第二十四話
「一週間後、法執行機関本部、第三会議室にて、心よりお待ち申し上げます……ねぇ」
それから数日後、俺たち異端者は再度集まった。 今回考えることは、アレスが渡してきたこの紙についてだ。 行くか行かないかはともかくとして、その目的が見当たらない。 この場面、俺たちは既に法執行機関に見過ごせないほどの傷は負わせている。 だというのに、わざわざ話し合いの場を設けるとは……。 そもそも、これの所為でアリアナの使い道がなくなってしまったんだ。 もう処分してしまったけど。 まー、少しは楽しめたし、そっちは良しとしておこうか。
「罠ですかね」
紙を眺める俺に話しかけてきたのは、ルイザ。 頭が回るルイザの意見はいつも汲み取っているし、事実頼りになる。 それに、真っ先にそれが思い浮かぶのは紛れもない事実なんだ。
俺たち異端者を本部という喉元に連れて行き、そこで殲滅する。 それがもっとも考えられることで、法使いのやり方としてもあり得ること。
「いいやどうだろうな。 強ちそうじゃないかもしれねえよ。 前回の戦いで、猛威を振るったのは俺たちだけじゃねえだろ?」
言ったのは天上。 そしてそれが問題かな。 魔術使いという強力な存在が明らかになった今、法使いが主軸をそっちに置いても不思議ではない。 俺たちよりも分かりやすく、魔術使いは力を誇示した。 それに見境ない虐殺となれば、有利なのは現象を引き起こす魔術使いだろうし。 都市ひとつを壊滅させるほどの魔術は、脅威性が非常に高い。
「まぁ行くにしても何人か連れてって感じっしょ? 俺っちとしちゃあ、ここはいっちょ、肌を脱ぐ場面かな!」
行く場合、俺がそれに出るのは確定だ。 万が一それが罠だった場合、もっとも返り討ちに遭わせられる確率が低い俺が出るのは定石となる。 となれば、それに連れて行く仲間も必要にはなってくる。
「あれ、霧生さん良いの? 一週間後って、ポチさんがこの前手紙もらった日からでしょ? ならほらあれじゃん、霧生さんが一年で何番目かに楽しみにしてる日じゃん」
「ん? 鈴ちゃんなにそれ……ってうわマジだ! ポチさんごめん、俺っちその日予定あんだったわ!」
「八月ね。 まぁ良いよ、別に。 それに霧生は室内だったとしたらやりにくいだろ。 お前は奇襲からの反撃っていうより、奇襲を仕掛ける方が向いているから」
霧生の力を最大限使うには、地形の把握がもっとも重要となる。 体を構築できる霧生の力は、そういう自然な場によって変わると言っても良い。 だから、不意の攻撃には弱いんだ。
「おいコラてめぇ、仕事と私用は切り分けろっていつも言われてんだろうが。 舐めてんのか茶髪野郎」
突っかかるのは天上。 霧生が八月に忙しくなる理由は「夏休みに入った学生を口説く」ためだから、まぁ無理もない。
「おうおうおう、今日はやけに突っかかるねぇ天上クン。 まぁ間違いなく護衛としていけない天上クンの能力じゃ、そうイラつくのも分かるけどねぇ。 あ、それともあれか? 休日の度に予定が入ってる俺っちが妬ましいとか?」
「よし、殺す」
「まったくお前らな……」
二人して睨み合い、やがてアジトから出て行く二人。 いつものこととは分かっていても、何も仲間同士で殴り合いの喧嘩はしなくてもな。 その場で始めていた昔と比べれば、今はこうして表に出てから始める辺り、成長はしているんだろうけど。
頭を抱え、俺はため息を吐く。 こういう瞬間が、少し楽しいなと思いつつ。
「んでどーすんよ、ポチさん。 つーかよぉ、言い忘れてたことあったわ」
「ん、どうした、ハコレ」
俺が尋ね返すと、ハコレはポケットに手を突っ込む、そして無造作に何かを出した。
「……アースガルド?」
こりゃ、また。 あはは、面白いモノがきたな。 それに懐かしいもの。 俺がまだ小さいときにはわりとお世話になったもんだ。
「これ、どっから?」
「なんつったっけなぁ……名前は確かシロとかほざいてたけど、なんか全体的に白い奴だったかな。 どうやらロイスのヤローもそこらしいぜ。 今回、ロイスを連れ出しやがったのもソイツの仕業くせえし」
「シロ。 へぇ、なーるほどね。 どっちかと言えばそっちの方が面白そうか」
地下帝国とも呼ばれる、アースガルド。 その中身は無法地帯で、綺麗な日常に飽きた法使いと、虐げられる異法使いが入り混じった国。 機関の奴らも存在は知っているだろうが、手を出さないってことはつまり有効活用しているってわけ。
対処に困った犯罪者。 死刑というのは名目上撤廃されたから、そういう重犯罪者を押し込む施設に使っていると言っても良い。 あそこの管理人は強いからね、一度入れば正規ルート以外じゃ逃げ出せないさ。 まぁそんな場所に好んで行く奴がいるのも事実で、そういうメリットがあるからだけど。 そしてもうひとつ。 あそこは、人体実験場の役目も果たしている。
