小話その壱
第一章開始前のお話です。
本編とはあまり関係ありません。
章の合間合間で、短編として挟んでいきます。
「やっほ、ポチさん」
「やっほー、ロク」
「……なんか気持ち悪いね、ポチさんがそう言うと」
いきなり失礼な奴だな、こいつ。 俺だってそりゃ「やっほ」って挨拶されれば「やっほ」って返したくなるときだってあるんだよ? というか、そもそもまず、軽いとも呼べる挨拶に同じくらい軽い挨拶で返事をした俺は結構できる奴だと思うんだけどねぇ。 んなことないかな?
「なら、ロク的にはどんな挨拶が良かったわけ?」
俺から見て、俺らしい挨拶はNGだということで、ロクから見て、何がセーフなのか知りたくなり、俺はロクにそう尋ねる。
「僕的にかぁ。 うーん、難しいところだけど、そこはやっぱり「おう」とか、そういう男らしい挨拶かな?」
男らしい挨拶ねぇ……そう言われても難しいんだよ。 がっはっは、俺がポチ様だぜとか言っとけば良いのかな。 それこそキャラじゃない気がしてならないよ、俺。
とある日の晴れた日、俺はX地区にあるアジトを訪れていた。 学校はサボり。 たまにはゆっくり学業にすら縛られない自由を堪能しようと思ってね。 ちなみに凪からは着信履歴が鬼のように残っていた。 怖いなぁあいつは。 見つかったら殴られそう。
俺たちのアジトというのは基本的に人がいない。 居たとしてもツツナやロクくらいのもので、他の奴らはみんな自分がしたいことをしているって感じ。 俺本人が不自由ってのは嫌いだからさ、あんまそういうことで縛りたくはないんだ。
んで、そんなこともあってか、今日アジトに居たのはロクのみ。 ロクはどうやら相当な暇人で、こいつも一応自宅はあるのに、殆どをこのアジトで過ごしている。 いつか聞いたけど、こっちが本当の家みたいなものらしい。
「挨拶は次までに考えとくよ。 で、何してたの?」
俺は言いながら、いつもの定位置に腰掛ける。 ソファーの左端、そこに頭を置いて、寝転がった。 ロクはそれを目で追ってから、口を開く。
「僕はいつも通りだよ。 こうして外を見ながら、楽しいことないかなぁって。 そしたらほら、ポチさんが来たんだ」
「俺は居るだけで楽しい人間か? もうすぐ色々動きもありそうだからさ、そしたら楽しくなるんじゃない? 退屈な一日なんてこの世界に存在しないんだよ」
そう、この世界にそんな日は存在しない。 憂鬱で暗い暗い毎日だけど、それは退屈とはまた違う。 たとえばずっとぼーっと外を眺めている一日だって、退屈なんかでは決してない。 退屈するというのは、無ということ。 何も考えることができず、何もすることができず、何もできない一日のこと。 だから、それは存在しない。 ぼーっとするのも本人の意思だし、動かないのも本人の意思。 それはもう、退屈とは呼べないんじゃないかな。
「ええ、そうかな? 僕は毎日毎日退屈で仕方ないけど」
ロクは眉をひそめ、俺に向けて言う。 まぁそれもまた人それぞれで、結局当人がどう思うかってことなのかな。 いくら理由や理屈を並べていったって、とどのつまり当人が退屈だと思ってしまえばそれまでの話でしかない。
「そっか。 なら、なんか暇潰しでもするか?」
「ほんとに? ふふ、それは良い案だね」
俺の言葉に、ロクは嬉しそうに外を見ていた体をこちらへと向け、ソファーの隅にちょこんと腰をかけた。 それを見て、俺も寝転がるのは止め、体を起こす。
「けど、何で暇潰しすんの? ここには暇潰しアイテムなんてないよ?」
「その暇潰し自体、ポチさんが提案したのに……。 まぁ良いよ、実は僕に提案があるんだ」
そんなロクの言葉を欠伸をしながら俺は聞く。 本音を言えば、静かなここで寝ようとでも思っていたんだけど。 まー良いか。 寝るよりかはロクの提案のが楽しそうだしね。 この相手がツツナだったら俺は真っ先に寝ていただろうさ。 あいつの話、堅苦しくてつまらないからなぁ。
「これはね、この前読んだ本に書いてあったんだけど、人と仲良くするために、最初にすることって題目でね」
ロクは言い、本を取り出す。 本というよりかは雑誌……。 でも、そこでツッコミを入れるほど俺も子供じゃあない。 ロクくらいの年齢からすりゃ、紙でまとまってれば全部本でしょ。
で、表紙や今ロクが言った内容からして、女子向けの雑誌ってところだろう。 となると、その雑誌の出処は大方ルイザだろうな。 あいつ以外、そんなのを読む奴が居るとは思えないし、何よりロクとルイザは仲良いし。
「ふうん? それを俺とロクでやってみるってこと?」
「そう! 物分かりが良いポチさんは好きだよ」
ロクは目を見開き、俺の元へ一歩近寄って、楽しそうにそう言った。 ていうか物分かりが良いって、なんでこいつ上から目線なんだろう。 俺自身、自分でも物分かりが良いという自信はあるけどね。 まぁそんなのは良いんだけどさ。 一々怒らないよ、俺は。
「やること自体は構わないよ。 でも、俺とロクって既に仲良くない? あもしかして、そう思ってるの俺だけでロクはそう思ってなかったとかそういうオチ?」
「違う違う、一応僕も仲は良いと思ってるよ。 むしろ、全人類の中でポチさんが一番仲良いくらいだよ。 でも、物は試しって言うでしょ? そんな僕とポチさんが試したら、一体どうなるのか気になるんだよね。 何が起きるのかが!」
全人類の中で俺が一番だったのか。 嬉しいような、心配になるようなそんな気持ちだね、それ。 ていうか言われて思い返してみれば、俺も俺で一番仲良いのってロクかなぁ。 凪はちょっと違うし、ツツナとの関係もまた違うしね。 だとしたら、やっぱりロクが一番か。 で、それはそれで良いんだけど、一体何が起きるんだ。 それにどうしてか、今日のロクはいつもに増して好奇心が前面に出ている気がするよ。 「何が」の部分とか、めっちゃ強調していたし。 一体何が起きちゃうの?
