第二十話
「数多中尉、状況は」
『ちょっとマズイな。 あの魔術使い、半端ないほどに魔術の種類を持っている。 絶望の魔女とは良くもまぁ言ったものだな、こりゃやばいぞ』
「……どういった魔術ですか?」
『上空三十一メートルに魔法陣が出現、どういった類の魔術かはまだ不明だが、恐らくは上空からの攻撃だね。 んで、俺たちの中にそれに対処できる奴はいない。 あの魔女さん、よく俺たちの法を見てるよ。 たった二、三度やっただけで弱点が見破られた。 目的通りの時間稼ぎはできなさそうだ』
「もうじき到着します。 即座に戦闘に入りますので、数多中尉の部隊は被害を出さないことを最優先に」
『……はっはっは、立派になったなぁ。 凪正楠少佐』
「数多さんのおかげですよ。 今、助けに行きます」
通信を切り、息を大きく吸った私はそれを吐き出す。 私が向かう場所、そこには異端者も居ると言う。 私がかつて戦い、負けた男も。 そして、私があの日からずっと探している、あいつも。
「……私用と仕事を混ぜては駄目だな」
呟き、私は木々の間を抜けた。 先遣隊が数多中尉率いる部隊。 そして、私が第一後続部隊を任されていた。 部隊と言っても私一人、たった一人で一部隊と同戦力か、それ以上と判断されるのは喜ぶべきことではあるが……些か、寂しい気持ちも拭えないのは事実だったりする。 あの日から、私は人が変わったかのようだとよく言われてきた。 狂ったように訓練をするようになり、狂ったように実技を取り込んでいった。 そしてその結果、こうして高校生でありながら、執行機関本部所属の少佐にまで上り詰めた。 果たしてそれで、あいつを止めることができるのかは分からない。 それでも、何もせずにはいられなかったのだ。
そのまま走ること数十秒、やがて開けた視界に映ったのは、巨大な隕石。 上空から落ちつつあるそれは、この辺り一帯の気温を著しく上げている所為もあり、蒸し暑さが不快に感じられる。 しかし……相当な魔術だな。 いつか聞いたエリザという奴が来ているということは、何らかの事情があったのだろう。 その事情は変わっていないはず。
……矢斬戌亥との、接触か。 恐らく別の目的もあるだろうが、その矢斬との接触が大部分を占めている可能性が高い。
「数多中尉! 当該地区へ到着、後続部隊に市民の避難は委託し、私は戦闘地域に入ります」
『感謝する。 南南西方面に四・五キロ。 現在戦闘中』
「了解」
その通信を聞き、私は視線をズラす。 最初に入った連絡で、異法使いとは一旦やり合っていない状態で、交戦中なのは魔術使いだ。 それも、魔術使いのトップ、エリザと呼ばれる魔術使い。 ここしばらくは魔術使いの動向にも警戒はしていたし、内部のこともある程度調査は入っている。 それで分かったのが、魔術使いは一枚岩ということ。 そしてその一枚の岩が、とてつもなく強固なものだということだ。 エリザさえ仕留めれば、魔術使いの組織は崩壊する。 絶望を与える支配者が取られれば、残された者達はすぐに降伏するだろう。
しかし、その岩があまりにも強力だ。 今回のこれだって、警戒していたにも関わらず、B地区支部が異端者の襲撃を受けたと知ってから、エリザの存在にもそのとき気づけたといった具合に。
「まったくもって、憂鬱な一日だな」
私は漏らし、数多中尉の元へと駆ける。 本当に、憂鬱な一日となりそうだ。
「法執行」
そこへ着くと、すぐさま目に入ってきたのは空中の魔法陣だ。 そこには光が集まり、やがて巨大な柱を形成する。 薙ぎ払うかのようにそれは数多中尉の元へと向けられており、私は咄嗟に法を使った。
加速。 それを使い、数多中尉たちの元へ。 そして把握する。 光の柱の威力と速度。 最後に私は理解した。 これならば、どうにかなる。
「新手? あなた、そう。 ワンちゃんのお友達の」
「お前がエリザか。 生憎だが、お前の攻撃はもう無駄だ」
光の柱はそんな言葉に構うことなく放たれた。 やはり、速度は相当なもの。 瞬きをした一瞬で消し炭になってもおかしくはない。 現代風に言ってしまえば、上空からのビーム攻撃といったところだろうか。
だが、そんな超高速の光は私たちにぶつかる寸前で消滅した。
「……へえ。 やっぱり面白いわね、法使い。 それよりあなた、前に見たときよりも雰囲気、変わったわね。 うふふ」
「これでも一応努力は絶やしていないのでね。 それよりどうする、魔術使い。 まだやるか?」
