第二十四話
発見。 矢斬戌亥。
『不様、如何なさいますか? 俺とコルシカが行けば、攫うことは容易いかと思いますが』
頭の中に声が響く。 ラングドックの声だ。 ふむ……確かにあの少女を攫うことは容易い。 が、油断できないのは事実である。 数日前、幸ヶ谷小牧にはついに接触できたが……得られた情報は皆無。 口が堅い級友だった。 それよりも、どうしてか私のことを随分と不審がっていたように思える。 服装も口振りもとても普通だと自負しているのに。
更に言わせてもらえば、ラングドックとコルシカの二人に任せていた誘拐作戦は失敗した。 どうやら現場には本部の少佐という奴が居たらしく、二人の能力ではとても太刀打ちできなかったという。 一度は奇襲で攫おうとはしたものの、失敗してしまったらしい。 人生に失敗は付き物である故、私は別に怒りはしない。 エンジェル不ちゃんである。
「いやまだ早計だ。 ラングドック、物事とは常に思考する必要がある。 まずはバレずに追尾なり」
『承知』
思わず笑みが溢れてしまいそうになるほど、ラングドックは素直に私の指示に従う。 しかし、コルシカの方はというと。
『……なんだか尾行ばっかりですねぇ。 わたし疲れてきちゃいましたぁ』
なんて愚痴を言う。 ふ、ふ、ふ。 尾行は捜査の基本だ。 そんなことも知らないとは、やはり使い魔風情には現世のことは難しいのだろう。 言っておくが、私はビビっているわけではない。 マジで、ちょーマジでだ。 私はチキンではなくバードなのである。 チキンは飛べないが、バードは飛べる。 そういう違いだ、分かったか。
『不様ぁ……わたしちょっと寝ても良いですかぁ? 眠いですぅ』
「え、待って、だめ。 話し相手が居ないのやだ」
『分かりましたぁ……頑張りますぅ』
「肯定なり。 それでこそ我が使い魔よ」
威厳たっぷりに私は言う。 そして満足し、再び対象を視野に……視野に……あれ。
「見失っただと!? 奴め……やはり一筋縄では行かないかッ!」
『不様、不躾ながら言わせてもらいます。 矢斬戌亥と思われる女は、先ほどから何かを追いかけている節があるかと。 気配をひどく薄く保ち、現在は二時の方向……約百メートル先です』
何かを追いかけている? ふむ……成程。 ラングドックの洞察力は大変鋭い。 私とて、さすがにそれには気付いていたがな。 気付いていたが敢えて黙っていたのだ。 そう、ラングドックの能力を見るためにな。 えでも待って、矢斬が追っている人物というのは誰だ?
「ふ、ふ、ふ。 分かっているそんなこと。 あの女……矢斬戌亥が尾行をしている対象は、恐らく私たち魔術使いの影だ。 そうとなれば、ここはどちらが先に発見されるかの勝負ということだな」
『わたしたちはもう矢斬を見つけていると思いますがぁ』
「……ならばこうだ! 矢斬が追っているのは私たちではない魔術使い……そう考えるのが定石なり」
『お言葉ですが不様、現在法使いが治める地域に駆り出されている魔術使いは我らだけです。 よって、矢斬戌亥が追っている人物はまた別の可能性があります。 とは言いましてもライムの一派なら可能性はごく僅かにあるかもしれませんが……ライムの一派は、法使いに肩入れをしております。 よって、矢斬があいつらを追うことはないかと』
「じゃあ誰なんだよぉ! 意地悪しないで教えてよラングドック! うう……うわぁん!」
涙が落ちた気がしたが、気のせいだ。 嘘嘘嘘、この世は嘘でまみれている。 溢れ返っている。 私が本気で泣いたことなど、一度もないっ!
