第十四話
「あ、が、ぐぁああああああ!?」
「おいおいそれはルール違反だぜ、おっさん。 俺の箱の中なんだからよぉ……しっかりルールには従ってくれねぇと困んだよ。 な?」
俺が作った箱庭、その中じゃ決まりがある。 空間の法則、この内部じゃ外の世界とはまるで違う法則が展開される。 俺はそれをルールと呼び、その決まりはこう。
まず、一人がゲームマスターで一人が挑戦者。 この場合のゲームマスターは俺で、挑戦者はこのおっさんということ。 んで、挑戦者はランダムに決まったゲームで俺に挑むという流れ。 そして俺に勝てなければ、この部屋からはほぼ確実に出ることはできやしねぇ。 更にゲームの終了と同時、この部屋で起きたことは現実となる。 それがこの部屋でのルール。
それを破った場合、その法則に逆らった場合はペナルティが発生する。 例えば、ゲームを放棄して俺に攻撃を仕掛けたこのおっさんのように、片腕が吹き飛んだりな。
「悪いなぁ、生憎俺は事前に説明してやるほど優しくはねーんだよ。 つってもよぉ、俺の異法が効くってことは、テメェの回路は俺よりよえーんだ。 わっかるかなぁ?」
「はぁ……はぁ……異法使い風情が……!」
おっさんは片腕を押さえながら俺のことを睨みつける。 その切断された場所からは血がでない。 この部屋が存在する限り、痛みこそあるものの死にはしない。 ゲームの終わりこそが、どちらかが死ぬときと決まっているんだ。
「キレんなよ。 俺を殺したけりゃ、ゲームで勝てば良いだけの話だろ? んで、お前はヒジョーに運が良いぜ、おっさん」
形成されたゲームはロシアンルーレット。 普通に生きてりゃ一回は誰もが聞く名前のゲーム。
「ここで俺に攻撃を加えても、俺が普通に攻撃しても、どっちもペナルティを負うことになる。 ってこたぁ、ルールに従ってゲームをするしかない。 だろ? しかも、このゲームは運の勝負だしな」
「……」
俺が言うと、おっさん……八賀つったっけか? は、俺のことを再度睨みつける。 そして、さすがに状況は飲み込めたのか、よろよろと立ち上がると出現した椅子へと腰かけた。 俺はそれを見て、対面へと腰かける。 丸テーブルを挟み、向かい合う形で。
「ここに一丁の拳銃がある。 装填できる弾の数は全部で六つ。 その内のひとつに実弾を入れて、交互に撃つ。 知ってるよなぁ?」
「黙れ……ガキめ」
「だから怒んなって。 あっは、言っとくけどルールは公平だぜ? 俺も実弾が込められたときに自分の頭を撃てばぶっ飛んで死ぬし、テメェも同様だ。 こればっかりは俺の言葉を信じてもらうほかねーが、そうするしかねーだろ?」
どっちにしろ、という話。 俺の異法に入ってきた以上、抜け出すことはほぼ不可能。 一番分かりやすくて一番近道なのが、この部屋でのゲームに勝利するってこと。 落ち着いて考えりゃ分かることなのに、異法使いってだけで軽視してきやがるからねぇ。 つくづく、法使いってのはゴミみてぇな存在だよ。
「早くしろ。 死ぬのはお前だ、異法使い」
「へいへい」
俺は拳銃を手に取り、その中のひとつに弾を込める。 そして回転させ、止めた。 ガチャリという鈍い音が辺りに響き、俺はそれを確認し、テーブルの中央へとそれを置く。
「ルール説明。 今から俺とテメェで順番にこいつをぶっ放す。 狙うのは頭、手とか足はダメだぜぇ? それはやった瞬間死ぬから覚えとけ。 んで、まぁ当たれば死ぬから死んだ方が負けってことだな。 オーケイ?」
「ああ。 だが、順番はどうやって決めるんだ。 お前が回し、お前が決めるのか?」
へぇ、ようやく事態は飲み込んだ感じか。 さっきよりも雰囲気が鋭くなったな。 状況の判断能力は、案外たけえのかも。 まぁ何も考えずに俺に攻撃して、左手吹き飛ばしたのはアホだけどな。 この分だと、もしかして気付けるか?
