第二十六話
「うっはぁ! やっぱすごいねA地区はっ! ね、ね!」
「はしゃぎすぎ。 でも……すごいかも」
二人は車から降りるなり、その街並みを眺め、感嘆とも言える声を出す。 だが、俺とてそれは一緒だった。 全二十六区の中でもっとも繁栄し、もっとも裕福、そしてもっとも安全と呼ばれるA地区。 電光掲示板、巡回ロボット、浮遊艇、道路は建物の上や横を通っており、人々は誰も彼もが満ちた表情をしている。 地上の楽園、絶対安全の都市、なるほど……これは確かに良い街だ。
「そんじゃま、お三方気を付けて。 あくまでも敵陣ど真ん中ってことは忘れずにね」
「ああ、悪いな霧生、助かった」
「ポチさんの頼みってんなら、動かないわけにはいかないっしょ。 ほんじゃね」
霧生は車の中から手を挙げて挨拶をすると、再び走り出した。 すぐに見えなくなったそれから視線を外し、俺はリン姉妹の方へと顔を向ける。
「リン姉妹、もう一度言っておくが、目立つ行動はなるべく避けろ。 今回の目的はあいつらとの話し合いで、それが終わるまでは手は出すな。 目的を履き違えないようにな」
「了解っ! へへ、ねえねえポチさん、どこからいこっか!?」
「鈴……話聞いてた?」
「おうもちろん! 今日はぶっ飛ばしはなしってことだよね?」
「……まちょっと違うけど、別に良いか。 リン妹は悪いけど、異法で未来を見といてくれ。 疲れたら俺が変わるから」
リン妹の頭に手を置き、俺は言う。 すると気持ち良さそうに頭を動かし、自分で頭を撫でられるように動く。 犬みたいだな……。
「大丈夫。 いつも使ってるから、慣れてる」
「いつも? へぇ……けどそれなら大丈夫か。 頼んだよ」
ちょっと驚いたな。 リン妹の異法は、たったひとつの未来を見るのではなく、起こり得ない多数の未来を見るもの。 それを逆算して起こる未来を予想することは、容易なことではないはず。 俺ですら、それを常時ってなると気が滅入るくらいだよ。 やっぱり末恐ろしいな、この双子の姉妹は。
「ポチさんポチさんポチさん! お腹減った! お昼にしよう! とりあえずアレ! 腹が減っては戦はできぬ!」
と、大声でそれを訴えるのはリン姉だ。 まぁ言いたいことは分かる。 時刻は既に昼過ぎで、俺も少し腹が減ってきた頃だったから。 リン妹だって、それは同じだろう。 だが、昼ご飯は作ってくるとかなんとか、言ってたよな? 聞き間違いじゃないよな、あれ。 一応確認しておくか。
「良いけど、なんか昼ご飯作るとか言ってなかった? 朝、家の中で」
「聞いてたのっ!? いやまぁそりゃいっか。 アレだよアレ、忘れちまったんだよね」
「ああ、そう」
……俺が待っていたあの時間は、一体なんだったのだろうか。 言いたいけど、めっちゃ言いたいけど我慢。 リン姉妹では良くあることだし、それを計算してちょっと遅れて行かなかった俺の落ち度……という言い訳を自分にしようか。 うん、そうしよう。
「って言っても、ご飯食べる場所ってどこにあんの、これ」
「待ってて」
俺が言うと、すぐに動いたのはリン妹だ。 リン妹はそのまま手近にあった巡回ロボットの元へ行き、触れる。
なんだ? あいつ、一体何をしてるんだろ?
