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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
二章 変革
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第三十一話

「会いたくなかったねぇ。 マジで、生きてたんだ」


「うふふ。 わたしが死ぬって思った? 五歳で魔術に目覚めたわたしが。 うふふふ。 まったく、おにいは本当に心配性で可愛いワンちゃんなんだから」


 生きていた、か。 六歳で機関に連れて行かれ、そして帰ってこなかったこいつが。 しかしおかしいなぁ、あれから既に六年は経っていて、荏菜は十二歳になっているはず。 だというのに、その見た目は八歳ほどにも見える。 とても、リン姉妹と歳が近いようには見えない。 なんだ、この違和感は。 しかし確実にこいつは荏菜だ。 いくら俺でも、肉親を見間違えるわけがない。


「……兄妹だと。 アレス、矢斬荏菜は」


「うーん、だねぇ。 ヘパイストスの旦那が思ってる通り、死んでいるはず。 なのに生きてるって、どうなってるんだか」


 口を開くは、十二法の二人。 そうだ、記録上は行方不明だが、その真実は機関によって連行されたことによるもの。 たったの五歳で魔術に目覚めた荏菜は、その一年後……それを知った機関によって連れて行かれている。 そして、今の二人の会話が正しければ、殺されているということになる。 そりゃあそうだ、たったの五歳で能力に目覚めた化け物、それも魔術というものに目覚めた奴を、機関が生かしておくはずがない。 だから俺も、てっきり死んでいるものだとばかり思っていたのに。


「侮ってもらっては困るわ。 わたしの魔術を持ってすれば、死を偽ることも創りだすことも簡単なの。 というわけで、わたしは礼儀は通したつもりだけど。 ワンちゃんはいつまで偉そうにしているのかしら?」


「……はぁ。 はいはい、分かったよ」


 この妹だけは、苦手だ。 俺が世界で一番苦手とする奴だ。 人の上に立つのが大好きで、人をいたぶることが大好きで、俺が一体どれほどいじめられたことか。 あーあ、可哀想な俺。 同時に、エリザという魔術使いが俺に固執する理由も分かった。 こいつは最強の異法使いであるポチが欲しかったのではない。 矢斬戌亥という兄が、欲しかっただけだ。 俺という存在を屈服させたかっただけだ。


 ……そういうことか。 それなら、エリザが俺を欲しがっていた理由も、付け回していた理由も、矢斬戌亥とポチが同じだと知っていた理由も、全てに納得がいってしまう。


「良い子良い子。 うふふ、それじゃあ始めましょう。 あなたたちが言う話し合いを」


 エリザは言い、満足そうに笑った。 それを見て、席から立ち上がったのはヘパイストス。 俺とエリザのことを交互に見たあと、口を開いた。


「……両者言いたいことはあると思うが、俺たち十二法、法使いが提案するのはひとつだ。 異法使いから法使いへの攻撃、並びに魔術使いから法使いの攻撃をやめて頂きたい。 簡潔明瞭に言うと、和解をしようとのことだ」


「あは、一番くだらないのが来たね」


 言った俺のことを睨むのはラム。 だが、先ほどのように攻撃を加えるつもりはなくなったのか、それだけだった。


「もちろん、納得する条件は出すつもりである。 まず、異法使い側に対しては、地区の開放を条件としたい」


「地区の開放?」


 リン姉は首を傾げながら尋ねる。 すると、答えたのはラムと呼ばれていた女だ。


「はい、現在法使いが管理する地区はA地区からU地区の二十一地区です。 異法使いが管理する地区はV地区からY地区の四地区、そして魔術使いが管理する地区はZ地区のみとなっております。 まず、和解案として、現在私たちが所持している地区の約半分、十地区を開放致します。 AからK地区は法使い、そしてLからY地区を異法使いのものとします」


「……え、それってあれ。 法使いより異法使いのが地区増えるってこと?」


「うん、そうなる」


 二人の会話を聞き、俺はゆっくり目を閉じた。 俺の目的とは、噛み合っていないその条件。 しかし、みんなが納得すりゃそれも良いんじゃないかとも思えてくる。 もしも本当に、みんなが納得するならば。


