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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第三十六話

「ふう疲れた。 たっだいまぁ」


「ひ、ぎゃぁああああああああ!! や、やめて……! た、助けッ!!」


 はて妙だ。 私は随分と長い旅行を終え、そして根城であるZ地区のお城へ帰ってきたその瞬間に、そのお城の中には悲鳴が響き渡っている。 叫ぶって英語でなんだっけ、後で辞書で調べないと。 とりあえずここは……おーのー! 流暢な英語だ、我ながらあっぱれ。


「コルシカ、ラングドック、なんか分かる? クエスチョンなり」


「……わたしはちょっと寝ますぅ」


「……申し訳ありません(しらず)様、俺もちょっと疲れがたまっているので休ませてもらいます」


 と、振り向いて尋ねた私のことを無視するように、二人は姿を消しやがった。 おいこら寂しいじゃん! うう、涙出るのを我慢、我慢。 我慢ができる子、不ちゃん。


「なんだろなぁ、なんだろなぁ」


 私は言いながら、城内を歩いて進んで行く。 どうやら声の発信源は、エリザっちの居る王室のようだ。 このまま真っ直ぐ行ってー、そのままでかい扉を開ければーはいエリザっちルーム。


「ひ、ひえ……や、やめてください! お、お許しをッ!!」


「いーや。 やーだもん、だってあなた三回目だもん。 仏の顔も、三度までー。 うふふ。 興奮しちゃうでしょお?」


 ふむ。 裸の男、あれは確か私の牢屋を管理していた男の人だっけ。 良く覚えていないけど、確かそのはず。 で、その正面に立つのは最強の魔術使いエリザっち……あやば言い方直さないと、エリザ様。 エリザ様、エリザ様、エリザ様。 よし、おーけぃ。


 そして行われているのは、どうやら拷問のご様子ですね。 ああ怖い怖い。 そんな現実を拒否します。 否定なり。 見て見ぬ振りとはつまりこういうことである。 ちょっと違うかな。


 裸の男は鉄格子に入れられ、エリザ様は王座に腰をかけていて、そして腕を振るう度に鉄格子の中が虫でいっぱいだぁ。 ムカデ、サソリ、そういった類の虫たちのぱらだいす。 あれもいる、あの黒いの。 いやマジ鳥肌なう。 てか、あれ……なんかちょー大事なこと忘れている気がしてきた。 なんだっけ……ええと。


「あら? 不ちゃん、お帰りなさーい。 ほら、こっちへどうぞ」


「お久し振りです、エリザ様」


 頭を下げて、私は言われるがまま部屋の中へ。 部屋の中を歩いている虫たちは、エリザ様の自動魔術によって燃やされていく。 そして再度、鉄格子の中は虫で満たされ、男の悲鳴が部屋に響く。


 ……私とて、一応はエリザ様の前では従順だ。 てか、逆らったら即刻死刑なんでね。 頭の中ではどれだけ不敬であっても、目の前にしたら一瞬で足が竦むのであーる。 死というものに対しての恐怖ではない、もっと違う何かだ。 従わざるを得ない何かがある感じ。


「さ、矢斬戌亥を」


「……あ」


 やべ、忘れてたことってそれだ。 すっかり旅行気分でめっちゃお土産とか買っちゃったよ私。 ああー、どうしよ。 死んだかなこれ。 でっどなう……と。


「……し、失敗……しました」


「あらら」


 エリザ様は言うと、王座から降り立った。 その姿は小さく、私よりも年下だ。 十歳にも満たないその姿からは考えれないほどの威圧感を私は感じる。 距離が縮まったことによってそれは鮮明に、強烈なものになり私の全身を包んだ。 額からは汗が出て、指一本でも動かしたら死ぬような気配を感じる。 体の周囲に、少しでも動いたら刺さる毒針を設置されたようなものだ。 そう、その実力は果てしない。 絶対にして絶望、絶望を与える魔術使い……絶望の魔女、それがエリザ様。 私は今まで、この人以上に恐ろしい人を知りはしない。 あの執行機関の奴らだって、エリザ様からしたら虫けらでしかない。


「不ちゃん、そういうときはどうするの? わたし、教えたよね?」


「……申し訳ありません」


 膝を付き、頭を床へと押し付けた。 逆らっては駄目だ、言われたこと以外をしたら駄目だ。 私は死んでも良いくらいにそのとき思っていたが、それ以上に屈服させられる。 まさに、絶対のお言葉。 この人が来てからというもの、一体どれほどが不敬罪という罰で殺されたことか。