「イラッシャイマセ、Aチクヘヨウコソ」
「うお喋った! ポチさんポチさん! なんだこれ!?」
「すっげぇな。 俺たちの暮らしてる地区とはさすがにかけ離れてる」
居たのは、ポストのような形をしたロボット。 その前には液晶パネルがあり、それに触れた瞬間に喋りだしたな。 そしてその仕組を理解していたのが、リン妹ってところか。
その辺りはさすが情報通。 リン妹は操作方法もある程度分かっているようで、そのまま若干たどたどしく操作し、やがてロボットは頭上に地図を表示させる。 現在地と、店舗の位置。 そして中央にある巨大な建物が、法執行機関本部というわけか。
「あった。 ステーキハウスとお寿司屋」
そこはやっぱり高そうな店だな。 ま、金には困ってないから良いけど。 最近じゃわりと好き放題やってるから、潤っちゃいるし。 ロクもそういやこの前、一人で回転寿司を食べた話を自慢気にしていたっけかな……。 俺としちゃ、その面白そうな光景を眺めたかったよね。
と、かくいう俺も寿司は好き。 肉も好きではあるけど、今日の気分は思いっきり寿司。 意気揚々と「なら寿司食べるか」と言おうとしたところで、横でリン姉が手を挙げて言った。
「よっしゃじゃあステーキだな! 肉肉肉っ! おーにく!」
「……おい待て、リン姉。 俺もさすがにそろそろ我慢の限界だ」
リン姉の肩を掴み、俺は言う。 言いたいことは分かるよ、そりゃ肉を食べたい気分のときもある。 けど、昼から重すぎるだろステーキって。 これはあくまでも俺個人の感想だけど、昼は抑え気味に食べた方が気分が良い。 前にみんなで昼飯を食べてるときに言ったら「ああだからか」みたいな反応をされたの、一応今でも気にしてるからね。 俺は痩せているわけじゃないんだって。
「えなに? あ……まさかポチさん、まさかなのか!?」
俺の言葉に、リン妹は意味ありげにそう驚く。 そんな言い方をされたら気になるのは定めというもので、俺はすぐさま聞き返す。
「なんだよそのまさかって。 聞いてあげるから言ってみて」
「いやぁ、実はアタシも結構前から思ってたんだ。 アレでしょ? 実は、ポチさんって女の子でしたみたいな」
「おいリン妹、こいつ帰ったらしっかり教育しとけ。 頼むぞ」
「了解」
意見が割れるということは滅多にない。 それこそ作戦、霧生風に言うのなら「本業」をするときは、意見が割れたことはない。 だが、こういうどうでも良いことだと多々あるのだ。 というか俺のどこを見たら女の子だよ……心外だよそれ。
「俺が言ってるのは、昼からステーキとかあり得ないって話だ。 てかリン姉、お前そんながっつり食ってたら太るぞ」
「ポチさんのデリカシー皆無発言だ」
「あっはっは! だいじょーぶだって! アタシはあれ。 食った分全部筋肉にしてっからさ!」
「鈴の皮肉に気付かない返しだ」
「てかさぁ、ポチさんは食わなすぎなんだって! だからガッリガリなんじゃね?」
「鈴の考えなしの反撃だ」
「リン妹、お前さっきから解説いらないからな。 でなんだって? 俺がガリガリ? よし、ならここは正々堂々、腕相撲で決めよう。 俺と勝負だ」
「へえ……良いぜ! 望むところだっ!」
こうして、計らずともリン姉と腕相撲をすることになった俺。 結果は……ああ、良いや。 伏せておくことにしよう。 一応言っておくけど、異法さえ使えば俺は誰にも負けないからね。 異法を使えば勝てた。
「いやぁ、やっぱ昼は肉に限るね。 はーやっくこないかなぁ!」
「……そうだな。 うん」
それから、ステーキハウスへとやってきた俺たちは、それぞれ好きな注文を取る。 さすがに中学生に飯を奢らせるわけにも行かず、俺の奢りで。 やはり昼からステーキは一般的ではないらしく、それも平日では人足はかなり少ない。 物寂しい雰囲気を醸し出してはいたものの、それが今では少し好都合でもあった。 俺たちのする話ってのは基本、法使いの奴らが聞いても気分が良い話ではないから。
「んでこれからどうすんの? 時間まではまだ数時間あるけど」
「さっき見た限りじゃゲーセンもねぇしなぁ。 倫はどっか行きたいとことかあんの?」
「わたしも特には。 あ……法使い狩り」
「おい止めろ。 ここでそれはちょいマズイだろ。 まあとりあえず飯食ったらどっか店でも見て回るか。 ショッピングセンターくらいならさっきあったし」
こいつら、ちゃんと見ておかないとマジで問題起こしそうだな。 話の内容は一応気になるものだし、やるならやるでそれを終えてからにして欲しいってのが正直なところ。
となれば、さっさと飯を済ませて暇潰しか。 そう思ったそのとき、店員が俺たちの元まで歩いてくる。
「お客様、申し訳ありませんがお代の方を頂いても宜しいでしょうか?」
「ん? 先払いなんですか、ここ」
今時珍しいと思いつつ、俺は尋ねる。 すると、その店員は間髪入れずに答えた。
「見た限り、外からの方ですよね? 外の方は、何かと問題を起こしますので。 それに失礼ですが、あまりお手持ちがあるようには見えなかったもので」
「あ? なんつった?」
その言葉に反応したのは、リン姉。 席から立ち上がり、今にも殴りかかりそうな顔付きをしている。 てか、こいつどんだけ手が早いんだよ……一々キレてたらストレスが溜まる一方だぞっと。 気持ちは分からなくもないけどね。 それでもやっぱり、面倒事は今日のところは避けておきたいよ。
「これで良いか」
俺はリン姉を手で制し、何枚かの札を店員に突き出す。 すると店員はそれを受け取り、満足したのか店の奥に引き返していった。
「……おいポチさん、なんで止めたんだよ。 ああいうのは一発殴った方が良いんだって」
「お前さっきの話なんも聞いてなかったでしょ。 今日は止めろって俺は言ったんだ。 さっき聞いてなかったとしても、今、聞いたよな? 次やったら怒るからな」
「……ああ、ごめん。 ごめん、ポチさん。 アタシが悪かった」
リン姉は言い、再び席に着く。 少し、キツイ言い方をしただろうか。 手の焼ける妹のような二人組。 それでもやはり……俺たちは仲間であって、俺は家族みたいなものだと思っているけど。 それでも、家族ではない。 もしも万が一、リン姉があそこで店員を殴っていたとしたら、俺はどうしていただろう?
