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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
二章 変革
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第二十一話

「通信を傍受しろッ! 主砲展開まだか!?」


「はっ! 八十パーセントを超えております!」


 クソがぁ……ラインのゴミめ、私を裏切るなど、最後の最後で余計な真似をしてくれる。 しかしあっちが失敗することなど想定済み、万が一の可能性を考えていた私の勝ちだ。 無能のゴミにはもう任せておけん、やはりこうなるならば、最初から私が全てをやっておくべきだったか。


「アリアナ中佐! 何やら、矢斬が妙な真似を……」


「あぁ?」


 液晶を操作し、矢斬が居る地上部へと画面を切り替える。 そして同時に通信傍受が成功したのか、声が聞こえてきた。 見れば、矢斬の後ろにはラインがおり、ラインは剣を抜き、今にもその剣を振るいそうだ。


『……ク、今から飛ぶ。 間に合いそうか?』


『どうだろうね、微妙なとこ』


 会話をしている相手は……矢斬の仲間か? 声色からしてガキ、それも女。 狐女か。 あいつらは未だにB地区に居るはず。 入ってきた情報からして、異端者の他のメンバーは魔術使い、及び法使いと戦闘を行っている。 ならばいくらバリアが解除されたとしても、すぐに駆けつけることは不可能。 それに無意味でもある。


 しかし、飛ぶというのは一体。


「まさか」


 コクリコという女、あいつの異法は密度構成だ。 指定空間の密度を捻じ曲げ、目に見えない物体を作り出す。 攻撃、防御、補助、それらの面でも使える応用力のある異法。 それを今使い、矢斬の足場となっている。


 そして。


 背後に立つは、ライン。 ラインの法は運動エネルギーの強化。 物体が押され、その際に強化を行うといった法だ。 この場合、それを活用しての目的は。


「愚かな。 ふははは! 愚か者めッ! 全門開放ッ! 矢斬戌亥に標準を合わせろッ!」


 今現在の矢斬は、法使いだ。 どういった具合で異法使いと法使いを行き来しているかは定かではないが……たとえ異法使いとなられても、問題はない。


 あいつの異法は、重力の制御と身体修復の二つ。 ならば、その修復が間に合わないような攻撃を加えれば良い。 尋常ではない修復力なのは理解しており、その上で私はそれが可能だと確信している。 グレンダの超火力、そこらの戦艦と比べてくれるなよ。


『……法執行!』


 直後、通信機から声が聞こえた。 予想通り、ラインの法でここまで飛んでくるつもりか。 ふ、ふふふ……ふはは、さすがに頭が悪すぎるな。 それとも、このグレンダを舐めたかのどちらかだ。 そう安々とこのアリアナの喉元に辿り着けると思うなよ、クズめ。


 法使いの状態ならば、確実に葬れる。 異法使いとなられても、焼き殺せる。 そのどちらでも、問題はない。


「矢斬聞こえるかぁ? お前はここまで辿りつけんよ! そこが貴様の墓場となるのだぁ!」


『いいや、行くさ。 見下ろされるのは好きじゃないしね』


「はっ。 能なしめ」


 私は言い、通話を艦内へと切り替える。 そして言う。


「主砲展開まだかッ!?」


『はっ! ただいま完了致しました! いつでも発射可能です!』


「よぉし……ならば撃て、撃て、撃てぇえええええええ!! 全門発射! 目標矢斬戌亥ッ!!」


 言葉と共に、私は法を執行する。 火器の強化を。 ただの拳銃で家一件を吹き飛ばすほどまでに火力を上げる、私の法を。 全てを焼き払い、灰塵にせよ。


『ロク』


『……』


 主砲から、光線が放たれる。 地球に風穴を空けるとも言われる火力。 木っ端微塵となれ、矢斬戌亥。


『……ロクッ!』


 光線だけではない。 ミサイル、小火器、その全てが放たれる。 空は銃弾の嵐で、まるで砂嵐のようだ。 その一発一発は、当たれば体が吹き飛ぶレベルのもの。 そして標準にズレはない。 最早、矢斬にこれを防ぐ手立ては確実にないッ!


