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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第二十六話

 ピピピという軽快な音と共に、ポケットの中で携帯が揺れた。 僕は足を止め、その携帯を取り出す。


「あーあ、残念」


 声を漏らし、携帯を再度ポケットへと仕舞った。 負けちゃったかぁ……やっぱり矢斬(やぎり)さんに勝つのは無理だったみたい。 残念だよ、悔しい。 勝とうとしていたけど、正直矢斬さんは最初からその人の場所の見当が付いていたんだと思う。 あの人は本当に何を考えているか分からないからね。 どっちが先に魔術使いを見つけるかの勝負は僕の負けだ。


「なんか、一雨来そうだね」


 空を見上げて呟く。 一人で呟いたその言葉は、誰にも届かずに消えていく。 雨は好きだ。 雨に打たれると、なんだか綺麗になった気分になれるんだ。 僕が汚れているのかと聞かれたら、女の子としては「いやいや綺麗だよ」と答えたいけどね。 綺麗になるというよりか、いろいろと嫌なことが忘れられる気がする。 そんな感じかな。


 みんな、何をしているのかな? ふと、空を見ながらそう思う。 みんな……僕が属する異端者のみんなだ。 僕が唯一、頼れる人たち。 仲間という言葉の意味を教えてくれた人たちのことを思い、僕は空を見上げる。


 ツツナさんはたぶん、僕たちが根城にしているX地区のアジトに居るのだろう。 ポチさんの次に強いツツナさんは、顔の右半分を隠したお面が特徴的で、それでいて面倒見が良いんだ。 無口であまり喋ろうとはしないけど、一緒に仕事をするにはツツナさんが一番良いや。


 天上(あまうえ)さんは、今日もどこかで元気に法使いを倒しているのかもしれない。 ああでも、ポチさんからしばらくは控えろとの話があったし、イライラとフラストレーションが溜まっていそうだ。 そう考えると天上さんには会いたくないなぁ。 基本、怖いからね。 でも意外と優しいところもあるんだよ。


 霧生(きりゅう)さんはどうだろう? あー、どうせどこかの地区で女の子をナンパしているんだ。 あの人にとって、法使いも異法使いも魔術使いも関係ないからね。 男の人は毛嫌いするけど、女の子に対してはとことん甘い霧生さんのことだ。 僕のことはガキと言って相手にしてくれないけど……。 別に僕も相手にされようとは思っていないから、良いけどさ。


 そうなると、ルイザさんも気になってくる。 ルイザさんは僕と同じように異法使いということを普段は隠しているから、バイトかな? どこかの地区にあるどこかの喫茶店でバイトをしているって話は聞いたけど、どこかは教えてくれなかったからなぁ。 今度探してみよっかな。 ルイザさんって普段はツンツンしてるけど、僕に対しては本当に優しいんだよ。


 次次。 次はリンさんたち。 あの人たちは僕よりも少し年上で、ポチさんよりも年下だ。 あまり僕とは関わり合いがないけど、リンさんたちは他のみんなとも同じような感じだから、何をしているのかは分からないや。 ちゃんとした住居があるってことは聞いたから、そのお家で二人で仲良く遊んでいるのかも。


 それで、ハコレさんにカクレさん。 あの人たちはリンさんたちみたいに兄弟ってことはないけど、とっても仲が良い二人。 カクレさんは臆病で、ナイーブなイメージしかないけどね。 対するハコレさんは超が付くほどお調子者。 でゲームが大好き。 そう言えば、ハコレさんが異端者に加わるとき、みんなと同じようにポチさんと戦っていたけど……ハコレさんは随分しぶとくて、普通なら一回負けてはい終わりのところを五回も挑んだんだよね。 ポチさんの強さを知っても尚挑んでいくその精神力と負けず嫌いっぷりには感服するよ。


 最後に。


 ポチさん。 ポチさんは、何をしているんだろう? 僕はもう毎日それが気になって仕方ない。 うーん……気になるなぁ。 僕にとって、ポチさんは矢斬さんと同じくらいにヒーローなんだ。 性格で言えば断然ポチさんの方が良いけども。 僕を受け入れてくれるという面では、一緒かな。 そろそろ召集があってもおかしくはないくらいに時間が空いてるよねぇ……ああ、早くポチさんに会いたいな。 そう思ってしまう辺り、僕はやっぱりポチさんに恋をしているんだ。


 ……笑われるかな? 誰かにそんなことを相談したら。 ツツナさんやルイザさんなら相談に乗ってくれそうだけど。 あ、霧生さんもそういう方面では知識が豊富そうだし、良いかもしれない。 天上さんもなんだかんだ言いながらアドバイスはしてくれそうだし、リンさんたちも的外れなことは言ってくれそう。 ハコレさんもカクレさんも、親身になって考えてくれると思う。


