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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第二十三話

「幸ヶ谷小牧さんですね。 少し伺いたいことがあります」


 丁度、学校からの帰りだったのか。 幸ヶ谷は住宅街を歩いていた。 そのルートは調べてあったおかげもあり、こうして捕まえることができた。 しかし……様子が少し変だな。 辺りを気にしているような、そんな仕草を見せている。 ついこの間の襲撃事件の所為もあってか、警戒している感じか。


「は、はい。 もしかして、機関の方ですか?」


「ええ、そうです」


 俺のことをそう認識している、か。 ということは、そういう可能性も考えていたわけだ。 なんとも怪しいな……。 機関の人間からの接触は、滅多にないことである。 だというのに、真っ先にそれが浮かんだ。 軍服を着ているならまだしも、今は俺も鹿名も私服で、顔で判断したというわけでもない。


「少々お時間を頂けますか、幸ヶ谷さん。 矢斬戌亥くんに付いて伺いたいことがあります」


「矢斬くん……? はい、分かりました」


 俺の横で言った鹿名の言葉に、幸ヶ谷は疑問に思ったような声で言った。 矢斬のことは頭になかったのか? それも妙だな。 矢斬のことではなく、別の何かが頭にあった……ということだろうか。


 そこまで俺が思考したとき、異変が起きる。


「う、うわぁあああああああああ!!」


「なんだ?」


 幸ヶ谷を連れ、どこか手頃な場所にある喫茶店にでも移動しようとしたそのとき、叫び声のようなものが背後から聞こえた。 とてもじゃないが、日常生活を送る上で出る声ではない。 嫌な予感が、俺の頭の中を駆け巡る。


「だ、誰かッ! あ、あんたら助けてくれ! れ、例の奴だッ!!」


 その悲鳴をあげた男は、俺たちの元へ駆け寄ってくるとそう言った。 気が動転しており、とても普通に話せる様子ではない。


「俺たちは機関の人間です。 もう大丈夫、あなたは安全な場所へ避難してください」


「わ、分かった……た、頼むからあいつをどうにかしてくれ! お、俺はもう……こんな地区で暮らしたくはねぇ!!」


 叫ぶように言い、男は走り去る。


 否、走り去ったと思った。 その途中で、男の体は火に包まれたのだ。


「萌えー。 燃ゆる燃ゆる。 ふ、ふ、ふ」


 背後からの声、そして気配を感じる。


 俺はゆっくりと振り返った。 すると、そこに居たのは少女だ。 年端も行かぬような小さい女の子。 巫女装束に身を包み、ニタニタと笑みを浮かべている。 それが何者か、瞬時に俺は理解する。 F地区での一連の事件は、全て体が唐突に燃え上がるというもの。 ならば、こいつは。


「鹿名、奴だ」


「了解。 数多第四支部長、対象の安否は問いますか?」


「問わん。 これ以上被害を拡大させるな」


 俺と鹿名はその少女を見る。 一人……か? いや、待て。


 そのとき、少女の後ろから一人が歩いてきた。


 ……おいおい、どうしてお前がここに居る。 どうしてだ。


「だから待ってって巫女少女ちゃん。 ってありゃ……こりゃ面白い」


 矢斬戌亥……やはり、お前は放って置いて良い奴だとは思えん。


「貴様が人体発火事件の犯人だな」


「私はそれを肯定しよう。 否定したいけれど、事実なので。 というか、私は矢斬戌亥を探しているだけなのにどうしてこうも絡まれるのだろう?」


「矢斬? 矢斬なら、お前の後ろに居るじゃないか」


「え、マジ?」


 少女は言うと、振り返る。 そして矢斬と顔を合わせ、声を挙げた。


「なんで言わなかった!? このクソ野郎……騙しやがったなクソがッ!!」


「いやだから最初から言ってるじゃん。 信じなかったのは君のミス。 オーケー?」


「よくも……よくも私の他人を信じない癖を利用したなッ!? くそくそくそ!」


 地団駄を踏み、少女は言う。 なんとも奇妙な光景だ……。 だが、油断はできない。 魔術使いで間違いはなく、だとしたら俺たち法使いに対して敵対心を持っていても不思議ではない。 矢斬を探していたという言葉は気になるが……今はそれよりもこっちだな。


「知らないしそんなの。 あはははは」


 対する矢斬は、何がおかしいのか笑っていた。 なるほどね、こりゃ確かに凪少佐が言っていたように怪しい奴、気にかけておくべき存在だ。 普通ならば焦るところ、普通ならば多少は動揺を見せるところ、こいつにはそれが一切なかった。 俺が知っている中でも、そんなのは特異すぎる。


「貴様はエリザっちの命によって連行する! 大人しくしろボケ……っと!」


 少女が言った直後、少女の背後から鹿名が剣を振り抜いた。 相変わらず、敵と認識したら迷いがない良い動きだ。 だが、そんな一振りを少女は容易く避ける。 背後からの攻撃を見ずに避ける……戦闘慣れしているということは、最早こちらは疑う余地がない。


「危ないね、本当に。 邪魔をしないで欲しいよナイトさん。 ふ、ふ、ふ。 コルシカ、ラングドック」


 少女の言葉と共に、二人の人間が現れた。 噂に聞いたことがある。 熟練された魔術使いは、使い魔を使役できると。


「……(しらず)様、あまり目立つことは止めた方がよろしいかと」


「人が沢山ですねぇ。 ひいいいぃ」


 青年と、子供。 一人は顔立ちが整った青年で、もう一人は青い髪をした少女だ。 二人ともにかなり手強そうな雰囲気を醸し出している。 さて、参ったね。 俺と鹿名だけでは部が悪い。 かと言って、矢斬が協力してくれるか?


