第十一話
「ちょっとマズイね」
「……何がダ」
俺とコクリコはミラージュを破壊しながら回っている。 これ自体は順調で、滞りなく進んでいると言って良いだろう。 このX地区には元々住んでいる人が少ないから、異法使いの被害も少ない。 とは言っても、ある程度の被害は出ているけどね。 別にそれを許しているわけじゃないし、憤りだって感じるさ。 でも、慣れちゃったんだ、こういうことには。
何度か、あったこと。 だから異法使いの暮らす地区は未だに栄えず、見渡す限りの廃墟がそれを表している。 治安も悪いし、とても法使いが暮らす地区とは別の世界だ。 けど、俺は思うよ。 あいつらと同じ世界を見なくて済んで良かったと。 異法使いになれて、良かったとね。
「いろいろと」
コクリコの問い掛けに、俺はそう返す。 今の状況はぶっちゃけマズイ。 てか、詰んでるかも。
やるべきことはやっている。 当初の作戦通り、事は進んでいると言っても良い。 だけど、少々辿るべき道筋が阻まれた。 まさかとは思ったし、可能性のひとつとして考えていた。 でも、ここまでだったとは思ってもいなかったんだ。
想像を超えられた。 予想を超えられた。 そう言ってしまうのが、手っ取り早い。
「隊長機を壊しても、恐らくこのバリアは解けない」
「なニ?」
コクリコはまた一機、異法によってミラージュを破壊する。 そう、対物理のミラージュのみを破壊しているんだ。 対異法のミラージュはわざと残し、着実にその数を対異法のみだけにしている。
それが、俺の出した作戦だった。 隊長機の周囲には当然、護衛のミラージュが複数いると考えて良い。 今は刈谷島との戦闘を行っているようだけど、それも多分中に乗っていた法使いが対処しているのだろう。 隊長機は離れた場所で、ミラージュの護衛を受けているはずだ。
そこに突っ込んで破壊しても良いんだけど、そうなるとこっちもそれ相応の痛手を負うことになってしまう。 俺もタダでは済まないだろうし、あまりそういう一か八かの賭けはしたくない性分だしね。 それもあって、考えついたのがこの作戦。
対異法のミラージュのみなら、コクリコの鎌、それと俺の拳銃でも破壊はできる。 テンポとしてはコクリコの方が断然良いが、微力ながら俺も俺で可動部分を狙って撃てば、動きを鈍らせることは可能なんだ。 それをうまいこと使って、まずは対物理のミラージュを異法で破壊し、偏りを作る。 そして隊長機の元まで俺たち三人で突破するというのが、作戦だった。 けど、その作戦が根底から覆された。
隊長機を破壊しても、バリアは破れない。 バリアを破れなければ、当然分が悪いのはこっちだ。 生身の人間三人では、体力の底だってあるから。 対してあっちは機械、それも自立型の兵器。 燃料が尽きない限り、動きを止めることはない。 その燃料だって、魔術が絡んでいるはずだから、並大抵のことでは切れないだろう。
何機もミラージュを見て、ようやく気付けたことだった。 俺の法使いとしての力がもう少し強ければ、俺の回路がもう少し強ければ、もっと早くに気付くことができたのに。 ごく僅かに、ミラージュの一機一機から電波が飛ばされている。 それも管制としてのものではなく、また別の何かなんだ。
その何かこそ、バリアを作り出していると言っても良い。 地区内に存在する三十五機のミラージュ、それら一機一機が電波を飛ばし、バリアを形成している。 となると、あの隊長機の役割は本当にミラージュの配置、制御だけということになるのかな。 バリアを作り出すことには、関与していないと言っても良い。
「全部を壊す必要がある。 でも、壊したその場から補充される所為でその手がない。 詰んだかなぁ、これ」
「刈谷島ヲ回収しニ行くゾ」
コクリコは足を止め、俺の方へと向き直る。 正直それもどうかと思うが、そうするのが一番無難かな。 一旦集まり、作戦を練り直す。 とは言っても、いくら刈谷島がいたとしても全部のミラージュを破壊するのは少々成功率が低すぎるね。 敵機の総数は不明、あの輸送艦の大きさから考えると、輸送艦一機辺り三千ほどだろうか。 それが全部で三機。 占めて九千のミラージュを破壊しなければならない。 新しく投入されたミラージュが電波を発信するのにかかる時間は約一分、バリア内のミラージュを破壊し尽くすのはちょっと無理かな。
