表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
三章 神罰
75/126

第二話

「いらっしゃあい! いやぁ誰かと思えばまった懐かしいねぇ戌亥クン。 最近、結構大きなことをしてるみたいで、こっちまで噂は届いてるんだよ?」


「そりゃどうも。 で、これで通って良いか?」


 マンホールの先は下が見えないほどの長い長い梯子となっており、それを降りること数分、やがて足場へと辿り着く。 そこから更に扉を二、三個くぐり抜けると、アースガルドの玄関口だ。 古臭いバーのような暗い雰囲気の中、受付には一人だけが待ち構えており、その背後には電飾がきらきらと光っている。 昔のアメリカチックでもあるな、ここは。


「……んー」


 まじまじと俺が差し出した紙を見ながら、唸り声のようなものを漏らす。 一見すれば一撃で倒せそうな見た目だが、日々実践に身を置くアースガルドの連中は全員が手強いと思って良い。 それには当然、この受付の奴も含まれる。 無断で入ろうとする輩は全て、この人によって排除されるのだ。


「もっちろん。 っておやおや? あれあれ? その顔……」


「……チッ」


「あーまうーえちゃーん! うわ、あっはっは! 天上ちゃんじゃん! 超久し振りだねぇ元気してたぁ? いやいやいや、まさかまた来ようと思うなんて、お姉さんびっくりだよー」


 天上に飛びかかる勢いで言い、受付の女……桐嶋(きりしま)冬海(とうみ)は笑う。 かつては天上とそれなりに面識があり、言ってしまえばアースガルドの問題児であった天上とそれなりに仲が良かったのもこの人。 もちろん、その関係で俺とも面識はあるんだ。


「うるせーな。 ポチさん、行こうぜ」


「うん、そうだね」


 天上の方は特にそういう意識はなく、素っ気なく言い、通り過ぎる。 そりゃそうだ、天上にとっちゃアースガルドでの生活なんて、今となっては良いものだったとは言えないんだから。 井の中の蛙、大海を知らず。 まさにそんな言葉がぴったりな、あの頃と比べてしまったらね。


「まったくつれないなぁ! 二人はほんっとに素っ気ないったらありゃしないよ。 あ、そんなお二人にひとーつだけ、忠告ね」


 俺たち四人はそこで、振り返る。 既に扉は開かれていて、そこへ一歩踏み出したあとだった。 目の前に広がる鉄の街を見渡す前に、そちらへと顔を向けたのだ。


「通り魔に気を付けて」


 そこで、開かれていた巨大な鉄の扉は、轟音と共に閉じられた。




 通り魔。


 桐嶋がわざわざ俺たちに言ったということは、普通の通り魔なはずはない。 どうやらそれは正解のようで、別行動で情報を集めてきたルイザによると、ここ最近、アースガルド全域に渡って通り魔が現れているという。 それも普通のやり方ではなく、ある種の爆弾を使っての通り魔。 前触れなく、予兆なく、それは起きるという。


 犯人の姿形は不明。 本当に突然、爆発を起こし、人が何人も殺されているという事件。 無法地帯であるアースガルドだが、そういう無差別的な事件は非常に珍しい。 一人を敵に回せば数人を敵に回す。 それがどんどんと繋がっていくのがアースガルドで、そんなところで無差別殺人を行うなんて、よっぽどの馬鹿か……それともよっぽど、自身の能力に疑いがないのか、だね。


 そう、能力。 これは恐らく、法か異法に寄るもの。 魔術使いはこのアースガルドには存在せず、だからこそこれは決め打って良い。 現象を起こす魔術使いならまだしも、法や異法では正直何もないところに爆発を起こすなんて、不可能と言っても良い。 だが、そこには何もないわけじゃない。 何もないとこでは何も起きない、起こせない。 捻じ曲げることも、不可能。 法使い、異法使いの能力は何かがあってこそ、発動できるものだからだ。


「人、ですか?」


「そ。 相変わらず良い考察だな、ルイザ。 その他にも、その人自体が持っている物って可能性もある。 本当に何もないところで起きた爆発なら、通り魔と呼ばれるわけがない。 そうなれば、法でも異法でも可能になってくるしな」