「なんかF地区面白いことになってきたなう……っと」


「おいコラなに携帯いじっとんじゃ! 早く捕まれボケナス!」


 怒る少女と、笑う矢斬。 異常だな、ハッキリ言って異常だ。


 あの男、矢斬戌亥の異常性はここにある。 いかなる状況でも笑い、楽しむ。 面白おかしく嬉しそうに。 それを異常だと言わず、なんというか。 矢斬は先ほど、男が殺されたその場を確実に見ていたはず。 だというのに、怯えることも驚くこともせず、笑う。 人殺しを目の前にして、平然と笑っているその姿は恐ろしくもある。 下手をしたら自分自身も殺されかねないこの状況で、あいつは笑っているのだ。


「お力添えします、機関の方。 微力ですが」


「幸ヶ谷……。 分かった、協力を要請する」


「お、小牧さんも参加するの? んじゃあ三対三だ! 良いねぇ、バランスが良いよ、最高だ。 というわけで俺は一足先に帰るとするよ。 小牧さーん、明日どうなったか教えてくださいねー!」


 なんてことを言いながら、矢斬は手を振り笑顔で走り出した。 当然ながら協力はしない……ね。 俺としても少し興味が湧いたよ、矢斬戌亥。 じっくりと話を聞きたいものだ。


「……まったく、矢斬くんは何を考えているんだか」


 幸ヶ谷が漏らした呆れたような声を聞く限り、普段からあんな感じなのだろう。 だとしたら尚更放っておいて良い気はしないのだが。


「ラングドック、私が言われたのは矢斬戌亥の誘拐なり。 それを邪魔してくる奴らなら殺しても構わなくないないない?」


「……ええ、邪魔をされるなら、致し方ないかと」


 まずいね、向こうはどうやらやる気だ。 しかし矢斬をここで見失いたくはない。 かと言って、俺たちの誰かがあの中の内二人を相手にするのは部が悪い。 三対三で丁度良いくらいのものだ、これは。


「困っているようだな、幸ヶ谷さん。 それに、数多支部長に鹿名さん」


「凪さん? どうしてここに……」


 頭上からの声に鹿名が反応する。 ついで、俺も視線を上へと向けた。


 凪、正楠(せいな)だ。 第一学園最強にして、執行機関の将来を担うとも噂されている天才。 俺は支部の仕事で協力をしてもらっていることもあり面識はある。 鹿名に関しては、その内容をいろいろと教えていたこともあり、関係は良好だ。 しかしまったく、相変わらず学生だとは思えないね。 落ち着いており、かつ冷静。 状況を咄嗟に判断し、手を貸すことを迷わない。 来るべきときに現れるその姿は、頼らざるを得ない。


「数多支部長、悔しいですが私では力不足です。 戦力的に、私が矢斬を追います」


 俺に言ったのは、鹿名だ。 俺と鹿名、そして幸ヶ谷と凪正楠。 幸ヶ谷の実力というのは詳しく知らないが、法武器を扱うという情報は持っている。 ならば現状、ここでもっとも戦力が低いのは鹿名だ。 それは俺も分かっていたし、かと言って言いづらいことをハッキリと言ってくる子だな。 鹿名にも機関としてのプライドは存在するはずなのに、状況に置いて最善の選択を迷わずに取れる。 それがこの子の強さでもある。


「うん、そうだね。 俺もたった今言おうとしていたことだ。 では、俺と幸ヶ谷、凪は目の前の敵を殲滅。 鹿名は矢斬の追跡、身柄の確保を頼む」


「はっ! 数多支部長、ご武運を」


 言い、鹿名は後方へと走り去る。 その姿を見ていた凪は呟いた。


「手荒い真似はよして欲しい。 私の友人だ、彼は」


「ああ、分かっている。 だが重要参考人なのは間違いない。 さて……」


 前へと向き直る。 ご丁寧にも待っていてくれたのか、巫女装束に身を包んだ少女は顔に笑みを浮かべており、左右に立つ二人も俺たちのことを見据えていた。 青年の方は鋭い目付きで、青い髪をした少女は眠そうな目つきで。


「不。 私の名前は不だ。 君は? まだ名前を聞いていなかったなり」


「俺は数多だ。 数多友鳴(ともなり)。 不、貴様を人体発火事件の容疑者として拘束する」


 魔術使いとやりあうのは久し振りだ。 どんな手を使うか分からない手品師、魔術使い。 異法使いのようなマイナスの力でもなく、法使いのようなプラスでもない力。 起こり得ない現象を引き起こす、それが魔術。 相手にとって不足なし。


「行くぞ……!」


 法使い、異法使い、魔術使い。 それらが交じり合い、想いが交差していく。 世界の変革、とでも言える長い長い戦いの始まりは、あの事件……第一学園襲撃事件だ。


 それを操っていた人間は一体何を想うのか、そしてあの矢斬という男の目的はなんなのか。


 俺は、その事実、真実を追い求めたい。 だから、こんなところで死ぬわけにはいかないな。

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