第三十八話
まったく、本当に勝手なことをしてくれる。 俺がいつ、助けろと命令したんだよ。 そんなことは頼んでいなかったのに、自分たちの意思で動きやがって。
「おかえり、ポチさん」
「あとで説教だからな、本当に勝手に動きやがって。 俺一人がそんな大事だったのか、ロク。 というか、一体いつ俺にかけた異法を解いた?」
「そりゃ大事だよ。 だってポチさんだしね。 僕のかけた異法を解いたのは、ポチさんが車に乗せられたときだよ。 気付かなかったの?」
「試さないと分からないんだよ。 ったく」
ロクの異法は、俺が法使いとして暮らすには必須のものだった。 現象の完全逆転、それは異法使いに使うと、偽ることができる。 法使いとしての力を得て、そして法使いとして生きることができるんだ。 けどまぁ、その反動としてなのか、法使いとしての力は大変弱いものであったけどな。 しかし法使いに使えば途端に能力を失ってしまう。 異法使いの逆は法使い、だが法使いの逆は異法使いというわけではないのだ。
燃え上がる車を見ながら、ロクと俺は話していた。 それを見ていたのは、七人の異法使い。
「つうかさポチさん、俺らが助けたこと怒ってんのか?」
天狗の面を付けた男、天上は俺に向けて尋ねた。 今回は上から俺を乗せた車の動きを見張り、指示系統を担ってくれたようだ。 前回の一学襲撃では、道を作る役目を担った天上。 そんなこいつにそっと感謝し、今の言葉を聞き、俺はため息をひとつ吐いてその場に座り込む。
「いいや、怒っちゃいないよ。 どうせいつかはバレる予定だったし。 けどもうちょっと楽しみたかったってのは事実かな……矢斬戌亥を」
「まー大丈夫っしょ! てか、やっぱりポチさんそっちの方が様になってるって! これお詫びの品、缶コーヒー。 だから元気出してよ、な?」
俺の肩を掴んで言うのは、霧生だ。 スカーフで口元を覆い、あいつら……法使いたちは、刀手と呼んでいたっけか。
「あのさ、お前俺が缶コーヒーの甘いやつ苦手だって知っててやってるだろ。 わざとだろこれ」
「はい霧生死罪ね。 ボス、私こいつ殺して良いですか?」
俺の前に回って言ったのは、ルイザ。 白狐面を付けた異法使い。 地毛の金髪が綺麗で、素顔を見せたときの青い瞳は吸い込まれそうな色を持っている。
「ダメダメ。 精々一日言うこと聞く券だなぁ。 そういやルイザ、バイトは?」
尋ねた俺に、ルイザは面を外し、そして舌を出して「サボっちゃいました」と返事をした。 おいおい、何してんだ馬鹿か。 それでクビになったとしても、俺は責任取らないからなと心の中で思う。
「ポチさぁん! 無事で良かった! マジ、アタシほんっとポチさんいねえと生きていけないって!」
「……この前わたしと喧嘩したときは「倫ちゃんいないと生きていけない」って言ってたのに。 嘘吐き」
「へ? あいやいや違くて! いやそりゃもちろん倫ちゃんも超大好きだよ? けどさほら、やっぱポチさんいないとアタシ死んじまうっていうか……なんというか……」
コントのように話をしているのは、リン姉妹。 姉妹揃って似たような顔をしている双子だ。 顔はそうだけど、性格は真反対と言っても良い。 聞けばどうやら、ルイザと霧生と共に、後続部隊の処理をしてくれたとのこと。
「お前らは本当に仲が良いなぁ。 俺が死んでも死ぬんじゃねえぞ、リン姉妹」
俺が言うと、二人は「ポチさんが死ぬわけない」と笑って言った。 いやいや、俺だってそりゃいつか死ぬだろう。 人並みに生きたら、誰だって死ぬんだから。 まぁけど、こいつらが生きている間はちょっと死ねないか。
「ぽ、ポチさん……ご、ごめんなさいっ! あいつら移動させるの、本当はもうちょっと早い予定だったんですけど……お、俺ビビっちゃって……それで、う、うわぁああん!」
「ああはいはい分かった分かった。 お前は悪くないよ、カクレ。 というかハコレは?」
カクレとハコレはそれぞれ袋で作った面……というか覆面を付けている。 後ろから付いて来ていた車を移動させたのは、カクレの力だ。 こいつは自分の能力にあまり自信というか、強気な部分を持っていないけど、それでも俺にとって、俺たちにとっては欠かせない力でもある。 突出したその能力は、とてもありがたい。
「ハコレの奴なら体調が悪いといって今日は休みだ」
俺の言葉に返事をしたのはツツナだった。 そして、ハコレは例の如く今回も休み。 今度あいつの家に行って一度引っぱり出さないとな。 いつもの引きこもり癖が出始めている。
「ツツナ、良かったのか?」
俺は立ち上がると、ツツナの肩に手を置いて言った。 ツツナはその手を払いのけることも、触れることもせずに返す。
