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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
二章 変革
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第三十二話

 ……最悪だ。 これ以上最悪なことなんてきっとねぇ。 こんな地下の施設に送られて、そしてクソみたいな毎日を送る羽目になって。 そんな最悪の状況で、更に最悪なことが起きるなんてな。 我が人生ながら、クソすぎて涙が出てくるぜ、本当によぉ。


「右、左、右、左」


 目の前にいる男は、楽しそうにそんなことを言う。 心底楽しそうな、そんな表情だ。 俺には分からねぇな、それがどれだけ楽しいことかなんて。 こんなことになるくらいなら、最初から止めておけば良かったよ。 あの女の言うことを信じなければ、良かったよ。


「右、左、右、左、右……」


 男の手が、止まった。 右、右、右、右、みぎ。


「右か。 んじゃ右な。 声出すなよ? オレは女の叫び声とか色っぽい声とか、そういうのは大好きだけどよ、男の声には興味ねえんだわ」


「……クソが、クソがクソがクソがクソがクソがッ!!」


「元はと言えば自己責任だろ? お前らが好き勝手やる所為で、このアースガルドは今までにねぇほど荒れている。 その責任は、キッチリ取ってもらわねえと。 ……なぁ、シロ」


 男は言う。 後ろからやり取りを眺めていた女に向けて。


 こいつが、こいつが全ての元凶だ。 俺を嵌めやがった……騙しやがった。 が、結局騙された俺が悪いんだよな。 んなこと、分かってる。


「ワタシの国だから。 さすがにやり過ぎたあなたが悪いんですよ」


「良く言うぜ、てめぇがッ!?」


 文句のひとつでも最後に言ってやろうと思ったところ、右目に激痛が走った。 おとこが、おれのめに、ゆびをつっこんだんだ。 焼けるような熱さ、痛み、得体の知れない気持ち悪さ。


 そして、男はそれでも止めない。 ぐちゅり、ぐちゅりと不快な音が耳に入る。 潰れて、かき回されて。


「あ……あっ」


「ああ、そんな泣くなよ。 悪いことをしている気分になってくっからよ」


 叫び声は上げられない。 声が掠れて、音が出ない。 それにたとえここで声が出せたとしても、泣き叫んだとしても、誰一人として助けには来ない。


 まだ使える左目で、男の顔を見た。 顔に一直線に入った大きな傷、それが特徴の、若い男の顔。 左耳に付けられた十字のピアスが揺れていて、俺が最後に見た光景となったのだった。




「シロ、後処理しとけよ」


「それは良いんですけど。 もう少し綺麗にやって欲しいかな、ワタシとしては! いっつも散らかし過ぎなんですよぉ!」


 ……一々ひと言多い奴だ。 とは言ってもお互い協力関係ということもあって、文句は言えない。 俺とシロの出会いはそれこそ、小さい頃からのものだしな。 幼馴染……とはちょっと違うが、似たようなもんか。


 俺もシロも、ある施設で生まれ育った。 法使いの潜在能力について研究を重ねているLRIと呼ばれる機関だ。 そして今、そこと俺たち二人は争っている。


 というのも、あの機関がとある薬を作り出したからだ。 回路の活性化、それが法使い、異法使い、魔術使いの誰もが能力を執行する際に前提となる。 しかしそれには個人差があり、それはもう才能で決まると言っても良い。 訓練、鍛錬を重ねることによってある程度の成長はあるものの、限界量だって回路が作られたそのときに決まってしまうからな。


「そいやシロ、応援呼んだって聞いたんだけど」


「応援? 応援……応援……ああ! はい! ポチたちを呼びましたっ!」


「……異端者か。 まぁ良いか、異法使いは気に食わねえけど、強い奴は別だ。 それに状況は芳しくねえしな」


 争っている原因、それこそが薬の存在。 あの薬……LLLと呼ばれる薬は、危険すぎる。 回路の強制的な活性化を促し、潜在能力を引き出す薬と言っても良い。 だが、その副作用は危険なもの。 段々とアースガルドにも蔓延し始め、このままでは手に負えないほどにもなってしまう。 俺とシロの目的は、その薬の製造方法を保存したデータの破壊、並びに研究員の始末、施設の破壊、ということになっている。


 しかし、薬を服用した法使いは強い。 俺はそれなりに法使いとしての能力はあるものの、決して強いわけではない。 だから俺が思う俺より強い奴、シロと手を組んでいるんだ。