「ふふ」


 思わず、笑ってしまった。 そうだ、居ないんだ。 僕のことを馬鹿にして、僕のことを指さして笑う人は、あそこには居ない。 僕の居場所、僕が居て良い場所なんだ、あそこは。 それが嬉しく、楽しく、僕は一人笑ってしまう。


 そんなときだった。 再度、ポケットから機械音が鳴り響く。 僕は思考を一旦止めて、その音源である携帯を取り出した。 届いていたのはメールで、差出人は矢斬さん。 うん、テンション下がっちゃった。


「敗北ついでに頼みごと。 俺を追っている奴を足止めしてくれ。 それとその前に……矢斬さん、何かしたのかな?」


 そのメールの最後まで目を通し、僕はポケットに携帯を仕舞う。 ひょっとしたら、魔術使いに追われているのかもしれない。 それとも、他の何かだろうか? 機関の人に疑われているとも言っていたし……そっち関係の人かな?


「ま、別にどっちでも良いか。 矢斬さんの頼みを無碍にはできないしね」


 一位は当然、ポチさん。 そして次点に居るのが矢斬さんだ。 それにしても、場所も言わないで足止めしてくれって、随分適当なお願いだなぁ……。 そんなことを思い、僕は手頃なところにあった鉄柱の上へと登っていく。 足をかけ、跳躍し、てっぺんまで行くのに数秒も必要としなかった。 こんなとき、能力者としての身体能力はありがたいよ。 僕は開花が早かった分、身体能力は無駄に高いしね。 体が小さいおかげってのもあるのかな。 身長はこれから伸びるはず……だし。


「あれ? なんか面白いことになってるかも」


 そこから見えたのは、F地区で起きていることだった。 住宅街の中、そこで二人の法使いが二人の魔術使いと戦っているようだ。 しかし片方は少しずつ離れていってるみたい。 そして、その地点から数キロ離れた巨大な空き地で戦っているのは、一人の法使いと一人の魔術使い。 どうやら空き地の方で戦っているのは、この前ツツナさんが倒した女の人か。


 それで……えっと……矢斬さんはっと……お、発見。


「ふふ、ふふふ」


 相変わらず、居るのか居ないのか分かりにくい人だよね。 気配が小さいというか、ないんだもん。 もしかしたらあの人は既に死んでいて、僕が話しているのは幽霊なのかなぁ……と馬鹿なことを考えて、僕は足場にしていた鉄骨を蹴り飛ばす。 反動で体は宙へ投げ出され、勢い良く飛んで行く。 みるみるうちに矢斬さんの姿は鮮明になり、そして矢斬さんを追っている人物の姿を認識した。


 どこかで見たっけ……機関の人だったかな、確か。 けど、どうにも楽しそうな相手ではない。 まったく、このくらいの相手なら矢斬さんだけでどうにかして欲しいものだよ。 とは言っても矢斬さんは弱っちいから難しいんだろうけどさ。 暇潰しにもならなそうな仕事を頼まれる僕の気持ちも、少しは理解して欲しい。


「よ……っと。 こんばんは、法使いの人」


 勢い良く着地し、その人の前で向き直る。 女の人か。


「ますます怪しさは増してきたってところか、矢斬戌亥(いぬい)め……。 テロリスト、良くものこのこと姿を現せたな」


 同時に女は立ち止まり、僕と相対する。 うん、こんな感じで良いのかな? 矢斬さんが逃げられる時間を作れば良いんだし、もう帰っても良いかな……駄目だよね、さすがに。


「異法使いランク三位。 狐女」


 狐、かぁ。 狐よりも僕は猫が好きなんだ。 人懐っこくて、可愛いから。 犬はちょっとニガテ。 元気すぎるからね。


「その呼び方、ちょっと可愛くないからヤダな。 もっと、可愛い呼び方ない?」


「ならば、薄汚いフード女はどうだろう?」


「む……」


 言われ、僕はかぶっていたフードを抑える。 そんな汚い……? ずっと使ってるからちょっと破れちゃってるけど、一応毎日洗ってるよ。 見た目で判断ってのは酷い話だ。 僕のこのお面も、見たまんまで名前付けてるし。 やっぱり僕はどうせなら猫が良かったよ、ポチさん。


「問う。 狐女、お前は矢斬戌亥と通じているのか?」


 さて、どう答えようかな。 ここで通じていると言ったら、困るのはやっぱ矢斬さんだよね。 ちょっと困らせたいから「そうだよ」と返しても良いんだけど……後で怒られそうだ。 矢斬さんが怒ったところは見たことないけど、普段怒らない人が怒ると怖いって言うし。 下手は打たない方が懸命か。


「残念ながら違うよ。 というかさ、その矢斬って人がもしも僕と通じていたとしたら、その人ロリコンじゃん。 僕ってほら、まだ十歳だし。 僕はそういう人とは遊ばないし、話もしないんだ。 怖いからね、犯罪者は」


