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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第十五話

「本当にすまなかった、矢斬。 痛くはないか?」


「痛い痛い、超痛いって。 だからさぁ、明日の昼飯奢ってよ。 良いでしょ?」


「……だからお前はそういう下賎な者がするような言いがかりを付けるな。 それだけ言えればもう大丈夫だな」


 それから、俺と凪は心加さんと別れ、それぞれ帰路へ就いていた。 俺の家はD地区にあるちょっとボロいアパートだけど、凪の家は結構な大きさの一軒家。 そこに一人暮らしをしているというのだから、否応なしに身分の差を感じるってもんだ。


「ま別に良いんだけどね。 凪も謝ることじゃないし、なるようにしてなった感じじゃん。 俺があの場で屋上に居て、あれだけの事件だったのに俺は無傷で。 状況と偶然が重なった時点で今日のこれは決まってた。 決してレールを外れたわけじゃないから、大丈夫だよ」


「大丈夫って……あのな、矢斬。 お前のそういうところは少々危険だぞ。 下手をしたら死んでいた、そういう可能性もあるだろうが。 お前はそれでも「死んでいい」など言うかもしれないが、お前が死んだら私は悲しいよ」


 そんなことを真顔で凪は言ってくる。 俺が死んだら悲しい、か。 言われたことは……ないかもしれない。 面と向かって、そんな風に誰かに言われたことなんて。 死ねとか、二度と顔を見たくないとか、顔を見るだけでイライラするとか、生きてる価値がお前にあるかとか、そんなことは沢山言われた気がするけど。 言葉と共に、殴られたり蹴られたり、そういうのは沢山あったけど。 俺が消えて悲しくなるって人がここに居るなんて、ちょっと意外だ。 俺は知り合いや友達が死ぬのは当然悲しいし、怖い。 そういう想いと同じことを凪は俺に向けてくれたのか。


 ……いやぁ、今日は本当に意外なことが沢山あった。 いろいろ、沢山と。 あの心加さんの強さだってそうだし、その心加さんが俺のことを疑っていたってのもそうだし、突然現れた魔術使い二人もそう。 あの二人は今でも俺のことを狙っているかもしれなくて、その所為もあって凪にこうして家まで送って行ってもらってるんだけど。 まぁ一番の意外は今のこれかな。 凪が俺に対して持っている感情ってのは聞いたことがなかったけど、悲しんでくれるのか。


「あはは、俺もそうかな。 凪が死んだら少し悲しいかもしれない」


「ふふ……「少し」に「かも」か。 どうやら私とお前では結構な差があるようだな。 まぁ良い、それよりも矢斬。 あの魔術使い二人……どう思う? 何やら、エリザという奴の命だと言っていたが」


 どうしてか少し嬉しそうに凪は言うと、話を変えた。 益体のない会話から益体のある会話への変更。 時間は有意義にと凪は結構な頻度で俺に言ってくるが、なるほどこれがその有意義ってことだろう。 帰り道ですら有意義な時間へとしてしまう凪には、少々畏怖すら覚えてしまうね。


「言っとくけど俺にはなんのことやらって感じ。 そりゃまぁ俺を連れて行くって言うからには何かしら理由があるんだろうけど、魔術使いねぇ……あはは」


「なんだ、何か心当たりがあるのか?」


 乾いた笑いをした俺に気付き、凪は言う。 心当たりというか、心外れ。 大ハズレだよ、こんなの。


「いいや、なんでもない。 どうせなら俺が連れて行かれて、そこで何かを知って、それを凪に話した方がスッキリするかな?」


「馬鹿を言うな。 ああ、それで思い出したが……お前、あのときどうして連れて行けだなんて言った? というか、今もそう思っているなら私はお前の家に泊まり込まなければならなくなるぞ」


