第三十話
「アレス、これが言っていた異法使いか?」
「おう、そうそう。 めっちゃ強いんだよねぇ、俺の殴り受けて平気だったし」
若く、親しみやすそうな性格のアレス。 それとは正反対のような男がもう一人。 威厳がありそうな顔付きと、風格。 当然、両者共に一筋縄ではいかなさそうな強者。 ここで戦いともなれば、俺たちも向こうもタダじゃ済みそうにないかな。
「あんたは?」
俺はすぐさまそう尋ねる。 会話の内容からして、恐らくこの男も。
「自己紹介が遅れたな。 俺は十二法の一人、ヘパイストス。 お前が異端者の矢斬戌亥だな」
「いいや、俺は異端者のポチ。 生憎、矢斬は法使いでの名前だよ。 こっちのときはポチで良い」
自身の胸に手を置き、俺は言う。 すると俺の言葉に、ヘパイストスと名乗った男は小さく息を吐き、返した。
「アレス、客人は揃った。 会議室に先に行き、準備をしておけ。 俺たちも数分後、そこへ向かう」
「あいあいりょーかい。 ヘパイストスの旦那はほんとーに人使いが荒いねぇ」
アレスは軽口を叩くと廊下を歩き始めた。 本当に通路の途中へと出た場所で、隠し扉と言えば納得できる場所。 普段は使わない通路が存在し、そして今尚使われているってことは、そういう場合があるってこと。 恐らく魔術使いとの接触もこの扉を通してかな。 ライムや、ロイス、俗に言う裏切り者の魔術使いたちが出入りするための場所か。
「貴様、何人殺して来た?」
静寂が訪れ、少しが経ったそのとき。 ヘパイストスは唐突に口を開く。
「ん、法使いの話? そうだったら覚えてないよ、ヘパイストスさんはさ、一々処理したゴミのことを覚えているのかい?」
「違うな、今日、ここへ来るまでに何人殺したかという話だ」
……へぇ。
「俺は二人。 こっちの子が二人。 こっちの小さい子は一人も殺してないよ。 まーゴミがゴミのように絡んできたから掃除しただけだからね」
匂い、か。 血の匂い、一応は消しておいたのに、気付いたのか。
「……ふっ、ゴミか」
挑発のつもりで俺は言う。 しかし、ヘパイストスはそんなことは全く気にした素振りは見せない。 リン姉妹はそれを見て、無反応。 相当な気配を感じているのか、普段は口うるさいリン姉ですら、口を開こうとしない。 俺からしたら良く分からない違いだけど、まぁ他の法使いとは当然感じるプレッシャーも違うのだろう。
「的を射ているな。 この世界にはゴミが多すぎる。 下位の法使い、機関に歯向かう者、それらは総じてゴミに過ぎん。 矢斬戌亥、貴様には感謝しておくよ。 ゴミがゴミを掃除してくれてな」
「あっはっは、俺たちから見たら、あんたらも随分なゴミだけどね。 むしろさ、この世界にはゴミしかいないよ。 まともな人間なんて、きっといない」
「かもしれん。 だからこそ、今回我々が提出する案は最善だ。 ゴミ同士、仲良くしようではないか」
ヘパイストスは笑って言うと、くるりと反転し、歩き出す。 どうやら先ほどアレスに言っていた数分が経過したようだ。 しっかし、ただの話し合いで、ただの一室を使うのに準備ってのは一体なんだろうね。 気になるところだけど、まぁリン妹の未来不知があるから罠ってことはないだろう。 今日は随分いろいろなことがあったけど、まだ異法が使えない、回路が疲弊しているということもない。 そっちの問題はないけど、違う問題はあるかもしれない。 少し、嫌な気配もすることだし。
「最善ねぇ。 ま、良いけどさーあ。 リン姉妹、行こうか」
そうして、俺たちは法使いたちとの会議に赴く。 そしてその会議は、本当に予想外になったんだ。 俺はさ、それが嫌で嫌で仕方ないことだったんだけどね。
「入れ」
