第六話
「ねぇねぇ、どうして僕を攻撃するの? 僕、何かした?」
「敢えていうなら何もしてないってことになるんだろうな。 けど、敢えていうなら異法使いだからってことになる。 分かったか? 異法使いめ」
参ったね、これは。 目の前に居るこの人は典型的な法使いだ。 僕のことを異端だと呼び、殺しにかかってくる理由は異法使いだから。 これを参ったと言わずなんて言えばいいのやら。
それに面倒臭いことに、この人が使う法は遠距離メイン。 距離を詰めるのは簡単だけど、詰めたところですぐに離れられちゃう。 僕の異法を使うにも、条件が厳しいしなぁ。 それに加えて。
「風夜、油断しないでね。 この子供、多分たくさん殺してきてる。 嫌な雰囲気がする」
「あれ、僕ってもしかして有名人? 嫌な有名のなりかたしちゃったね。 ふふ」
援軍としてここまで来た女が居る。 この女は男のことを風夜と呼び、男は女のことを書記と言っていた。 それで、この男が腕章を付けているから……ああ、もしかして。
「君、生徒会長さん? この学校の」
「だったらどうした。 異法使いに語ることなんてねぇ」
うーん、やっぱりそっか。 ポチさんが言っていたある程度戦える連中のボスってわけだ。 ということは、恐らくは今ツツナさんが対峙している凪って人と同じくらいは強いのかな?
「そういう態度だと嫌われちゃうよ。 なら女の人に聞くけど、この学校の中で君たちはどのくらい強いの?」
「……黙りなさい、異法使い。 お前が知る必要のない情報よ」
「あは、そっかそっか。 やっぱりそうなんだ。 それじゃあ僕は大当たりだ。 なんか、みんなに悪いね」
言い方で分かった。 この女はともかく、男は学園内でかなり強いんだ。 長いこと人の顔色を伺っていたおかげで、本音が大体分かってしまう。 にしてもさ。
「生徒会長さん、そこの人が好きなんだね」
「よっぽど酷く死にてえみたいだな、ガキッ!!」
男は叫ぶように言い、制服の中から取り出したナイフを放る。 僕は当然それを避けるのだけど……放られた三本は見事に僕の足と腕に突き刺さった。
「痛いんだって、それ。 目標に当たるという法かな? 結構強いよね、良いなぁ」
刺さったそれを引き抜き、捨て、僕は言う。 ああウソウソ、痛くはない。 痛みなんてもう、感じられない。 忘れてしまったよ。
「解せねえな、お前の体は作り物か? 血も出ねえ。 それとも異法使いってのはみんなそうか? はっ」
「……僕だけだよ。 血が通ってないのは、僕だけ。 他のみんなは、違うよ」
血は出るけども、すぐに収まるだけ。 僕の異法によって、僕は血を流さない。 怪我もしなければ、傷も負わない。 言っておくけど僕のは完全なる自己完結で、どっかのツツナさんみたいに酷いものじゃないから。
僕の異法は反転させる。 傷を負った、傷を負わない。 血が流れた、血が出ない。 そういう現象を反転させるもの。 他の人も似たようなことをできる人はいるけど、僕のはあまりにも極端だ。 みんなが大体九十度曲げるところを僕は百八十度という感じ。 わかりにくいかな? だったら、実際に体感させてあげよう。
「ねえ、法使いの人って頑丈って聞いたんだけどそうなの?」
「黙れと言ったのが、聞こえなかったのかしら」
後ろで声が聞こえた。 そして、頭が重い何かで撃ち抜かれる。 当然体は物理法則に則って、強く壁へと打ち付けられた。 コンクリートで出来ているはずの壁が少し崩れるほどの威力、ちょっと煙たい。
「あいたた……。 だからさ、これ虐待も良いとこじゃない? 一対一でも僕は子供なんだから手加減してくれても良いのに、それを二対一でいじめるってどうなの?」
「あなたが異法使いだから。 それ以上のそれ以下の理由もないわ」
ああ、そっか。 そうだったそうだった。 僕は異法使いで、君たちは法使い。 法使いがすることはいつだって正しくて間違っていない。 異法使いのすることはいつだって間違っていて正しくない。 そういう世界の法だったっけ。
