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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第五話

 私の名は(なぎ)。 凪、正楠(せいな)


 正しき心を持ち、正しく耐え、正しき道を進め。 それが代々続く凪家、その次期当主となる私に付けられた名前の意味だった。 前の文字は見た通りで、後ろの文字はクスノキ、その特徴からの言葉だ。


 この世界には力を持った人間は三種類いる。 法を扱う者、法使い。 魔術を扱う者、魔術使い。 そして異法を扱う者、異法使い。


 原則的に、八にして法を学ぶという言葉の通り、その三種類の人間がそれぞれの道を進むのは八歳だ。 八歳になると同時に、この街の中心部にある法執行機関によって、検査がされる。


 検査に使う道具の名は『審判の矢』といって、その者が法使いならば矢は飛ばずに地面へと落ちる。 魔術使いならば矢は寸前で灰となる。 異法使いならば矢は逸れる。 検査対象は国民全員で、その日で人生のほとんどが決まると言っていい。


 だが、秀でてしまった者はその時期が早い。 こういうのもあれだが、私の場合は六歳のときに検査を済ませた。 能力の開花がその時期で、その分他の者よりも優れているということだ。


「今日も憂鬱だなぁ」


 逆に、私の正面で甘そうなカフェラテを飲みながらそんなセリフを吐く奴は無才だった。 能力が開花したのは十三歳で、それは悪い意味での前代未聞。 私が良い意味での前代未聞とはよく言われるが、悪い意味での前代未聞というのもこいつに会って初めて知った。


「年がら年中言ってそうだな、そのセリフ」


 だけど、不思議と仲は良い。 私からしたら同じ法使いである以上、偏見の目で見たりはしないものの、この矢斬という男から見たら私はどういう風に見えているか、というのは気になるが。


 ……居心地良いとは言えないだろうな。 暇があれば常に一緒に居るせいで、影では凹凸コンビだなんてことを言われるし。


「よく分かったな、実際毎日の決めゼリフなんだよ。 それはそうとよー、凪くん。 今月ピンチでさーあ? ちょっと金貸してくんない?」


「下賤な絡み方をするな。 まぁ貸せないこともないけどな……五円くらいなら」


「俺の価値ってそんなもんか!? あはは、冗談冗談。 つーか最近どうなの? 機関の方は」


 冗談が冗談に聞こえない。 支援金として支払われる金も結局は実力次第だし、学校に行きつつ金を貰えるというのはありがたいシステムではあるが……こいつの場合、本当に雀の涙だろうしな。


「ぼちぼちだな。 連中もわりと活発になってきて、最近じゃ寝不足だ」


 矢斬が言った機関というのは、法執行機関のこと。 私はそこで勉強をさせてもらっている身だ。 凪家の者ということで待遇は良いものだが、自分の力で勝ち取ったものじゃないそれは不愉快でもある。


 努力は必ず報われるべきで、笑われるものではない。 こと矢斬に関しては努力をしない無努力家だから、情けはいらないけども。


「狐女に、天狗に、刀手ねえ。 強そうな名前だなぁ」


「事実強い。 聞いた話だが、それらをまとめている奴は規格外の強さらしい」


「……えっとなんだっけ、ボスの名前。 前にちらっと言ってなかった?」


「ポチ。 あいつらの一人は、そう言っていたらしい。 姿も性別も、声も顔も、年齢すら不明だ」


「あっはっは。 ペットみたいな名前だ。 もしかしてその辺の犬なんじゃないの、そいつ」


「だと良いんだけどな」


 本当にそうなら、どれほど良いことか。 犬だったなら嬉しかったよ私は。 実際は化け物、他の異端者ですら一線を画す強さだというのに、それを束ねているポチと呼ばれる奴は正真正銘の化け物だ。 遭遇して生きて帰ってきた奴は一人もいない。 最早、機関内部でも都市伝説にもなり始めている存在。 あの化け物は、ひょっとしたら……法者様よりも。


 いいや、よそう。 そんな考え、法使いならばするべきではない。


「……天狗であれ、狐であれ、犬であれ、殺すだけだ。 異法使いならば誰も責めやしない」


「俺は責めるぜ、凪くんよ。 俺らにも、あいつらにも、人権だってあるし生きている意味だってある。 なんで仲良くやれねーのか、不思議で仕方ないんだよ。 おんなじ人間じゃん、俺らも彼らも」


「理由を挙げるならば、奴らの力が法に背いているからだ。 あり得ない現象を起こす、現象そのものを捻じ曲げる、神にでもなったつもりか? と、私は問うだろうな。 嫌いなわけではないが、事実として異端者という犯罪組織も生まれているんだよ。 奴らには根本的に犯罪性がある、だからこそ審判の矢によって振り分けられているのだ」