 たとえば、天上が持つ生命付与の異法。 生き物ではない物を生き物に作り変える異法だ。 基本的には、天上は自身の髪の毛を一本引き抜き、そこから無数のカラスと呼ばれる生物を作り出せる。 それは目の役割も果たすし、囮にも攻撃にも使える優れものだ。 よって、法や異法で爆発を起こすことは容易と言っても良い。 どのような法、異法であれ、現象の結果を爆発というものに繋がるのは多く存在する。


「ぽーちー! ポチ! ポチっ! うわぁ……変わらないですね!」


 と、快活な声が聞こえてくる。 振り向くと、そこには真っ白な少女が居た。 あの頃と変わりなく、明るい性格で真っ直ぐな少女。 それにしても、想像以上に早く会えたな。 恐らくこいつ、俺たちが来るのを知っていて待ち構えていたか。


「シロか。 懐かしいな……ってか、お前背伸びないな」


「またそういうこと言うんですか! 酷いですよほんと……あ! そちらの方たちは異端者のお仲間さんですよね!? ね!?」


 俺に体当たりのように抱きついてきたシロは、すぐに離れると、後ろから不審な顔付きでシロのことを見る三人に視線を向けた。 異端者、という名前はどうやら既に、ここまで伝わっているのか。


「えっと……あ、もしかしてさっきポチさんが言ってた逆らっちゃいけない人ってこの子?」


「ああ、一応ね。 このアースガルドで一番偉いから」


「……は、ははー! えーっとシロちゃんで良い? もし良かったら俺っちのこと踏んでも良いよ?」


 こいつ、大仰に挨拶をしたかと思ったらなんてことを言っているんだろう。 それ思いっきり君の性癖だよねってツッコミたいけど、面倒だし放置しておいても良いか。 どうせ放っておいても後からルイザに説教されるんだろうしさ。


「……キモ」


 ほら、ルイザの冷たい目。 まるで生ごみを見ているようだね。


「え、え、えっと……ぽ、ポチ! どうすれば良いんですかこれ!」


「俺に聞くなって。 それよりシロ、あれってお前の友達かなんか?」


 言いながら、俺はもう一人の男の方へと指を向ける。 そこに居るのは知らない男と、天上。 どうやら目が合って、本能的に殴り合いを始めたらしい。 あいつは動物かなんかなのだろうか? 闘争本能的なアレ。 俺にはどうにも分からない世界だね。 さぞ不思議な疑問だよ。


「あ……あぁ! こら! やーぐーもー! 喧嘩はしないって言ったじゃないですか! やめてくださいっ!」


「……おう命拾いしたなぁ天上。 まさかよぉ、のこのこ戻ってくるなんて考えもしなかったぜぇ? 天上」


 言いながらナイフを収めたのは、ピアスを付けた男。 十字のピアスに、口にはタバコを咥えており、顔にある大きな傷が特徴とも言える、キツネ目の男だ。


「ああ!? んだとコラ。 八雲ちゃんよぉ、テメェ俺に一度も勝てなかった癖に良く言えるなぁ……ああん!?」


 対する天上は怒りが収まる様子はなく、尚も攻撃を加えようと飛びかかる。 が、その動作は途中で完全に停止した。


「いい加減にしなさいよ、天上。 ボスが困っているでしょ」


「ぐっ……」


 ルイザの異法、意思排除。 飛びかかろうとした天上は、意思排除によって動きが停止する。 人の意思ってのは中々に強固で厄介だ。 その意思を逆手に取るルイザの異法、その状態で動くのは難しい。 動こうとしない意思を持ちながら、動かなければいけないのだから、簡単に言ってしまえばそんなのは不可能なんだよね。


「ボス? ああ、お前があれか。 シロが呼んできた助っ人って奴かよ?」


 ピアスを付けた男は俺に気付き、一歩二歩、歩み寄る。 手に持っていたナイフは懐に仕舞い、新たなタバコに火をつけながら。 先ほどの会話からして、天上の知り合いってところか? んで、こいつがシロの名前を出したってことは、シロと今現在行動を共にしているって奴だろう。