八雲(やぐも)、喧嘩はしないでくださいね。 ポチは、恩人でもあるんです」


「しねえしねえ。 てかオレって、んな喧嘩っぱやくねえからな。 向こうが喧嘩売ってくるだけなんだからよ」


「ワタシとはいつも喧嘩するのに良く言えますねっ! びっくり仰天ですよマジ。 驚いて心臓が口から出るかと思いましたです」


「してねーって。 良いから処理終わったんなら行くぞ。 長く残ると匂いが残る」


「……ワタシ、そんな臭いますか?」


「……良いから行くぞ」


 蒸気が上り、鉄の匂いが辺り一面に漂う国。 それが、オレたちが住んでいるアースガルドという地下帝国だ。 いびつな形をした鉄の建物、鉄の道、鉄で埋め尽くされた街。 小さい頃から慣れ親しんでいるから違和感はないが、たまに外から来た奴は毎度驚くんだ。 そして次第に慣れて行く。


 ここでの暮らしは、つらいものではないと思う。 自由を主義とするこの国は治安こそ悪いものの、暮らしている人々はみんな、幸せそうにも見える。 だからオレはこの国が好きだし、守りたいと思うんだ。 そしてその国を脅かす存在が、許せない。 麻薬と言っても良いLLLは、かなりの安値で取引される。 表向き出処は不明だが、作り出せる技術も能力もデータも全て、持っているとしたらLRIだ。 あれをなくすために、オレとシロは動いている。


 その点、シロの立場というのは便利だった。 シロはこの国の頂点と言っても良い立ち位置で、年齢的にはオレと同じく十七歳だが、能力が能力なおかげで人々から崇められている。 女神、象徴、全能者。 そう呼ばれているから。


「眠いですねぇ」


「お前ってほんと寝てばっかだよな。 まだ眠いのかよ」


「休眠はワタシの人生でもっとも必要なのです」


「……はいはいそうですか」


 恐らくは、その出で立ちもあるのだろう。 真っ白な髪、真っ白な肌、それに反して真っ黒な瞳。 小さい頃は、それこそオレもシロもろくに世界を知らないガキだった頃は、普通だった。 オレは幸いなことに免疫だとかが強かったからなんてことはなかったけど、シロは施設での投薬研究の影響で、こんな風貌になってしまったんだ。 それもまた、オレがLRIを許せないひとつの理由でもある。


 シロの能力はハッキリ言ってしまえば最強だ。 どんな状況でも、シロの能力を使えば確実に負けることはない。 オレはあのポチって奴の強さもそれなりには理解しているが、そんなの関係なく、シロが勝つと確信できる。 これは贔屓とかそういうのではなくて、確実にだ。 小数点以下の可能性すら存在しないほどに、シロの能力は強い。


 絶対命令と呼ばれる、その法。 どんなものでも、シロの言葉は現実化される。 たとえばシロがオレに対して「お前は死ね」と法を使って言えば、オレは死ぬ。 世界よ滅びよと言えば、世界は滅びる。 その命令に際限はなく、防ぐ術も存在しない。


 しかし当然、制限もある。 だがそこまで厳しいものではなく、それは一ヶ月に一度しか使えない、ということだけ。


 ……となれば、シロの能力を使えばLLLも即この世から消すことができるとは、オレも考えたこと。 だけど、シロはその法を使おうとしない。 使ってしまえば一ヶ月は使えず、その間に何が起きるかも分からない。 シロは口にはしないものの、一番気にしているのは人々からの目、だろうな。 能力がない奴、使えない奴、そういうのに対してこの国は優しくないから。 それを恐れているんだ、こいつは。


 そして。


 そしてオレは、そんなシロが……気に入らなかったりもする。 力があるのに使わない、手立てがあるのに行使しない。 そんなのは結局、甘えだからな。


「……八雲?」


「ん、おうわりぃ。 行くか」


 オレの顔をシロは覗き込む。 オレはそれで思考を止めて、街中へと向けて歩き始めた。

以上で第二章、終わりとなります。

小話もひとつありますので、そちらは少し日にちを起きまして、投稿致します。


ブックマーク、評価、感想、ありがとうございます。

次回は少し時間が空いてしまいそうですが、活動報告にて、ご連絡致します。

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