「面白い例えだねぇ。 んじゃ逆に聞くけど、そういう奴らを裁いて、殺して、排除して。 法使いだけが生きる世界って面白いと思うか? なんの波風も起きない平和で平凡な暮らしがさ、面白いか? そもそもだ、その異端者が生まれた切っ掛けは……なんだと思う?」


「それは……。 お前はたまに真意が読めなくなるな。 矢斬、妙な真似をするなよ」


 警告する意味で私は言う。 人類を同じ目線でしか語らないこいつに嫌気が差していたのかもしれない。 私はやはり、こいつの持つ正しさは嫌いじゃない。 だが、底知れぬ何かがあるのだ、この男には。


「俺は嫌だなぁ。 もしも俺が異法使いだったら、彼らと同じことをしてたと思うし。 いやぁ悔やまれる、どーして俺には強い法がないんだか」


「そのわりには悔しそうに見えないぞ、矢斬」


「そうかな? 気のせいじゃない?」


 この矢斬という男は、世界を世界としてでしか見ていない。 否、世界を世界だと見れている。 普通ならば目の前にある光景を世界としてでしか認識できやしないのに、世界の全てを理解している。 だからこそ、こいつは自分自身のことでさえピース、或いは駒のひとつとしか考えていないのだろう。 そういう配役なら仕方ない、そう考えていそうなのだ。 この男は理解している。 理解、しすぎている。 達観していると言ってもいいほどに。


「だと良いんだが。 さてそろそろ行くぞ、このままでは遅刻してしまう」


 言い、私は席を立つ。 毎朝の恒例である朝食会……と名付けられた矢斬の暇潰しに付き合う時間は終わった。


「真面目だねぇ、凪は。 ご馳走様でした」


 手を合わせて言うと、矢斬はそそくさとカフェから出て行く。 詰まった空気ばかりを吸うのも体には良くないし、合理的かつ当たり前の行動だ。 しかし。


「……私がいつ奢ると言ったんだ。 くそ、あの馬鹿め」




 それが、数日前の出来事。 そんなくだらないやり取りが、今となっては懐かしくも感じる。


「凪、状況が変わった。 今この場に居る生徒を集めてお前は下へ行ってくれ。 さっき逃げて行った人たちもまとめてくれると助かる」


 突如として現れた異法使い。 あまりにも前触れがなかったそれは、私の思考を一瞬でも止めた。 が、すぐに聞こえたそんな声が私の頭に冷静さを取り戻させる。


 非才で不才で無才なこいつが、唯一その力を発揮するとき。 いや、これは恐らくそうせざるを得ない状況だからだ。 変な言い方をすれば、普段は本気を出していないという風になってしまう。 矢斬という男がその能力……法ではなく、個としての能力を使うのは非常事態のときしかない。


 あのときもそうだったように。 彼の力は空間把握能力の高さだ。 同時に、敵の力とこっち側の力を判断し、合理的な答えを導き出せる。 捻くれた彼だからこそ、そういう面では非常に頼りになる奴なのだ。 ただでさえ人一倍のそれに加え、矢斬には『眼』がある。 視界の強化、と言っても良いそれは、見たものを分析できる。 正確な距離から構成物質まで、ありとあらゆるものを分析してしまう。


 だが……驚いたな。 まさか、天狗を一目見ただけでそれができるとは。 さすがにそこまで能力が優れていたとは、思いもしなかった。


「……必ず戻ってくる。 死ぬなよ、矢斬!」


「死なない死なない。 俺にはやることがあるんだからさ」


 そうだな。 それはそうだ。 お前にも、私にも、やるべきことがある。 今ではなく、この先に。 果てぬ夢を果たそうと躍起になって、もがいていく。 そういう道を選んでいるんだ、私とお前は。


 ……この先もきっと、同じ道を歩けるように願って。




「貴様は、異法使いか」


 階段を駆け下り、廊下に飛び出る。 そこには煙が立ち込めており、見えたのは一人の姿だ。


「そういうお前は法使いか。 長髪、十字のネックレス、左耳のピアス……凪正楠だな」


 私を知っている……? なんだ、この違和感は。 先ほどの天狗もそうだが……私の情報など、到底漏れて面白いものではない。 それは私としても、知る側としてもだ。 この学園に通じる者ならば知っていてもおかしくはないが……襲撃するにあたって、事前に精査していたということか? たかだか一高校のために、そこまでしたのか?