「最善は異法使いに対する差別、及び危害をなくすということですが、現状ではそれも厳しいものと考え、逆に完全に分断をすれば、問題は解消できるかと」


「天敵同士を同じ檻に入れておく必要はない。 貴様らにとっても、これ以上ない条件だと思うが」


 ラムの言葉に、ヘパイストスが続ける。 俺はそれを聞き、目を開けた。


「うん、まぁそうだね。 けどとりあえずは保留かなぁ。 一旦そっちの魔女さんに出す案も聞いてみたいところだよ、俺は」


「分かった。 では、次に魔術使いに対する和解案を提出する」


 ヘパイストスの言葉に、再度ラムが口を開く。


「魔術使い側には、現在魔術使いが追っているライム・シューイ・ハンベルグ及び、その協力者の身柄を引き渡します。 ロイス・アリモンテにつきましては、現在消息不明ですが、発見次第、身柄の引き渡しは可能です。 魔術使いが我々に攻撃を加える最大の理由にして、ただひとつの理由がこちらのことかと思われますね」


「あら、良いの? 仲間なのに。 可哀想なライムちゃん」


「問題ありません。 譲歩案、和解案として飲んで頂ければ、すぐにでも」


 ……仲間を売ったか。 ということは、ライムは既に居なくとも問題はないということ。 俺たちが探していたロイスの方もその可能性が非常に高いなぁ。 しかし恐るべきはその技術力ってところかね。 魔術使いの起こす現象を科学的に引き起こすほどの技術力、それをすぐさま実現できると踏んでいるから、法使いは交渉のテーブルにライムとその一派を置いた。 魔術使い、エリザとしてはその条件は目的と噛み合っているな。


「うん、良いわよそれで。 元々あなたたちには興味ないし。 今はあの子を捕まえられればどうでも良いしねぇ。 ああけど、それともうひとつ欲しい子がいるの」


「と、言うと?」


「不ちゃん。 うふふ、どうやらあの子もわたしのことを裏切っちゃったから。 もう一回、お仕置きして躾ないと。 ああ、興奮しちゃう」


 ……あーあー怖い怖い。 こいつ、本当に超が付くほどサディストだからねぇ。 俺が寝てるのを良いことに頭踏み付けてきたり、隙を見たら足蹴にしたり。 そういうことを心底楽しそうにするからね、こいつ。 一緒に暮らしていたときはどれほど苦痛だったことか。 物心が付いたか付かないかくらいでそんなんだったんだから、今ではどれだけになってるかとか、想像したくないね。 ちなみに俺は、その点に関しては誘拐していってくれた機関に超感謝しているんだよ。 あれほど嬉しかったことはないんだからさ。


「分かった、その条件も飲もう。 では、魔術使いとの話は決着だ。 異法使い、貴様等はどうする?」


「うーん。 確かに良い条件だよね、地区の数が増えるどころか、逆転しちゃうほどなんだし。 まーでも……あっはは、却下却下」


「……不満というのか、この条件が」


 いいや、別にその条件が不満ってわけじゃないって。 問題の履き違えというかなんというか、根本的な部分がやーっぱり分かってないや、こいつら。


「まぁその前に。 それをした場合、その後数年はだいぶ安定した暮らしになるだろうさ。 みんな幸せにね。 でも、やがて亀裂は目に見えてくる。 法使いたちは、物資の流通ルートも確保も容易だろう? 今までずっとやってきたことなんだから。 けど、異法使いに限っては全然駄目。 やがて物資が尽きて、再び同じ状況……いや、もっと酷い目に遭うのは目に見えている」


「その点は心配無用です。 サポート面についても、この資料にまとめて……」


 ラムは言い、俺の前に一枚の紙を置いた。 たった一枚の、薄っぺらい紙を。


「だから、却下。 考えてみろよ、法使い。 今まで下の者達の好き勝手をどうにもできなかったお前らが、何を根拠にサポートするって? そりゃ表面上はみんな仲良くになるだろうさ。 だけど、たったそれだけで根深くなっている問題は変わりやしない。 たとえば、法使いから異法使いへの物資提供があったとしよう。 それが渡るまでの間、何人もの法使いの手を通すわけだ。 その途中、一人でも俺たちのことを悪く思う奴がいれば、それは手元に届かない。 そして、お前らの耳にもきっと入らない。 あまり舐めた条件を出してんじゃねえぞ、法使いのゴミ野郎共が」


 言いながら、俺は出された紙を破る。 目を通す必要すらない、薄っぺらい紙を。 これが現れだ、これが思いだ。 法使いから俺たちに対する、精一杯の誠意の形。 いくら上辺で綺麗事を並べたって、心の中で思っていることは些細なことで表れる。 今こうして、こんな小さな会議で済ませようとしていることだったり、法者が顔すら出さないことだったりね。 あーあーあー、ほんっと、くっだらねぇなぁ。


