表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
二章 変革
43/126

第三話

「アリアナ中佐、包囲完了です」


『うむ、ご苦労。 しかし飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのことだなぁ、ライン少佐』


「油断はなりません。 敵はあの一学事件の首謀者です」


『……くく、ははは! 油断? 何を馬鹿なことを言うのだ、ライン少佐。 これは戦いなんかではない、ただのテストだ。 我ら執行機関本部が作り上げた、対異法使い用の殺戮兵器のな。 初の実戦投入には相応しい場だろう? ゴミを殺しても誰も悲しまんよ』


「殺戮兵器、ですか」


 満足したのか、そこで通信は途切れた。 無能な上司を持つと苦労するということは知っている。 私の人生、そんなことの繰り返しだった。 私、ライン・シュータルの人生はろくでもないものだ。 人生を振り返ってみても、後悔の連続でしかない。 過去にとらわれ、先へ進めない。 振り払うことが一番の手だとは思うものの、それができる強さがこの私にはない。 力もなく、勇気すらない。 その所為で、今もこうして逆らうことができず、従うことしかできない。 言われた通りに動き、言われた通りに法を使う。 最早これは、人間である必要があるのだろうかと、思い悩む。


 法使いとして執行機関に所属したのは、今からもう十年も前のこと。 長い長い時を経て、ようやく少佐に昇任した最初の仕事が今回のこれだ。 そして同時に、とてもじゃないがまともな仕事とは思えない内容だった。


 アリアナ・ルーラ中佐と共同での任務。 異端者と呼ばれる異法使いの集団、そのリーダーの殲滅作戦だ。 この作戦が言い渡されたのは、つい先日のこと。 十二法の一人がアリアナ中佐に命を下したという。 十二法といえば、執行機関本部内で、法者様の次に高位の者達となる。 私はかつて、一度だけ十二法の内の一人の力を見たが、圧倒的なものだった。 私とアリアナ中佐が今現在戦っている異端者のボス、ポチと名乗る男よりも。 私が知り得る情報では、ポチという男ですら十二法に勝てはしないのだ。


「しかし……一体、どこからこんな情報が」


 今回の作戦を行う上で、その十二法の一人から情報を渡されていたという。 その正確さは見て分かる通りで、異端者のリーダー、ポチと呼ばれる男は情報通りに孤立している。 その他のメンバーはB地区へ向かっているとのことも当たっており、疑いようはない。 問題があるとするならば、情報にはなかった二人の異法使いだろうか。


 長髪、隻眼の男。 そして、巨大な鎌を持った女。 それら二人の異法使いの情報はなかった。 それもアリアナ中佐へと報告はしたのだが……たったひと言、殺せと言われただけだ。 だが、長髪に隻眼……そして鎌を持つ女。 嫌な予感が当たらなければ良いのだが。


「それにしても……ここまでする必要があったのか?」


 事前に通達もせず、完全にアリアナ中佐の編隊と私の編隊によるこの作戦。 当然の如く、X地区で暮らしている住民にも情報は伏せられていた。 急に決まったこの任務では無理もなかったが、避難誘導もされていない。 それどころか、アリアナ中佐は電磁バリアを起動し、住民ごと包囲した。


 極めつけは……AI制御で動いているミラージュに下された命令、それは人間を見つけ次第殺せとの命令。 多少の制御は私もできるが、全機をコントロールすることは到底不可能だ。


「すまない」


 私は歩き、倒れた人々を見る。 今ではもう、慣れてしまったこと。 異法使いに人権はない、同様に魔術使いにも。 それなのに、今でもこういった光景を見る度に何かが私の胸を締め付ける。 この機関は……法使いが取り仕切っている、法執行機関は……。


『……聞こえているのかぁ!? ミラージュの総数が一機減ったぞ、ライン少佐ぁ!? 貴様ぁ、私の顔に泥を塗る気かぁ!?』


「ッ! 申し訳ありません、至急補充致します!」


 駄目だ、今は目の前の作戦に集中しろ。 異端者という組織が生まれなければ、法使いがこうして戦いに巻き込まれることもなかったんだ。 私は、正しい。 私やアリアナ中佐がしていることは、正しくあるべきなのだ。 そう思い込ませる、そう思ってしまう、全てを正すために。 そんな私は、やはり弱者でしかない。


