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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第三十五話

「お前は本当に無、努力家だな」


「なにそれ褒めてんの? 貶してるよね、絶対」


 矢斬(やぎり)という男は、私が今まで出会ったことのないタイプの奴だった。 自分の無力さを嘆くことなく、ひたすらに受け入れている。 受け入れ、そして理解していた。 しかし、その無力さを持ってしても、やることはしっかりとやっている。


 私を……ああいや、私を絡んできた奴らを助けたときも、そうだった。 そのやり方は正直気に食わないものだったが、それくらいには捻くれたやり方だったが、それでもそこで一歩を踏み出せる人間というのは中々いない。 ましてや、それを楽しむだなんてな。


「ああ、貶している。 どうだ矢斬、悔しいならば私が稽古を付けてやろう」


「遠慮遠慮。 やだよ、面倒だし別に強くなりたくもないしね」


 そして矢斬は、大変物草な男だった。 努力なんてことは絶対にしない、だからそれを理由に能力に文句を付けることはしないという理屈でだ。 そこもまた、私が気に入らないことだった。


 更に、変わったことはある。 矢斬は、異法使いに対して特別な感情をこれっぽっちも抱いていなかったんだ。


 異法使いに対する風当たりは、この前私が絡まれたときの非ではない。 それこそ今では大々的に行われることは少なくなったが、路地裏なんかに入り込めば血まみれで倒れている異法使いなんてのもいるからだ。 そんな状況で、異法使いと関われば自分ですら危うくなってしまうこの状況で、矢斬はそれを躊躇しなかった。


「どうした?」


 道端で座り込む人を見かけると、すぐに矢斬は話しかける。 街中で座り込む人なんてのは、確実に異法使いだ。 満足に職に付けない彼らは、こうして酷い生活を送るしかない。 それでもどうやら異法使いが生活区としているVからYまでの地区に比べればマシらしい。 私は将来的にそれを変えていきたいと思ってはいるが、矢斬はそれを今、行動に移していた。


「ああもしかしてお腹減ってるとか? あー、つっても俺もそんな金ないしなぁ。 まいっか」


 矢斬は言うと、鞄の中からひとつおにぎりを取り出して、その異法使いに渡した。 驚いていたのは異法使いの方だ。 法使いである矢斬から優しくされるなんて、これまでに経験したことがないことだろう。 私とて、最初にそれを見たときは驚いて言葉が出なかったよ。 下手をしたら、法使いたちからリンチを食らいかねないその行動にな。


「お礼? いらないいらない。 言葉でのお礼なんてもの貰ったって、俺はちーっとも嬉しくないからね。 だからさーあ、なんか俺が困ってるときに助けてよ。 よろしく」


 それが、矢斬戌亥という男だった。 学校での評判は変わり者、そしてどこかズレた奴。 そんな評判ではあったが、私から見たら……矢斬は、とても優しい奴に見えていた。


 私のこともそうだし、異法使いに対する態度もだ。 こいつはこんな口振りで、何もかも分かっているような言い方をしているが、何を考えているのか分からないこともあるが、それでも心の底にあるのは優しさなんだろうと、そう理解したのだ。


「矢斬、異法使いにはあまり優しくしない方が良いぞ。 最近では、法使いに対する殺人事件も起きている」


「へえ、そりゃまた結構な仕返しが来ちゃったね。 自業自得ってやつでしょ、それは」


 いいや……矢斬は違うんだ。 法使いの考え方ではなく、完全に世界を外側から見つめている。 そして、その考え方はどちらかと言えば異法使い寄りだったように思える。 どんな生き方をしてきたのかは分からない、だけど矢斬は法使いのことをあまり良くは思っていないようだった。 私はそれを一度だけ、矢斬に聞いたことがある。 どうして、お前はそんなに異法使いに肩入れをするんだ? と。 すると、こんな言葉が返ってきた。


「どうしてって、また面白いこと聞くねぇ、凪くん。 だって当然だろ? 法使いが今まで異法使いにしてきたことを返されてるだけなんだからさ。 それに文句を言うって方が筋違い。 散々いじめといて、そのいじめてた奴が力を付けて仕返しをしにきたら、それは筋が通らないって言うのかい? 凪くんは」


「くん付けで呼ぶな。 それは……確かにそうかもしれないが」


「……凪ちゃん。 凪ちゃん、物事をゼロから考えなよ。 一度押したら一度押し返される、二度押したら二度押し返される。 そういうバランスってのは大事だから。 だからさ、法使いが今までしてきたことはざっと数えて千……一万くらいかな? それを今、異法使いたちは返してるってわけ。 まぁまだ一も返していない段階だけどね。 これからきっと、面白いことになるんじゃないかな」


「……人が死んでいるんだぞ、そういうことは言うな。 それと次に「ちゃん」を付けて呼んだら、殴る」


「……うん、そうだね。 ごめんごめん、気を付ける」


 果たしてその謝罪がどっちに対してのものだったかは定かではない。 両方についてだと私は勝手に信じて、私と矢斬は学校までの道を並んで歩く。


 矢斬の言いたいことは分かっている。 私たち法使いが理不尽なことをしたということも、酷い仕打ちを異法使いにしているということも。 しかし、それでも異法使いがしていることを肯定してはいけないし、私たちもまた、異法使いに向けてしていることを肯定してはいけない。 そういう風に変えていく必要があるのだ。 だが、それにはまだ時間が必要で。


「だからもうちょっと待ってくれ。 そういうことを言いたいのかな、凪は」


 心を読んだかのように、矢斬は私にそう言った。 私はそれに対して何も言えずにいると、矢斬は言葉を続ける。


「待たないだろうね、異法使いは。 だからもしも凪がやろうとしていることを実現するなら、とっとと手を打つしかないってこと。 分かる? 押し返され始めている段階で、待ては無効だよ」


 だから、か。


 だから矢斬は、今できる小さなことをしているんだ。 少なくとも私は、そう思ったんだ。




「……馬鹿な、奴だったな」


 矢斬は車に乗せられ、そして車は走りだした。 私は結局、それを見ていることしかできない。 矢斬戌亥、あいつは……人のことが好きな奴だ。 その愛情がどんなものであれ、私にはどうしても法使いと異法使いの関係を治そうとしているようにしか見えなかった。


 今ではもう、私たちは魔術使いからも攻撃を受けている。 先日の事件がそれを物語っているし、その魔術使いから得られた情報によれば、近いうちに魔術使いからの攻撃も始まりそうだ。 魔術使いは随分な変わり者で、中には機関に属す奴も居るとは聞いているが……そういう者達をZ地区に暮らす魔術使いたちは、裏切り者と呼んでいるそうだ。


 そして、魔術使いからの本格的な攻撃。 それが始まったそのとき、恐らくこの世界では戦争が始まる。 法使いと魔術使い。 そして法使いと異法使いの。 それを予感させるかのように、最近では街が静かだ。 機関の人間も、あまり見かけなくなってきている。


「必ずだ」


 私は言う。 既に過ぎ去ったその場所を見て。 最早何もない、そこを見て。


「また会おう、矢斬。 次に会うときは、驚くほどに私は強くなっているよ」


 それは自分に対する誓いだ。 次に会うとき、それがどんな形であれ、私は強くなっている。 お前を守れるほどに、そしてもう助けられることがないほどに。 人として、法使いとして、お前の友人として。


 ……たとえ、その再会が。 いや、やめておこう。

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