「あなたの最大の罪は生まれてきたこと。 それ自体がそもそも間違っているのよ、この失敗作が」
「……生まれてきたことが?」
「そうだ。 異法使いなんて、存在して良い理由はない」
「あ。 ふふ、ちょっとムカついた。 ポチさんが僕に言ってくれたこと、否定しないでよ」
居てくれてありがとうと、ポチさんはいつだって僕に言ってくれる。 僕が言って欲しいときに、僕が必要としているときに、言ってくれる。 それがどれだけのことか、君たちには分かっていないんだ。 存在が許されるということが、どれだけ嬉しいことなのか。 愛情をもらうということがどれだけ幸せなことなのか。 存在を認めてくれる人たちに囲まれた君たちには、一生分からない。 だから、一生分かり合えない。
「法使いの人ってさ、その特殊な回路のおかげで大体頑丈にできてるんだってね。 それは僕たち異法使いや魔術使いさんも一緒なんだけど、唯一違うのが回路が出来る前の人なんだよ」
僕は言う。 狐の面の位置を直して。
「僕は手を出されたから手を出すんだ。 先に仕掛けてくるのは、いつだって君たちだ。 これだけやられたからこれだけやり返すなんて、そういうルールとか法なんて、僕には関係ない。 だってさ、ふふ、僕は異法使いだから」
地面を蹴って、後ろへ飛んだ。 男との距離は瞬時に離れ、そして埋まるのは女との距離。 そのまま空中で体の向きを変え、女の眼前で僕は止まる。
「君は法使いだからここに居る。 その意味をなくそうか」
僕は言い、腕を横に振るう。 女はさすがというべきか、咄嗟に反応して背後に飛んだ。 だけど、少し体を斬ることはできた。 指に付けている刃物が付いた指輪、少しでも傷を付ければ、僕の勝ち。 女にとっては本当に小さな小さな傷。 日常生活で負っても気にならないほどの小さな傷。
「赤いね、やっぱり。 いただきます」
僕はその血を舐める。 そして続けて言う。
「異法執行」
言うと、変化は何も起きない。 女は不審な顔をして、男も後ろで同じような顔をしているのが感じ取れた。 分からない? 僕が何をしたのか。
「あはははははは」
「何をしたのか知らないけど、あなたの異法は傷の再生かなんかでしょう。 だったら治る前に、叩くのみ!」
女は言うと、ハンマーを構える。 否、構えようとした。 そしてようやく気付く。
「……あれ?」
「残念。 君にはもう力なんてないよ」
僕の力のことも的外れだ。 良い線をいっているとも言えないね。 けど、君が今ふと思ったことは当たっているよ。 大当たりだ、オメデトウ。
「問題だよ。 君はもう法使いじゃない、なのにここに居る。 どうして?」
「そんな……法執行!」
僕の言った事実を否定するように、女は言う。 ああ、滑稽だ。 力のない人間って、どうしてこうも滑稽なんだろうと思う。 同時に、僕はいつもこんな風に映っていたんだと感じた。
どうしてこいつらは、こうも可哀想な人に暴力を振るえるのだろう。 不思議だ、実に不思議だ。 だからそれを理解しないとね。
「法執行! 法執行……! そんな、なんで」
「てめぇ……なにしやがった異法使いッ!!」
肩、背中、太ももにナイフが刺さる。 もう気にならなかった。
「あは。 ねぇ、僕が存在価値のない出来損ないなら、君はなにかな? 力を持っている僕と、持たない君。 どっちが出来損ないでしょーか?」
「ひっ!」
僕が顔を近づけると、女は小さな悲鳴を上げ、僕と距離を取ろうとする。 が、そのまま女は足をもつれさせ、床へと転がった。
「あーもう怖がらないでよー。 ふふ、ふふふふ」
惨めだなぁ。 所詮、法がなければこの程度か。 あ、それは僕にも言えることかな。
まあいっか。
「ねえねえねえ。 回路がない人間って簡単に死ぬんだよ」
言いながら僕はそのまま女に馬乗りになる。 背中にはまた新たにナイフが刺さった気もした。
「や、やめっ!」
「その目、嫌いだ。 そういう目をした人たちを君たちは躊躇わずに傷付けてきたんだ。 分かるよね、僕が言っている意味」
「そ、そんなの私は知らないッ!! 私は直接何かやったことなんて!」