「なんだよそのイベントは。 あのときはあれ、俺が言わないと凪が手出してたでしょ? そうしたら、あの二人は殺られてたかもしれないし。 結果で言えば心加さんが殺っちゃったけど、まー魔術が使われてたみたいで良かったよ」


「……あの二人の身を案じて、言ったのか?」


「うん、そうだよ」


 俺の言葉に、凪は大きなため息を吐く。 いやいや、そんなあからさまに呆れられてもね。 理由はあるんだ、理由は。 それを言っても凪は恐らく「馬鹿め」としか言わないだろうけど。


「この世界に、不必要な人間は居ない。 法使いも、異法使いも、魔術使いもね。 たとえば一人が交通事故に遭い、死んだとしよう。 その人の人生はそこで終わりだけど、その人は世界をしっかり回していく一人なんだ」


「その宗教じみた思想さえなければ、お前は意外と良い男なんだがな」


「あはは、まぁまぁそう言わないで。 それでさ、その事故の加害者……要するに轢いちゃった人。 その人の人生に多大な影響を被害者は与えたってことになる。 一人が一人の人生を動かし、そして動かされた人がまた一人の人生を動かすんだ。 それの積み重ね、連鎖、繋がりで世界は回ってる。 誰かが誰かに何かを言う、伝えるたったそれだけで、世界は面白いくらいに動くんだよ。 故にこの世界には不必要な人間なんて存在しない」


「ならば、今お前がこうして演説しているそれも、世界を動かしているということだな」


「そういうこと。 もしかしたら、凪はどこかで俺の言葉を思い返して泣くかもしれないしね」


「……ふふ、ならばもっとまともなことを言え、まともなことを」


 まともなこと……。 俺としては今も絶賛まともなことを言っている最中なんだけど、凪からしたら違うらしい。 うーん、悩むけど、ここはひとつ、世界を動かすひと言を言っておいた方が良いのかな? けど、そんな言葉ってなんだろう。


 ……ああ、そういえば前に友達が言っていたっけ。 世界を動かす、人の心を動かす言葉。


「俺、凪のことが好きだ」


「……は、はぁ!? き、貴様いきなり何を言うかッ!! 上と下で体を分けるぞッ!?」


 いやその発想怖いから。 照れるにしても恥ずかしがるにしても、怒るにしても。 そういう物騒なことをすぐに言う女の子のことは好きになれないかな。


「冗談だよ冗談。 でも、今の言葉ならどこかで思い出すかもしれないでしょ? ってわけで、矢斬戌亥(いぬい)くんの世界を動かす言葉講座でしたぁ……ぐぇ!」


「……」


 無言で鳩尾を殴るのはやめて欲しいね。 一応さ、これでも病み上がりというか怪我上がりなんだけど。 相変わらずの容赦なさ。 そういう直線的な部分はわりと好きだけどさ。


「お前はきっと、私に本当のことを言ってくれたことはないんだろうな」


 そこで、空気が変わった。 凪は腹を抑える俺のことを見て、悲しそうに言う。


「なに? いきなり」


「冗談だよ、冗談。 凪正楠ちゃんの世界を動かす言葉講座だ。 ふふ」


「仕返しってわけか。 まったく、それならそうと殴るのやめておいてくれると嬉しいんだけど」


「何故だ? 悪いか?」


 いやいやいや、そんな本当に不思議そうな顔をして恐ろしいことを言わないで欲しい。 凪が俺のことを殴るっていう一連の行動、そこまで常識になってないから。 むしろ俺の中じゃイレギュラーだから。


「ため息出ちゃうよ。 あ、てかさ」


「ん?」


 再度、横を歩く俺の方へ顔を向けてきた凪に向け、俺は言う。 たっぷりと間を作って、さぞ神妙な雰囲気を出し、そして。


「凪、ちゃん付けめっちゃ似合ってないからやめた方が良いよ。 すっげえ違和感あるから」


「……そうか」


 その後、無言でまたしても俺が殴られたのは言う必要ないよね。

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