第六話
お前は本当に良い子だな。
才能もある、天職と言っても良いくらいにだ。
同時に、お前の欠点は優しさだ。
非情になれ、無情になれ。
ルイザ、お前は私の大切な子だよ。
そんなことを言われながら、私は育った。 私の家庭は、父も母も異法使いで、兄も妹も、異法使いだった。 両親が異法使いの場合、そこから生まれる子供も異法使いとなる確率は高い。 異法使いでありながら、私たちは生活に苦しむことはなく、それはそれは恵まれていたんだと思う。 とは言っても、異法使いがまともな仕事に就けるわけはなく、私たち家族の仕事は俗に言う殺し屋と呼ばれるものだった。
「ママ、パパは今日もお仕事なの?」
幼い頃の私はそんなことは知らず、いつも帰りが遅い父親に不満を持っていた。 兄は父親と同じ仕事をしていると教えられて、私自身ももう少し大きくなったら、手伝うことになると言われて。 妹はそのときはまだ小さく、家では二人っきりということが多かった。 母親もまた、父親と同じ仕事をしていたからだ。
「そうね、今日も帰りは遅いみたい。 早く寝て、良い子にしていればちゃんと帰ってくるわ」
夜には一応、母親の方は家に帰ってきていた。 まだ幼い私と妹を夜ですら置いておくということは、できなかったんだと思う。 そして、そんな毎日から脱したのは、私が八歳になったときのことだ。 平均通り、八歳で異法使いと判断された私は、そのまま父親の元で働くこととなる。
「ルイザ、良いか? この世は、力ある者だけが生き残れる。 力ある者が日の目を見ることができるんだ。 だが、私たち異法使いの回路は弱い。 そんなとき、どうすれば良いと思う?」
「えっと……強くなる? かな?」
「ああ、その通りだ。 しかし、私たちの異法では到底強くはなれない。 だから、私たちが学ぶのは殺しの技術だ。 ルイザ、今日この日、今まで学校で学んできたことの全てを忘れろ。 お前が異法使いと判断された瞬間から、それは意味のないものとなったからだ。 これからは、異法使いとしての生き方を教える」
不思議と、それをするのは容易なことだった。 まだ幼いからか、それとも私が異法使いだったからか、父親にそう言われてから、言われた通りに私は学校で学んだことを全て忘れた。 人を傷付けてはいけないという当たり前のこと、人を殺してはいけないということ、強い者は弱い者を助けなければならないということ。
だって、当時の私にはどちらかと言えば、その学校で教えられたことの方が不思議だったから。 大人はみんな、学校で教えられたことを忘れているんだと思ったから。 もしも覚えているのなら、街中にいる異法使いを助けてあげるのが、当然だと思ったから。
誰もそれをしない、むしろ逆に攻撃対象としている。 つまり異法使いは人としてカウントされていない。 ならば、そんな教えは忘れるべきでしかない。 新たに教えられることだけ、私は覚えていれば良い。
それから五年間、私は父親に鍛えられた。 殺しの仕方を沢山学んだ。 首の締め方、痛めつけ方、骨の折り方、視界の奪い方、意識の奪い方、毒殺銃殺刺殺圧殺殴殺爆殺轢殺、ありとあらゆることを教えられ、私はそれを飲み込んでいく。 一年目で私の体は気配を覚えた。 二年目で私は人を殺すという行為に罪悪感がなくなった。 三年目で私は人を殺してみたいと思った。 四年目で私はこっそりと家を抜け出し、人を殺した。 そして五年目で、私はようやく仕事をもらえた。 とどのつまり、私は根っからの殺人鬼ということだった。
仕事に慣れること自体は、体に染み込んだ感覚もあって、苦にならない。 それよりも、これほどまでに楽なことだったのかと実感すらしていた。 そして同時に、十七歳だった私は父親に「才能がある」と褒められ、嬉しかったのを今でも覚えている。 同い年くらいの子たちが恋をして、遊んで、馬鹿をして笑っているときに、私は人を殺して笑っていた。 だけど、それに不満なんて一切なかったのだ。 異法使いとはそうあるべきだと、理解していたのだから。 それにこっちの方が、学校で意味のない時間を使うよりもよっぽど、楽しい。
しかし、人を殺すということは、殺されるという可能性も当然出てくる。 それは唐突で、私自身、今でももしかしたら実感を持っていないのかもしれないことで。
