第一話
時が過ぎるのは早い。 一年と半年、その時間はあっという間に過ぎ去り、執行機関内部では『護送車襲撃事件』と言われているその日から、早くもそれだけの時間が過ぎ去った。 季節は冬から夏、そんな七月のとある日。 憂鬱な毎日は終わり、今ではそれなりには充実している毎日を送れているような気もする。 あくまでも気のせいで、気休めかもしれないけどね。
『では、次のニュースに移ります。 先日、法執行機関B地区支部に導入された新型の武装兵器「ミラージュ」の映像が初公開されました』
クリアな音声が部屋の中に響き渡り、それを聞いて俺は読んでいた本を畳む。 この一年半の間に、執行機関の連中は確実に力を付けてきている。 たった今放送されていたのは、法使いと魔術使いがその能力を使い、作り上げた兵器だ。 魔術使いが言うにはライムという名の魔術使い、及びその派閥が法使いに手を貸しているとのことで、今尚研究が続いているということは、魔術使い側も完全に派閥を掃除できていないってことだな。 それについては恐らく、魔術使い側も想定外ってところだろうか。
法使いと魔術使いの合作……魔法兵器と呼ばれるそれらは、日に日に種類を増している。 一般公開されたということは、既にテスト段階は終えているということ。 すぐにでも実戦投入できるレベルにまで調整を終えているということ。 余りある資金力、そして協力を得られる魔術使いを利用し、執行機関の成長力は計り知れない。
「ミラージュってどんなのだろ?」
そこまで考えたところで、視界の隅で勉強をしていたロクが呟いた。 少し前にロクは異法使いの学校に通っていて、それからというもの、こうして一人で勉強していることが多い。 ロクの中ではもう、あの学校に通う意味はなくしたみたいだけど。
「ん? おいロク、お前が機関の兵器に興味示すなんて珍しーな。 そういう年頃か? あん?」
「……うるさいなぁ天上さん。 僕が聞いたのは「どういうものか」で、天上さんの僕の発言に対してのくだらない「感想」じゃないんだけど」
「んだとこのガキ……」
勉強は止めたのか、テレビを食い入るように見つめるロクと、どこから貰ってきたのか、可愛らしいキャラクターが描かれた団扇で自分自身を仰いでいる天上。 クーラーが入っていないこの部屋の中は確かに蒸し暑く、そんな中でもローブを纏ったロクは汗一つかいていない。 すごいねこいつ。 こういうとき、ロクの異法が羨ましいんだよなぁ。 暑さすら、ロクは感じないようにできちゃうから。
「ミラージュは攻撃を跳ね返す陸上兵器。 正確に言えば魔術を施した装甲に、法使いの現象の強化を加えて外部からの攻撃を逸らすって話よ。 詳細までは知らないけど、異法も魔術も通常火器も効かないらしいわ」
「おや、やけに詳しいねぇルイザ。 もしかしてあれ? 軍事オタとかそういう系?」
ロクの所望した答えをすらすらと述べたルイザに対し、茶化すように言うのは霧生だ。 基本的にチャラい霧生だけど、なんだかんだルイザとの相性は良かったりもする。 二人とも人懐っこいというか、馴染みやすい性格のおかげで、情報収集は二人の十八番でもあるんだ。 顔立ちも良いしね。 顔が良いっていうのはそういうときに便利。 ツツナや天上だと怖がられるからさ。 逆にロクだと幼すぎるし、同様にリン姉妹もダメ。 ハコレとカクレはまぁ……人が嫌いだから、こっちもやっぱダメかな。
「お前も知ってただろ、霧生。 加えて言えば、あの兵器は近々全ての支部に配置される。 回路自体は持っていないけど、一体一体に対処するのは正直難しい。 俺の異法でもな」
その場に居たのは、俺、ロク、ツツナ、霧生、天上、ルイザの六人だ。 全員に一応声をかけたのだが、都合が悪い奴らも居て集まったのは六人。 まぁ、充分かな。
「へぇ……ポチさんの異法でも難しいんだ」
