第十七話
『もしもーし、ロク?』
唐突に聞こえてきた声は、僕が一番聞きたかった声。 けど、本当にすごいな……あのバリア、法使いの場合でもどうにかしちゃうなんて。 正直驚いたよ、本当に。 それで、同じくらい嬉しかった。 ポチさんが無事だって分かって。
「ポチさん!? 無事なの!?」
『ああ、そんな驚くなよ、幽霊にでもなった気分だからさ』
なんにもない、様子。 うん、そうだよね。 分かってた分かってた、ポチさんはいつだってそうなんだから。 分かってたことなのに、こうも安心できるだなんて。 僕、案外ポチさんの力を評価してないのかなぁ?
『状況は大体分かってる。 ツツナじゃどうにもできねーから、ロク。 お前がどうにかしろ。 できるか?』
「……まったく、相変わらずポチさんは説明を極端に省くよね。 ポチさんほど頭良くはないんだからさ、説明してくれないと」
『そのつもりだったよ。 てか、俺じゃなきゃ分からなかったかもな』
その言葉の意味は、頭の良さとかそういうものではない。 僕はポチさんの次の言葉で、それを理解した。
『眼で視た。 したらさ、あの隕石魔術には回路が組み込まれている』
「それくらいは僕でも分かるよ、ポチさん」
『……そう怒るなよ。 ただひとつ、普通とはちょっと違う。 その回路自体が、剥き出しになっているんだ。 隕石を覆うように、無数の回路が張り巡らされている』
つまり……普通とは逆、ということかな。 普通は回路が中で、物体が外。 そういう仕組みだけど、魔術で作ると回路が剥き出しってわけか。
『ない物を作り出す。 それが魔術の原点だ。 んでさ、ロク……その場合、お前の力でどうにかできる』
「僕の?」
『お前が異法を使うとき、対象の血を舐めるだろ? それが手っ取り早い方法だからそうしているわけで、お前が異法を使う場合、必要な条件は回路に触れること。 もう、分かるよな』
「……っはぁ。 ポチさんって時々さ、酷いことを平気でさせるよね。 まったく、僕はこれでも女の子なんだけど」
『嫌なら良いって。 俺のは命令じゃなくて頼みなんだからよ。 けどまぁ、代わりに埋め合わせはするさ』
埋め合わせ。 それってあれかな、あれ……デートとか含まれるのかなぁ。 含まれないだろうなぁ。 ポチさんはそういう概念ないだろうなぁ。
だけど、まぁ、そうだね、そうだ。
「了解。 それに、こんな魔術に負けるのはちょっとイヤだしね。 気に食わないから」
『……悪いな。 そっちがどうにかなったら俺にかけてる異法を解いてくれ。 こっちもこっちでそろそろ終わりそうだしね』
「うん。 埋め合わせ、期待しているからね」
そこで、通話は途切れた。 僕がするべきこと、それはあの隕石に触れること。 そして異法を執行し、消し去る。 現象の完全逆転、それは存在した物を消すことだってできる。 こと魔術に関して言えば、その発生自体を逆転させてしまえばいい。 起きたことは、起こらなかったことにすればいい。
「さてさて、ツツナさん。 というわけで大役は僕に回ってきたみたい。 上まで飛ばせる?」
「ああ。 しくじるなよ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。 なんとかなるでしょ」
「布と水は移動させる。 それでなんとかしろ」
「りょーかい」
冷たいなぁ、ツツナさんは相変わらず。 それがやっぱり普通の人とは違う部分だよね。 あ、普通の人ってのは普通の異法使いのこと。 ポチさんもそりゃ普通とは違うけど、ツツナさんのとはまた別の意味でね。 ツツナさんの場合はなんというか……怖い、冷たさかな。
「……」
そして、ツツナさんは上空を見る。 迫り来る隕石はあまり待ってはくれない様子だった。 そんな光景を見て、ツツナさんは異法執行と、呟く。
瞬間、景色が変わる。 僕は遥か上空へと飛ばされ、ツツナさんの姿はかろうじで見えるくらいの高さだ。 高度の維持は問題ない、ツツナさんが調整をしてくれるだろうからね。
思い、視線をそこから更に上へ。 隕石は膨大な熱量を持ち、その速度を上げつつ落ちてきている。 ここまで近いと、さすがにあっついな……それに大きさ、半端ない。
瞬時にこれだけの魔術を使えるだなんて、やっぱりあの魔女さんは放っておきたくはないよねぇ。 早い内に殺らないとマズイ気がするよ。 それにさっき、ポチさんにエリザという名前を告げたとき、様子が少し変わってたし。 少なくとも、ポチさんとは会わせてはダメな気がする。 あくまでも、予感だけど。
