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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
二章 変革
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第十二話

 目の前から、消えた。 そう認識した次の瞬間には、それがなんだったのかすら分からなくなってしまった。 剣を握り、ミラージュの機体から降り、ただ一人佇んでいる。 X地区の人気がないここで、そうしていた。


 今の今まで、私は何をしていた? どうして、わざわざ生身でここへ立っている? 私は一体……。


「法を使っていたのか?」


 回路から僅かに感じられるのは、その気配だった。 私はどうしてか、何もないここで法を使っていた。 その結果、廃墟のひとつが崩壊している。 何が起きているのか……これは異法か?


 何者かが、私に対して異法を執行した。 その結果、私は私自身で分からない、理解できない現状に陥れられた。 そう考えることもできるが……。


『ライン少佐ぁあああ!? 貴様は一体何をしているんだよぉ!? とっとと異法使いのクズ共を殺せッ!!』


「……承知しております。 ですが、アリアナ中佐。 この地区内、何か妙なことが起きております」


『んなことはどうだって良いんだよぉ!! きぃさぁまぁ、よもや私の顔に泥を塗る気かぁ? 良いか、ライン少佐ぁ。 ひとつだけ忠告しておいてやろう。 我が戦艦グレンダの主砲は地区ひとつ消滅させることなど、容易いことだ。 私の言っている言葉の意味、足らない頭で良く考えるんだなッ!!』


「アリアナ中佐……? まさか、地区を消滅させる気ですか!? そんなことをすれば、上の人間に今回の作戦の全てが」


『黙れッ! 許可を得ない任務でも功績をあげれば評価はされる。 だが、あげなければそれまでだ。 もしもその必要があると私が感じたとき、貴様もろとも地区を焼く。 良く頭に叩き込んでおけッ!!』


「……承知しました」


 そこで通信が途切れた。 まさか、それは想定していなかったことだ。 いくら異端者のボス、それが強力な人物だったとしても、地区ごと消滅させるなど……あってはならぬことなのだ。 全ての地区は法者様の判断で分けられ、そしてそれが異法使い、魔術使いの居住地区だったとしても、地区を消滅させるというその行動は法者様に対する攻撃とも捕らわれかねない。 法者様は地区を分け与えたというだけで、その所有権は法者様にあるのだ。 だというのに、アリアナ中佐は……。


「私が、口を出せることではないか」


 一人の法使いとして、正しい道を進んできたつもりだった。 法使いと審判の矢で下されたその瞬間から、私は決意をしていた。 間違えず、いつだって正しい道を進もうと。 世界をよりよいものにするため、努力も苦労も全て、やり遂げてみせると。


 だが、現実は散々だ。 人を攫いもした。 無抵抗の異法使いを殺しもした。 人の道理から外れたことも、沢山してきた。 そして今、私がもっとも尊敬し、敬愛する法者様にすら……逆らう結末になりかけている。 それをしようとしている人も止められず、命令されるがままに私はまた、動こうとしている。 立ち向かうだけの力は、今の私にはない。


 ……変えられない。 世界は、変えられない。 私一人の力では、到底変えることはできないのだ。 執行機関という組織の内部にいて、それは良く分かった。 長年積み重なっていった差別意識は、途絶えることはないのだと理解した。 凝り固まってしまったそれを解すことは、不可能なのだ。


 ならば。


 ならばせめて、法者様に対する攻撃だけは、止めてみせよう。 私の全身全霊を込め、それだけは止めなくてはならない。 そして全てが終わったら話すのだ、私がしたことと、アリアナ中佐がしたことを。 受けるべき罰は受け、万が一それが私とアリアナ中佐の命を使うことになったとしても、だ。


「……輸送艦全機に告ぐ。 矢斬戌亥の現在地を特定せよ。 特定次第、ミラージュ全機を仕掛ける」


 最早、私に残された選択はそれしかない。 この地区内に居るのはたった一人の異法使いで、それだけなのだ。 その一人のために地区を焼き払うことなど、絶対に許してはならない。


 しかし、私にアリアナ中佐のその行動を止める力はない。 私の法では、アリアナ中佐のそれには絶対に敵わない。


「絶対、か。 思えば、それが実現することはなかったな」


 空を見上げて、私は一人呟く。 絶対に世界を変える。 絶対に正しき道を進む。 絶対に人のためになることをする。 そんな決意たちは、現実の前にあっさりと砕かれていった。 良く分かったよ、私は。


 この世界、法使いと異法使い、そして魔術使いが暮らし、繁栄していったこの世界は……腐っている。 腐り果て、そして今尚腐り続けている。 最初から、これは決まっていたことなのだろうか。 誰かがもう少し早く気付き、行動を起こしていれば……今ある現状も、変わっていたのではないだろうか。


 私は一体、どこで道を間違えたのだろう。 だが、間違えてしまったものは変えられない。 もう、後戻りはできやしない。 ならば、私が進む道はひとつしかない。


 この作戦を成功させ、そして然るべき罰を受けること。 それが私に残された、最後の正しさだ。




「アリアナ中佐、先ほどのお言葉ですが」


「んん? あぁ、あれか。 無論、ライン少佐が失敗をすれば即座に撃て。 異法使いの地区など、焦土となっても一向に構わん」


「しかし、それではライン少佐は……」


「貴様は馬鹿かぁ? あんな男など、いくらでも変わりは効くのだよ。 くだらない思想のくだらない人間、一人消えたところで誰も悲しまんさ。 分かったらとっとと主砲を展開しておけ。 タイムリミットは一時間、それまでにライン少佐から目標殺害の報告がなければ、即座に放て。 良いな」