『恐らく』
ラングドックの声が一段と低くなり、私は続きを待つ。 日は傾き始め、辺りは暗くなり始めていた。 時間的にこれ以上ゆっくりの行動もまずいだろう。 夜になると、怖い人がいっぱい出るし。 それになんと言っても、私には命じられたことを早々にこなさないといけない理由ができてしまった。
……つい先日、Z地区から飛ばされてきた使い魔が私の元に届いた。 なんか、早くしろとの内容で。 エリザっちを怒らせると正直言って本当にヤバイから、早くしないといけない。 マジで、私死ぬ。 下手したら、エリザっちの魔術で今死んでもおかしくはない。 エリザっちの魔術からは絶対に逃れられないのだ。
本当に、私はあそこまでの力を見たことがない。 私はあれ以上強い魔術使いを見たことがない。 つい数年前にやってきた絶対の、絶望の魔術使い。 そう呼ばれているのがエリザっち。 腕を振るえば山が崩れ、息を吹けば残されるのは平地のみ。 そういう噂がされるほどに恐ろしい人なのだ、あの人は。
私は不死だ。 死なない体が存在する。 だが、その不死というのも一般的な事象にのみ対応できるもの。 想定外のものに直面したとき、それが必ずしも不死になるとは限らない。 そして私にとっての想定外というのが、エリザっち。
法使いには機関というものがあり、その本部には強者が多数居ると聞いている。 だが、エリザっちの前ではそれもただの弱者に過ぎなくなる。 そう確信させるくらいには、私に恐怖という感情を植え付けている存在なんだ。
『矢斬戌亥と一緒に居た男、覚えていますか? 矢斬戌亥からは、その男に向けた思念が感じられます。 他の者に向けているものより一段と強い思念が。 ですので、矢斬が追っているのはあのときの男かと』
「……あの雑魚か。 成程、弱者は強者に憧れる。 同様に、強者は弱者に惹かれるということか。 ならば話は早い、その男の所在を掴むべき」
『というか不様ぁ。 その男すぐ近くですよぉ。 というか後ろですぅ』
「あっれぇ、こんなとこに巫女服少女ちゃん発見。 どうしたの? 迷子? それとも別の何かかな? あっはっは!」
気配がなかった。 少しも、これっぽっちもだ。 これはなんの冗談でもなく、悪ふざけでもない。 まるで死んでいる人間のように、気配がない。 音はした、声もした、そして今目の前に居る。 だが……なんだ、こいつは。 異質だと、私はそう思った。 本当に人間か? 決定的に何かがオカシイ。 こいつは、妙だ。 何かが普通とは違う。
「……青年よ、私はとある重要な責務を果たしている。 よって、質問に答えて欲しい」
「質問? ま別に良いよ。 けど、君がする質問にひとつ答えたら、俺の質問にも答えてくれ。 おっけい?」
「公平な取引というのは嫌いではない。 良しとしよう。 なので、私は第一の質問をする」
警戒心はない……な。 よっぽど勘が鈍いのか、法使いの癖に私の使い魔の存在にも気付いていないようだ。 まるで普通の人間だな、これは。 能力が芽生える前の人間のようだ。 法使い失格なり。
「青年よ、名前は?」
「俺? 矢斬戌亥だよ。 んじゃ次俺の質問、君が噂の魔術使いさん?」
矢斬……戌亥だと? いや待て、それは妙だ。 こいつと一緒に居た女は矢斬戌亥で、そいつと同姓同名ということか? そんなことがあり得るのかな……あり得るのかもしれない。 この世は嘘でまみれているから、この男の言葉も嘘かもしれないが。 ああそうか、この男は私に嘘を吐いたのか。 それなら納得、どんとうぉーりー。
「噂の、というのが世間一般で言う人体発火事件の犯人ということならばそうだ。 だが、私が殺したのはたったの一人である。 のーぷろぶれむ」
「ああそう。 なら良いんだ、ちょっと待ってね」
自称矢斬は、それを聞くとポケットから携帯を取り出した。 そんな通信機を使わなければ連絡が取れないとは、やはり法使いというのはくだらない生き物なり。 それより、連絡しているその先が問題だ。
機関、級友、家族、警察。 数えれば切りがないが、そのどれかでも問題はなし。 機関の人間など、自ら出向いて殺しても良いくらいでしかない。 ちょーのーぷろぶれむ。
「俺の勝ち……っと。 よし、それじゃあ次の質問どーぞ」
「ふむ、まぁ良い。 質問を続けよう。 青年よ、何故ここに居る?」
「あはは! 決まってるじゃん、君を探してたんだ。 実はその魔術使いが俺を探してるって聞いて、なんでだろうなぁとか思っててさ。 俺って、そんな魔術使いに悪いことしたっけ? ああでも法使い全体で見ればそうなのか。 けどさぁ、俺個人に価値なんてそんなあるかな?」
両手を広げ、自称矢斬は言う。 奇妙な奴だ、というのが私が感じたこと。 私以上に、奇妙な奴だ。 ひょっとしたらエリザっちと同じくらいにオカシイと思える。 ぶっ飛び具合は大変似ている。 エリザっちも相当ぶっ飛んでいるけど、こっちもこっちで違う意味でぶっ飛んでいる。 まず、ごく普通の感覚として、同じ法使いを殺されているという事実を知っても尚、笑顔。 その笑顔が恐ろしくも感じる。