「なに嬉しそうにしてんだロク。 言っとくけど、難しいだけでやれないわけじゃないからな」
「ふふ」
多分、俺が勝てない可能性を頭の中で考えて笑っている、嬉しそうにしてるんだろうけどさ。 なんというか、ロクからしてみればそれは大変レアなことで、ちょっと楽しみにするのも分かるけどさ。 正直、俺が勝てなかったら全員勝てないってことを分かっているのかなぁこいつ。 まぁタネさえ分かればどうとでもなるってことだよ。
「そーれーで? ポチさん、今日は一体どんな話?」
「焦るなよ。 ミラージュが全支部に配置されたらわりと困るんだ。 だけど、稼働するのには魔術使いの力が必要になる。 それも限定的な能力の魔術使いだ」
「限定的? それってあれか? 俺たちみたいに、分野分野で突出した力みてーな?」
「その通りだ天上。 今回のターゲットのこいつ」
俺は言いながら、懐から一枚の写真を出す。 そこに写っているのは、中年の男だ。 金髪で長い髪を持つ男。
「ロイス・アリモンテ。 物に永続的な命を与える魔術を使う。 魔術使いの世界では「ソウル」と呼ばれてる類の力だね」
「あ? おいポチさん、それって俺の力と似たようなもんか?」
俺の言葉に真っ先に口を開いたのは天上だ。 天上からしてみれば、自身が持つ「生命付与」の異法と被るからって感じなのかな。 まぁ確かにそれはちょっと思うところがあるかもしれないし、何より魔術使いと同じ能力ってのは解せない感じか。
「いいや、違うな。 ロイスのは生物に作り変えるわけじゃない。 永久機関を作るって言えば分かりやすいか?」
振り子は延々と揺れ続けるわけではない。 どんなものでも、数年、数十年、数百年、数万年。 そういう時を経てしまえば、崩壊していく。 だが、ロイスの魔術はその崩壊を止め、尚且つ現象を起こし続けるもの。 時間の経過によって起きる腐食を修復し、永久機関を実現させる。 そういう意味での命を吹き込むということだ。
「小難しい話はちょっと分かんねぇな。 まぁけど違うってポチさんが言うなら良いけどよ」
「また適当だなおい……まぁ、こいつが今回のミラージュを動かす上での要になっている。 後は分かるだろ?」
天上はともかくとして。 この説明だけで、分かる奴は少なくとも一人居る。 頭が回り、的確な答えが出せる奴。
「そのロイスという男を殺す、ですね」
ルイザには、そのくらいならすぐ分かる。 俺が不在のとき、主に内容を決めていくのはルイザの仕事だし、時には俺も頼ったりする。 それくらい、こいつの頭は良い。 俺の考える作戦が「行けるだろう」くらいのものだとして、ルイザのは「確実に行ける」という作戦と言えば分かりやすいかな。 堅実、かつ確実な案を出すのがルイザのやり方でもある。
「ご名答。 今回襲撃するのはB地区支部、敵も当然警戒はしてるだろうから、襲撃班に戦力を傾けるぞ」
その言葉に反応したのは、天上だ。 嬉しそうな顔をして、すぐさま口を開く。 そういう戦いごととなると、ロク以上に生き生きするからなぁ、天上は。 血気盛んというか、こいつの場合は単純に法使いが嫌いという感情が大きいのかもしれないけど。 まぁそれだけやる気があるのは嬉しいことだよ。
「ポチさん、それって俺入ってるか? ひっさしぶりだしさぁ、やっぱ俺入ってるよな?」
「僕の予想だと、ポチさんツツナさん霧生さんルイザさんリンさんたち、あとは……僕で終わりかな」
「おいガキ黙ってろテメェ。 今すぐやるか? あん!?」
「良いよ別に。 天上さん、僕より弱いし」
またしても喧嘩を始めた二人のことを見て、頭を一度抑え、ため息を吐いて俺は言う。
「止めろ馬鹿二人、最後まで聞いてよ頼むからさ。 敵さんが襲撃に乗じてここに乗り込んでくることも考えないといけないんだよ。 だから、割り振りはこうする。 襲撃班に俺を除いた全員、居残り組は俺だ」
「え?」
