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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第三十三話

 戦いの夜は終わり、またしても平和な日々に突入した。 法執行機関は試作品として作り出した魔法武器の取り扱いを中止したらしい。 通用しない武器を使い続けても仕方がないことで、更なる改良を重ねていくとのことで。 (なぎ)正楠(せいな)は自分の未熟さと弱きを理解し、鍛錬に励む。 同様に幸ヶ谷(こうがや)小牧(こまき)もまた、自分の弱さを理解した。 人は学んで成長していく。 様々な経験とか知識とか体験とか、そういったことを経て成長していくのだ。 人はそんなに変わらない? 努力をしても無理なものは無理? 個人差がある? 環境の違い? 遺伝子の違い? 天才? 非才? ああ違うね、そんなのは全然違う。 だってさ、生まれたときに比べたら、君だって充分成長しているじゃないか。 それなのにそんなことを言わないでくれよ。 君だって充分に成長しているし、俺だって成長している。 まぁ俺の場合は成長しなくて良いと思って、見ている方が楽だと思って、傍観者としているわけだけどね。 俺が思うに、努力なんてのは時間の無駄ってこと。 だから俺は今日も元気にこう言おう。


「今日も憂鬱だねぇ」


 一人で学校に向かう中、俺は綺麗な青空を見つめて呟く。 憂鬱で、無聊な一日の始まりはやっぱりつまらない。 けれど、明日はきっと楽しいことがあるよなんて、自分に言い聞かせながら。 そうそう、今日はクソみたいな一日でも、明日はきっと楽しいんだろうなぁ。 最高で、思わず笑みがこぼれてしまうほどに楽しい一日はきっとくる。 ああ、そうそう、明日は今日よりも楽しいはず。 あっはっは。


 ……と頭の中で笑ってみたは良いけど、明日にならないとやっぱり分からないよね。 だから俺は明日を楽しみに、どんなことになるのかを楽しみに生きている。 だから今日という日はやっぱり憂鬱だ。 ここ最近では面白い動きもいくつかあったしね。


 そのひとつ。 魔術使いに追われていた……らしい俺だったが、どうやら追跡者が大変馬鹿なようで助かったよ。 今ではもう、アリスに聞く限り魔術使いは住処へと帰っていったようだ。 とは言っても、どうせまた別の奴が派遣されるに違いない。 そっちは本当に嫌だよね。 魔術使いなんて全部死んでしまえばいいのになぁ。


 おおっと、これは不謹慎発言。 あの人たちも結局は盤上の駒なんだから、もうちょっと気を使った発言をしてあげないと。 例外的、予想外な動きをする駒は少ない方が楽だけど、それでもゼロだとつまらなくなってしまうからね。 けれど、フェアリー駒が大量に居たら逆につまらなくなっちゃうし……うーん、悩みどころ。


 ああそうだ、俺の話も少ししよう。 俺はと言えば、後日学校に行き、教室に入った途端、凪に拉致されたんだった。 それで、連れて行かれた体育館裏には小牧さんも居て。 根掘り葉掘り聞かれたというわけ。 その連れて行くという一連の動作の中に、俺への鳩尾パンチがあったのは言うまでもないこと。 いつか仕返ししてやるんだ、笑いながら。 凪が子供でもお腹の中に出来たときにやってみよう。 いやいやさすがに冗談だよ?


 んで、その根掘り葉掘り聞かれた話。 もちろん、俺とアリスの関係については隠した。 二人にとってアリスは敵だけど、俺にとっては古くからの友人だから。 俺は大変人情に厚いんだ。 だから友達を簡単に売るような真似はできないし。 法使いたちにとってのアリス、そして俺にとってのアリス。 それは本来ならば同じ感情を抱かなければならないのに、どうしてこうも世界は面倒なんだろう。 あはは、それがまた楽しいか。


 そんなわけで、元々小牧さんのストーカーであった魔術使い……(しらず)と言ったっけ。 彼女のことは俺が解決しようとしてーと適当に話しておいた。 というか、凪も小牧さんも一回は承諾した流れだったから、二人もそこまで強く言えなかったんだと思う。 そうなると、問題はもうひとつの方か。


 ……法執行機関。 彼らはどうやら俺への疑いを更に強めたようだ。 事実としてアリスと繋がりがある分、間違ってはいない。 俺に嫌疑をかけるのも筋が通っているし、当然の流れってわけ。 だけどまぁ、俺としては段々と遊べなくなってきているのも事実ってところだね。 余計な動きも観察も、段々としづらくなっているというのは感じている。