「ルイザ、落ち着いて聞きなさい。 母さんと兄さんが、殺された」
父親は神妙な面持ちで私に言う。 それを聞き、私はすぐにこう答えた。
「ママと兄さんが? それは残念ね」
父親はそこで初めて、目を一瞬だけ見開いた。 逆に、私はどうして父親が驚いたのか、不思議でしょうがなかった。 人が死ぬのは当たり前でしょう? 殺されるのは弱いから、殺せるのは強いから。 それを教えてくれたのは父親だったのに、どうしてそんな当たり前のことで悲しい顔をするのだろう? 驚くのだろう? ただ、弱い人が死んだだけだというのに。 変な話だ。 ママも兄さんも弱かった、それだけの事実に驚く必要はない。
「少し、休みなさい」
「どうして? パパ、私は人を殺したいの。 だから今日もお仕事ができると思って……なのに、どうしてそんなことを言うのよ」
「良いから、今日は寝なさい」
父親の目は、何か異質なモノを見る目だったことは、今でも覚えている。 何か、思惑とは違ったときに見せる目だと、当時の私はそこまで理解できた。 理解はしても、知ろうとはしない。 そんなことに興味はなく、私はただただ仕事をしたかった、人を殺したかった。 だから、私は父親と妹が寝静まった頃を見計らい、夜の街へと繰り出す。
「お嬢さん、殺し屋をやっていると聞いたが」
「……あなたは誰? 私のこと、知っているなんて」
誰でも良いと思っていた私は、通りすがりの誰かを殺そうと路地裏を一人歩いていた。 そんなとき、横から唐突に声がかかった。 視線を向けると、そこに居たのは背が高い男の人。 別に怖くもなかったし、この人で良いかとも思ったのに、そんなことを言われて私の思考は少しだけ、止まる。 同時に、興味が湧いた。
「勘違いするな、依頼がある。 この男を殺して欲しい」
「依頼? この男って……子供じゃない、私より」
「報酬なら好きなだけ払おう。 嫌か?」
「……ま、良いわ。 それじゃあ、報酬はアレで」
私は言い、自動販売機を指差す。 男はすぐに理解したのか、その自動販売機で紅茶を買い、私へと手渡した。
「成立ね。 死体の写真とかいる? 殺したって証拠に」
「いいや、必要ない。 死ねばすぐに分かる」
「なら良いけど。 それじゃあ、できるだけ早い内に終わらせるわ」
「それについてだが、日付と場所はこちらで指定させてもらう。 この紙に目を通せ」
「別に良いけど……」
その言葉に満足したのか、男は再び路地裏へと消える。 それを確認し、私は手渡された写真に目を通した。 そこには小さなメモ用紙も貼り付けられており、その男の名前、年齢、住所が記されている。
「矢斬戌亥、十三歳、へぇ……D地区に住んでるのね」
私よりも三個下か。 一体あの男の人からどんな恨みを買ったんだか。 ま、そんな裏事情なんて知ったところでどうでも良いわ。 私は殺したいだけ、人を殺したいだけ。 私にとっての殺人は、ジュース一本くらいの報酬があれば充分。 だって、遊んでお金ももらえるなんて、それはちょっと悪い気さえしてくることだから。
どうやって殺そうか。 私はその依頼を受けた瞬間から、そればかりを考えていた。 かと言って、なぶり殺すような趣味はない。 私が好きなのは、人の命が消えるその瞬間でしかない。 何年も生き、これから先、未来を見据えている人たちのそれが、一瞬で無に返るその瞬間が好きなのだ。 中でも、法使いの奴らは特に面白い。 異法使いは心の何処かで受け入れてる節があるが、法使いにはそれがないから。
その日は、私の十八歳の誕生日の数日前のことだった。
私はそれから数日、矢斬戌亥のことについて調べあげた。 その結果、私は問題ないと判断する。 それどころか、境遇が不遇すぎて、どこでどう恨みを買ったのか、それが不思議で不思議で仕方なかった。
両親は矢斬戌亥が幼い頃、事故で亡くしている。 残された唯一の家族である妹も、ほぼ同時期に行方不明。 更に、十三歳にしてようやく法使いとなれた半端者。 その結末が殺し屋に殺されるだなんて、前世で一体どれほどの悪行をしたのだろうか。
まぁそれも私には関係ない。 せめて、人生に絶望させながら殺してあげよう。