「それともうひとつ。 勘違いしてんのか知らないけどさ、大前提から違うんだよ」


 俺は言い、立ち上がる。 そして、法使いの顔を見て口を開く。 十二法だかなんだか知らないが、もう始まったことなんだ。 これには途中で止まるなんてことはなく、最後まで倒れ続けるしかないドミノのようなもの。 無粋なことはあまりしないで欲しいね。


「別に地区とかどーでも良いし、興味はないね。 俺たちの目的は法使い、お前らに対する復讐なんだからさ。 もしも和解案として出すなら、お前ら全員命を絶つとかじゃないと。 あっはっは」


 そうそう。 最初からそれしか道なんてないんだよ。 脇道だってないし、近道だってない。 そんなの分かり切っていたことじゃないか。 第一、この交渉自体、法使いはうまいこと俺たちを丸め込むつもりでしかないし。 だったらそんな船に乗るわけにはいかないねぇ。


「黙っていれば、好き放題か。 異法使いとの交渉は決裂だな」


「はは、ははは! いやいや、逆に俺は嬉しいぜぇテロリストくん。 君とはまだやり合ってないしな。 やっぱり悪党ってのは、お前みたいなのに限るよ」


 悪党、ね。 うんうん、合ってるよ。 俺は悪党で、お前らが正義だ。 どんな場合でも、時でも、正しい方が多数となる。 少数はいつだって、悪なんだよ。 だから正しいのはお前らで、間違っているのは俺たちだ。


「……では、異法使いの方にはお引取り願います。 魔術使いの方との交渉を詰めますので」


 言われ、俺たち三人は立ち上がる。 リン姉妹はどこか、満足そうな顔付きをしていた。


 やっぱり、そっか。 二人もそうだけど、俺たち異端者はそうなんだ。 別に仲良くするつもりも、世界征服をしたいってわけでもない。 ただただ、法使いを殺したくて仕方ない。 今までされたこと、その全てを返し切るまでこれは終わらない。 仮に俺たち全員死んだとしても、また新たな組織が現れるだけだ。 一度作られた道筋は、確実に受け継がれていく。 法使いが受け継ぎ、異法使いを駆除したように。 それは俺たちだって同様だよ。


「すとーっぷ。 ちょっと待ちなさいよ、ワンちゃん。 折角会えたのに、ハグのひとつもできないの? 寂しいなぁ」


「……はっ、お前をハグするくらいなら俺は死を選ぶね」


 話しかけてきたエリザに対し、俺は返す。 横の二人は視線を俺に向けるだけで、特に何かをしようとしている風には見えない。


「あらそう。 なら良いわ、そして同時に、異法使いに対して――――――――魔術使いは宣戦布告をする」


 その言葉に顔をしかめたのは、法使い。 予想外の一手だったのか、その真意を探るようにエリザの顔を見ていた。


 一手、か。 どのみち魔術使いとは殺し合いにはなると思う。 けど、裏でこそこそ戦うのと、表立って戦うのでは意味が異なってくる。 その戦いは、どちらかが屈服するまで終わらない。 どちらかが消えるまで、終わらない戦いだ。


 よって。


「ほんっと気分屋だね、お前は昔から変わってないよ。 なら俺たちも宣戦布告、お前ら魔術使いと、法使いに対して」


「うふふ、嬉しい。 おにいと殺し合いができるなんて、本当に幸せ」


 エリザは笑う。 とても、とても楽しそうに。 まるで狂ったように、その顔に笑みを張り付ける。 ま、それもそうか。 元々こいつは狂っているし、俺もまた狂っているんだから。


「正気か、異法使い。 我らと魔術使いを同時に相手をするというのか」


「あらぁ、ごめんなさい。 何か勘違いしているみたいだし、わたしもちょっと気が変わったの。 元々、わたし以外の飼い主なんていらないのよ。 御主人様は一人で良いの。 だから、全部白紙に戻しましょう」


 やはり、か。 予想はしていたよ、こいつがそう動きそうだって。 こいつはそうなんだ、昔から。 自分が思うように、したいように、従えたいように、動く。 犬が大好きなこいつが犬が好きな理由は「従順だから」でしかない。 可愛いとかそういう概念は、後付でしかない。 こいつの基準は言ってしまえば、自分に従う者か従わない者かの二択。 そしてこいつがどうしてそれが好きなのかっていうと。