「まさか。 言っただろ? 公平なルールだって。 だからテメェが決めて良いぜ」
「そうか。 他に、ルールは?」
「他? ないない、そんだけ。 つっても俺は優しいからよぉ、アドバイスをしてやるよ。 よくルールを考えて、精々よく時間をかけて、順番を決めるこった」
「……ふふ、あはは! そうか、馬鹿め。 もしやと思ったが、お前の今の言葉で理解した。 俺からはひとつ、質問がある」
「ふうん、なんだ?」
男は、勝利を確信しているように思えた。 まさか気付いたとは思えねぇが……ああ、あいつの言葉を思い出すな。 ポチさんの言葉。
油断をしても良いし、余裕を見せても良い。 ただ、手は抜くな。
そうだねぇ、そりゃーそうだ。 俺ほどその言葉が大切な奴はきっといねぇだろうよ。 事実、俺が負けた三回もそんな感じだったしよ。 ま、そうじゃなかったとしても俺は負けてただろうが。 それにポチさんには言ってねえけど、最後の最後の勝負は俺も本気だったってのによ。
矢斬戌亥。 異法使いのポチ。 あいつは本物の化け物だ。 俺たち異端者の誰よりもヤベェ奴だ。 ロク、ツツナ、この二人も正直ヤバイ方の化け物だし、俺じゃ勝てる気もしねぇ。 けど、ポチさんはそんなヤバイ方の化け物すら、片手で倒しちまうほどにヤベェ。
俺が知っているポチさんの異法は三つ。 状態の強制修復、頭の中で思い浮かべた場所への過負荷、そして最後が。
死んだ法使いを生き返らせる、回路歪曲。 俺は知ってんだぜ、ポチさんが生き返らせた二人の法使いを。 今じゃあ異法使いとなっちまっているが、それがあの異法のヤバさだ。
法使いにだけ使える異法。 そして生き返った法使いは、異法使いとなる。 ロクの完全逆転とも違う、完全なる生まれ変わり。 まるであれは、神の所業で人間のすることじゃあねぇ。 何よりヤバイのは、そんなことすら平然とやっちのけちまうあの人だ。
……普通だったら、戸惑うし躊躇うところじゃねぇのかなぁ、それは。 もしもポチさんが心の底からなんとも思わずにやってるなら、あの人はもう人間じゃあねぇな。
「聞いていたか、異法使い。 質問に答えろよ」
「ん? おうおうわりぃ、ちょっと昔を懐かしんでたわ。 んで、もう一回ヨロシク」
「弾が何発目に込められているか、教えろと言ったんだ」
……へぇ。 へぇ、こいつは、あっはっは! 驚いた、驚いたぜ俺は。 その質問をしてきたのは随分いなかったもんだ。 勘が鋭いっつうかなんつうか、変に察しちゃう奴はやっぱいるんだなぁ。
俺の異法にかかって、ロシアンルーレットを引いて、今の質問をしてきたのはあんたで二人目だぜ。 それ自体、驚きだ。
ポチさんと、そしてこの目の前の男。 こいつがポチさんと同じ素質を持っているとは到底思えねぇが……まぁ、異法使いに対する疑いが膨大なものなんだろうよ。 その膨大さが、この男に気付かせた。 こんなくっそ雑魚でも、それには気付けるってことか。 良い勉強になったよ。
「三発目。 これで良いか?」
普通だったら、する質問じゃあない。 ロシアンルーレットではそんなの暗黙の了解で、誰が受けたとしてもそんな質問をする馬鹿はいねえだろう。 だが、俺の箱庭でのそれは違う。 あるのは、発言されたルールのみ。 だから弾が何発目に込められているか、俺は知っていた。
今言ったように、それは三発目。 これに気付かれた時点で、負け濃厚なんだよなぁおい。 ポチさんにもこのパターンで負けたしよ。