 そう思ったそのとき、傍受した通信から狐女の声が響いた。


『……ポチさん!』


『あんま焦らすんじゃねーよ。 さすがにちょっと死んだと思ったぞ。 けど、良いタイミングだ』


「無駄だ、ゴミめ」


『あは。 異法執行』


 モニターから、矢斬の雰囲気が変わったのを感じた。 異法使いに戻ったということか。 そして恐らく、その切っ掛けは狐女か? あの女……法使いを生身の人間にもできるというだけあり、異法使いを法使いに変えることすらできるのか。 最後の最後でその情報を得られたのは大変大きい。 矢斬戌亥殺害の報告と共に、上層部に伝えれば私の昇進も間違いなしといったところか。


 ふ、ふはは! 矢斬に関してはここで終わりだ。 次の目標は狐女で、そこも仕留めればひとつ飛ばしての昇進も夢ではなくなる。 危ない橋を渡るとも言える作戦だったが、ゴミのような法使い一人の命と引き換えならば悪くはない。


『危ないね、ったく』


 矢斬……ポチは言い、右手をかざす。 すると、異変が起きた。


 光線が、何かに衝突したのだ。 何もないはずの場所に、衝突をした。 まるで、同程度の威力の攻撃を受けたかのように。


『光線は面倒だ。 それにこれは危なすぎる、消しておいてやるよ』


「な……に?」


 同程度の、威力。 まさか、まさかまさかまさかッ! 同じ威力を当てたというのか!? あり得ん、そんな異法、存在するはずがないッ! たかが生身の人間が、時間を要してようやく放てるグレンダの主砲と同程度のものを……即座に放てるなど……あっては、ならないッ!


「貴様……一体何を」


『こりゃカクレのとはちょっと違うんだ。 百八十度同じ方向に受けたものを返す。 だから言ったろ、光線は面倒なんだって』


 それで、相殺させたというのか? 受けた攻撃の威力をそのまま返し、消し去ったと……?


 馬鹿、な。 こいつが持つ異法は、二つではないのか? 今の異法は、明らかに座標に対する加重、身体修復、そのどちらのものでもない。 まったく新しい、情報にない異法。


「こ、の……クソガキがぁ!! ミサイル撃てぇ! 全門砲撃の手を緩めるなッ!!!!」


『意味のないことをするなって』


 矢斬は笑い、尚もこちらへ向かってくる。 その矢斬に向け、無数に放たれる銃弾とミサイルの嵐。 しかし……その全てが、矢斬に当たる直前、停止した。 まるでそこだけ時間が止まったかのように、全ての攻撃は空中で静止する。 数千発にも及ぶミサイル、弾丸、砲撃は……その全てが、止められた。


 更に、その銃弾やミサイルをすり抜けた。 矢斬の体は触れても傷を負うことなく、銃弾たちをすり抜ける。


「……ふ、ふはは。 ふははははは!」


 あり得ん。 これは、対処できるレベルを超えている。 たった一人の人間が、このグレンダに辿り着くとは。 このアリアナの元へ、辿り着くとは。


『っと』


 言い、矢斬は戦艦の先へ降り立つ。 そして、続けた。


『ワンワン。 よう、約束通り会いに来たぜ、アリアナ中佐。 折角会えたんだから、手土産にお前からもらった物、お前に返そう』


 言った直後、空中で静止していた銃弾、砲弾、ミサイルが向きを変える。 またしても新しい異法……こいつは一体。 化け物、か。 初めて矢斬の情報が入ってきたとき、そうは言われていた。 手を出せばこっちが痛手を食らう可能性の方が高いと。


「貴様……一体、いくつの異法を」


 ……まさしく、といったところか。 こいつは、正真正銘の化け物だ。


『さぁ、俺も知らないな。 そんくらい沢山あるよってことかな。 ていうかさ、一個質問あるんだけど良い?』


「質問、だと?」


 私の言葉に、矢斬は無表情で口を開く。 まるで私という存在に興味がないような、そんな表情だった。


『ライン少佐。 あれ、君の仲間だろう? 殺そうとしたのはどうして?』


「ふ、ふは……ふはは! 何かと思えばそんな質問か、矢斬。 そうだなぁ、ひと言で答えてやろう。 あの男は無能で、私が有能だからだよ」


『そっか。 まぁ、どうでも良い質問なんだけどね』


 矢斬は笑い、手を下ろす。 同時に、その全てが戦艦へと放たれた。 数発なら耐えられる、しかし……私の法での上乗せ、更には元々強力な火器類。 このグレンダが、沈むか。


「……なんだ?」


 しかし、その内の一発。 それはあらぬ方向へと飛んでいった。 制御しきれていない……ということはないか。 全てを止められて、それを撃つだけのことをしくじるとは思えない。 だとしたら。