ロクが少々驚いたように、俺のことを見た。 他の奴らも、ツツナを除いたメンバーは理解できないといった顔をしている。 だが、そんな表情も意に返さず、俺は続ける。
「ロク、頼みがある。 襲撃は二日後の正午、その直前に俺に異法を使ってくれ」
「待ってポチさん、それをしたら……反撃がもしも来たとき、どうするの?」
「それ狙いだよ。 咄嗟の反撃じゃ動ける数は限られる。 法使いの俺を使って、あのミラージュの構造を理解する必要がある。 念には念を入れてな」
法使いでの力、俺の分析できる眼を使い、魔法兵器とやらのことを理解しなければならない。 対処できることの数は増やしておいた方が良いし、何よりそっちの方がゲームメイクをする上で便利だ。 B地区支部を壊滅させることができたとしても、確実にミラージュの機体は残るはず。 咄嗟のときに出されたりしたら、本当に最悪の場合、俺たちに被害が出るかもしれない。 ルイザではないが、ここは安全策で行くべきだろう。
「……いやでもポチさん、その場合ってポチさんぶっちゃけ弱いじゃん? 逆にやばくない?」
「ぶっちゃけ弱いよ。 けどまー問題ない。 助っ人を使う」
霧生の言葉に、俺はそう返す。 それは分かっているつもりだ、法使いとしての俺は限りなく弱い。 だからこそ使える人間を使わせてもらおう。 とっても頼りになる、助っ人をね。
その話し合いが行われた日から、すぐさま二日が経過した。 さすがにこの日ばっかりは予定を開けてくれと伝えておいたので、アジトへと集まったのは、異端者全員。 こうして会ってみると、やけに久し振りな奴が一人いるんだよね。
「久し振りだな、ハコレ」
「んーそうかぁ? あーでもそうだなぁ、最近俺ずーっと体調崩してたしなぁ」
反省する素振りは見せず、ハコレは言う。 悪そうな笑い方は相変わらずで。 こいつも引き篭もり癖さえ治れば良いんだけど……難しいだろうなぁ。
「あんたの場合は仮病でしょ、引き篭もり」
「ははは、ひでぇ言い草だなぁルイザ」
白髪に、だぼだぼの服を着ているのはハコレだ。 ハコレが持っている異法は「箱庭部屋」と呼ぶもので、指定した一定の空間を制御できる。 相手の支部に攻め入る場合、こいつの力は必須と言っても良い。 ハコレの異法も特殊ではあるけどな。 その点、カクレとの相性は抜群だね。 俺も最初に会ったときは結構楽しませてもらったよ。
「……ポチさん、本当に大丈夫なの?」
「心配すんな、ロク。 非常用に無線もあるんだし、ヤバイときはすぐに言うからさ。 それに敵さんも気付いて攻め込んでくるのに時間はかかる。 その気配があればすぐに連絡はしよう」
「分かった。 約束だからね」
ロクは言うと、小指を差し出した。 俺はその小指に、自身の小指を絡ませる。 ほんっと、寂しがりな奴だな、なんてことを思いつつ。
……いいや、俺もか。 俺も結局、寂しがりで臆病だ。 だからこそ、こうして仲間を集めている。 仲間を集め、共に行動をしている。 一人ではきっと、俺は何もできやしない。 なんてことをふと思って、すぐにそれを頭から振り払う。 一瞬だけそんなことを考えた、そのこと自体に何故か嫌な予感がしたが、それもすぐに振り払う。 心配はない、問題もないな。
「ポチ、時間だ」
「ん、もうそんなか。 よし、んじゃーお前らちゅうもーく」
俺は言うと、いつも腰をかけているソファーへと腰をかける。 雑談をしていたツツナを除く八人の仲間はそれを止め、俺の方へと視線を向けた。
「今回の作戦の最終確認だ。 まず、襲撃班は俺を除く全員。 で、それ全部で固まってもやりにくいだろうし、小分けしていく。 基本として二人一組だ。 数が半端だから、ひとつだけ三人になるけどな」
「……ロク、お前は俺とだ。 良いか?」
「うん、了解。 ツツナさんっていつも僕と行動一緒にするけど、ひょっとしてロリコンだったりするのかな」
「お前が好きなボスの所為だ。 文句があるなら過保護なポチに言え」