あー、なんてことはないか。 家族ではないけど、仲間ではあるじゃないか。 だったら答えなんてもう出てる。 いくら俺が止めろと言っても、リン姉にだって譲れないもののひとつくらいはあるだろうさ。 さっきのアレは抑えることができるレベルってだけで、もしも譲れないものでリン姉がキレていたとしても。
そうなってしまえば、俺はリン姉の味方だろうな。
「ポチさん、さっきはごめん。 気を付けるよ」
「良いよもう、そこまで謝れると俺の気分が悪いからさ。 折角の観光ついでなんだし、暗い気分になるのはやめよーぜ」
リン姉の頭に手を置き、俺は言う。 するとリン姉は笑って「おう」と、男らしい返事をした。 うーん、確かにこうして見ると、俺よりもこいつの方がよっぽど男らしいや。
「鈴、そういえばルイザさんがお土産欲しいって言ってた」
「ああマジ? てかそういや、ロクも言ってた気がするな。 だったらここは、一肌脱いで買って行ってやるかっ!」
「んじゃ、俺はそこら辺のベンチ座って待ってるから、終わったらまた来てくれ」
軽く手を挙げ、俺はそのままベンチへと向かう。 後ろからは「ポチさんって物草だよなぁ」と聞こえてきたが、耳に入れないこととした。 物草なのではなく、俺は待つことが好きなんだ。 案外好きなことってのは結構ある俺だけど、嫌いなことも当然ある。 不自由だって嫌いだし、ただの無益な会話も好きじゃあない。 みんなとの話は、全然その意味合いが違ってくるから無益じゃないけどね。
「話、か」
俺は一人言い、ベンチに腰掛ける。 いつか、凪に言われた言葉を思い出す。 お前は本当のことを話してくれたことなどないという、言葉。
今でも思う。 それは違うよってね。 だってさ、俺はそうじゃないんだから。 凪にだけじゃなくて、俺は誰にも本当のことなんて話したことは、きっとないんだ。
悪く言えば、みんなを利用しているって言っても良い。 みんなを使って、俺の目的を果たそうとしていると言っても良い。 けど、それで利用するだけ利用するってのは少し無責任だよね。 俺はさ、こんなクソッタレな性格だけど、しっかり責任は取るつもりだよ。 良くも悪くも、最後の最後にはしっかりと。
だから今は精々、みんなを騙すということになる。 これは、ツツナもロクも知りやしないこと。 俺がある日から、ずっと胸に抱えていること。
俺には俺の、やり方がある。 今は分からないさ、俺にもね。 けれど、いつかその日は必ずやってくる。 今は精々笑えば良いさ、笑って、笑って、笑って。 そうやって過ごしていれば良い。
俺はそこで息を大きく吸い込み、吐く。 そうして見上げた空は綺麗で、雲ひとつない快晴だった。 突き抜けるような大空を見上げ、鬱憤とした感情は晴れていく。 いつも通りいつも通り。 俺は矢斬戌亥で、ポチ。 法使いは敵で、魔術使いもまた敵だ。
さぁて、そろそろ楽しみがやってくる。 いつかは終わってしまうこと、終わらせてしまうこと。 でも、今はとりあえず……その経過を楽しんでいこうか。
「あーあ、今日も憂鬱だなぁ」
そう呟いて見上げる空は、嫌になるほどに綺麗だった。




