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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第三十四話

 矢斬(やぎり)が連れて行かれた。 私は、知れたはずだったんだ。 兄上もここ最近は忙しそうで、そういう変化を読み取れていれば、今日のこの行動も予測できていたはずだ。 だが、できなかった。 矢斬は連れて行かれてしまった。 それらの原因に理由を付けるなら、力不足だったに尽きる。 私が子供で、矢斬ほどの頭もなくて、状況も状態も考えられず、当然のようにまた同じ日常に戻るものだとばかり考えていた。 朝には矢斬の「今日も憂鬱だなぁ」との言葉を聞き、私はそれに対して「お前はいつもそれだな」と返す。 そんな一日だったと思っていた。 しかし、現実は違った。 知らないところで、水面下で進んでいたものは今になって姿を現したのだ。


 ……あいつは「またな」なんてことを言っていたが、それは不可能としか思えない。 法執行機関に連れて行かれれば、その評判は瞬く間に広がっていく。 あいつは自分の力のなさを悲観することなく笑っていたけど、鍛錬を積めば将来的には強くなれたはずだ。 それなりの生活も送れたはずだ。


 機関に入った人間には二種類がいる。 ひとつは、華々しい道を辿る者。 機関で働くということは、将来が、未来が約束される。 だから法執行機関には、毎年かなりの志願者が現れる。


 そして、もう一種類。 それは、機関に犯罪者として捕まった人間だ。 そうなれば、その噂はすぐさま広がっていく。 今この瞬間はこの教室内だけかもしれない。 だが、機関に連行されるということは……全ての終わりを意味するのだ。 出てこられる保証はなく、万が一出てこられたとしてもその先は……。


「くそっ!! 私は……!」


 力の限り、壁を殴った。 コンクリートで出来た壁は当然崩れることなんてなく、私の拳からは血が流れていた。 何もできなかったんだ、私は。 私が無力なばかりに、矢斬は。


「で、では……授業を……」


 おどおどとした様子の声が、教室内に響いた。 その言葉を受け、教室内に居た生徒たちは一斉に授業を受ける姿勢となる。 気味が悪く、不快だ。 さっきまで一緒に居た生徒が、連れて行かれたんだぞ。 お前たちにとってはただの変わった奴だったかもしれないが、私にとっては大切な友人だったんだ。 飛び抜けた成績だった私に、なんの嫉妬もなく、媚び諂うこともなく、普通に接してくれた。 それどころか、私のことをからかって遊んでいる節もあったくらいだ。


「……帰ります。 体調が悪いので」


 私は言うと、荷物も持たずに教室を出て行く。 教師から止める声が聞こえたが、無視をした。


 今からでも、私にできること。 何か、何かないか? 兄上は……駄目だ。 一度決めたら、意地でも意思を曲げない人だ。 私が言ったところで、何も現状は変わらないだろう。 ならば……連行中を襲って、矢斬を救出。 そうだ、それしかない。


 ……夢物語だな、そんなのは。 たとえ私が十人居たところで、あの大尉一人に負けてしまうだろう。 それほど、実力差は歴然だったんだ。 こんな小さな箱庭で最強と言われ、私は何を舞い上がっていたのだろう? そんなつもりはなかったけど、結局力なんてものは何も持っていなかった。 友達一人助ける力すら、私には。 守る力を何も持っていなかった。 私に兄上ほどの力があれば、今日のこれも防げたはずだ。 それなのに。


「最後まで、何も返してやることができなかったな……」


 廊下を歩く足を止め、校庭を眺めた。 すると、丁度そのタイミングでワゴン車に乗せられる矢斬の姿が見えた。 あの馬鹿は……こんなときでも、笑っている。 悪いが、私には何が楽しいのかまったく分からないよ。 お前は何を考えているか分からない奴だけど、少なくともお前は私が何を考えているのか分かるだろ? それなら、私の今の気持ちも分かるだろう? せめて、最後くらい悲しそうに別れて欲しかったよ、私は。


 そう言えば、あいつと私が知り合ったあの日も、あいつは笑っていたっけか。 今みたいに、最悪の状況でも笑っていたんだ。




「……」


 四月の終わり、廊下に二枚の紙が貼り出された。 四月中に行われた学力調査、並びに能力強度測定の結果だ。 学力調査では学年中二十五位、一位には矢斬戌亥という生徒の名前があった。 しかしそっちはさほど重要ではない。 何よりこの学園で重要視されるのは、能力強度の方だ。 聞こえが悪い話になってしまうが、学力が最下位でも能力強度がある程度あれば、進級も卒業も問題なく通過できる。