「……別に好きじゃないけど」
過保護ねぇ。 俺自身はそんなこと露ほども思っていないんだけど、周りから見るとそう見えるものなのかね。 まーそりゃあれか、過保護になるのも無理はないってところかな。 ツツナも大体、俺がそうする理由を知っているってのに……意地が悪い奴だ。 てか、ロクもロクで「好きじゃない」とか言われると傷付くんだけど。 悲しいねぇ、俺はロクのこと大好きだよ? まぁ、良いんだけどさーあ。
「霧生は天上と。 ルイザはリン姉妹と。 ハコレはカクレとだ。 良いな?」
「うわ、男ペア!? あーマジかよ……しかもよりによって……はぁああ」
露骨に嫌そうな顔をする霧生。 そしてそれを見て、明らかにキレそうな天上。 見ているだけでも心配になってくる組み合わせだけど……他のメンバーも動かせない以上、仕方ない。
「いやったぁ! ルイザさんと仕事! ルイザさんと仕事!」
「鈴、落ち着いて。 世間話とかしてる余裕はきっとないから」
で、ぴょんぴょん跳ねて喜びを全身で表すのはリン姉。 それを落ち着かせるのが、リン妹。 この姉妹は二人で動いているときが一番強く、厄介だ。 その戦闘向きな二人にルイザを加えれば、まず倒されることはないだろう。 ルイザも頭が切れる方だし、リン妹は時と場合によっては俺よりも頭が切れる。
「よ、よろしくハコレ……」
「相変わらずくっそ暗いなぁカクレ。 お前の性格知ってるし良いんだけどよぉ……足引っ張ったら分かってんな?」
この二人も、そうだ。 リン姉妹とほぼ同様の理由なのだが、こいつらの場合はお互いの能力が最大限力を発揮できるのが、二人のときとなっている。 他の奴をこのコンビに入れるのは、巻き込まれる可能性を考えたらできやしない。 二人が組み合わさると、俺でも手を焼くからね。
「ツツナ、ロク。 お前らはもうちょっと二人一緒に行動しろよ。 一番好き勝手やりそうなのはお前らだからな」
「……ふん」
「了解。 けど、できなかったらごめんね」
腕を組み、顔を逸らすのはツツナ。 俺の目を見て、両手を合わせて首を傾げるのはロク。 実にそういう姿が似合ってて、なんだか可愛くも思えてくるな。 狙ってやっているなら怖いけども。 んで、まぁ二人とも興味が惹かれるものさえなければ淡々と仕事をこなしてくれそうだが、興味が惹かれるものに出くわしたときが厄介だな……。 それに、ロクはどうやらあの「ミラージュ」に興味を持っているようだし。 その辺をツツナに抑えて欲しいんだけど、ツツナが気にいる強い奴が居なければの話か。
「霧生、天上。 お前らには特に言うことないけどさ、一番心配なのはお前ら二人で殴り合い始めることだからな。 それだけは勘弁してくれよ」
「うんうん、努力はね。 その努力は一応するよ、ポチさん」
「あーじゃあ俺も努力するわ。 けどこのチャラ男が喧嘩売ってきたら速攻殺す。 帰ってきて一人メンバー減ってたらごめんなポチさん」
「……うんうんそうだね。 そしたら天上っちのお墓を立ててあげよう。 感謝してね」
先が思いやられる二人組。 普段は喧嘩というか言い合いというか、むしろ殴り合いが多々ある二人だが、仕事をしているときは控えてくれることを祈っておこう。
「ルイザ、リン姉妹。 お前らは特に心配してない。 けど、あんま頭で考えすぎるなよ。 時には勘ってのも大事になってくるからな」
「了解です、ボス」
「りょーかい! って言ってもさぁ、アタシは常に勘で生きてるぜ! 超直感だぜ!」
「鈴のは直感というより、ただの馬鹿」
ルイザに関しては一番問題はない。 言われたことを淡々とこなし、そして確実な結果を持ってきてくれる。 リン姉妹に関しては、戦闘面で言えば頼りになる奴らだ。 リン姉の破壊力に、リン妹の計算力。 それらを組み込んだ戦いは、非常に厄介なんだ。