「ミラージュ隊長機から輸送艦ロメリアに命じる。 対異法兵装のミラージュを一機回せ」


『了解。 手配致します』


 この地区内に存在するミラージュの総数は三十五。 それぞれが特殊兵装を持つ機体だ。 その装甲は物理戦闘のためのもの、そして異法に対するものの二種類……厳密に言えば、対魔術の機体もあるが、今回の戦闘には投入されていない。 いずれ、ミラージュに種類があるということは敵にもばれることではあるが、問題ではない。 今回試されるミラージュの性能は、対物理、対異法、それらに対して絶対的な防御性能を誇ることができるかどうかなのだ。


「敵の数は三か。 しかし、情報を信じると異端者のリーダー、ポチは現在異法が使える状態ではないはずだ。 あまりにも、大掛かりすぎるな」


 地区を焦土と化してもおかしくないほどの戦力投入。 この内容が他の部隊の耳に届いたら、私の立場もアリアナ中佐の立場も悪くなる。 その場合は情報を渡してきた十二法の奴は責任も何もかも擦り付けるつもりだろう。 私たちが功績を上げればそれを横取りし、失態をすれば全責任を押し付けるつもりだ。 アリアナ中佐はどうやらそこまで考えが及んでいないようだが……くそ。


 この任務、早々に片付けないとマズイことになりそうだ。 監視が厳しい法地区ではなく、異法地区というのがまだ安心できるが、ここまで大掛かりな編隊ともなれば、気付かれるのも時間の問題でしかない。






「君がライン少佐かね。 私の名はアリアナ・ルーラだ。 よろしく」


「はっ! お初にお目にかかります、アリアナ中佐。 今回は召集頂き感謝致します」


 私がアリアナ中佐に呼ばれたのは、つい先日のことだった。 本部でとある事件を追っていた私だったが、突如としてアリアナ中佐に召集されたのだ。 連日起きていた怪奇事件とも言っていい「人体消失事件」を追っていたということもあってか、久し振りに別の案件が飛び込んできたと思い、私はすぐさまそれに応じた。 この人体消失事件自体、随分前に発生はしなくなったのだが……未だに原因は謎に包まれており、その真相解明に尽力をかけていたところもあり、名残惜しくはあったが。


「ふっ、元気だけは良さそうだなぁ、ライン少佐ぁ? 聞けばどうやら、細々とした事件を調査しているとのことだが」


 ニタニタと笑い、アリアナ中佐は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。 少しだけ嫌な感じを受けたが、それを顔に出すようなことはしない。 こういうタイプの人間は、山ほど見てきた。 どこに行っても、必ずこういう人間は居ると知ってから、大して気にはならなくなったものだ。


「力及ばず、未だに解決できておりません。 今回はアリアナ中佐のお手を煩わせてしまい、申し訳……がっ!」


 言葉の途中で、首に激痛が走った。 何をしたのか、アリアナ中佐は私のことを見下している。


 ただの手刀……だがこの威力、まさか法を使ったのか? この、執行機関本部内で? 原則として禁じられている区域で、戸惑うことなく?


 そんな常識で凝り固まっていた私の頭では、瞬時に何をされたのかが理解できない。 まさか、そんな掟破りを平然と行う人間が居たとは、思いもしなかったからだ。


「何を勘違いしているのだ、ライン少佐。 貴様にはもう少しまともな案件に取り組んでもらおうと思い、呼んだのだよ。 異端者……聞いたことはあるな?」


「……異端者、ですか」


 倒れた体を引き起こし、私はアリアナ中佐の言葉に耳を傾ける。 法執行機関には二種類の人間がいる。 私のように、常に下の立場にしかならない人間。 そして、そんな人間を従わせる、アリアナ中佐のような人間だ。 結局ここも、弱肉強食でしかない。


