第十六話
「それでですね、結構面白いことになってきてるんですよね。 法使いに異法使い、更には魔術使いも絡んできて。 ああいうことが起きるなら、俺としては事情聴取も悪いものじゃないなぁとか思ってましてね」
「相変わらず楽しそうですね。 矢斬くん」
「そりゃもう! こんな出来事、生きてる内に一回体験できるかできないかですよ? 俺としては、小牧さんにも是非、体験してもらいたいですね。 ほんとに」
「あはは。 私は……遠慮しておきます。 そういうのに巻き込まれてしまったら、私ではとても対処できませんよ」
昼休み、最近では凪がどうにも怖く、俺は癒しを求めてまたしても小牧さんの下へとやって来ていた。 今日も今日とて校庭脇にあるベンチ。 ここは日光が気持ち良く、束の間の休憩には最高だ。 ああ、横に居るのは物腰穏やかで心優しい小牧さん、そして体は暖かい日の光が包んでいる。 なんて幸福にまみれた時間なのだろうか。
「って言いたいところなんだけどさーあ、どうして凪くんが居るの? ねぇどうして?」
「居て悪かったな矢斬くん。 別にお前に会いに来ているわけじゃない。 実はどうにも最近、幸ヶ谷さんからストーカー相談を受けていてな」
「え? マジ?」
それさ、事実だったら俺は不登校になるよ。 まぁどうせ凪の作り話で捏造も良いところの与太話だろうけど。 それでもちょっと驚いたじゃんか。 まったくさーあ、勘弁してよね。 怒っちゃうぞ。 と言いそうになってやめた。 ただでさえ頭がおかしいと思われているのにそんな女子口調で言ってしまえば、蔑んだ眼で見られることは間違いない。
「ええ、実はそうなんです」
と、言いながら困ったような笑みを浮かべる小牧さん。 なんですかぁ、その反応。 さぞ目の前に居る人にストーカー被害を受けているようなその目。 困った困った、俺はそんなつもりなかったんだけどなぁ。
「もしもだよ、もしもそのストーカーってのが小牧さんの目の前に居る人で、その相手を小牧さんがストーカーだと思い込んでいるなら、それは大きな勘違いですね。 その相手にはそんな考えなんてなく、ただただ癒しを求めていただけなんだから。 そんな相手に言えます? お前はストーカーだって」
「……いきなりどうした、矢斬。 私が相談を受けているのは、学校外でのストーカーの方だぞ。 学校内でのストーカーの話ではない」
「あれ、そうだったの。 あはは、早とちり。 ん、てか待って。 学校内でのストーカーって誰のこと? ねぇ、それ俺のこと言ってない? 言ってるよね? 凪さん?」
「さぁ。 さておき矢斬、先ほどのお前の発言だが……統計学的に見て、自覚のないストーカーはそのような発言をするらしい。 私調べだ」
ああそう。 まぁ、俺はそんな当てにならなそうなソース気にしないけどね。これでもかってくらい個人の感情が入ってそうだし。 俺が信じるのは確定で信じられることだけだよ。 ほんと、全く気にしてない。
……気を付けよう。
小牧さんが言うには、学校から帰る途中にそのストーカーは現れるらしい。 最初は背後から視線を感じるだけで特に気にはしてなかったようだ。 しかし、それは日に日にエスカレート。 昨日はついに、声をかけられたとのこと。 今思えば、この前小牧さんの態度がおかしかったのもその所為だろう。 んー、気付けなかった俺自身に失望しちゃう。
「姿は?」
その話を聞き、俺は真っ先に問う。 これで俺と瓜二つの特徴でも述べられたら困るからね。 無意識にストーカーをしていた可能性が捨てきれない悲しい事実。
「お前ではないよ。 最近ではいろいろあって殆ど私と一緒だったろ」
そんな俺の考えを読んだのか、凪は横で言う。 嫌だねぇ、鋭い人は。 凪のこういう部分はちょっと苦手だ。 だから俺も掴み所がないようにしてるんだけど、それでも鋭いことこの上ない。
「特徴、ですか。 背は低くて、百四十くらいでした。 多分、私たちよりも年下です。 それと、巫女装束を着ていて……眠そうな目をしていました」
「年下の巫女服ストーカー? それって、もう完全に頭おかしいじゃないですか、あっはっは!」