「どの口が……。 狐女、今日がお前の命日だ」


「だから、可愛くない呼び方はやめてって。 ロクでいいよ、僕は。 みんなにもそう呼ばれているからさ……あ」


 ぽつりと、何かが当たった。 僕はそれを受け、空を見上げる。 いつの間にか暗くなっている空は、雲が覆っている。 今日は星がまったく見えない、お月様も隠れてしまっている。 雨は好きだけど、夜の雨は好きじゃないんだ。 ワガママなことだけど、夜空は好きだから。 それを隠してしまう雲は、雨は好きじゃない。


「ねえ、お姉さん。 お姉さんは雨って好き?」


 僕は顔を降ろし、その人に聞いた。 その人は怪しむように僕のことを見ていたが、下手に動くと危ないとでも思ったのか、口を開く。


「嫌いだ。 服が汚れ、体も汚れる。 何より気持ち悪いからな」


「そっか。 それは残念だよ、僕とお姉さんは気が合うタイプじゃなかったみたい。 僕はほら、雨自体は好きだからさ」


 そうは言っても、気が合わないことなんて最初から分かりきっていたことだよ。 僕は異法使いで、お姉さんは法使い。 たったそれだけで、分かり合える可能性は一パーセント以下なんだ。 残された一パーセント以下のその数値は、矢斬さんが全部持って行ってしまっている。 だから、僕が法使いと仲良くなれる可能性はない。 皆無だね。


「私もお前と仲良くするつもりはない。 聞いているぞ、お前の異法。 現象の完全逆転か」


「おや、情報はしっかり行っているんだ。 すごいね、驚いた」


 まぁ別にバレたところで困るものでもないんだけど。 隠すつもりもないしね。 それに、僕たちのはともかくとして、ポチさんの異法は知ったところでどうしようもないことだ。 あの人のは格が違う。 それこそ、完全な異法なんだから。


「だったらそれ相応の反応をして欲しいものだな。 まぁ、私たち執行機関もただやられているだけじゃないってことを分からせてやろう」


 法使いの女は言うと、懐から小さな短刀を取り出した。 至って普通の短刀だ。 幸ヶ谷(こうがや)という人が持っていたという法武器でもない。 あんなもので、僕と戦うつもりなのかな?


「避けるなよ、異法使い」


 言い、お姉さんは僕に向けてそれを投げ付ける。 うん、良いよ。 そんなことを思い、僕は眼前に迫ってくる短剣を見つめていた。


 嫌な、予感がした。 これまで何度もこういう場面はあった。 だけど、今日この場面は……違う。 そう直感が告げた。


「っと……あっれ」


 結果から言えば、その短刀を避けたのは正解。 ギリギリのところまで迫っていた短刀を避け、その短刀は僕の首筋を数ミリ、皮膚の表面だけを切って後ろへと飛んで行く。 次に来たのは、チクリとした痛みだ。


 触り、その結果に驚いた。 僕の体は僕の異法によって、常に逆転現象が起きている。 傷付けば傷付かず、血が出れば血が出ず。 そういう体に起きた外部的現象を全て逆転させている。 ならば傷付かなければ傷付くのかということになるが、そんなことはない。 現象が起きさえしなければ、逆転は発生しないんだ。 現象が起きたときだけ、それは逆転させられる。 だから、今こうして僕の体から血が出たことに、驚いた。


「ふっ。 分からないか? 異法使い。 この短刀は魔術が組み込まれている。 魔術回路、法回路、それらを混ぜた回路が組み込まれているのだ。 その二つの回路は干渉し、そして新たな現象を引き起こす。 よく、法使いの力はプラスで異法使いの力はマイナスだと言うだろう? ならば魔術使いの力は掛け算と表すのが分かりやすいな。 そして、その法使いと魔術使いの力を組み合わせたとき、何が起きるか」


 ……なるほどね。 大体の理屈が分かったよ。 法使いの強化する力、そして魔術使いの引き起こす力。 法使いの強化を魔術使いの引き起こすに作用させたんだ。 そうして起きるのは、多大なプラスの効果。 起こりえない現象の強化というわけ。 で、僕の体がこうして傷付いたということを考えると。


「異法の無効化。 それが、私たち執行機関が作り上げた新たな武器だ。 単純な話、お前らの持つ力以上の力を簡単に引き起こす武器、その武器こそこれだ」


 単純な話だとそうなる。 力押し、いくら強い火だったとしても、膨大な量の水をかけられたら消えてしまう。 とてつもなく頑丈な壁でも、ミサイルを打ち込まれたら崩れてしまう。 それを簡単に実現させるのが、法使いの強化に魔術使いの引き起こしというわけか。 なるほど、考えたね。


 これは、面白い戦いになりそうだ。 矢斬さん、ありがとう。 それでさ、僕はどうやら殺す気でかかられているみたいだね。


 思い出すよ、あのときの言葉を。 先に手を出してきたのはあっちの方。 だから。


 何をされても、文句は言えないよね。 って。

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