「私のことを知っているようだな。 ならば話が早い、そこを退け」


「生憎だが、ポチの命令以外は基本的に聞く耳持たぬようにしているのでな。 それに俺は喋るのは好きではない。 通りたければ殺しに来い。 だが、死ぬ覚悟はしてくることだ。 法使いなら殺しても心は痛まないのでね」


「気が合うことでなによりだ。 私も話すのはあまり好きではないし、異法使いを殺したところで心は痛まない。 そして貴様もそうだというのなら、そうさせてもらおう――――――――法執行」


 法は原則的にひとつに対して使うのが常だ。 武器の強化、身体の強化、自然現象の強化、それらは同時には行うのは困難を極める。 だが、私の法は一味違うぞ、賊め。


「凪正楠、法を執り行う」


 持っていた刀の柄をコンクリートでできた壁へと刺す。 衝撃で割れ、そのうちのひとつのコンクリート片を手に取る。 丁度、石ころほどの大きさだ。 そして、まずは肉体の強化、石を持った手に力を込め、それを砕く。


「砂は流れる。 風に乗ってな」


「……」


 侮るなよ、異法使い。 一度に一つ、そんな常識が私に通じると思うな。 私は、一度に七つの法を執行する。


 砂を男に向け、投げ付ける。 距離は約二十メートル、通常ならば到底届かない位置にそれを届かせる。 そして、同時に威力の強化、粒の硬化、重量の増加。


「ッ!!」


 放つそれは、散弾銃と言っても良い。 漏れた粒の一つは壁に穴を空け、床に落ちた粒もまた穴を空ける。 それほどの威力で砂を男に向かって投げた。


 爆発音にも似た音と、広範囲に対する攻撃。 開けた場所なら避けることも出来ようが、この狭い廊下ではそれも叶わない。 懺悔して死ね、異法使い。


「……くだらんな」


 だが、男はそこから動くことをしない。 ただ、その飛んでくる弾丸を見るだけだ。


 ……防御も回避もしない? 動けない、のか?


 私は一瞬不審に思うも、その結果はすぐに目に映った。 男は無数の砂に、体を貫かれたのだ。


「そんなものか」


 私は言い、一歩進む。 しかし、そこで違和感に気付き足を止める。


「……なんだ、それは」


 男はそこに立っている。 体に無数の小さな穴が空いたにも関わらず、変わらずそこへ立っている。 それどころか。


「再生しているだと……?」


 空いた箇所はすぐさま塞ぎ、そして数秒にも満たない内に男の体は元へと戻った。 まさか、これがこいつの異法か? 体が傷を負うという現象を……逆転させたのか? だが、それにしては早すぎる。 それに異常な回復力だ。 ここまでの回復力、体が致命的なダメージを負ってもなお、即時に修復させるほどの力など、見たことがない。 私ですら、自然治癒を強化したとしても、これほど瞬時には。


「期待外れも良いところだぞ、法使い。 悪いが時間切れだ」


「ふざけるな、何を――――――――」


 視界が回った。 床が上に、そして天井が下に。 なん、だ?


「……貴様は用済みだ。 雑魚には興味がない。 せめて楽に殺してやろう」


 次いで、首に鈍痛が走る。 移動? 消えた? 私が瞬きした一瞬で、私の背後に移動し、そして峰打ちをした?


 目で追えなかった、気配を感じ取れなかった。 まさか、負けたのか、殺されるのか、この私が。


「……ふざけるな、舐めるなよ異法使いッ!! 法執行、貴様はここで死ねッ!!」


 こいつは明らかに危険すぎる。 私の直感がそう告げている。 少なくとも、生かしておくには危ない奴だ。 他の異法使いとは比べ物にならないほどの何かを感じ、私は咄嗟に法を使う。 長らく使っていない、私の法を。


「ん」


 視界の隅で、男の体の一部が崩れ落ちる。 まずは指、そして腕、肩、足、胴体、首、頭。


「はぁ……はぁ……」


 倒れる寸前で、私は足を踏み出して堪えた。 男は既に、灰となっている。 時間の法、それが私の持つオリジナルの法だ。 私が認識した空間の一部の時間を強制的に進ませる。 さすがに、ここまでの法となると体力の消費が尋常ではないが……なんとか、殺れた。


「将来有望。 ポチが言っていた言葉の意味がようやく俺にも分かった。 精々強くなれ、法使いよ。 そして必死に俺を楽しませろ」


「な……に」


 おいおい、本気か。 崩れた体の全てがもう、元に戻っているだと。


 傷を逆転させる異法ではない。 こいつの異法は、そんなものではない。 ならば、一体。


 腹に、拳がめり込んだ。 肺の中にある空気が押し出され、気持ち悪さと痛みと共に、私の体は崩れ落ちる。


「ヒントをやろう。 今日も人はどこかで死ぬ。 理由も原因も分からずにな、精々もがけ、法使い」


「……何、を」


 そこで、私の意識は途切れた。

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