「よし、それじゃあ最後にひとつ。 一人も死んで帰ってくるんじゃねえぞ。 もしも一人殺られたら、俺が殺した奴を殺すためにいろいろやらないといけないからさ。 頼んだよ」
最後に俺が言った言葉を受け、全員が頷いた。 うん、やっぱり問題はなさそうだ。 これ以上なく頼りになり、そして信頼できる仲間たちだ。 俺はきっと、良い仲間に恵まれた。 異法使いの俺でも、な。
「うっし。 んじゃロク、異法を頼む」
「……うん」
未だに悩んでいるのか、ロクは俺の目の前で立ち止まると、少しだけ俯いた。 そんな頭に俺は手を乗せ、言う。
「心配すんな。 俺は死なないよ」
「……ふふ、そうだね」
ロクは顔を上げ、そして俺が差し出した右手の親指を少しだけ切る。 そこから流れた血を飲み、言った。
「異法執行」
ロクの異法は、現象の完全逆転だ。 異法使いにそれを使えば、そいつは法使いとしての能力を得られる。 俺の場合はそれが「眼」で、強化される眼からは様々な情報が読み取れる。
この力自体、ただの観察眼でしかない。 しかし、異端者として法使いと戦うときのために、欠かせない力だ。 大体のことは経験済みである俺だけど、今回のミラージュのように未知の兵器に遭遇した場合のことを考えると、やはりなくてはならない力なのだ。
「それじゃあ、行動開始。 目標はB地区支部、そこに居るであろうロイス・アリモンテの殺害だ。 最善は作戦の成功だけど、誰一人殺られることはないようにね。 一人殺られるくらいなら、作戦は失敗しても良い」
全員の顔を見たあとに俺は言う。 これからのこと、今のこと。 それらを考え、今の状況では一人も欠けてはならない。 まだまだ先は長いからさ。
「全員」
俺の言葉を受け、ツツナが珍しく口を開いた。 不思議に思い、俺はツツナへと顔を向ける。
「なんか言ったか?」
「……全員、お前に対して同じことを思っている。 しくじるな、そして死ぬなよ、ポチ」
「……もちろん」
こうして、ミラージュの活動を停止させるべく、俺たち異端者は動き出す。 随分と久し振りの作戦である今回の出だしは順調にも思えた。 しかし、それはまさしく出鼻で挫かれることになるなんて、誰が思っただろうか。 俺も、ルイザも、リン妹ですら、想定外のことが起きたんだ。 予想外で想定外、これは正直してやられたと言っても良いね。
全員がX地区から離れ、数分経ったそのときだ。 俺も俺で助っ人の元へと行こうと思ったそのとき、異変に気付いた。
空に、何かがある。 見上げた空に、薄っすらと何かが見えた。 一見すれば何もないが……嫌な予感だね、これ。
「あれは……」
辺りは静かだ。 だが、妙な気配を感じる。 それが嫌な予感の正体なのか、さてそれなら。
「法執行」
俺は言い、その何かを見つめる。 そして瞬時にそれがなんなのかを理解した。 先手を打つ前に取られた、やってくれるじゃないか。 さすがにそこまで先が読める奴が居たとは驚きだよ。 そして同時に、楽しくなってきちゃった。
「……やべぇな。 ツツナ、聞こえるか」
俺はすぐさま無線を取り出し、まだそれほど離れていないツツナに繋ぐ。
『……なんだ、どうした?』
「マズイことになった。 俺らの動きが完全に読まれてる。 こりゃ、囲まれたな」
『何?』
アジトの屋上から、X地区の街を眺める。 薄いドーム状の膜は、地区を全て覆うほどの広さを持っている。 半径で数十キロはありそうだ。 この場合、深く考えずとも何かは分かる。
それの答え合わせかのように、空を飛んでいた鳥がその膜に触れた瞬間、小さな光と共に消え去った。 要するにバリアって感じだな。 んで、それに覆われていると。
更に、ここから見る限り普通ではないものがいくつかある。 ひとつは、空に浮かぶ戦艦のようなもの。 ひとつは、地区を囲むように配置された陸上移動型の輸送艦だ。 タイミングがあまりにも完璧すぎる。 ツツナたちにバレないようにあれを配置し、ツツナたちが離れた瞬間に現れた、か。