「うふふ、そっちの方が楽しそう。 やっぱりあなたたちとも殺り合いたくなってきちゃった。 だから、法使いさん、あなたたちにも宣戦布告するわ」


 それに尽きる。 気分で変わり、気分で笑い、気分で人を殺すような奴だ。 狂い具合で言ってしまえば、俺なんかよりもよっぽど質が悪いんだよ、こいつ。 つい数分前にした約束だって、気分で忘れるくらいに。


「……決裂だな。 後悔するなよ、ゴミ共が」


 ヘパイストス、アレス、ラムの三人は立ち上がる。 同様に、エリザもまた、立ち上がった。 結局はこうなるんだよ、分かりきっていたこと。 最初に起きた時点でさ、こういう風に戦争になることなんて分かりきっていたんだから。


「さ、帰りましょうか。 おにいも一緒にどう? 可愛がってあげるけど」


 よほど楽しいのか、上気した顔でエリザは俺に向けて言う。 右手を差し出し、俺の方へ。 その前へ立ちはだかったのは、リン姉妹だった。


「わりいけど、ポチさんは弱い奴には興味ねーんだよ」


「うん。 あなたじゃポチさんには勝てない」


「……うふふ。 ま、別に良いけどね。 いつか絶対わたしの靴を舐めさせてみせるから」


 いやぁ、我が妹ながら変態すぎるだろ、こいつ。 俺も俺でだいぶおかしいかもしれないけどさ、ここまでとはさすがに思いたくないね。 狂った変態だ、エリザのやつは。 昔はもーちょいまともだった気がするけど、Z地区での絶対政権がその性格を加速させたのかねぇ。


 まぁ、良いや。 どのみち邪魔なら殺せばいいし、不要なら切ってしまえば良い。 んで、利用できる部分は使わせてもらおう。


「たかだか数人、そんな組織が我ら法使いと争えると思うなよ。 身分の違いを教えてやろう」


「良い本音だ。 実に良い本音だよ、オジサン。 あは、アハハ! 俺を殺したきゃ、法者様を連れてきな。 君らの法じゃ、俺の異法は超えられない。 帰るぞ、リン姉妹。 無駄な時間を使わせて悪かった」


 こうして、俺たちはA地区を後にする。 さぁて、ようやく始まりだ。 本格的な、殺し合いが。 まずはどう動こうか、とりあえずは地を固めるところから行こうかな。 とは言っても、魔術使いも絡んできたこの戦争で、思うように動き出せないってのはあるね。


 ……というか、それが狙いかな? 魔術使い、エリザは俺たちの動きにある程度制限をかけるため、宣戦布告をした。 可能性としては高そうか、これが。 そして事実として、効果は出ている。 となれば、当面は三者共に動きはないということかな。


 どこかが動いたその瞬間、始まるというわけか。 ならばやはり、まずは異法使いの奴らをまとめておいた方が良いだろう。 それに、あっちの方も早めに解決しておきたいしね。


 アースガルド。 あそこからの招待が来たってことは、それが必要になったということ。 俺たち異端者の力が、必要になったんだ。 あそこにも借りはあるし、さすがに無視はちょっと可哀想。 というわけで、次の仕事も決まってきたかな。 全員割くわけにはいかないだろうから。 それに、そろそろ戦力も均等化しておいた方が良いか。


 ……うーん、難しいところだね。 俺が行くのは確定として、他に連れて行く奴はっと。


 天上、霧生、ルイザ辺りか。 そうだな、そうしよう。


 地下帝国とも称されるアースガルド。 その大きさは地区が二、三個ほどにもなり、大勢の人間が暮らしている。 行き場のなくなった法使いが暮らす、荒れた大国。 そこで一体何が起きたのか……興味がないと言えば嘘になる。


「ひひ、ポチさんマジ、良く言ってくれた! さっすがアタシのポチさん!」


「俺は誰のものでもないよ。 てか、意外と喜ぶんだな、リン姉」


「わたしも嬉しい。 法使いは、殺したい」


「まぁ何が大事かってことだろ。 俺たちにとっては、その復讐ってのが大事ってだけなんだ。 くっだらないくっだらない、復讐がね」


 帰り道、俺たちはそんな会話をしながらX地区へと帰る。 既に辺りは暗く、道は見えづらい。 ああ、そうだったっけ。


 みんな、俺が道を示してくれたというけど。


 他でもない俺の道を示してくれたのが、みんなだったんだ。


 そんな単純なことに今更気付くなんて、俺も随分間抜けだなぁ。


 ともあれ、世界は転換の時を辿る。 変わり、換わり、代わっていく。 そして着実に、終わりへと向かうんだ。

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