『……不様、八時方向から狙われています』
「八時」
言って、私はその方角を見た。 視界に入ったのは、一人の男。 私の方に向け、エアガンを構えている。 構成物質は鉄ではなくプラスチック、よってエアガンだ。 ふむ、しかし子供の遊びとは思えない。 ならば。
「成程」
「なに? 何がなるほど? ちょっと一人で納得しないでさーあ? 俺にも教えてよ。 気になる気になる」
口うるさい自称矢斬の言葉を無視し、私はエアガンを構えている男を見る。 やがて、男はその引き金を引いた。
エアガン特有の軽い音ではなく、重い音。 バンッ! という低い音が響く。 同時に、その銃弾は私のもとへと一直線に放たれた。 プラスチックの弾、しかしそれは本物の銃弾の如く重く早い。
法使いの基本的能力、現象に対するプラスの効果。 それには得意分野や不得意な分野が存在する。 衝撃の強化や、威力の強化。 自然現象の強化から、治癒力の強化。 それらは幅広く、そして法使いの使用する能力は強力だ。 パソコンのメモリーでたとえると分かりやすい。 私たち魔術使いや異法使いの能力の強さをメモリー二ギガならば、法使いの能力は六十四ギガ。 それだけ、基本的なスペックが違う。 私のような例外でなければ、それに対処することは不可能だ。
「魔術執行。 銃弾の構成物質を否定シマス」
直後、銃弾だった物は私の体を通り抜ける。 そして、後ろにあった壁へと衝突した。 コンクリート片が飛び散り、私の足へとそれは当たる。
「一と換算しよう。 今のコンクリーツ・アタックで一だ。 よって、私は一を返すことにする」
「避けた……いや、すり抜けた? ひ、ひぃ!」
「簡単なこと。 銃弾を一時的に水素レベルまで分解した。 君の体は水素が当たるのか? 青年よ……あおい逃げるなッ!!」
私は慌てて走り出す。 一の攻撃を受けたならば一を返さなければならない。 それが私の責務で義理である。 ふ、ふ、ふ。 私は義理堅い人間だ。 いえす、ヴぃーなす私。
しかし、はてさてどうしたものか。 男は住宅街の角を曲がり、去っていく。 私がそれを追いかけると、そこには人が更に三人居た。
おっさんとお姉さん、二人とも何やらコートみたいなのに身を包む二人。 そして私が探している矢斬戌亥と級友関係にある幸ヶ谷小牧。 これは一体全体どういうことである?
『不様、三時方向からもう一人やってきます。 どうやら矢斬戌亥が事態に気付いたようです』
つまり、このまま行けば一対五……後ろに居るこの奇妙な自称矢斬戌亥の男を含めたら一対六か。 ちょい部が悪くなっちゃう。 ならば楽に消せるのを消すとしよう。 それにあいつには一を返さなければいけない。 借りたままというのは嫌である。
「萌えー。 燃ゆる燃ゆる。 ふ、ふ、ふ」
男の体は萌えた。 これ以上ないほど燃えた。 その火を見て、私の心は燃え上がるのだ。 そろそろ寒くなる季節、焚き火なんて如何だろう? 私はこう見えて、寒がり。 服の所為では決してない!
さて、ようやくまともに動き出した。 と思ったのだが、小太りの中年男と話を進める内に、衝撃的事実判明。
……どうやらあの自称矢斬戌亥、本当に矢斬戌亥だったらしい。 思えばそうだ、あの女が矢斬戌亥だという証拠、何一つなかったんだった。 ふ、ふ、ふ。 笑って誤魔化すことにしよう。
私は咄嗟に矢斬を捕まえようと動く。 しかし、その行動は若い、目付きが鋭い女によって足止めされた。 その際に、矢斬は笑って手を振りながら姿を消す。
「危ないね、本当に。 邪魔をしないで欲しいよナイトさん。 コルシカ、ラングドック、許可しよう。 これで三対四、余裕なり」
『御意』
『了解でぇすぅ。 やっと尾行以外だぁ……』
いいや、まぁ良い。 構わん構わん、匂いも気配も顔も雰囲気も把握した。 それならばもう、世界のどこに居ても割り出せる。 そうと決まれば、まずはこっち。
「俺は数多だ。 数多友鳴。 不、貴様を人体発火事件の容疑者として拘束する」
私はこの中年男の相手をしよう。 コルシカ、ラングドックの二人も既に相手は見つけたようだ。
「貴様、あのときの男だな。 魔術使い」
「ああ、以前は人違いをしていたのでな。 貴様にはもう用はない、よって邪魔をするならば死んでもらおう」
ラングドックは、凪と名乗った女と。
「……お、きたきたきたぁ! あーやーっと出れたぜぇ! おいクソガキぃ、テメェ俺様の目の前に立っているってことは殺っちまって良いんだよな? 良いんだよなぁ!? ああん!?」
「えなにこの人怖いですぅ。 嫌だなぁ……」
コルシカは、幸ケ谷……え、なんで性格変わっているんだあの人。 しかも、持っているのは法武器? ううーん、ま大丈夫大丈夫。 いざというときは私が手を貸せば良いだけの話。
と、いうわけで。
いっつぁ、殺し合いたーいむ。