 私は学力結果の方はちらりと見て目を逸らし、能力強度の方に視線を向ける。 その前には人だかりができていた。 結果が公表されるシステムを取っているこの学園は、その所為か下位の者の成長が著しい。 恥ずかしさからか、それとも悔しさからか、努力を重ねる者が殆どなのだ。


「……一位、か」


 正直言って、結果には驚いた。 いくら凪家の者と言っても、上には上がいることを兄上を見て理解している。 なので、こうも大勢の人間が居れば、私よりも上の人間が居るのではないかと思っていたから。 しかし、そんなことはなく、結果としては一位。 それも、歴代最高得点での一位だった。


 私は自分の結果を見て、ふと視線をずらす。 すると、最下位の者の名前が目に入った。


 矢斬戌亥。 こいつは確か……学力では一位だった人間だな。 皮肉なことに、そうなってしまえば逆に目立ってしまうだろう。


 私は心の中で同情する。 せめて学力でそこそこになっていれば、ただ能力が一番弱い奴で済んだかもしれないのに。 だが学力で一位を取ってしまった所為で、こいつは逆に目立つことになるのだろう。


「……なぁ、聞いたか? この矢斬って奴、歴代で最下位らしいぜ」


「え、そうなの? あ……そう言えば聞いた話なんだけど、この人能力が出たのが十三歳だったらしいよ? あたしの中学、この人が行ってた中学の隣接地区だったから、噂聞いたことある」


 そんな噂話が耳に入ってくる。 ……能力の開花が十三歳だと? それはまた、聞いたことがない話だな。 普通とは逆の意味で驚いて、私はその掲示されていた紙の前から去っていく。


 そのとき私は、世の中には可哀想な奴がいるものだ、くらいにしか思っていなかったんだ。




「なぁなぁ姉ちゃん、その制服って一学だろぉ? へへ、勉強ばっかしてないで俺たちと遊ばない?」


 ……間違えたな。 少々近道をしたらこれだ。 というか、遅くまで学校に残っていたのが原因か。 如何せん、いつの時代にもこういう輩はいるものだ。 時代が進んで、近代化が進んでも、それはまったく変わらない。 それに加え、私が通うことになった第一学園は優秀なことで有名だ。 第一から第十、それら十校の中でも飛び抜けて優秀なのが、この法執行第一学園。 その所為もあり、白い制服というのは嫌でも目立ってくる。 具体的に言ってしまえば、抜け道の公園、その噴水前で男たちに絡まれた。


「断る。 私は帰宅途中だ、遊んでいる暇などない」


「暇などない、だって。 ぎゃはは! 良いじゃん良いじゃん遊ぼうよ! な!?」


 見たところ、六人か。 学校外で法を使うのはあまり気が進まないが……仕方がないときは例外だな。 女に生まれたことを後悔しそうになるよ、私は。 これで私が男だったなら、こんな風に絡まれることもなかったというのに。


「……チッ」


 舌打ちをして、私は鞄を地面へ置いた。 そして制服のブレザーを脱ぎ、鞄の上へと置く。


「え、マジ!? ここでヤっちゃう感じ? うっはぁ、お姉さん大胆だねぇ」


「ああ、そうだな。 ここでやってしまおうと思ったよ」


 意味はどうやら、違うようだがな。


 腕の力を一旦抜き、意識を集中させる。 ニタニタと笑いながら私のことを囲んでいる輩は、どうやら未だに気付いていない。 法使いのように思えるが……この態度、そして紺色の制服から導き出す答えは第八学園の生徒だ。 良い噂は聞いていないが、ここまでとはな。


「法執……」


「こんばんはぁ。 なに? なんか楽しそうなことしてる? 俺も混ぜてくんない? あっははは!」


 ……なんだ、この男。 目にかかるほどの前髪に、心底楽しそうな表情。 そしてどうやら、私と同じ一学だ。 更に、胸のバッジから同学年だということを認識する。 にしても、妙な奴だ。 いつからここに居た? まるで気配を感じなかったぞ。


 その男に対する私の第一印象は、奇妙な奴だという印象だ。 まるで死にかけのように気配が薄い、小さいではなく薄いのだ、この男は。


「あ? んだお前」


 私を囲んでいた男たちは、聞いてすぐ分かるほどに声色を変える。 表情もニタニタとしたものから、苛立っているように変わった。 おいおい、別に良いじゃないか、仲間が一人増えたって。 集団で私を囲うくらい仲間意識が高いのなら、今更一人増えたって変わらないだろうに。


