第十五話
さぁて、どうしたものかね。
「っと! あはは、どれだけ俺を殺したいの? 君たちさーあ」
横へ飛び、上空から振り下ろされた腕を避ける。 直後、俺がついさっきまで居た場所に大きな穴が空いた。 さすがにあんなのまともに食らえば、今の俺じゃあ即死は間違いない。 こんなゴミ同然の状態じゃ、俺はきっと誰にも勝てやしないからね。 無力で無能、それが法使いとしての俺。
今現在、明らかに俺の元へ向けてミラージュたちが集まり始めている。 地区内の全てのミラージュが集まっていると言っても良いくらいに、どこへ逃げても敵だらけ。 妙な状況だし、飲み込めない状況だ。 さすがに俺自身、ここまで馬鹿な策をするとは思えないんだけど……現状、そうなってしまっているわけで。 となれば、なんらかの不都合が生じたということ。 予期せぬ何らかの出来事が発生したということ。
しかし、俺が知っている中でそんな不都合を起こせる存在はいない。 そもそもの話、俺が一人でこの地区へ残った理由はミラージュの襲撃を想定したものだったしね。 なのに、俺一人が残るわけがない。 しかも法使いの状態で、だ。 そんな作戦はツツナだって許しはしないだろうし、ロクだって不自然には感じると思う。 だが、その不自然が起きてしまっている。 つまり、俺だけではなく異端者全員が予期していなかったということになる。 それはやっぱり、考えづらい。
「ま、考えても仕方ないか」
考えるべきは、この起きてしまった原因ではなく、起きてしまっている現状をどうにかするということ。 言ってしまえば原因はもう過ぎ去ってしまったことで、それをいくら考えたところで結果なんて出やしない。 ならば無駄、不必要。 次を考えようか。
「矢斬戌亥ッ!!」
「あはは、俺は君のことは知らないんだけど、そこまで恨みを買いそうなことをしたかな?」
そして、一人の法使い。 見た記憶はあるな。 記憶はあるが、それがどうして見たのかすら分からないけど。 恐らく原因の方はその部分にあるのだろう。 でも、まぁ、良いや。
「私にしてなくとも、貴様のしたことは許されるものではない」
やがて俺が追い詰められた場所は、巨大な広場。 辺りに隠れられそうな物はなく、随分と開けた場所だった。 そして正面には法使い、確か本部の少佐の男。 更に、俺を囲うように居るのは無数のミラージュだ。 多分だけど、地区内のは全て集まっているご様子で。 その数、三十五機。 AR粒子法はこの距離で撃てばあの少佐も巻き込まれ兼ねない。 よって、来るとしたら直接叩き潰す攻撃か。
「なんだ、俺の友達みたいなことを言うんだね」
「友人か。 凪正楠のことだな」
「あら、知ってるんだ。 元気にしてる?」
懐かしい名前だなぁ。 あいつ、最後の最後まで俺を信じていたみたいだったけど。 俺の一件を通じて、人を疑うってことを理解してくれたことを祈るよ。 まぁ、今じゃあもう敵となってしまっているんだけどね。 俺の攻撃対象に、友人なんて関係ないんだから。 もちろん凪も、殺す対象ってわけで。
「貴様の知ることではない、どの道、貴様はここで死ぬ」
本部の少佐が知っている、か。 当然、俺の身辺情報なんてのは調べあげているだろうし、知っていることそれ自体は不自然じゃあない。 でも、ただの友人一人を記憶しているとは思えない。 だって、凪は本当に潔白なんだからさ。
だからそこにある不自然だ。 凪は法使い、執行機関の中でも有名だからってのもあるだろうけど、俺の問いに答えない理由。
「できれば俺は、あいつと戦いたくないんだよね。 ほら、凪って強いじゃん? だからあんまり顔は合わせたくないんだ」
「安心しろ、矢斬戌亥。 先ほども言ったように貴様はここで殺さねばならない存在だ。 それと……今の発言、私のことを甘く見るなよ」
言い、ラインと名乗った男は地を蹴った。 瞬時に俺の目の前に姿を表し、そして剣を振るう。 ああ、君ももちろん強いよ。 けど、その強さはブレている。 心の何処かで迷いがある。 そんな動きだね。
さて、そうは言ってもそんな些細なブレ、今の俺からしたらなんの手助けにもなりやしない。 となると、考えるのはこいつの倒し方。
こいつの法は運動ベクトル、それも物体に力が生じたときに発生する一方向への強化。 法使いの俺では回路も弱く、受ければ体が吹き飛んでもおかしくはない。 つまり受けた時点で負け。
「怖い怖い。 そんな怒らないでくれよ」
俺は振られた剣を避け、一歩後ろへ飛ぶ。 見切るのには都合が大変良い俺の眼だ。 ただ避けるという一動作をこなすのは容易いことではある……が、一体いつまで続くか分かったものではない。 だけど、地面へ打ち込んで吹き飛ばしはしてこない、か。 そっちの方が怖かったけど、この少佐の方も回路が疲労してきているのかな