「待ってよコクリコ。 もう少し様子を見たい。 あいつらの動き、もうちょっと見ないと満足な作戦も立てられない」
「黙レ。 今ノ貴様ハ私よりモ弱イ。 行かぬト言うのなラ殺ス」
「……怖い怖い。 あはは、分かったよ。 俺のミスだ、従おう」
少し、忠誠心が強すぎるね、この子は。 柔軟な対応というのが時に必要なのを分かっていない。 まぁでも、俺が恨まれるのも無理はないか。 俺が居なければ、コクリコはこうして異法を使うことはなかったんだからさ。
でも、そうか。 コクリコが刈谷島に対して忠誠を誓っているのもまた、俺の所為か。 だとしたら、今回のこれも責任があるとしたら、俺になるのかもしれない。
時には仲間だって見殺しにする必要は絶対にある。 ゲームメイクをする上で、捨て駒は必ず出てくるんだ。 けど、それを許さない奴だっている。 それがまた面白く、俺はとっても楽しいよ。 予想外は、大歓迎さ。
「居た。 やっぱり戦闘中かな」
丁度、刈谷島と法使いが睨み合っている最中だ。 何やら会話をし、そしてお互いに向かい合っている。 あの法使い……へえ、単純な回路だけど面白い法だ。 特殊な法は沢山見てきたけど、ここまでひとつの法をずば抜けて高めているのも中々にいない。 だからこそ、どんな物に対してもあれは使える。 使いようによっては便利な力だね。
「刈谷島さんは一度攻撃を受ける。 コクリコ、そのときに合図を送ってくれ」
「了解」
冷たい声で返事をし、コクリコは瓦礫の隙間からそこを見つめる。 黙っていれば可愛いのに、怖い性格だからなぁ。 俺の周り、そういう子がちょっと多すぎるよ。 ロクもそうだし、ルイザだってそうだし。 結構怖い性格だからね、二人とも。
……そーいえば、ロクの奴、俺が言いつけたことを破ろうとしてたっけ。 怒るなって言ったのにね。
さすがにこの距離、更にバリア越しでもそれが分かるほどに、アレはヤバイ。 ひょっとしたら俺ですら、殺されてしまうほどの異法だ。 一体何があったのか気になるところだけど、今やるべきことはこっちか。 バリアを破り、ロクの異法を解いてもらう。 既にミラージュの情報はほぼ集め終わったし、情報収集はもう良いだろう。 最大の問題はこのバリアだけ。
「異法執行ス」
大きな爆発音と共に、刈谷島の体が吹き飛ばされた。 刻歯剣もろとも吹き飛ばすとは、やっぱりあの法の出力はかなり高い。 俺の持っている異法でも、対処できるのは限られそうだ。 あーあ、良いな、ちょっとやってみたいよ。
そしてその瞬間、コクリコは刈谷島の近くに向けて質量の塊を飛ばす。 見えないそれは、刈谷島が廃墟に衝突するその寸前、刈谷島の近くへと命中した。 たったそれだけで刈谷島が理解できるのかどうかは知らぬところだが、コクリコとの信頼度を考えて、そしてコクリコのやり方を見て、それを信じるしかなさそうだね。
「完了。 離れるゾ」
「あれ、もう良いの? ま良いなら良いんだけどさーあ」
「充分ダ」
俺はそのまま、コクリコの体へと捕まる。 コクリコはそれを確認し、すぐさまその場から離れていく。 数分、だろうか。 コクリコの速度は中々のもので、気付けばかなりの距離を走っていた。
あれ。
「ストップ、コクリコ。 俺たち、何してるんだ?」
「……不明ダ。 何故、走っていタ?」
なんだ、この違和感。 俺たちは一体、何を目的としていたんだっけ? 罠に嵌められて、ミラージュを破壊して、しかし隊長機だけの破壊では済まなくて。 それで、うーん……変だね、これ。
「俺たち二人だけで、どうやってこのバリアを突破するつもりだったんだろう?」
「無謀ダ。 私ト貴様でハ突破するのハ不可能かト思われるガ」
「んー、だよね。 これ、決定的に何かが足りない。 俺たち、何してたんだ」
ミラージュを破壊する作戦は、一度失敗している。 あの機体を全て破壊しなければ、バリアは解けないから。 だとして、その方法を考えるために、俺とコクリコは何かをしようとしていた。 その何かが、なんなのか分からない。 さっきまで、明確な目的を持って行動していたはず。 しかし、それが突然になくなった。 消えた?