 ま別に良いんだけど。 もしも捕まったら、そのときはそのとき。 ゲームの終わりってこと。 駒を動かしている立ち位置、言わば現在の俺の立ち位置。 そのプレイヤーが強制退場を食らってしまえば、ゲームは終わり、終了だ。 プレイヤーが居なくなった盤上は、あとは駒が勝手に動くだけ。 そうなれば俺もまた完全なる駒になってしまうんだろう。 だからそうならないための予防線も張ってある。 凪正楠という機関に通じる人間と、凪心加(しんか)という本部の少佐。 あの人の拷問に近い事情聴取を受けたおかげもあり、その疑いがほんの少しだけ晴れているのは感じている。 そういうのも含めて大人しく従ってたのに、どうやらそれは俺が勝手に思っていたことで、あちらさんからしたらどうでも良かったらしい。 痛い思いのし損だよ、だって。


 だってね、あはは、なんでだろうね。 世界はやっぱり面白可笑しい選択を選んでくれる。 流れてくれる。 本当の本当に本当にッ! だから俺は、世界が大っ好きだ! 俺もきっと、世界に愛されているんだ。


「授業中失礼する。 法執行機関本部、荒井(あらい)(すすむ)、並びに本間(ほんま)集成(しゅうせい)だ」


 本日最後の授業中、人間が二人、教室へと入ってきた。 聞いたことがある名前だ。 確か、前者は超が付くほどベテランの本部大尉、荒井晋。 図体が大きく、威厳がありそうな顔立ちが特徴の中年。 後者は若くして本部の中尉にまで上り詰めた本間集成。 年齢で考えたら俺より十個も離れていないのに、本部の中尉というのは相当な逸材だね。 若く、パリっとしたスーツに短髪。 まさに清く正しい若者って感じの風貌だ。 はてさて、一体そんなお偉いさんたちが何用だろう? 見ればどうやら、教室内でも入ってきた二人の正体に気付いた者は居るみたい。 メディア露出もある人物たち、言ってしまえば有名人だから無理もない。 支部の人間ならざわつくところだが、本部の人間ともなれば全員が一様に押し黙るってことを知れたよ。 それならもっと上の人間が来たら、みんなはどういう反応をするのだろう?


 ……ああ、別にそれは大して気にならないからどうでもいいや。


 唯一気になったのは凪の反応。 それは凪も例外ではなかったようで、心底不審がっている顔をしている。 思い当たることがあるもんね、俺たちは。


「ほ、本部の方ですか……? い、一体何事でしょうか?」


 授業を進めていた教師にも知らされていなかったのだろう。 驚き、一歩二歩、後退りながら教師はおどおどとした口調で尋ねた。 そこで、返ってきた答え。 俺は思わずそれを聞いて、ニヤけてしまった。


矢斬(やぎり)戌亥(いぬい)、お前をテロ幇助容疑で連行する。 抵抗するな」


 そう来たか。 そう真っ先に思った。 駒として動かず、プレイヤーである俺に殴りかかってきた。 強制手段、強硬手段、必殺技だ。 ルールを無視、駒の動きを無視して、盤上を壊しに来やがった。


「ん? 俺?」


「立つな! 我々が拘束するまで大人しくしていろ!」


 荒井という大尉が落ち着いているのに反し、本間という中尉は若干緊張しているようにも見える。 俺、そんな怖く見えるのかねぇ。 ヤダヤダ、物騒な世の中になったものだ。


「いやぁ、ちょっと待ってちょっと待って。 そういうのには証拠とかあるんでしょ? 俺にも一応それなりに人権ってものがあってさ……っと」


 立ち上がり、俺は言う。 しかし、瞬きをしたその一瞬で俺は床に組み伏せられた。 手荒いことこの上ない。 こりゃ、何を言っても無駄かな。


「立つなと言ったのが聞こえなかったのか矢斬ッ!」


 動いたのは、どうやら本間の方か。 細い見た目のわりに随分と力がある。 法を使ってのものではなさそうだから、随分ちゃんと鍛え込んでいるようだ。 さすが、本部の人間ってだけはある。 にしても、力づくも良いところだよまったく。


「ま、待ってください! どうして矢斬が!?」


 そこで声をあげたのは、凪だった。 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、そこまで馬鹿だとは俺も思わなかったよ。 いくら兄が本部の少佐と言っても、逆らったり物を言ったりしちゃ駄目でしょ。 ほら、お前以外の人間は驚いてはいるものの、静かに席に座っていることだし。


「上からの命令だ。 凪正楠だな、今回は矢斬のみだが、お前にも嫌疑がかかっていることは忘れるな」


 凪の対処をしたのは、荒井。 重く、低い声が特徴的だ。 その言葉はまるで重圧のように、凪の体をピタリと止める。 迫力あるねぇ、さっすが大尉。 ピラミッド上位に位置する法使い様は威厳たっぷりだ。


「動くなよ、矢斬。 今手錠をかける」


「動くに動けないですって、あははは」


 俺の態度が頭に来たのか、本間は俺の髪の毛を鷲掴みにし、床に押し付ける。 そして開いている方の手を使い、慣れた手付きで手錠をかけた。 ああもう、まったくさ、これはさすがに予想外だよ、予想外。 ここまで力づくでやってくるとは思わなかった。 今されている暴力的行為じゃなくて、この状況のこと。 俺の凡ミスだ、これは。 少し、出すぎた真似をしてしまったか。