「うん知ってるよぉ。 君ら学生さんにはハッキリとした罪なんてないだろうし。 でも、問題は個ではなくて集団さ。 法使いという集団の問題だよ。 分かるかな?」
「そ……それこそ私には関係ないじゃない! 襲撃してきたのだってあなたたちでしょ!?」
「言えてるね。 でもさぁ、それって一緒だよ。 確かに僕ら異法使いの中にも死んで良いくらいのゴミは居るけど、その段階で君らがしたことは? 歴史の問題でーす」
「……それは」
数年前、この街では事件が起きた。 異法使いによる殺人事件。 日常生活の中で虐げられてきた異法使いは、ナイフを法使いの首に突き立てたのだ。 そして、駆けつけた別の法使いによって異法使いはその場で殺された。 規模こそ僕たちがやっている法使い狩りに比べたら小さなものだったけど、それを受けて法使いがしたこと、それは。
「異法狩り。 なんの関係もない異法使いすら君たちは見かける度に暴力で従わせた。 適当に数を集めて、全員殺した。 まるで家畜を手懐けるように。 恐怖で支配するように。 だから僕がすることだってなんら問題ないでしょ? いつだって、手を出してきたのは君ら法使いだ」
もう見るのは嫌だ。 そんな助けを請うような目、見たくはないね。
「ねえ。 目を潰されるのって、どんな気分なんだろうね?」
「や、やめてっ!! お願いだか――――――――あ、い」
目に指を指した。 柔らかいそれは奇妙な音を立てて潰れ、生温い感触が伝わってきた。 うるさそうな口は、空いてる手で塞いだ。 静かに、静かにね。 ほら、うるさいと迷惑だから。 ね。
「あは、アハハハハ! あっはっはっはっはっ!!」
たまらない。 今まで受けたものを全部返してやる。 全部全部全部全部全部全部全部返してやる。 受け取ってよ。 大丈夫大丈夫、僕の愛情なんだから。 ありったけの、愛情だよ。
「あっ……ッ!!」
右目。 ぐちゃぐちゃだ。 片方だけだと悪いから、もう片方も。
「貴様……貴様ぁあああああああ!!」
体が宙に浮く。 おや、どうやら僕の行動が怒りに触れたらしい。 不思議だ、同じ目に遭った僕らは、いつも我慢して来たのに。 どうして怒るのだろう? それ、とっても理不尽じゃない? ねえ、そう思わない?
「やっぱ、お揃いの方が良い?」
上に乗っかって来た男を見て、僕は言う。 好きなんだもんね、あの子が。 その気持ちはどんなのだろう? 僕がポチさんのことを好きなのと同じかな。 でも違うかも、だって君は法使いで、僕は異法使いだから。 それもまた、異なるのかな。
「ふう……! ふう……!」
まるで狂ったように男は僕を食おうとでもする顔で見ている。 さぁどうする? 僕がじゃなくて、この男がどうするのか。 それに興味があり、僕は男の行動を待つ。 しかし、不意に男の姿が消えた。
「あれ。 ちょっとツツナさん、何するのさ」
「時間だ」
男は恐らくどこかへ飛ばされた。 ツツナさんに邪魔されたのは悔しいけど、その言葉は無視できない。
ツツナさんはそのまま僕に携帯の画面を見せる。 差出人はポチさんで、そろそろ引き上げろとのことだ。 他の人ならまだしも、ポチさんの言葉だけは受け入れないと。 それは義務とかじゃなくて、僕がそうしておきたいから。
「む……了解。 それじゃあね、法使いさん。 機会があったらまた遊ぼう」
目を押さえ、うずくまる女に向けて言う。 残っている片方の目で僕を睨みつけ、そこで女は意識を失ったようだ。
「そっちはどうしたの? 殺した?」
「殺してない。 次に会ったとき、もう少し楽しめそうだったからな。 俺が遊べないと判断したときにでも殺す」
「そっか。 ツツナさんも物好きだねぇ」
「お前ほどではない。 行くぞ、ロク。 校舎から出たところに集まれとのことだ」
「うん、分かった。 あ、そうだそうだ……異法取り消しっと」
これをしておかなければ、ポチさんにあとで怒られてしまう。 だから僕は使った異法を取り消し、そしてツツナさんと共に集合場所へと向かった。