「なら、俺が選ぶのは後攻だ。 文句はないだろう? 異法使い」
八賀は笑い、言う。 俺はそれを見て精々笑って、銃を手に取った。
「ねーよ。 俺が仕掛けた異法だ、大人しく従うさ」
言い、俺は自分の頭目掛けて撃つ。 当然それは空砲で、カチリという音だけが辺りに響いた。
「ほらよ、テメェの番だ」
「ああ」
右手で八賀は銃を受け取り、自分の頭に狙いを定める。 そして、数十秒かけてそれを撃つ。 やっぱり俺のことを疑いに疑いまくっているようだ。 でも、マジで全部嘘じゃあねえんだけどな。
「はぁ……はぁ……お前の番だ、異法使い。 ふ、ふふふ! あっはっはっは!」
二発の空。 となれば、三発目にそれが込められているという事実が男の中で確率の高いものになったのか、八賀は笑う。 席から立ち上がり、俺のことを見下しながら笑っている。
「俺はここで死ぬかもしれねーが、お前はいつか絶対死ぬ野郎だな。 そんくらい、ポチさんじゃなくても分かるもんだ。 あっは」
焦るところを見せてはいけない、どんな状況でも、状態でも。 それもまた、ポチさんが教えてくれたこと。 だからあの人はいつだって余裕を装っている。 それで少しでも相手に動揺を与えようとしている。 ただでさえ強い化け物が、絶対に勝ちに行っている。 そりゃあの人が負けるわけがねぇよなぁ。
「ほざけ、死ぬのはお前だ」
「ああ、そうかも」
俺は拳銃を受け取り、自分の頭に当てる。 さて、これをこのまま撃てば俺は死ぬ。 さすがに体の修復はできねえし、攻撃を受ければ当たり前のようにダメージがある。 んで、この場合のダメージは致死だ。 その時点で俺は痛みこそあるものの、死にはしない。 が、ゲームの決着は判断され、箱庭が解ければ俺は死ぬ。
「撃つ前に。 なぁ法使いのおっさん、テメェはやっぱりポチさん以下だわ」
「あ? 何を言っている」
「言葉のままだぜぇ。 言ったよな、ルールはしっかり確認しろって」
だから俺の勝ち。 気付けなかった時点で、テメェの負けだ法使い。 やっぱりポチさんはぶっ飛んでるねぇ、本当に、あの人は。
「言ったはずだぜ、頭目掛けて撃てば良いって。 さぁてさぁて、この場合の頭って誰のことを指してるんだろうなぁ? アハ」
言い、俺は銃を向ける。 八賀の頭に向け。
「な、お前、何を……待て! そんなの、明らかにルールがッ!?」
それを撃つのに戸惑い、躊躇いはなかった。 弾丸は八賀の額に命中し、風穴を開ける。 こと法使いに対する攻撃なら、俺もポチさんと同じ立ち位置にいるのかねぇ。
「や、やめてくれ……お、お前の異法を解いたら、俺は」
「はーあ……やっぱこのゲーム大ハズレだよなぁ。 もっと楽しいヤツが良かったんだけどよ」
そうして、俺の箱庭は解除される。 同時に、八賀の腕と頭から血が吹き出し、八賀は絶命した。
ついではついで、ここらでどうやらこの場所には用はねえみてぇだ。 こっちの異法で遊んでいる間、支部全体図の把握もしていたんだが。
……クッソが。 暗殺対象、この支部にはいねぇ。 ポチさんが読み違えるはずはねぇ、だとしたら。
「どこかのクソ野郎が、手を入れやがったな」
それだけが引っかかる。 俺たちの動きを読んだまではいい、だが……こうも完全に対象人物だけを逃がすことなんて、思考でも読まない限りできねえだろう。 そしてもしもそんな敵が存在するのだとしたら。
……気付かれずに思考を読み取る。 アハハ、そりゃまた化けもんだな。