「はっ!」


 この世は馬鹿が多くて困る。 私のような有能な人材は少なく、ラインのような無能が沢山存在している。 あの法者ですらそうだ。 異法使いに地区を与えるなど、ただの無能で馬鹿げた思想だ。 異法使いに人権などあって堪るか。 あいつらは家畜以下のゴミクズどもで、その命の全所有権は法使いにある。 たかが、偶然にすぎないレベルで力を持つ者が現れてはいるようだが……そんなもの、所詮は異法使い。 法使いに勝てる理由など存在しない。


 この作戦が成功すれば、執行機関の人間などいくらでも言い包めることはできる。 しかし、それには結果が必ず必要となる。 だからこそ、今回の作戦に失敗は許されない。 その理解をもう少し早く、ラインには叩き込んでおくべきだったか。


「アリアナ中佐、通信が入っております」


「ああん? ライン少佐か?」


「いえ、どうやら執行機関本部からのようで……ゼウス、と名乗っておりますが」


 ゼウス、だと。 まさか……この場面での通信は。


「貸せッ!!」


 私は部下の持ってきた通信機を奪い、耳に装着する。 すると、低く、冷たい声が聞こえた。


『アリアナさん、首尾はどうなっていますか? 滞りはないでしょうか?』


「は、はいッ! も、勿論でございます。 ゼウス様の仰った通り、現在X地区内には異法使いとしてではなく、法使いとしての矢斬戌亥のみとなっておりまして……問題なく、作戦は進行しております」


『それなら構いませんが。 しかしまぁ、これは本当にただの戯言で、聞き流して頂いて良いんですけどね。 万が一、この作戦が失敗すれば、情報を提供した私の立場というのもありますしね。 その場合、アリアナさんやラインさんには申し訳ないんですけど』


 ……十二法。 そう呼ばれる、執行機関の内部でも上層部の人間しか存在を知らない人物たち。 法者にもっとも近い存在で、そして現在の世界を作り上げていった人物たち。 一人一人が持つ法は強大かつ絶対、天変地異さえ起こすことができると言われた、十二人の法使いだ。


 その一人、ゼウスと呼ばれる男が私に情報を提供した。 この男も所詮は利権が欲しい犬、私の有能さを見抜いてのことだが……今現在、逆らうことはできない。 そのためには一度、出された餌には食いつく必要があったのだ。 それを食って力を付けてしまえば、この男ですら用済みにもなる。


「……と、言いますと?」


『分かりませんか? 私は情報を提供して、アリアナさんはそれを受け取った。 口外は禁じていましたが、万が一のための口封じは必要となってくるんですよ。 お二人とも、美人な奥様と可愛い子供たちがいるようで。 私としてもあまりそういう方たちの死に様は見たくないもので』


「な」


 どうしてだ。 どうしてだどうしてだどうしてだ!? ラインはともかく、私は万が一のことを考え、家族の存在など機関に知らせてはいないだろ!? それどころか、会っているのも一年に一度ほどで……私が住んでいる地区とは遠く離れた地区で生活をさせているというのに。 一体、何を。 私の家族の所在など、掴めるはずがない。 当然、データに残るようなことだって一切……。


「……重々承知しております、ゼウス様。 この状況での失敗はあり得ません」


『そうですか。 それなら良いんですが。 では、また時間を置いて連絡させて頂きますね。 次は、良い結果が聞けることを願っていますよ、アリアナさん』


 そうして、通信は切れた。 まずい、マズイマズイマズイマズイッ!! ふざけるな、ふざけるなよクソ野郎がッ!! こんな脅しみたいな真似を、良くも私相手に……ッ!!


「くそがっ!! クソ、クソクソクソ!」


 私は持っていた通信機を横で待機していた部下に投げ付ける。 ゼウスの野郎め……私を騙すような真似を良くも。 今、あいつは確か機関の本部にいるはずだよな。 ならば……最悪、このグレンダで主砲を打ち込むか? 本部に。


 ……いや、待て待て待て落ち着け。 そんなことをしても、あの十二法ならば防ぐ可能性は十二分にある。 そんな一か八かの賭けよりも、着実かつ堅実な方法はあるではないか。 落ち着け落ち着け落ち着け、私を誰だと思っているか。 こんなときこそ、冷静に考えろ。


「おいお前、今すぐG地区に通信を飛ばせ。 私が指示する回線を使い、繋がったらこう伝えろ。 K地区まで移動し、アースガルドへ避難しろと伝えろ」


「はっ」


 K地区まで行けば、最悪失敗しても助かる可能性はある。 あの地区には過去に作られた巨大な地下シェルターがあり、そしてそこには時間が経ち、栄えていった街が存在する。 妻はそれを理解しているはずで、私からの通信となれば察することもできよう。 しかしできればあそこには行かせたくはなかったが……状況が状況だ。 仕方あるまい。


「アリアナ中佐、ライン少佐のご家族はどうされますか?」


「あ? 知るかそんなの。 ほっとけ。 あいつの家族がくたばろうと、どうだって良いことだ」


「……はっ」


 いつか覚えとけよ……ゼウスのクソ野郎め。 私は必ずこの作戦を成功させ、そしていつか十二法まで上り詰めてやる。 そのときに席から引きずり降ろすのは貴様だ、ゼウス。


 そのためには、まず矢斬戌亥を確実に葬らなければならない。 待つことは、できなくなった。


「総員に告ぐ。 主砲の展開が完了次第、発射しろ。 良いか、準備が終わり次第すぐにだッ!!」


 展開までにかかる時間はおよそ十五分。 私の名誉を守るためにラインは犠牲となるが、まぁ良いだろう。 私の名誉とラインの命、比べるのもくだらないほどに吊り合ってはいない。


 権力の前では、人の命などゴミのようなものなのだ。

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