だがそれだけの話でしかない。 正直な話、身体能力じゃ俺は完全に負けている。 生半可な努力をしてきた俺と、血が滲むような努力をしてきた男、比べるのもおこがましいほどに分かりきっていること。 異法使いとしての身体能力の底上げもない今、悔やまれるね。 なら、手法を少し変えてみようか。
「てかさ、ひとつ伝えたいことがあるんだ。 ライン少佐、どうやらあの空中戦艦はあんたごと俺を殺すつもりらしいよ」
「……そうか。 可能性のひとつとして、考えていたことだ」
……あらら、それを受け入れちゃうか。 うーん、俺としては最高の妥協点として目の前のこいつと共闘って選択肢だったんだけど、無理っぽいねこりゃ。
予想以上に、誇りはあるご様子で。 それと、忠誠心かな。 執行機関という組織に対する忠誠心、そして法者に対する忠誠心だろう。
「オーケー、分かった分かった。 なら俺に残された手はない。 降参しとくよ」
「何を……なんの真似だ、矢斬戌亥」
両手を上げ、俺はラインに向けて言う。 別に騙すつもりも策に嵌めるつもりも俺にはないんだけど、やっぱり素直に信じるってことはできそうにないか。
「俺は今、法使いだ。 で、俺の能力は知ってると思うけど眼の強化。 それであんたの法だってある程度分かるし、ミラージュの構造だって分かる。 その上で言ってるんだぜ、降参だって」
明らかに駒が足りない。 法使いの俺という雑兵ひとつじゃ、ミラージュのひとつを落とすことだって不可能。 更に目の前にいるラインも、あの宙に浮かぶ戦艦だって無理に決まっている。 アリアナ・マクレラーン中佐、その法は火器の強化。 その威力は絶大だと聞いているからこそ、俺にはこの状況を突破する術が存在しない。 たった一丁の拳銃で家一軒を破壊できるほどの火器強化、加えてあの空中戦艦の馬鹿みたいな火器だ。 無理無理。
「……言っておくが、貴様に投降という選択肢はない」
「分かっているさ、そんくらいは」
「そうか」
抵抗する意思を見せない俺に、ラインは尚疑いの目を隠すことなく向けている。 そして数秒それを続け、俺から数歩、距離を取った。
「ミラージュ各機に告ぐ」
なるほどね。 あくまでも悪手は取らないときたか。 いざというときのため、自分は距離を取り、無人機であるミラージュで俺を殺す。 今の状態では好手で間違いはない。 好手どころか、最善の手だよ。
とは言っても、そこまで疑われるとさすがに気分が悪いな。 かと言って、だからと言って、何がどうなるわけでもないけど。
「矢斬戌亥を――――――――殺せ」
言葉と同時、ミラージュの全機体が動き出した。 それは本当に一瞬のことで、でかい図体とは裏腹にミラージュは軽快な動作で俺へと向かってくる。 密集しているこの状態ではAR粒子法は撃てない。 よってミラージュは、その腕を振り上げて俺へと向ける。 この巨大な広場を埋め尽くすほどの数、一発避けたところで、次の一撃を俺は避けることはできないだろう。
「チェックメイト、か」
俺は笑って、空を見た。 まだ日は高く、照りつけるような日差しが俺の視界を塞いだ。 そのとき、遥か遠くの方で何かが見えた。
「……なんだ?」
それを見たのは、ラインも一緒のようで。 この地区から遥か西、太陽の沈む方向に巨大な光が見えた。 閃光と言ってもいいくらいの、巨大な光。 その光はこの遠く離れたX地区にまで弱ることなく届いた。 そして直後、目視でハッキリ分かるほどの物体が上空に現れた。
「あっちもあっちでヤバそうだね」
あれは、B地区の方角。 ツツナたちが居る方角だ。 しかし俺たちの中にあんな馬鹿みたいな質量の物体を扱える奴は存在しない。 言ってしまえば、法使いにだっていないだろう。 だってありゃ……魔術使いが起こし得る現象なのだから。
……うーん、でも普通の、ごくごく一般的な魔術使いがあれほどの物体、現象を起こすことはできないだろう。 なら、最悪か。
本当に今日は運が悪い。 俺にとっても、俺たちにとっても。 あれ自体をどうにかする方法は、ある。 あるが、俺じゃないと知らない方法だ。 鍵はロク、そんなロクの異法を視た俺だから教えられる方法がある。
それを伝えようにも、この状況か。 だから悪いんだ、運が。
「……構わん、殺れッ!!」
一瞬だけその隕石に気を取られたラインは再びミラージュに命じる。 そして、振り上げられた腕は俺へと振り下ろされた。
まぁ、そうだな。 こうやって呆気なく死んでいくのもまた、世界の選択か。