「いやぁ! 実はさ、針間(はりま)さんのところの勝田(かつた)さん、最近パクられたじゃん? そのことで君たちの中に裏切り者が居るんじゃないかーって疑いをかけてるんだよ、針間さん」


「は……針間さんが? てか、お前針間さんの知り合いか?」


 どうやら、本当に仲間内だったらしい。 そっちの事情は詳しく知らないが、話の内容からしてこいつらのグループの頭の知り合い……ひょっとしたら友達か? そいつが捕まって、それでそれを内部告発した者が中に混じっているといったところか。 くだらないとしか思えない内容だな、これこそ。


「うんそうそう。 で、針間さんから携帯の履歴をチェックしろーって言われてんの。 だからさーあ、ちょっと携帯見せてね。 抜き打ちじゃないと意味ないだろうしさ」


「……どうすんだよ、隼人(はやと)


「どうするもこうするも……針間さんの命令なら、無視するわけには行かねえだろ」


 男たちはひそひそと話を始めたかと思ったら、すぐさまその話し合いは終わりを迎えたようだ。 よっぽどその針間という奴が怖いのか。 というか、私はもう帰っても良いのだろうか。


「けど、チェック終わったらさっさと帰ってくれよ。 俺たちは今から遊び行くんだからよ」


「おっけいおっけい。 もちろんだって」


 新しく現れた男は、隼人と呼ばれた男から全員分の携帯を受け取る。 すると、何を思ったのか、男はあり得ない行動を取った。 意味が分からない、本当にそんな行動を男は取ったのだ。


「たーまやー! あっはははは!」


 男は、携帯をまとめて噴水の中へと投げたのだ。


「え? な、なにすんだテメェ!!」


「なにって、花火。 そろそろ花火の時期かなーって、あ違うか。 ごめんごめん。 ほら早く取らないと使い物にならなくなっちゃうよ」


「クソが! テメェちょっとそこで大人しくしとけやッ!」


 私を囲んでいた男たちは、すぐさま噴水の中へ手を突っ込む。 中には足を捲り、噴水の中へ入る者も居た。 私はただただ呆然とその異質な光景を眺めていた。 いやもう手遅れじゃないかなんてことを思いながら。 しかし、それもすぐに終わりを迎える。 私の手が、掴まれたのだ。


「さぁ逃げよう。 走るのは平気? ま平気じゃなくてもどうだって良いけどさ。 大人しく待ってる馬鹿なんて絶対いないよね」


「は? おま……何を!?」


 引かれるがまま、私は走った。 慌てて鞄とブレザーを手に取り、男の足は意外と早く、しかし体力はそこまでなく、十分ほど走ったところで立ち止まった。


「なんの真似だ、貴様」


「え、なに怖い。 というか口調が怖いね、君。 分からない? 助けてあげたんだよ、救世主ってやつ。 オーケイ?」


「私がいつ、助けを必要とした? 私にかかれば、あんな輩どうってことはなかった」


 その場所は、橋の上だった。 吹いてくる風は既に暖かく、春がどんどんと進んでいるのを実感させる。 そしてその橋から見える光景は、とてもとても開放的だった。


「ああ勘違いだ。 それは勘違いだよ、凪正楠くん。 俺が助けたのは、あいつらの方だしさーあ。 だってほら、君って学園最強でしょ? ならやっぱり助けたのはあいつらの方ってことになるね」


 どこか、妙な奴だった。 掴みどころがないような話し方、そして何を思っているのか理解できない考え方。 その表情には笑顔が張り付いていて、しかしその笑顔は作り物のように見えない。 心底楽しんでいるような、そんな笑顔だ。


「……私を知っているのか?」


「そりゃもう。 だって有名人じゃん、君。 ああでも、俺の方もわりと有名だったりするんだよねぇ。 まぁ君とはまったく逆方向ではあるけど。 俺、矢斬戌亥って言うんだ。 よろしくな、凪」


 それから私は矢斬と話をした。 あいつらと知り合いじゃなかったのか? という話から、何故私に関わってきた? という話まで。


 前者に対して矢斬は「情報集めるのなんて弱い奴の常套手段でしょ?」と言い、後者に対しては「迷惑そうな顔をしていたから。 それとあのままだったら絡んでた人たちの方がやばかったでしょ。 あこれさっきも言ったじゃん」と答えたのだ。


 それが、どこか妙でどこか不思議で、どこかおかしな、矢斬との出会いだった。

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