「笑うな。 お前には理解できないかもしれんが、得体の知れない奴に追われるほど怖いことはないんだぞ」
おや、凪もどうやら経験があるのかな、これは。 とりあえず今のはちょっと失礼だったか。 殴られるのは嫌だし気を付けよう。
「ごめんなさい。 それで、その相手はなんて?」
俺の言葉に小牧さんは苦笑い。 文句ひとつ言わない辺り、本当に素養が高い。 俺にも凪にもないものだね、これは。
「矢斬戌亥と仲が良いのか、と。 だから、矢斬くんの知り合いかなって思ったんですけど、聞いたらそれも違うようで」
「……それ、小牧さんのストーカーってより俺のストーカーじゃないですか? なに、俺なんかしたかな」
あの魔術使いといい、今度は謎のストーカーね。 俺のことを探っているのだとしたら……考えられるのは機関の人間だろうか。 いや、けど機関の人間がそんなことを聞くか? 手の出し方がまるで素人、なんも考えずの行動のように感じる。
「お前、私の知らないところでやたらと色んな人間に喧嘩を売ってるんじゃあるまいな? 私のときのこともあるし、出過ぎた真似は控えろよ」
「凪さんのとき?」
凪の言葉に、小牧さんは首を傾げて尋ねてくる。 凪が今言ったのは、あのときのことだ。 俺と凪が知り合った切っ掛けのこと。
「俺と凪のハートフルな出会いの話です。 今度、時間があるときにでもゆっくりと。 それより今はそっちのストーカーですねぇ……あ!」
「どうかしたのか?」
「いや、ひとつあったんだよ心当たり。 俺が中学生のときにさ、異法使いの子供がいじめられてて、そのいじめていた奴らをみんな池に突き落としたんだ」
「……またお前らしい話だな。 それで、その助けた子がそうなのか?」
「いいや、その子も女の子だったけど、物凄く普通の子だよ。 大人しくて、結構可愛い子。 将来は美人さんだねありゃ。 だから突き落とした奴の中の一人じゃないかな? 兄に付いてきた妹っぽいの居たしね、頭おかしそうなの」
「その子も一緒に突き落としたんですか……? それに、どうして名前を?」
「名乗ったからですよ。 ほら、その助けた子がいつか恩返しに来てくれるんじゃないかなって期待して。 どうやら来たのは仕返しの方だったみたいですけど。 あはは」
さて、話はまとまった。 俺の問題は俺が片を付けるべきで、二人に関与して欲しくはない。 第一、既に小牧さんが被害を受けていることだし。
俺は二人に話をし、そいつと話を付けるとのことを伝えた。 凪は渋ったが、今の俺の問題はの件を言ったら、嫌々納得はしてくれたようだ。
誰かの所為でというのは構わない。 俺の所為でというのが嫌だ。 俺はただの傍観者だからね。 人の周りをうろちょろするのは大好きだけど、自分の周りをうろちょろされるのは大っ嫌いだ。 飛び回る蝿は一体何者か、ちょっと調べてみる価値はあるだろう。
俺はまだ、動く気はない。 そのストーカーに関しては仕方ないけど、この世界のことに関してはまだ動かない。 早いし、時期じゃないんだ。 だから俺を盤面に駒として置こうとしている何者か、法使いか異法使いか魔術使いかは知らないけどさ、邪魔をするなと言いたいね。 俺は俺のタイミングで動く。 他の誰にも邪魔はさせない。 そういう流れになったとき、俺はそれに乗るだけのことなんだから。 それに、近頃よくない噂がある。 丁度、小牧さんが暮らす地区で起きているひとつの事件だ。
人体発火事件。 こっちもどうやら、繋がってきそうだね。 というわけで。
「あはははは」
久し振りに俺は動こう。 いやいや、やっぱり動くこと自体は悪い気はしない。 でもさ、でもさ動きすぎるといけないんだ。 バランスがね、悪くなってしまうから。 何をするにしても、気をつけないと。 細心の注意を払っていかないと、崩れてしまう。 さてさてさて!
こそこそと、嗅ぎ回ってる蝿を捕まえに行こう。
「あは、あはは……あはははははは!」
楽しい楽しい。 面倒だけどやっぱり最高だ! これだからやめられない、世界を眺めるのがやめられない。 面白いくらいに動き、目まぐるしく変わっていく世界こそが……俺は大好きだよ。