 いやぁ、つくづくあれだね、世界は狭いよ。 知り合いが知り合いと繋がっていて、その知り合いは俺の仲間と顔見知りなんだから。 そんな世界だからこそ、俺は大好きなんだけどね。


「それで間違いないよ、キツネ目くん。 で、そう言うあんたはシロの仲間ってことで良いか?」


「ん、そうだな。お前の思ってる通りだよ、ポチくん」


 ピアスの男は更に一歩、距離を詰める。 ルイザが咄嗟に間に入ろうとしたが、俺はそれを手で制した。 ピアス男との距離はほぼなくなっており、正面から向かい合い、その状態で数秒が経過した。


「へぇ、あんたは強いな。 異法使いとは思えねえ」


「そりゃどーも。 で、顔の見せ合いはこんなもんで良いのか? だったら、とっとと場所を変えてシロの要件を聞きたいんだけど」


 ……こいつも結構強いな。 法にも寄るが、雰囲気が普通の法使いとは違う。 鋭く研ぎ澄まされたこの感じ、平凡な毎日を送っていれば絶対に出せないもの。 そういうのを持ち合わせるってことは、それは実力にも繋がってくる。


「の前に自己紹介だろ? オレは八雲。 八雲京助(きょうすけ)っつうモンだ。 あんたは?」


「俺はポチ。 よろしく、八雲くん」


 言いながら、右手を差し出す。 八雲も右腕を差し出し、そのお互いの手が触れようとしたときだった。


 八雲は触れる寸前、その手を止めた。 そして動いたのは、左手。 指に挟んでいたタバコを親指と人差し指で持ち直し、そのまま俺の顔目掛け、勢いを付け押し当てる。


「怖いね、あは」


 俺はそれを寸でのところで足を振り上げ、止める。 足の裏に当たった煙草は火種を落として消え、それを見た八雲はそのタバコを捨てた。 警戒をしていなかった所為か、反応がちょっと遅れたな。 それとも、勘が鈍っているかのどっちかかも。 後者の方が可能性は高いけど、予想以上の速度だったというのもまた事実。 八雲の方も攻撃を仕掛ける段階になって初めて殺気を出してきたし、ゼロから百への切り替えが恐ろしいほどに早い。 寸前までゼロに抑えるってのは、中々にできないことだよ。


「その顔が気に入らねぇ。 ヘラヘラしやがって」


「殺していいかな、ポチさん」


 動作を止めた俺たちに向け、霧生が口を開く。 霧生の方も普段はチャラけているけど、仕事となればそれは別の話でしかない。 霧生がそういうキャラを出している理由は、自分の中にある不信感というのを隠すため。 ま、今は関係ない話か。


「やーぐーもー!! 喧嘩しないって言ったのに嘘吐きましたね!? 成敗、ドロップキック!!」


 叫び声にも近い声と同時、俺と睨み合う八雲の体が横に吹き飛ぶ。 八雲の体はまるで人形のように飛ばされ、鉄の建物へとぶち当たる。 威力がヤバイねぇ相変わらず。 さすがは最強の法使い。 その回路からなる身体能力は尋常じゃない。


「いってぇ!! おいこらシロッ! てめぇいきなりなにすんだよ!?」


「喧嘩はしないって約束でした! 破った八雲がいけませんっ! 喧嘩両成敗ですよ!!」


 言うと、シロは俺の方に体を向ける。 これ以上なく綺麗に笑いながら。


「……おいシロ、お前まさか」


「えっへへ。 そのまさかです」


 直後、シロの拳が俺の顔面を捉える。 これは予想もしていなかったし、反応も追いつかなかった。 完全に不意を取られたと言っても良いくらい、きっちり綺麗に決まる。 八雲同様に俺の体は吹き飛び、背後にあった鉄の建物へ。


 ……こいつ、昔っから本当に唯我独尊で困ったものだよ。 純粋だけど我が強い、それがシロという少女なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