いかも。


「仲良くね。 ところで、ツツナは?」


「今帰ったところだ」


 ボスが言うと、私の背後から声がする。 気配がなく、一際異質な雰囲気を感じた。 でも、この雰囲気……どこかで。


 そう思い、私は振り返る。 そしてその顔を見て、瞬時に誰なのかを理解した。


「あんた……」


「久し振りだな、女。 ポチの暗殺依頼を出して以来か」


 そうだ。 この男……あのときの大男だ。 矢斬戌亥を殺害しろと依頼してきた、張本人じゃないか。 その男が、どうしてここに? それも、ボスの目の前でそんなことを平然と言う?


「やっぱりお前かよ、ツツナ。 接触させるにしても、もうちょっとまともなやり方できないわけ? 相当驚いたんだけど、俺」


「そうでもしないとお前は戦わないだろう、ポチ。 弱者はこの組織に必要ない、お前とやって生きている奴だけで良い」


 ……ということは、あの夜の戦いがそもそもテストだった? けど、ボスはそれを知らなくて……なら、私は一体どんな顔をすればいいんだろう。 なんだかうまく嵌められた気もするけど、ボスが私を助けてくれたのは事実だし。 だけどなんか納得いかない。


「あれ自体がテストだったとか、納得いかないんですけど。 それに、私は普通に……命乞いまで、したし」


 こんなとき、自分の性格が裏目に出てしまう。 曲がったことというか、納得がいかないことだと受け入れることができない。 こうあるべきというものが自分の中にあって、完璧主義者だとは自覚もしている。 もう少し柔軟に対応できれば良いのにとは、常日頃思うことなのに。


「……あっはっは! そりゃ俺も一緒だよ。 ルイザが良いなら良いかくらいで思ってたんだけど、ルイザが納得してないならもう決まったね。 ルイザ、俺と勝負をしよう」


 ボスは言い、私に顔を向ける。 楽しそうに笑う姿は、とても幸せに満ちているように見えた。


「つってもよぉポチさん、さすがに正面から殴り合っちゃ、ルイザに勝ち目はねえだろ。 どうすんだよ」


「うん、だから簡単なコインゲーム。 これ、絵が描いてある方が表ね。 そんで、俺が投げるから表か裏を当てるゲーム」


「……そんなので、ですか?」


「そんなのでだよ。 そっちの方が公平だし、分かりやすい。 そんで、ルイザが勝った場合だけど……」


 つまり、ボスが勝てば私は異端者の一員となる。 とは言っても私自身、異端者には加わって良いと考えているからどっちに転んでも入ることにはなりそうなんだけど。 ボスが言う重要な部分というのは、ボスが一度負かしている相手ということか。 お互いに不服がないやり方で勝つ、それがボスにとって重要な部分だ。


「よっし、俺が勝っちゃったら、ルイザの人生もらっちゃうみたいなもんだし、俺も俺の人生を賭けようか。 俺が負けたら、この場で俺は命を絶つよ。 これで公平、良いでしょ?」


「え? ちょ、それは」


「んじゃ、やろうか」


 あり得ない、さすがに冗談……。 だけど、ボスの顔は本気にしか見えなかった。 この人は、何をするか分からない。 少しの間しか接触してない私でも、そう思わされるほどの出来事はあった。 本気で、負けたら死ぬ気なんだ。


 コインは既に投じられた。 あれが落ちる前に、私は表か裏かを選ばなければならない。 どうする、もしも私が勝ってしまえば、ボスは死ぬ。 そうなれば、私に残された道なんて……。


 違う。 私のことではなく、ボスのこと。 私を助け、救って、道を見せてくれたボスが死ぬということが、嫌なんだ。 だから、私は。


「表」


「オーケー、俺は裏ね」


 地面へと落ちる寸前、私は言う。 そしてコインは甲高い音とともに二、三度跳ね、止まった。


「……あっはは、裏だ。 俺の勝ちだね、ルイザ」


「……っはぁああ。 なに考えてるんですか! こんなゲームッ!!」


 落ち着き、私は叫ぶように言う。 思えば、ボスに怒鳴ったのはこれが最初だったかもしれない。 私が正式に仲間と認識してからは、初めて。


「なにって、大丈夫だったじゃん。 だってルイザも計算してたでしょ? 負けるように。 大事なのはコインがどっちに落ちるかじゃなくて、ルイザがどっちを選ぶかなんだからさ。 そんで、ルイザは俺が生きる方を選んでくれた、だから俺の勝ちなんだよ」


「……分かっててやったんですか。 でも、そうだったとしても」


 コインにかけられた力、回転力、重力、質量、ぶつかる場所、面積、力のかかり方。 それらを計算し、私が出した答えがさっきのそれだった。 だけど、それには重量が含まれていない。 他の物はすぐさま計算することはできたが、あのコインを手に取っていない以上、あれの重さだけは私に分からなかった。 だから、半ば賭けでもあった答え。


 それはボスも分かっているはずなのに、それに私が勝てる方を選べば、ボスは死ぬというのに。 だというのに、ボスは私を信頼し、託した。 自分の命を私に託したんだ。 出会ってからまだ、一週間も経っていないというのに。


「……いえ。 私の負けです、ボス」


「うん。 そんじゃ、改めてよろしく、ルイザ」


 ならば、私もボスを信じよう。 ボスが信じた仲間のことも、信じよう。 それが、私に返せる精一杯のものだ。

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