「図に乗った異法使いの集団だ。 我らに立て付く病原菌のようなもの。 構成人数は十名、そのリーダーは矢斬(やぎり)戌亥(いぬい)。 聞いたことはあるだろう?」


「矢斬……?」


 異端者と呼ばれる異法使いの組織があるという話は聞いていた。 しかし、その組織の対処自体、現在は別の部隊が取り組んでいることであって、私の元まで詳細な話は伝わってきていない。 そして、この目の前に居るアリアナ中佐も異端者についてはノータッチだったはず。 それがどうして、今更? いや、それ以前に。


 矢斬。 どこかで、聞いたことのある名だ。 その昔、どこかで……どこだ? 矢斬、矢斬……。


「くくく、こう言えば分かるかな? 矢斬荏菜(えな)


「矢斬、荏菜? まさか……!」


「そのまさかだよぉ、ライン少佐。 晴れ晴れしい君の最初の一歩、矢斬荏菜の誘拐任務。 覚えておいでかな?」


 ……そうだ。 今から十年前、私が最初に任された仕事だ。 当時六歳の子供を誘拐してこいという、人道から離れた仕事だった。


 事前情報として、対象人物の情報はある程度知らされていた。 両親は既に他界しており、身寄りもない子供。 ただ一人だけ、兄を除いて。 私があの日、矢斬荏菜を誘拐したあの日から、矢斬戌亥は独りとなったのだ。 矢斬荏菜……まさかここでその名を再び聞くことになるとは。


 そしてその兄こそが、矢斬戌亥。 異端者のリーダーということか。 回り回ってやって来た因果と言っても良い。 よもや、それが矢斬をこの間違えた道へ引きずり込んだ切っ掛けか……? いや、あり得ん。 あのあと、矢斬には機関から保護者が付いたはずだ。 矢斬が中学に上がるとき、本人の希望もあって外されたが……。 この場合、真っ先に事情を聞くべきはもっとも身近に居た矢斬荏菜だろう。 だが。


 だが、その件に関する重要参考人となる矢斬荏菜……彼女は既に、この世界にはいない。 機関に連れて行かれ、数日経ったあと、彼女は殺された。


「君も不運だな、ライン少佐。 可哀想に……兄妹もろとも君が手を掛けることになりそうだ」


「……と、言いますと?」


「今回の任務は極秘に行う。 私の率いる編隊と、ライン少佐の率いる編隊で行う任務だ」


「極秘? お待ちください、アリアナ中佐。 それは法者様にも、十二法の方たちにも内密にということですか?」


「もちろんだ。 許可を取っている暇もない」


「しかし、それは確実に盟約違反となります。 どのようなことも、我々と法者様を通せと、十二法の方々は……」


「君は一体どこまで間抜けだぁ? ライン少佐ぁ! 顔も見せぬ、得体も知れぬ、居るかも分からぬトップに誰が話を通すというのだッ!? 案ずることはない、今回の任は正式には通していないものの、十二法の一人から回って来た任務だ。 確実にこなせば、一つ飛びでの昇任も夢ではない。 私が十二法の一人となる日も、そう遠くは……」


 ……これが、あるのだ。 この法執行機関には。 内部での大きな問題、明らかな亀裂と言っても良い。 よくいえば一枚岩ではないと言えるかもしれない。 しかし、来るべき日が来たそのとき……果たして、まともに機能するのだろうか。 連携、連帯、そういった概念がまるで存在しない。


「……承知しました、アリアナ中佐。 是非、私に手を貸させてください」


「ようやく分かったか、ノロマめ。 決行は明日、貴様の部隊を連れてX地区まで来い。 悟られぬようにな」


「はっ」


 変えるしかない。 私の力では、到底それは叶わないが。 それも、今ならの話だ。 アリアナ中佐が言ったように、地位が上がれば与えられる影響力も増していく。 この法執行機関を変えるために、私は上を目指そう。 そのためならば多少、手が汚れるのも目を瞑ろう。 そんな中途半端な覚悟で、私は今回の任を引き受けたのだった。




「しかし、ここまでとは……」


 私に知らされていたのは、対象を殺害するというものだけだった。 矢斬荏菜の兄、矢斬戌亥を。 だが、それを遂行する上で多大な犠牲を生んでしまった。 X地区で暮らしていた人々を……殺してしまった。