「何が起きるんだろうね。 じゃあ早速やってみようぜ。 んで、最初にすることってなに?」
俺の問いに、ロクはソファーからぴょんと飛び降り、今度は俺の正面に立つ。 そして、口を開いた。
「最初にすることは、ずばり言って「質問」だね。 その人のことを知ること……って書いてある」
「質問? へぇ」
つっても、俺もロクのことは知っているし、ロクだって俺のことを知っているじゃん。 意味なくないか、これ。 その知るって部分のアレにもよるけど、大体のことは知っているし。 家がどこにあるかとか、どういう生い立ちなのかとか、なんで法使いを恨むのかとか、毎日何時に寝ているかとか。
……最後のはアレだよ? ほら、一応は保護者的な立場だしさ、健康管理みたいなものなんだよね。 だから別にストーカーとかそういうのじゃないからね。
「というわけで、僕からポチさんに質問だよ。 ポチさんは、どうしてそんな人を馬鹿にした性格なの?」
「いきなりなんで人格全否定するわけ? あのさぁロクちゃん? 俺は別に、法使いにいくら言われてもどーだって良いけどさ、ロクに言われると結構傷付くからね?」
「……ロクちゃんって結構良いかも」
「え? なんて?」
「うん? なんでもないよ。 それよりほら、ポチさんがなんでそんな捻くれた性格なのかが知りたいな」
「……ロク、俺の話聞いてた? いやまぁ、うん、良いか。 性格がどうしてかって言われると難しいけど、俺の場合は常に余裕だから、そう見えるのかもね」
俺は諦め、ロクの質問にそう返す。 正確に言えば、余裕だと思わせるために、ということになるんだけどな。 ただ、余裕じゃなかったという時がないだけで。
「ふーん。 ほんとに?」
「なんだよその疑った目は。 あれだよ、ロク。 自分がどれだけピンチだったとしても、だ。 それを見せてしまえば、その距離は絶対に埋まらない。 逆に態度だけでも良い、それだけ合わせてしまえば、埋められる可能性は出てくる。 分かるか?」
「要するに、気の持ちようって感じかな? けど、ポチさんって正直そんなことする必要がないよね」
「うんまーね、俺天才だし」
「……そうだねー」
ロクの視線が今日はまた厳しいな……そんな冷めた目で見ないでくれよ。
「ただ」
俺はそのまま、指を一本立て、ロクに向けて言う。 これだけは言っておきたかったこと。 ロクはいつも、心のどこかで死ぬことを望んでいるとは分かっている。 それにはこいつの生い立ちが関係あるし、育ってきた環境にも影響されていること。 でも、それはまだ言うべきことではない。 ただ単に言われただけでは分からないことだってある。 少し卑怯なやり方かも知れないけど、それを実際に経験しない限り、ロクのこの癖は治らないだろう。
だから、俺が今から言うことはそれとは別だ。
「ロク、お前は俺のことを強いと言うし、天才だとも言う。 確かにそれはそうかもしれない。 けどな、本当に強くいたければ、惜しむな。 勝つための手段を選ぶ余裕はないと思え」
だから俺は、いつだって余裕を装う。 周りは勝手に俺のことを化け物だと呼ぶんだ。 そしてそれでも良いと、俺は思う。
俺が言うそれと、努力と呼ばれるものは全くの別物。 努力というのは結果へ繋げるためのもので、それを必要としない俺は、結果を手繰り寄せるだけでしかない。 だから俺はきっと、自分が本当に死ぬときでさえ、笑っているんだろうさ。
「なるほどね、覚えておくよ」
「ああ。 ところでロク、俺からも質問良いか?」
「うん、良いよ。 僕に答えられる範囲ならね」
ロクは笑うと、再度ソファーへと腰を掛ける。 俺はそれを目で追って、ここに来てからずっと気になっていることを聞くことにした。
「今日のロク、なんか寝癖が凄いんだけど、もしかしてお前って寝相悪いの?」
「……帰る」
ロクは俺の言葉を聞き、すぐさま立ち上がり、そしてすぐさまアジトを後にする。 うーん……。
あれだね、これはあれ。 別に俺にデリカシーがないとか、言わなくて良いことを言ったとか、そういうわけじゃない。 その昔、湿気が多い日は寝癖が治らなくて嫌だと言っていたことを今更思い出した所為でもない。
ルイザがロクに、妙な雑誌を貸したことこそ、その原因なのだ。 だから俺は悪くない。 うん、今日も実に憂鬱な一日だよ。
その数時間後、ロクを引き連れたルイザに俺が怒られたのは、言うまでもないことである。