ヘパイストスの言葉に、俺たち三人はその部屋の中へと入る。 室内は至って普通の会議室って感じで、馬鹿長いテーブルが長円状に配置されており、数十人は着席できそうなほどの大きさの部屋だ。 そしてそのひとつの椅子に、アレスは腰掛けている。 俺たちはその光景を入り口で眺め、やがて俺は口を開く。
「どこでも良いのかな、これ」
「ああいいよ! そんな形式ばったもんじゃないしさ、適当にくつろいでくれりゃ良いさ」
「そっか、んじゃ」
俺は言うと、真っ先に上座へと腰かけた。 それを見ていたリン姉妹は「うわぁ」みたいな顔をしたが、気にはしない。 俺の位置から見て右側にアレスが座っており、その反対側である左側にはリン姉妹が腰掛ける。
「……気に食わん男だな。 まぁ良い、だが気を付けろよ」
「別に気を付けることもないね。 というかまだ始めないの? さっさと話済ませてさ、俺は帰りたいんだけど。 今日はいろいろあって、俺たち疲れてるんだ」
「まだ主役は揃っていない。 もう少し待っていろ」
……主役が? まさかと思うけど、法者様はさすがに姿は見せないだろう。 期待はしてたけど、今居ないってことは姿を現すことはなさそう。 訪れるより、待ち伏せる。 そっちの方が心理的には楽だし、理に適っている。 それにそもそも、アレが一般人、ましてや異法使いの前に姿を現すなんてことはあり得ない。 かといって、十二法が他にも来るっていうのもちょっと考えづらいね。 向こうも万が一俺が攻撃を仕掛けてきたらってことも考えているだろうから、戦力を一箇所に集めるなんて愚かな真似はしないだろうさ。 ってことは、残る可能性はひとつ。 消去法で、すぐに出る答え。
「お待たせ。 あら、ワンちゃんはもう来てたのね」
「あ?」
目に入ってきたのは、ドレスのような白い服を着た女。 そしてその左右には、強面の男と眼鏡をかけた男。 横の二人は相当強いな、恐らく風貌からして、ロクが言っていた奴で間違いない。 服装、雰囲気、匂い。
こいつらが、魔術使いか。
「初めまして。 わたしはエリザ、エリザ・フレデリカ。 お目にかかれて嬉しいわ、異法使いのワンちゃん。 うふふ」
「あらら、予想とはちょっと違う見た目だなぁ。 あったまが悪い行動とか、面倒臭そうなやり方とか、そういうのからしてもっとガキだと思ってたんだけど。 普通に俺より年上だよね、あんた」
見た目は、二十代後半ほどだろう。 黒い髪に冷たい目、妙なのはロクとツツナが言っていた特徴とは違うってところか。
「随分な言い様ね。 それと、随分偉そうな場所へ座っているのね、ワンちゃん」
ふふ、と笑い、エリザは口を押さえる。 ようやく会えた。 出会ってしまった。 だがこれは、拍子抜けも良いところか。
……そして、法使いがこれを伏せていたってのは、俺がエリザを避けていることを知っていたからか。 情報は恐らく、凪か。
「そりゃそうでしょ。 だってほら、こんなかじゃ俺が一番強いんだしさ。 雑魚は大人しく下座に座るべきだと思わない?」
「……うふふ、ふふふ! そういう強気なところも大好き。 ねえねえワンちゃん、わたしのペットになりなさい。 そうすれば、とってもとーっても可愛がってあげる」
「嫌だね。 てか、君が俺のペットになれよ、魔術使いさん」
……気配が妙だなぁ。 こいつ、本当に最強の魔女、絶望の魔女とも呼ばれるエリザという奴なのか? なんだか、それにしては随分弱い気がしてならない。 少なくとも、ロクやツツナが手を焼くようには見えないね。
「すみません、アレスさん、へパイトスさん。 遅れました」
言いながら現れたのは、長身の女。 黒髪で左目を隠し、頭を下げながら部屋へと入ってくる。 感じる気配は十二法の二人よりも弱いな、部下か。