「それでは、失礼しました。 どうぞ授業を続けてください」


「あ……えっと……」


 俺は無理矢理立たされ、教室の中を歩かされる。 荒井はそれを確認したあと、教師に向けてそう言うと廊下へと出て行った。


「……矢斬がなんかしたのか?」


「この前のあれじゃない……?」


「ああ……異法使いの奴らの」


「……マジで? ってことは矢斬があれをやったのかよ?」


「……どっかぶっ飛んでる奴だとは思ったけどな」


「自分が無能だったから妬んだのか……」


「……人殺し」


 そんなざわめきが耳に入ってきた。 そりゃーそうだ、ここまで大々的にやられてしまえば、そういう方向に思考が行くのは当然だ。 俺はそれすらどうでも良かったけどね、しかしそれでも、どうでも良くない奴は居たようだ。


「黙れッ!! 貴様ら、私の友人を愚弄するならばそれ相応の処置を取るぞッ!!」


 ほんっと、馬鹿だなぁ。 俺に一体どれほどの価値があって、そんなことを言ったんだろう? どういう心境になって言ったのか、すっげえ気になるよ。 学園最強の少女はちょっと頭が悪かったね、こりゃ。


「犯罪者の肩を持つということは、分かっているのか。 凪正楠」


「あっはっは、もう犯罪者ですか、俺」


 背中から聞こえた静かな怒りの声に俺が言うと、物凄い勢いで睨まれた。 この本間という中尉、よっぽど犯罪が嫌いなんだなぁ。 良いことだ良いこと、こういう人が居る限り、世の中は安寧で平和そのものだよ……なんてね。 こういう奴がいるから、世の中はどんどん妙な方向に行っちゃうんだよ、分かる?


「……あなたたちとて、例外ではない。 もしも矢斬が無実だった場合、詫びてもらうぞ。 荒井晋ッ! 本間集成ッ!」


「口の聞き方がなってないガキだな。 誰に物を言っているかッ!!」


 声を荒らげる本間。 しかし、凪はそれでも臆することなく、静かな声で続ける。 教室内に響き渡るその声には、迷いなんて微塵もなかった。


「誰に、だと。 私の友人を連れ去る誘拐犯にだ。 それもそうだろう? 証拠もなく、根拠もなく、ただの一人の高校生を連行するなど、誘拐以外の何物でもない」


「誘拐犯、だと……貴様ぁ!!」


 ほらね、こうなった。 だから真面目馬鹿は面倒なんだよねぇ。 面倒面倒、本当心底面倒なことになってしまった。 だけどま、そういう馬鹿は嫌いじゃないさ。 むしろ好きなくらい。 だからここで本部の人間とやりあって、凪が殺されてしまうのはちょーっと嫌だなぁ。


「よせ、本間。 凪正楠、行き過ぎた行為だということは私たちも理解している。 もしも矢斬が無実だった場合、改めて挨拶に伺わせてもらう」


「……私になど、不要だ。 あなたたちが矢斬に頭を下げてくれさえすれば、私は構わん」


「心得た。 行くぞ、本間」


 うまいね。 うまいというか、強い。 いかなる状況でも、物事をスムーズに運ばせるその手腕は素晴らしい。 凪の性格ってものを見抜いてのことだと思うし、洞察眼も十二分にあるだろう。 いやぁ、惚れ惚れしちゃうよ。 友達になりたかったなぁ。 うん、冗談だ。


「……矢斬」


「んー? なにその顔。 あはは、別に死ぬわけじゃないんだしさぁ、死別みたいな顔されてもね。 だから言っておく。 凪、またな」


「……」


 悲しそうな顔をしていた。 あんな顔は、初めて見たかもしれない。 俺はそれを見て、心の中で「ごめん」と謝る。 仲良くなりすぎてしまったかもしれないと、そう思って。


 俺としては、本当に動かせる立ち位置になればそれだけで良かったんだ。 けど、凪の性格が面白くて、ついつい仲良くなりすぎてしまった。 そうして凪と仲良くなった所為で、小牧さんとも流れで仲良くなってしまって。


 俺が捕まることで、悲しむ人間は二人。 凪正楠と、幸ケ谷小牧。 だから俺は多分、二人に悪いことをしているんだろう。 妙な動きを見せなければ、こうして力づくに捕まることもなかっただろうしね。 だから俺はもう一度謝る。 ()()()()()()()()()()()()()


 けど、まぁ。 結局は全部が選択だ。 世界が選びとった選択にすぎない。 さて、どうやらゲームは強制終了、無効試合になってしまいそう。


 うーん……嫌だね、それは。

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