『魔術をどうにかしたら、すぐにポチの異法を解け。 あっちも少しマズそうだ』
無線機から聞こえたのは、ツツナさんの声。 それを聞き、僕は東に顔を向けた。
……ああ、そうみたい。 なんだろ、あの凄まじいエネルギー量は。 僕は左目に神経を集中し、右目を閉じる。 なんとか見える感じだけど……戦艦? かな。 あの戦艦が放っているエネルギーか、これ。
さて、そうなると問題は早々に片付けたい。 正直言ってしまえば、僕の方はそこまで難しい問題ではないんだよね。 僕の異法は完全逆転、負った傷なんてすべてが意味のないモノ。 だから体を焼かれたって、焼け死ぬことはない。 たださすがに、あそこに生身で突っ込めば異法による逆転は間に合わないね。 だからこそツツナさんのサポートって感じなんだけど。
問題はそっちだ。 ツツナさんが僕に対するサポートに集中できるほど、あの魔女さんは見学に徹してくれるだろうか? そこだよねぇ、やっぱり。
「まぁ僕はやることをやるだけか」
狐の面を外し、手を放す。 この面が焼かれてしまうのは嫌だから。 狐の面はひらひらと風に流されつつも、まっすぐ下へと落ちていく。 それを確認して、顔を再び隕石の方へと向けた。
距離はどんどんと縮まっていき、それを分からせるように体は焼けるように熱くなっていく。 はぁ……やっぱり僕は夏も冬も嫌い。 秋が、一番好きだなぁ。
「異法執行」
言った瞬間に、不快な熱は消え去った。 体が全ての状況、僕が認識する不要な現象を逆転させる。 しかしそれは暑いの反対は寒いだとか、痛いの反対は痛くないとか、そういうことではない。 全ての現象の反対は、ひとつに繋がるんだよ。
それこそが、僕の異法の真髄。 起きている、起きた現象を無に返す。 現象ってのは何かが起因となっていることだから、その起因を消し去るのが僕の異法だ。 有の反対は無。 僕の異法は、全てを消し去る。
異法にも得意、不得意は当然ある。 僕だってやろうと思えば天上さんのように自分が居る空間だけを捻じ曲げる異法、それと無生物を生物に変える異法だってできるだろうさ。 けど、それはあくまでも不得意を努力して補うことでしかない。 僕がやったって、天上さんのそれには遠く及ばない。 ポチさんは良く言うんだ、努力なんてのはくだらないものだって。 いくら努力をしたって、ひとりの強者には敵わないってね。 だったら努力をした天才が最強なんじゃないかなって僕は聞いたんだけど、それでもポチさんは言うんだ。
「それも意味がないことだよ。 その天才プラス努力をした奴よりも、そいつよりも才を持った人間が出た瞬間、同じことになるんだから……ふふ、ポチさんらしいや」
ポチさんは分かっている。 自分自身がどれだけの力を持っているのか、天才と呼ばれる人間なのか。 だから努力は無駄だと悟ったし、無意味なことだと思うようになったんだ。 それを言われてからは僕も思うようにはなったしね、ああ努力なんて必要ないことなんだって。
そんな天才を集めたのが、異端者という組織。 ポチさんを筆頭に化け物揃いで、僕自身もきっと化け物。 けど、みんなとっても良い人たち。 僕が頭に血が上ってさっきみたいになっても、僕のことを想って止めてくれる。 だから僕はみんなが、異端者という組織が好きだ。 そして、それを作ってくれたポチさんのことは大好き。
さて、地上に居るは絶望の魔女。 あっちもあっちでポチさんと同列とも言える天才だろうね。 あの人は僕やツツナさんよりもきっと強い。 魔術使いのトップともなれば、さすがと言わざるを得ないかも。
魔女さんの言葉を信じれば、今のこれだって本気じゃない。 そして同時に、付け入る隙があるならそこ。 魔女さんは僕たちのことを格下だと認識しているだろうから、そこに生じる油断を突いていくしかない。
僕とツツナさんが勝てなくても良い。 もちろん最善は勝つことだけど、ポチさんの言葉を借りるなら生きようとして戦うべき。 なら、ポチさんが来るまで耐えるべき。 ポチさんとあの魔女さんは会わせたくないけどさ、死んでしまったら意味なんてないんだ、そんなことは。
そのためにもまず、この隕石からだね。
「ほんっとに……最近運がないよなぁ」
ツツナさんからは既に布と水は送られた。 その布を身に纏い、水をかぶって前を見る。 気休め程度のものだけど、そんな気休めを膨大な量、僕に送り続けるのがツツナさんの仕事。 たとえ肉が焼かれて骨になったとしても、触れれば僕の勝ち。 僕の回路がこの隕石に耐え切れず、逆転が間に合わなくなったら僕の負け。
さぁ、勝負しよう。 僕の異法と、君の魔術で。