「うんよろしい。 ところで不ちゃん、あなたのことはわたしは結構好きだから、ちょっとお話をしましょー。 ほら、あの人……なんでああなっていると思う?」


 エリザ様は言うと、鉄格子の中に居る男を指差す。 男は体を震わせ、四つん這いになって頭を抑えていた。 体を這いつくばる虫を払おうともしていない。 一体、どれほどの時間ああさせられていたのか……想像が付かない。


「命令違反があったから……でしょうか?」


「せいかーい。 うふふ、正解よ不ちゃん。 あの人はねぇ、不ちゃんを日が沈んだら行かせてって言ったのに、それを破っちゃったの。 だからお仕置きなの。 いい気味だよねぇ」


「……」


 私は思った。 あのとき私が命令に従っていたら、あそこに居る男は命令違反で罰を受けることはなかったのではないか、と。 だが、そんな考えもすぐに吹き飛ぶ。 悪いのは私、命令違反を犯したのは私だ。 それはエリザ様も当然理解しているはず。 だとしたら、あの男が罰を受けているのは、気まぐれにすぎない。 その気まぐれ、気分を損ねたらいけない。 否定は、できなかった。


「当然ですね、然るべき処置だと思います」


「不ちゃんは従順で良い子ねぇ。 わたし好きよ、そういう犬みたいな子は。 ワンちゃんが大好きなの、わたし。 それとわたしはね、矢斬戌亥を捕獲するのに失敗したことはそれほど怒っていないのよ? だって、どうせ不ちゃんじゃ無理だとは思っていたし。 あなたの強みって、わたしがあげた不死性だけだもんね」


「……仰る通りです」


「うふふふふ。 けどぉ、ひとつ怒ってることがあるの。 なんだと思う? 当てられたら、今回のあなたの命令違反は見逃してあげる。 嬉しい? 嬉しいならわんわんって言ってみて。 ほら早く」


「……わんわん」


 私はその言葉を聞くと、すぐに思考を開始した。 命令を受けてから、今に至るまで。 そのひとつひとつの行動を脳みそが焼き切れるほどに考え、答えを探す。 頭を地面に擦りつけ、情けない格好で、エリザ様の言う通りにしている。 私がした、エリザ様を怒らせること、それは。


「わ、私が頭の中でエリザ様のことをエリザっちと呼んでいたことでしょうか……?」


「え、なにそれ。 うふふふ、なにそれ面白いわね。 うふふ!」


 ああやばいやっちまったよ! 口を抑えて、エリザ様は上品に笑う。 私はそれを見て、死んだと思った。 違ったんだ、そうではなかった。 それくらいしか思い浮かばなかった私の頭の悪さが、私の死ぬ理由。 人が一人死ぬ理由としては、充分だった。 そんなのはもう、エリザ様に殺されるより先に、私が私自身を殺すしかない。 エリザ様の手を煩わせるわけにはいかない。


「違うわよ、不ちゃん。 わたしが怒っているのは、あなたの体から法使いの血の臭いがすること。 わたしに隠れてオモチャで遊ぶだなんて、随分楽しんでたみたいじゃない?」


「も、申し訳……申し訳、ありません」


 体は震え、歯はガタガタとなっていた。 止めようと思っても、それが止められない。 不死である私がここまでの恐怖を持つことは、後にも先にもエリザ様の前だけだ。


「……けどぉ、ま良いわ。 不ちゃんの答え、結構面白かったし許してあげる。 それどころか、ご褒美あげちゃおうかな?」


「も、勿体なきお言葉です、エリザ様」


 私の体は、一気に安堵によって包まれた。 安心と、快楽に似たような感じを全身に受ける。 生きている、生きていられるということを認識できるのが、これほど幸せなことだったとは。 不死の私でも、生を実感できるのはこの瞬間くらいかもしれない。


「えいっ」


 エリザ様はそう言うと、指を一本動かした。 すると、鉄格子の中が一気に燃え上がる。 男の悲鳴は聞こえない、それを出す暇すらないほど、一瞬の出来事だった。


「不ちゃん、わたしからディナーのお誘いよ。 わたしが腕を振るって作った美味しそうなお肉料理、食べられないなんて言わないわよね?」


「……ありがとうございます」


 私は今からさせられることよりも、エリザ様に許してもらったというその事実が、どうしようもなく嬉しかったのだ。


「けど、矢斬戌亥はどうしても確保したいわね。 しっかたない、そろそろわたしも動こうかなぁ。 けど当面はやっぱりライムちゃんの方かしら」


 そんな呟きを耳に入れながら、私は炎が止んだ鉄格子へと向かうのだった。

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