 たとえここで私がアリアナ中佐に物を言おうと、一蹴されることは目に見えている。 普通ならば、異法使いのことなど考えもしないのが常識だ。 しかし……元を辿れば同じ人間だというのに、これほどまでのことをして良いのかどうか、それが私には分からない。


『ライン少佐、ターゲットが移動をしております。 どうやら、二手に分かれたようですが』


「二手に? 矢斬はどこへ行った?」


『少々お待ちを。 ……居ました、どうやら矢斬と女が外周を沿っているようです』


 ふむ。 何か、目的がある上での動きか? それとも、ただただ逃げ惑っているだけか? 倒されたミラージュは既に二体、対物と対異法がそれぞれ一機ずつ倒されている。 こちらは補給をすれば問題はないが……さすがに捨て駒のように使うこともできないな。


「まずは数を減らす。 正体不明の男の方から潰すぞ」


『了解です。 男は……!? ライン少佐! 男はそちらへ向かっております!!』


「……ああ、そのようだ」


 私の視界に、丁度入ってきたところだった。 長髪、そして隻眼の男。 危険人物リストにはない奴だ。 しかし、たった三人でミラージュを破壊した奴らの一人。 油断はできない。


「チッ、矢斬の言った通りってわけだな。 私を囮にするとは、あの男……」


 男は悪態を付きながら、背中から剣を取り出す。 剣……のような、鈍器だ。 先端から持ち手にかけて、チェーンソーのような形をした武器を持っている。


「お前が隊長機だな、鏡野郎。 手合わせ願おうか」


「……仕方ないか」


 言い、私はミラージュのコックピットを開く。 そして、そこから外へと出た。 光学兵器独特の匂いが辺りには広がっており、ところどころで噴煙が上がっている。 ここから大分離れたところでは、時折爆発が起きている。


 矢斬の方に大半のミラージュを割いている所為もあり、私の周りには殆どミラージュが存在しない。 あの機体で戦うよりも、生身で戦った方がやりやすいとの判断だ。 私自身は生身でもミラージュに狙われないが、目の前の男にミラージュが攻撃を加え、それに巻き込まれてしまえば意味はないからな。


「私は法執行機関本部、ライン・シュータルという者だ。 貴公の名を聞かせて頂いてもよいか」


「名乗るほどの者でもない。 が、素性くらいは明かしておこうか。 私はこのX地区にある学園の教師をしている」


「教師……学校があるのか、ここには」


「ああ、お前らの所為でしばらくは動かせないがな」


「……」


 その言葉を受け、私は一度深く目を瞑る。 覚悟はしていた、決意もしていた。 もう、立ち止まることも引き返すことも私には許されていない。 最早、進むしかない道だ。


「機関の人間として、矢斬戌亥を排除しに来た。 そこを退いてもらってもよいか」


「是非とも私も協力したいけどな、それは。 しかし、その相手が法使いとなれば別だ。 それに、基本的に私たちは自衛としてでしか戦わない」


「ならば」


「言っただろう。 私はこの地区にある学園の教師をやっているんだ。 そこに攻め入ってきたのはお前らだ。 もう、言葉を交わす必要もないだろうに。 私が守るべきはこの地区で、ここに住む人々だ。 踏み躙ったお前らと、話し合いをするつもりはない」


 ……そうだな。 この男の言う通りだ。 いくら矢斬が潜伏しているとはいえ、巻き込む形で攻撃を開始したのは私たちだ。 ならば。


「機関に対する命令無視、発言を汲み取って死罪とする。 改めて言おう、異法使いよ。 私は執行機関本部、ライン・シュータル少佐だ。 公務を妨害した罪、償ってもらう」


「機関だか少佐だか知らないが、この地区では好き勝手にはさせない。 教師の言うことには耳を傾けるものだぞ、法使い。 学校で教えられなかったのか?」


 矢斬の動きも気にはなるが、そちらに関してはアリアナ中佐が監視をしているはずだ。 一時的にミラージュの指揮系統も移してある。 妨害が入ることは、ない。


 相手にとって不足はなし。 法というものを扱う身として、退くことも負けることも許されない。


「――――――――法執行」


 弱者は弱者なりに、私は私なりに、自分自身の道を切り開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