時の流れは残酷だとは、良く言ったものだ。 時間というのは何もかも、風化させてしまう。 放たれた魔術すらも、風化させる。 それが私の持つ時間の法。 入った瞬間、そこの流れは本来の数万倍にも及ぶ。 魔術が消え去るのには、充分な時間だろう。
「そうねぇ……うふふ。 少し、準備不足というよりかは遊び過ぎたかしら。 まさか、わたしの魔術そのものを消し去るなんてね」
エリザは言うと、空へと視線を向けた。 そこには既に何もない。 そうだ、何もない。 エリザが放ったとされる隕石は、既に消滅していたのだから。
……まさか、か。 いや、本当にまさかだな。 あれを消すとは……私の時間の法は範囲が限られる。 あそこまで巨大な物を消すのは不可能だ。 それをやってのけてしまう異端者の奴ら……さすがに只者ではないか。
「まったくさぁ……女の子を前線で戦わせるなんてどうかと思うよ、ツツナさん」
「俺に言うな。 ロク」
異端者の二人……一人は狐女、そしてもう一人は私が一度戦ったツツナと言う男。 対するこちらの戦力は数多中尉に鹿名さんと木高さん、更に魔術使いが一人か。 あの魔術使いは数多中尉が昔戦った相手か? だが、今はこちら側と考えるべきだな。 そして魔術使い側は一人。 絶望の魔女とも呼ばれる、最強の魔術使い。 下手には動けないこの状況、どうするか。
「ッ!」
だが、そこで真っ先に動いた奴が居た。 異端者のツツナ、そいつが瞬時に私との距離を詰め、攻撃を加えてきた。 振り抜かれた右手を寸でのところで私は受け止める。 軽い痺れが走り、体ごと持って行かれそうなほどに重い攻撃をなんとか止める。
「貴様……ッ!」
「ほう、前ならば死んでいたな。 あのとき殺さなかったのは正解か」
「凪少佐ッ!」
その光景を見て、私の元へ駆けたのは鹿名さんと木高さんだ。 数多中尉と魔術使いの二人は、エリザの方へと注意を向けている。 マズイな、この状況は。 異法使いも魔術使いも、法使いのことは嫌悪している。 手を組まれたら、マズイ。
「えーなに、そこでやり始めちゃうの? はぁ……まあいっか。 なんか興醒めしたわ。 法使いさん、異法使いさん、お遊びは一旦終わり。 わたしはそろそろお家に帰らないと」
「ダメダメ。 ダメでしょそんなの」
言い放ったエリザの背後に、狐女。 こいつら……まるで遊びだ。 戦いを避けると言うことをまるで知らない。 気分で戦い、気分で殺す。 心底……心底、腐った奴らだ。 この戦いも、今までの戦いも、ゲーム感覚でしかないというのか。
「わたしは帰ると言ったら帰るの。 ワンちゃんによろしくね、ロクちゃん」
「む……逃げ足早いなぁ」
狐女の攻撃は宙を切る。 そのからぶった手を眺め、狐女は呟いていた。 それもほんの数秒で、狐女はやがてこちらへと視線を向ける。
「余所見はするなよ、法使い」
「こんの……! 貴様の方こそ油断はするなよ、異法使いッ!!」
腕を押し、ツツナとの距離を取る。 一発一発は果てしなく重く、それがこいつの回路がどれほど強靭なものなのか、理解させられる。
「ツツナさん、少し不利じゃない? これ。 別に負けはしないだろうけど、僕はちょっと疲れちゃったよ」
「……いいや、そうでもない」
直後、悪寒が走った。
得も知れぬ恐怖、寒気、それらはとてつもなく、体を覆い、包み込む。 まるで、世界全ての憎悪を一身に受けたような錯覚さえした。 恨み、憎しみ、殺意、悪意。 そういったものが私の体を包み込む。 動けば死ぬ、息を吸っても、吐いても、死ぬ。 それを一瞬で理解した。 何が起きたのか、何がそう思い込ませたのか、この場面で、それを感じる理由。
そんなのは、ひとつしかない。 目の前にいる狐女やツツナ、そして先ほどのエリザ。 三者共に本気は出していないだろうから、実力は計り知れないもの。 しかし、それすら凌駕する存在が現れたということだ。
「ああ、そういうこと。 ていうか早いよねぇ、ポチさん」
「うん、悪いな遅れて。 二人とも無事か。 他のみんなは?」
声が聞こえた。 背後の方で、私の良く知る声が。 何度も、毎日、聞いてきた声。 そしてある日突然、聞かなくなった声。 聞きたくて、だけどこんなところで、聞きたくはなかった、声がした。
「他のみんなも避難したよ。 まー、間に合ったんだけどね」
「万が一ってこともあるからな。 まぁ良いや、それより」
私はゆっくりと振り返る。 そこには、やっぱり私の知る顔があって。 気付けば私はそいつの名前を呼んでいる。
「矢斬」
そして、そいつはいつもそうしていたように、笑って私に向けて言う。
「や。 久し振り、凪」
それは、悲しい悲しい再会だった。