「法かな。 でも、法にしては妙だ」
「……分からヌ」
記憶を奪われた。 記憶を書き換えられた? いずれにせよ、それは法ではない。 それにそこまでの法、あの法使いが扱えるとは思えない。 だったら、他に法使いが居た? 干渉したのは概念か? 可能性として考えられるのは、あの浮遊戦艦の中に居るだろうアリアナという男だろうか?
しかし、そんな俺とコクリコの疑問もすぐに解ける。 目の前で、声が聞こえたんだ。
「異法取り消し。 いつ使っても、気味が悪いものだな」
……ああ、そうだ。 なるほど、そういうこと。 たった今、全てを思い出した。 刈谷島の、異法だ。
「唯一の欠点だね、その異法の」
コクリコも俺同様、刈谷島が異法を解除したその瞬間に思い出したようだ。 やっぱり、この異法は素晴らしい。
刈谷島の異法は、存在を捻じ曲げる。 自分自身という存在を消してしまうんだ。 それは姿形だけではなく、人々から認識されるということを消し去ってしまう。 刈谷島が一度異法を執行すれば、全ての人間は刈谷島を認識できなくなる。 同時に、記憶からも消え去る。
それが、刈谷島の扱えるたったひとつの異法。 解除した瞬間に思い出され、存在は再認識される。 しかしそれまでは、刈谷島が異法を執行した瞬間に触れていた人間しか認識できない。 同時に触れていた人間も存在を消してしまうから。
「殺し屋としては魅力的な異法だけどね。 そっちの仕事をする上では、便利だったろ?」
「まぁな」
刈谷島は言いながら、俺の横を通り過ぎ、そしてコクリコの元まで行く。 事態の詳細は知らせていないから、これから説明といこうか。
「大きな問題がひとつ発生した。 ミラージュを全て破壊しなければいけない」
「そうか」
俺が言うも、刈谷島は大した驚きは見せなかった。 それを不審に思い、俺は振り返る。 そして、視た。
「……おい、刈谷島。 どういうつもりだ」
「どうも何も、見た通りだ」
刈谷島は、コクリコに触れている。 そして、体内の回路が活性化している。 それは、つまり。
「待て、それをすればお前らだって」
「生憎、敵の狙いはお前のみだ。 お前が死ねば、バリアも自ずと解けるだろうさ。 悪く思うなよ、矢斬戌亥。 これが、最善の策だ」
「……」
俺はそれを聞き、銃を構える。 迷うことはなかった。 ここで殺しても、殺さなくても、俺はどの道このままでは死ぬ。 なら、いっそのこと殺してしまおうという考えに至るまで、一秒も要さなかった。 だから俺は引き金を引く。 鈍く、低い音と共に銃弾は刈谷島に向け、放たれた。
「……貴様はそうだから、裏切られるのだよ」
しかし、それは当たらない。 刈谷島の目前で、見えない壁に阻まれた。 圧倒的な質量を持った壁に、防がれた。
「コクリコ、てめぇ」
「因果応報ダ。 矢斬戌亥」
冷たい声は、俺の元へとしっかり届く。 それを聞き、俺は迷うことなく拳銃を撃ち続ける。 しかしどの部位目掛けて撃っても、無駄だと言わんばかりにそれらは全て、防がれた。
「さらばだ、矢斬。 異法――――――――執行」
そうして、俺の前から何かは消えた。 消えた瞬間、俺は思う。
「……俺は、何をしていたんだっけかなぁ」
銃を構えて、何かに撃っていた気がする。 しかし、撃っていた何かは存在しない。 幻覚か、そういう類の法? 魔術? それとも異法か?
いいや、ともあれこの状況は芳しくない。 俺が一人でこの地区に閉じ込められた時点で、状況は最悪なんだ。 外部からみんながどうにかしてくれることを願うしかないかな。
「あーあ……つっまんないなぁ」
俺は一体、何を間違えた? 全部が全部、計算した上で起こした行動のはずだった。 けれど、明らかにミスだ、これは。 俺がそんなミスをするか? 可能性としてはこれもまた、考えていたことだったのに。 なのに、なんの対策も案もないまま、こんな状況に追い込まれている。
うーん……まぁ、考えても仕方ない。 きっとどこかで、俺は間違えたのだろうから。