「てかこれぐっしゃぐしゃじゃない……ハコレ、あんたこういうのもうちょっとしっかりしなさいよ。 キッチリしてないと気が済まないんだけど」
「あー? 良いだろ別にソレって分かりゃ。 なぁカクレ」
「お、俺は別に……まぁ、カクレの言う通りかもしれないし……ルイザさんの言う通りかもしれない、かな?」
「ハッキリしねえなぁカクレ! アタシはあれだよアレ! こんな紙くずなんざ使わず、拳で分からせるっ!」
にっこり、白い歯を見せてリン姉は言う。 リン姉は頼れる腕っ節を持っているけど、少し頭がな……と言えば、怒られそうだから黙っておこう。
「どうするの、ポチさん。 法使いの言う話し合いの場もそうだけど、ハコレが持ってきたこっちも」
俺に聞いたのは、リン妹。 そうだな……まぁ、とりあえずは。
「まずは順番にだな。 話し合いの方はとりあえず出よう。 なんつったって、あいつらの本部がどんなとこなのか、見学もしたいしさ。 アースガルドの方はそのあとだ」
「ポチさん知ってるの? そのアースガルドってところ。 僕が思うに、ポチさんの話しぶりからそうなんじゃないかなぁとか思っちゃうね」
「相変わらず鋭いなぁ……ま、あれだよ。 昔、ちょっと行ったことがあるってくらいだよ」
あれは、本当に昔だな。 そして……天上と出会ったのも、あそこだったっけ。 懐かしいなぁ、本当に。
懐かしすぎて、泣けてくるよ。 ああ、逆逆。 笑えてくるね。
俺にいろいろと教えてくれたのも、あそこだったから。
「とりあえず話し合いを優先すんぞ。 霧生と天上には……あとで誰か伝えといてくれ。 今回、俺が行くのは確定とするぜ。 んで、一応護衛に二人連れて行く。 リン姉妹、来てくれるか?」
「お? お!! マジで! いやっほう!!」
「大丈夫。 でも、わたしたちで良いの?」
喜ぶ姉と、心配する妹。 どっちか片方は選べないし、二人でワンセットなこいつらの場合はこうなってくる。
「いいや、リン姉妹が一番適任なんだ。 リン妹の異法は、役に立つ」
リン妹が持つ異法……それは、未来不知と呼ばれるもの。 起こり得ない未来を予知する、異法だ。
通常未来予知ってのは、起こる未来を見ることができる。 だが、リン妹のはそれとは逆で、起こり得ない未来を予知できる。 未来予知なんて大層なものは、異法使いには絶対使えない。 それに近い真似はできようが、完全なる予知は不可能。
しかし、リン妹はそれを実現できる。 ルイザにも匹敵する頭の回転の早さ、それもそうだが、リン妹がもっとも優れているのは情報処理速度だ。 俺でも舌を巻くほどの圧倒的なそれは、リン妹の異法と合わせると、未来予知が実現される。
こいつは、起こらない未来の全てを処理し、起こる未来を導き出す。 銃弾を撃たれた、見えた一つの不予知の未来では、自分は上に飛び、銃弾を避けた。 ならば上に飛べば銃弾を食らう。 そういうひとつひとつを全て逆算し、訪れる未来を確定させる。 そんな化け物地味たことをこいつは、たったのコンマ数秒の一瞬で行ってしまうんだよ。
「ヤバイ未来がきたら、教えてくれ。 どんなものでも、俺がなんとかしてやるから」
「うん。 ポチさんがいると、だいぶ未来の幅は広まるから、大丈夫」
「え、え! えー! ちょい待ち倫! それってなに? アタシじゃ役不足ってか!? おいこらどうなんだよぉ!」
「役不足……力不足って言いたいの? 別にそういうわけじゃない。 鈴がいても、未来は増える」
「あそう? へへ、なら良いんだ」
良いのかよと思いつつも、ツッコミを入れたら入れたで話が終わりそうにない。 リン姉の良いところでもあり悪いところでもあるからなぁ。 まぁまぁそういう部分も好きだけどね。
さて。
「決定だな。 俺とリン姉妹は三日後、A地区にある執行機関本部へ行く。 んで、お前らは一応ここに集まっておけ。 万が一の襲撃もある。 その場合はカクレの異法で脱出、戦えそうな戦力なら、逆に殺しちまえ。 そんで、俺になんかあった場合な。 まぁ、この話し合い自体が俺を殺す罠だった場合」
「ふふ、ゲームの終わり?」
「そういうこと。 客相手に舐めたことをしてくれるなら、潰すまでだろうよ。 そんときは本部ごと、消してやるさ」
まーそうは言っても、その手はまだ使わないだろう。 執行機関の奴らも、段々とだが俺たちの戦力にも気付いている。 その上で最初に打つ手は……くだらないくだらない一手だろうな。
その一、対魔術使いとして結託する。
その二、和解案の提出。
その三、本当にただの話し合い。
さあてさてさて、どれで来るかな。 俺も楽しみになってきたよ、結局もう終わりにしか向かっていないっていうのに、今更何を話すのかな、本当にね。
何かをされれば、俺たちはいつものようにお前らを殺す。 今までしてきたように、繰り返すだけ。
君らは何を選ぶのかな。 ただ、昔からある有名な格言を教えよう。
歴史は繰り返す。 悲惨な歴史も、ね。