「俺は俺の意思で動いている。 ポチ、お前の命令は基本的に聞くつもりだが、最優先は俺の意思だ。 この組織には、お前が必要不可欠なんだ」
「相変わらずだね、お前は。 最初に会ったときから何一つ変わっちゃいない。 まぁけど、だから俺はお前が居てくれて嬉しいんだけどな」
「……」
ツツナと俺の出会いは、それこそ昔のものだ。 ロクよりも、もっと昔のこと。 そんな与太話は今は良しておこう。 それよりも、これからどうするかを考えていった方が良い。
「ポチさん、これからどうするの?」
そんな考えを読んだかのように、ロクが俺に聞いてきた。 俺はそんなロクの頭に手を置いて、答える。
「特に考えちゃいないけど、これで俺はもう矢斬で居ることはできないからね。 主軸をこっち側に置くしかないだろ」
矢斬戌亥という俺自身。 それを捨てて、こっち側で生きるしかない。 まぁ、元々俺はこっち側で、結局最終的にはこうなるのが当然だったわけだが。
それでもなぁ、もーちょっとだけ矢斬戌亥を楽しみたかった。 根本的に俺は矢斬で、その性格もまた俺のものだったから。 完全に捨てるわけじゃないし、意識を変えるつもりもない。 それなりにはちゃんとやらなければならないが、それでも俺は世界が好きで、人が大好きだから。
「……勝手にしたこと、怒ってる?」
ロクは心配そうな声色で俺に聞いてきた。 こいつともまた、長い付き合いだな。 ツツナの次に長く、そして俺の支えになってくれる存在だ。
「怒ったとか怒ってないとか、どっちにしろお前は考えこむんだろ? なら、俺はこう言おう。 ポチさんのありがたいありがたいお言葉だよ」
長かった休みは終わり、そして同時に季節は秋から冬へ移り変わる。 この街では毎年、雪が降るんだ。 俺はそれを見て、昔を思い出して、そして次の瞬間にはそれを忘れている。 過去のことは気にしない、嫌なことは忘れる、都合の悪いことは覚えない。 そうやって生きてきて、それでも俺の周りには沢山の仲間が集まってくれた。 その一人一人に感謝して、世界はゆっくりと動き出す。
法使いは今回ので、俺のことを追うだろう。 状況は本部には漏れていないが、俺を輸送中に襲撃を受け、そして俺がどこにも居ないとなれば当然のこと。
魔術使いは内部での統制が終われば、攻め込んでくる気がする。 それに、俺を探していたというエリザとかいう魔術使いのことも気にはなるな。 ま、どうせ馬鹿な奴だろうけど。
異法使いは……異端者は、これから積極的に動き出す。 俺がそこに身を置くことで、みんなも同様に身を置くことになっていく。 当面の問題は、法使いとの戦いになりそうだな。 噂によると、どうやらD地区の支部を中心に、各地の支部でも動きがあるらしい。 当然……あいつとも、凪正楠ともいつか、再会する日がやってくる。
さてさて、楽しくなってきた。 法使い共、魔術使い共、俺たちと戦争をしようじゃねえか。 言っておくけど、俺たちはただ普通に暮らしていただけなんだぜ? けどさぁ、先に仕掛けてきたのはお前らなんだよ。 だから、何をされても文句はねーよな。 先に言っておく、俺の異法はお前らが思っている以上に強力だよってな。
「ただいま、ロク」
「……ふふ。 おかえり、ポチさん」
休日は終わり。 さて、忙しい日々の始まり始まり。
世界は回る。 世界は転がる。 世界は始まる。 法使い、異法使い、魔術使い、それらが三派に分かれた時点で、始まることは決まっていたんだ。 いつかこうなり、いつか幕を開けるということは決まりきっていた。 法使いは言う。 自分たちこそが世界を統べる存在だと。 異法使いは言う。 行いを省みろと。 魔術使いは言う。 原点は魔術に遡ると。
それぞれにはそれぞれの考え方というものがあって、きっとそのどれも正しいものだ。 そして同時に、間違ったものでもある。
そんな正しいことと間違ったことを繰り返し、回り続ける。 故に世界は回る。
正しいことと間違っていること、それはいつだって隣り合わせで、ひとつ違えばどちらにでも転がっていく。 故に世界は転がる。
一人から見ればそれは正しく、一人から見ればそれは間違い。 結局、誰がどう見るかによって変わってくるものなのだ。 だから止まることなく、始まる。 故に世界は始まる。
さて、幕があがる準備は既に終わったようだ。 始まりがあれば終わりだって当然ある。 故に。
故に俺は――――――――世界を終わらせに行くとしよう。
以上で第一章終了となります。
次章ですが、6月下旬目安での投稿開始となります。
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活動報告にて、詳細な投稿開始日が決まりましたら、ご報告させて頂きます。




