表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
22/126

第二十二話

数多(あまた)支部長、本日の報告書です」


「おうご苦労。 変わらず、進展はなしのようだね」


 鹿名(しかな)から報告書を受け取ると、俺はそこに目を通しながら言う。 第一学園襲撃事件に関する経過報告書は、今日も殆ど変わらない内容だ。 以前として犯人グループの詳細は不明。 異法使いの集まりということなら、X地区を根城としている可能性が高いが……如何せん、そこを拠点としているという証拠がなければ本部からの人員が割かれない。 たったひとつの支部で調査を行うにも、もしも本当にX地区が拠点だとするならば、危険すぎるな。 あそこには法使いを良く思っていない異法使いが多くいる。 異端者の者からでなくとも攻撃を受ける可能性が高い。


「参ったね。 やはり凪少佐の方に期待するしかないか」


 (なぎ)第一部隊少佐がこのD地区支部へやって来てから、早くも一週間が経過した。 しかし大きな動きはなく、主犯の『ポチ』はあれ以降姿を見せず、他のメンバーに関してもすっかり鳴りを潜めている。 不気味なくらいの静けさ、嵐の前のような静けさが、この支部内に緊張をもたらしている。


「……全員があれで満足したということは、ないですよね」


 鹿名は言うと、支部長室のソファーへと腰を掛け、手の甲に顎を置く。 そこは普通、俺の言葉を待って起立しているのが正しい対応なのだが、鹿名ならば仕方ないと半ば諦めもあるな。 まぁ俺も変に固くなられるよりは、よっぽどそっちの方が楽なのは事実だ。


「ないだろう、さすがに。 凪少佐はどうやら矢斬(やぎり)戌亥(いぬい)という生徒に目を付けているようだが……」


 矢斬戌亥。 性別男。 二月二十九日生まれ、十五歳、AB型、両親は共に他界しており、一人暮らし。 現在の家族構成は妹のみ。 妹は五年前に行方不明となっており、生きているならば十一歳。 一見すれば、悲惨な人生を歩んでいるとも言える学生だ。 本人の能力開花は公式な情報でももっとも遅い十三歳。 十四歳を迎える一ヶ月前に、ようやく開花した。 中学二年の終わりで能力を開花させるというのは、前例がない遅さだな。 そんな学生が異端者と繋がりを持つものだろうか?


 だが、凪少佐によればもっとも怪しい位置に居る、とのこと。 俺は話したことすらないが、凪少佐がそう感じるならば怪しいと言える。 あの人の勘は恐ろしいほどに当たるという話は、機関の中でも有名な話だ。


 だからこそ捨て置けない。 矢斬戌亥という男……仮にまったくの無関係者だったとしても、だ。 凪少佐にそう思わせるほどの何かを持った学生ということだ。


「最近発生した人体発火事件……以前から起きている法使い殺人事件、そして……第一学園襲撃事件」


「そう言えば、矢斬戌亥で思い出しました。 独自に調べていたことなので、捜査には無関係だと思っていたのですが……数多支部長、一連の法使い殺人事件、その被害者全て第四中学の出身のようです」


「なんだと?」


 法執行、第四中学。 第一学園と同様にD地区にある中学だ。 学力としては中の中、至って普通の中学校と言える。 第一学園と同じ地区にあるものの、第四中学から優秀な第一学園にそのまま入学できる者は少ない。 その多くは他地区へ移動し、そこの学園へと入っている。 その所為で被害者たちの共通性を見逃していたか……。 過去の履歴は法を行っての捜査が可能な今、そこまで重視されていない。 完全なる見落としだ。


「マイナーな趣味が役に立ったな、鹿名一等。 矢斬戌亥、さすがに怪しいな」


「ですね。 矢斬も第四中学出身ですから」




 俺と鹿名はそのままの足で外へと繰り出す。 確かに、確かにだ。 あの男……ポチと呼ばれていた異端者のリーダーが言っていた言葉は的を射ている。 異法使いに対する差別、それらは根強く存在している。 だが、だからと言って法使いに対する殺戮行為を肯定してはならない。 それはただの人殺し、誰しもが同じ罰を受けなければならない。


 現在ある共通点は二つ。 一連の法使い殺人事件、そして第一学園襲撃事件だ。 前者は被害者の共通点が第四中学出身者、後者は第一学園に通う者たち。 二つ共に当てはまる人物、それが矢斬戌亥となる。


 直接の事情聴取は現在、凪少佐の担当だ。 ならばと俺たちが任された仕事がその裏付け。 凪少佐としては与える仕事がないから無理矢理にといった感じなのだろうが……それでも、こうして糸口が掴めたのは収穫かもしれない。


「なるほど、そこで最近起こった事件の内、残ったひとつ……人体発火事件の捜査ですね」


「そういうことだ。 くれぐれも用心しろよ、鹿名」


「承知しております」


 綺麗な黒色の髪を手でとくと、鹿名は前を見据える。 人体発火事件の舞台となったF地区、捜査を開始するならばここからだ。 事前にF地区の支部には許可を取っている。 どうやらF地区ではこの案件についてお手上げらしく、好きに捜査してくれとの有り難いお言葉を頂いているしな。


「鹿名、F地区に住居を持っていて、第一学園に通っている生徒は?」


「三名ですね。 多村(たむら)秀太(しゅうた)三谷(みや)友樹(ともき)幸ケ谷(こうがや)小牧(こまき)です。 しかし数多支部長、矢斬はどうやらD地区に住居を持っているようですが」


「関係ないさ。 先ずはその三名を調べるところからだ。 場所の案内を頼む」


「……ええ、分かりました」


 少しの間があり、鹿名は言う。 それが気になり俺が問うと、鹿名から返ってきた言葉は充分に納得できるものだった。


 幸ヶ谷小牧以外の二名、多村秀太と三谷友樹、その二人は第一学園襲撃事件によって、既に亡くなっている。


「鹿名、そう思い詰めるな」


「しかし……私たちにもっと力があれば、防げた事件です。 死者が出ることも、なかったかもしれない」


 唇を噛み、鹿名は言う。 真面目な奴だ、あの事件では無力さを痛感し、ただでさえ厳しい鍛錬をより行っていると聞いている。 もちろん、それは俺も一緒だが……鹿名の真面目さ、真っ直ぐさ、懸命さ。 それらは危ういようにも感じている。 昔、若い頃の俺を思い出すんだ、鹿名を見ていると。


「そう思うのなら、目の前の捜査に集中しろ。 地道なことかもしれないが、それが実を結ぶことだって大いにある。 先ずは幸ヶ谷小牧に当っていくぞ」


「はっ!」


 それに、幸ケ谷小牧の情報はある程度ある。 第一学園襲撃事件では異端者のメンバーの一人、刀手と戦闘をしている。 異法使いランク四位、強力な相手だが善戦はしていたようだ。 その実力を持ってしても、敗れた。 彼女にとって思い出すのもつらい話になってしまうが、こちとら仕事で今後の情勢も関わってくる案件である。 なんと言っても、幸ケ谷小牧は矢斬戌亥と交友関係があるからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