第二十五話
「おい倫! アタシの服どこ!? この前買った格好良いやつ!」
「タンスの一番下。 この前仕舞うって話した」
「あっれそうだっけ? お、あったあった! ぽーちさーん! 悪いけどもうちょい待っててねー!」
N地区のマンションの一室。 そこがリン姉妹の暮らす家となっている。 朝から元気が良いことこの上ないが、既に待たされてから一時間が経過している。 真夏のうだるような暑さの中、一時間……。 本部での話し合いとやらは夕方なのだが、どうせならそれまで一緒に行動しようとのリン姉妹の提案で、俺も特にすることがなかったから足を運んだわけなんだけど。 いやぁ、痛いくらいの陽射し、肌を焼かれるような暑さだよ。 早く秋にならないものかね。
「あそうだ! どうせならポチさんになんかご飯作ってかね? お昼ご飯!」
「別に良いけど、時間がない」
「いやまぁ大丈夫っしょ! いけるいける!」
中から聞こえてくるは、そんな話し声。 いけねぇよと思いつつ、俺は三階にある廊下、そこからの景色を眺める。 待つということ自体は、嫌いじゃない。 訪れるその時までの時間は有限で、一人で何もせず、益体もないことを考えるのは案外好きだったりするんだ。
リン姉妹は、俺が出会ったときは既に孤児だった。 異法使いとなれば当然そういうのは多いが、こいつらの場合は少し違う。 法使いの親を持ち、育てられたんだ。
変なことを言ったかもしれないけど、それが事実。 普通に生きていれば中学三年と言われる年頃で、俺よりも二つ下の妹みたいな感覚でもある双子。 二人はいつも一緒で、いつも仲が良い。 異法使いとなったのは、一般的に目覚めると言われている八歳。 二人は一緒に回路が目覚め、そして一緒に審判の矢による試験を受け、そして一緒に異法使いへとなった。
その後が普通の、一般的な異法使いとは異なる。 あいつらは……リン姉妹は、そのまま普通に育てられたのだ。 異法使いだと判明しても、親に育てられ続けた。 そして俺が出会ったとき、その親はいなかった。 つまり、それは。
「おっ待たせぽっちさん!」
「ごめんなさい」
と、それからしばらく経ったあと、二人はようやく外へと出てきた。 リン妹は涼しそうな水色のワンピース、女子らしい格好だ。 服装からして、夏という季節が伝わってくる。 対するリン姉は上に着るのは体操着……体操着? いや、まぁ良い。 それよりも不自然なのは、体操着にデニムというなんとも妙な組み合わせ。 リン姉の場合は、可愛いというよりかはいろいろな意味で格好良い感じだな。 二人の性格が表れていると言っても良いかも。 リン姉はもう、適当にあった服を着てるっぽいけど。 てかさっきの会話からして、もしかしてこれが「格好いいやつ」なのか。 そうだったら俺はなんて言えば良いか分からないから、聞かないでおこう。
「いいよ、別に。 女子が準備に時間かかるってのは知ってるしな」
とは言っても、ロクはすぐに終わるけど。 あいつ、ファッションとか興味ないもんなぁ。 まぁ俺も興味はないけどね。 季節で服装は変えるくらいで。
「んじゃまぁ行くか。 A地区までは遠いから、着いてから適当に時間を潰そう」
「りょーかい!」
「了解」
今日は特に問題を起こすつもりもない。 なので、顔でバレたら面倒ってのもあって若干の変装はしている。 と言ってもそれもサングラスくらいのもので、バレたらバレたで良いやくらいの考えだ。 リン姉妹もそれは同じなのか、こいつらはいつも通りに素顔を晒している。
「えーっと……A地区ってどうやって行くんだっけ?」
マンションから降りてすぐ、俺は二人に向けて問う。 法使いの地区にはわりと行くことはあったし、かつては暮らしていた場所でもある。 だからある程度は理解しているんだけど、さすがにA地区ともなると滅多に足を運ぶ奴はいない。 俺も一度だって行ったことはないんだよね。 あそこは一番栄えているが、富裕層が半数以上を占めている。 なので、俺たちのような庶民では行く機会なんてないんだ。 高級志向の店舗はいくつかあるものの、施設は法執行機関本部くらいのものだし。 人口だって、他の地区に比べたら圧倒的にあそこは少ない。
「え? 歩いて行くんじゃないの?」
「いやそりゃ面倒だよ……走ったって一時間くらいかかるよ、あそこ」