……明らかに、動きが先読みされた。 今回のこの内容は、仲間内にしか話していない。 俺を含めて異端者の十人しか知り得ない情報。 俺たちの中の誰かが情報を流した? いや、それは少し考えづらい。 全員が全員、なんかしらの形で法使いには恨みを持っている。 そんな奴らが裏切るなんて、考えられない。 感情論だが、そう思ってしまうほどのことはあったのだから。
『考えたくないの間違いではないか、ポチ。 声に出ているぞ』
「そりゃ悪い。 けどまぁ、なっちゃったもんは仕方ないな。 こっちはこっちでなんとかするからさ、そっちも予定通り頼む。 気を付けろよ、読まれてることを忘れずに」
ロクにかけられた異法を解除してもらえば、ある程度はマシに戦えるだろう。 が、この分だとあのバリアにもミラージュ同様の処置が施されていると考えた方が無難だ。 よって、異法は全て弾かれる。
『念の為、カクレの扉を使ってみたが……駄目だな、中に通じなくなっている』
「だろうね。 敵さんも俺たちの異法はある程度把握しているはずだ。 全部が全部ってわけじゃないだろうけど、それでも考えなしにこんな大掛かりな奇襲は仕掛けてこないだろうさ」
『……ポチ、まずはそのバリアをどうにかすることを考えろ。 バリアさえなければ、俺たちも戻れる』
「ああ、分かってる。 こっちには助っ人も居ることだし、まー多分大丈夫でしょ」
『刈谷島に、コクリコか。 奴らは信頼し過ぎない方が良い』
……まぁ、そうだね。 なんて言ったって、あいつらは俺に恨みを持っているんだから。 コクリコの方はどうか知らないけど、刈谷島は確実に。 それに基本的には保守思考なお二人さんだ。
「分かってるよ。 とにかく、ツツナたちは予定通りB地区に。 バリアをどうにかしたら無線を入れるから、そうしたらロクに異法を取り消してもらう」
『分かった。 ポチ、くれぐ――――も、無――はす――――なよ』
あらら、ジャミングか。 或いはある程度の距離を離れてしまったか、だね。 とにかくバリアの所為で電波状況も悪いときたから困ったものだよ。 けれどまー問題なし、B地区の方はツツナたちに任せるとしよう。 俺がするべきは、この強力な駒に囲まれた状況をどう脱するか、ということで。
「まずは、合流かな」
恐らく、魔法兵器ミラージュを運んできたのがあの輸送艦だ。 未だに動きはなく、準備を整えているといったところだろう。 ならば、こっちもこっちで準備に移らなければなるまい。
『異端者ぁあああ! ボスに告ぐぅ! よーく聞けよぉ!?』
そして、唐突に無線機から声が放たれた。 男か、声からして三十代後半くらいか? ああ、いや。 年齢なんてどーでも良いや。 敵か味方かで、こいつは敵。 俺はそう認識したよ。
『私は法執行機関本部ぅ! アリアナ・マクレラーン中佐だぁ! 良いかぁ!?』
響き渡る大声、そして次に、ひどく冷たい声でそいつは言った。
『――――――――今から貴様を殺害する』
「あは、良いねイイね、面白い。 本部の中佐なら相手に文句は付けられないから、俺も俺で楽しもう。 それとさ、ひとつ言っておく。 俺は必ずお前に会いに行くよ、だからゆっくり待っててくれ。 あんたの顔を見に行ってあげる」
無線機に向け、俺は言う。 面白いやり方だし、とてもいいやり方。 だからこそ俺は君の顔が見てみたい。 そして一体どんな法を使うのか、俺に見せてくれ。 ああ、やっぱりこっちの方が絶対楽しいや。 こんな刺激的な日を送れるなんて、感謝感謝。
さて、異法使いの力は使えない。 使えるのは、法使いの力のみ。 どのみち、ミラージュの挙動は見なければならないしね。 ロクの異法は距離に関係なく解除できるから、このバリアさえどうにかできればどうとでもなる。
問題は……それが、難易度が馬鹿みたいに高いということかな。