「良いって良いって、気にすんなよラム。 それよりこれで全員だな、よーやく会議の始まり始まり」
ラムと呼ばれた女の方に顔を向け、アレスは言う。 その言葉を聞き、俺の対面にはエリザ。 その左右に席には座らず、立ったまま仕える二人の魔術使い。 アレスの横にはへパイトス、ラムという並び順。 俺はそれを見て、小さくため息を吐いた。
あーあ、ほんっと……随分と舐められたものだ。
「よっと……。 んで、要件は?」
俺は言う。 笑い、テーブルの上に足を置き。
「……」
その態度を見たのは、ラムだ。 そしてぴくりと、目が動いた。 同時、ラムの姿が消える。
「これはもう話し合い終わりで良いかな、ポチさん」
「ゴミどもが、調子に乗るなよ、異法使い」
一瞬で距離が詰められた。 あの態勢から瞬時に俺に攻撃をするなんて、随分動きが良いな。
まぁ、その攻撃はリン妹によって止められたが。 姉に指示を出さずに自分で止めたってことは、間に合わないと判断したからか。 食らっても別に良いのに、律儀なことで。 けれど、そういうのがこの姉妹の優しさか。
「血気盛んだねぇ。 君らが舐めたことをしてくれるから、俺も俺でそういう態度なわけだけど」
「それは言えてるわね。 わたしやワンちゃんは、言わばその派閥の代表。 だというのに、あなたたち法使いはその下っ端だなんて。 うふふ」
「あはは、良く言うよ。 あんたもあんたで妙なことをしてるってのにさーあ? 自分のことは棚に上げて他人を責めるなんて、実に魔術使いらしいね」
なんの魔術かは分からない。 けど、エリザは明らかに気配を抑えこんでいる。 それも悟られるレベルではなく、完璧なレベルで。 存在その者を偽っていると言っても良い。 一見すれば、明らかに横の二人よりも弱いし、雑魚。 しかしツツナとロクが手こずるような相手が、そんなわけはない。 俺はそれを知らなかったら、魔術使いなんてこんなものかと思っていただろうさ。
「うふふ。 良く吠えるワンちゃんだこと。 けど、そうね。 ワンちゃんの言い分ももっともだし……特別、そういうのはなしにしましょうか。 魔術取り下げ」
エリザが言うと、その体が光となって炸裂する。 光の粒はエリザから離れ、そして、その姿があらわになった。 小さな体、ロクよりも年下か? そして、金色の髪を腰まで伸ばしている。 身に纏っているのはローブではなく、極普通の白色のワンピース。 そこら辺にいる子どもと、なんにも変わらない風貌。 だが。
だが、俺は。 このガキを……知っている。
「……おいおい、マジかよ。 まったくさ……本当に。 最悪だよ」
「そうかしら? わたしとしては、最高よ。 うふふふ」
ここまで嫌なことなんて、滅多にない。 人生で、生まれてこの方これまで最悪なことなんて、数えるほどにしかなかったよ。
「……ポチさん?」
リン妹は俺の顔を見て言う。 よっぽど変な顔をしていたのか、俺を心配するような声色だ。 見れば、リン姉の方も怪訝な顔をして俺を見ている。
「……」
その光景を見て、ラムは再び自身の席へと着いた。 法使い側は特に動揺することなく、俺たちのことを見ている。 ある程度魔術というものを理解しているこいつらは、こういうパターンも頭にはあったのだろう。
いいや、俺にだってあったさ。 そういう予想もできたし、想定もしていた。 魔術使い、そのトップがこんなに弱いわけなんてないってね。 でもさぁ、でもさでもさ。 その正体、こいつだけは考えていなかったんだって。 そしてこれは、最悪な再会か。 だってそいつは。
「お久し振り、会いたかったわ。 おにい」
矢斬、荏菜。 俺の、妹だったんだから。