歩いたら半日以上、下手したら一日くらいはかかってしまう。 俺たちの速度なら走れば一時間だけど、それってちょっと目立ちすぎる。 そういうのは少し、避けておきたいな。 今では俺たち異端者っていうのも世間には知られているが、まだ大きな行動は少なく抑えたいんだ。 だから予め、リン姉妹には問題は起こさないようにと伝えてあるくらいで。
「だったら、タクシー」
「タクシーって……ああ、なるほど。 そりゃ良い案だな」
無表情で、リン妹は携帯を取り出す。 そこに表示されていた名前を見て、俺はすぐに理解した。
やはり、持つべきものは友ということかな。
「……んで、どうして俺っちがタクシー代わりなんですかねぇお三方」
「そりゃあれだよ、霧生はどうせA地区方面行くでしょ? B地区は規制が厳しいけど、C地区なら近いし。 だからさ、ほらあれ。 ついでみたいな」
そうそう、今日は八月一日。 霧生は毎年この日、A地区の近くにあるC地区へと向かっている。 というのも、霧生曰く「C地区の女の子はレベルが高い」とのことらしく。 そうは言ったものの、まぁそれには俺も同意ってところかな。 ロクも元々、C地区出身ではあるし。 あいつは本当に顔が整っているから、将来はモテるだろう。 悪い虫が付かなきゃ良いけど。
……年頃の娘を持つ父親かな、俺。
「そうそうついで! 霧生さんはついでだよ!」
「俺っちがついでなの!? それひどくない!?」
「鈴、ついでなのは霧生さんじゃなくて車の方。 霧生さんはついでのついで」
「もっとひどくなったからね倫ちゃん。 まったくさぁ……今日は夕方から行くつもりだったのに、ていうかポチさんたちも夕方からじゃなかったっけ? 今から行ってどうすんのさ?」
霧生はルームミラー越しに俺の顔を見て、言う。 助手席にはリン姉が座り、後部座席に俺とリン妹。 高速道路を使っているおかげと、A地区方面ということもあり、渋滞などは起きていなかった。 直通道路を使っても良いが、俺たちと話し合いを法使いがするなんて、恐らく本部の連中くらいしか知らないはず。 だから下手に目立つことはしたくない。
「観光だよ、観光。 リン姉妹とどっか出かけるってあんまないしな。 だから、そういう意味もある」
「観光ねぇ……」
「なに、どしたの霧生さん。 あもしかしてアレか! アタシと倫みたいな超可愛い子とデートできるポチさんが羨ましいのかぁ! わっはっは!」
「いや、俺っちは子供には興味ないしね。 それとはちょっと違うんだけど……」
霧生はそこで、リン姉、次にリン妹へと視線を向ける。 リン姉は楽しそうに笑っていて、リン妹は興味深そうに外の景色を眺めていた。 目新しい景色が珍しいのか、二人ともいつもよりも元気そうに見えてくる。
「いーや、なんでもないない。 まポチさん付いてるならなーんも心配ないね。 三人共、楽しんでね」
その言い方が多少気になったものの、霧生はそれ以上話す気はないのか、車内には沈黙が訪れる。 本当にマズイことなら霧生は言うはずだし、言わないということは俺がいれば大丈夫だと考えているってことになる。 つまり、大した問題ではない……かな。
ま、それならそれで良い。 一度言わないとしたことを聞き出すほど野暮なことはしたくないし、何より霧生だって、それを言うことによって水を差すと判断したのだから。
「そういや霧生、本業の方は最近どう?」
「んー、まぁぼちぼちってところだね。 いやてか、俺っちとしてはポチさんが居るこっちの方が本業なんだけど?」
「ふうん。 けど疎かにはするなよ、こっちじゃなくてあっちの方。 もしかしたら、今日でいきなり解散ってこともあるかもしれないんだから」
「あっはっは、またまた……冗談分かりづらいなぁ、ポチさんは」
冗談、ね。
そりゃ、どうだろうか。 そんな冗談も冗談ではなくなるかもしれない。 俺が死ねば、この組織は終わる可能性があると今の俺は思っている。 これは少し前の話だが、とある事件で俺はそれを知っている。 俺に依存しすぎているのだ、この組織は。
それが駄目というわけじゃない。 俺は当分死ぬ気も、やめるつもりもない。 もちろん、最後の最後までやっていくつもりだ。 だけど、いずれ異端者もまた、終わりを迎えることとなる。 その瞬間、生きていく術をなくしてしまったらなんの意味もない。
俺が世界を終わらせたそのとき……こいつらには、その先を見て欲しい。 俺にないものを持っているこいつらに、嫌な思いはあまりさせたくないんだ。