『……外れたか。 まぁ、良いや』


 ポチは言い、戦艦から落ちる。 最後に見えたその顔は、笑っていた。


「アリアナ中佐! 動力室がやられました! 落下します! 緊急脱出を!」


「……いいや、良い。 私はこの戦艦と共にする」


「しかし……」


「見ていなかったのか。 異法使い、ポチを。 無理だ、あれには勝てん。 やがて、機関はお終いだ」


 その力を間近で見たからこそ、言える。 あれは正真正銘の化け物で、人間という生き物を……法使いという生き物を……異法使いという生き物を、超えていると。 まさしくその力は怪物とも言えるし、見方によっては神にも匹敵する力。 たとえ十二法だろうと……法者だろうと、勝ち目は存在しないかもしれない。


 少なくとも、私にはそう感じられた。 一瞬にして、勝ち目の全てが殺された。 矢斬という男が異法使いになった瞬間、状況の全てが、現象の全てが捻じ曲げられたのだ。 我々の勝ち目、それらが全て捻じ曲げられた。


 ……まぁよい。 私には生きる手段がある。 誰にも言っておらず、機関すら知らない私の法で、この状況でも生き延びられるただひとつの方法が。


「な、なんでこんなことに……くそ、くそッ!」


 この戦艦内に居る人間は数十人。 その内の少数は私の周りに居る。 そして、これから死ぬという現実が受け入れられないのか、咽び泣く者すら居た。 家族、友人、そういったものでも思い出しているのだろう。 その姿は、私の目に入ってくる。 なんと、なんと……。


 ふ、ふははは! なんと滑稽なものだろうか。 自分の無力さで生き残れないことが悔しいのかぁ? 恨むなら自分の無能っぷりを恨むべきだなぁ、役に立たないクズどもめ。 生き残るのは私だけで良い。 他の者など、いくら死んでも替えは効く。 問題など、ない。


「……すまない、私の力不足で、迷惑をかけた」


「アリアナ中佐……」


 ああ、なんという馬鹿だろうか。 表面上こう言っておけば、こいつらは私のことを恨むことなく、尊敬すらしながら死ぬことだろう。 惨めで、無様だ。 真実を知らずに死ぬなど、クズ共には相応しい最期ではあるがな。


 私自身は問題ない。 私の法、身体の超硬質化の法があれば。 たとえ数千メートルから落ちようと、無傷で生還はできる。 落ちたらまず、耐えることだ。 矢斬、刈谷島、コクリコの三名がこの場から離れるまで耐え忍ぶ。 そして、立ち去ったあとはK地区だ。 もう機関など知ったものか、少々気が進まないが……あの地下帝国で身を潜めることとしよう。 そうだ、あそこでいっそのこと地位を築くか? あそこならば、私の力でかなり優位に立てるはず。 未だに古臭い火器を扱っているあそこならば。


「アリアナ中佐、申し訳ありません……わたくしどもでは役に立て」


 横から声が聞こえてくる。 同時、パキッという、小気味良い音が、何かが折れたような音が聞こえた。 そして次に、ぐちゃっという、何かの潰れる音がした。


 何事かと思い、私はそちらに視線を向ける。 そこには部下が居た。 だが、それは、最早……人間では、ない形で。


「な……ひ、ひぃ! な、なんだ!? 何事だ!?」


 私は慌て、辺りを見渡す。 何が起きたのか、理解できない。 だが、その疑問に答える者はいない。 先ほどまでは数人が居たここにはもう、言葉を放つことができる者などいなかったのだから。 全員が、肉塊へと変わっていたのだから。


「うん、君はまだ道具として使えるよ。 だから、まだ殺さないよ」


 声が、した。 すぐ背後。 同時に、悲鳴をあげようとした私の口が塞がれる。 横目で、頭を後ろへとやって、なんとか私はそいつを見た。 どうやって侵入したのか、落ちていったお前がどうやって。


「君の罰は、俺が与えてあげよう。 そんな簡単に終わらないよ、これは」


 矢斬、戌亥。 そいつの顔は今までの笑みとは違い、心底狂ったような笑い方だ。 今、この状況が楽しくて楽しくて仕方ないような、そんな笑い方だ。 同時に、私は理解した。


 恨むべきは、私の能力不足でも、部下の無能さでも、この作戦を実行したことでも、ラインが裏切ったことでも、矢斬が想定外の強さだったことでも、ない。


 この男と、同じ時代に生まれたことを……恨むべきだと、理解した。

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