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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
一章 終世
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第十四話

 無数に放たれた矢は凪と心加さんが居た場所にも降り注ぐ。 二人は咄嗟の反応でそれを避け、俺はその場から動かない。 矢は数百本……いや、それ以上かな? こりゃすごい、これだけの魔術、扱える者はそうそういないよ。 魔術使いの中でも上位の者か。


「けど……殺す気はないのかな」


 矢は当たることなく降り注いだ。 俺の体から数センチのところに落ちた矢もあったし、てんで離れた場所に落ちた矢もあった。 だが、掠りすらしなかった。 最初から当てる気が感じられない。 眼で見ても、俺に当たる軌道を取っている矢は一本も存在しなかった。


「矢斬! 無事かっ!?」


「うん、たまたま当たらなかったよ。 運が良いよね、俺」


「……お前の場合は当たっても良いと考えているからだ。 それより」


 凪はすぐさま俺の元へ駆け寄り、そして空を見上げる。 俺の視線に合わせたということだろう。


 そこに居るのは、二人の人間。 共にローブを身に纏い、一人は俺や凪と同い年くらいの女の子。 そしてもう一人は、ある程度歳を取った男だ。 心加さんと同じくらいかな。


 その二人はそのまま地面へ降り立つ。 そして俺と凪のことを見て、言った。


「矢斬戌亥だな。 エリザ様の命によってお前を連れて行く」


 魔術使いの二人組、しかし妙だ。 そう思い、俺は二人のことも視た。 この二人……ああ、へぇ。 なるほど、そういうこともできるんだ、魔術使いは。


「エリザ様? 誰それ。 というか、なんで俺の名前を知ってるの?」


 目の前に降り立った二人を見て、俺は言う。 一人は成人した男、一人は少女だ。 男の方の目つきは鋭く、対して少女の方はまだ幼さが十二分に残る目をしている。 そして、魔術使いであることを隠していないのか、向こうでは正装と呼ばれるローブを身につけ、その顔には魔術刻印がある。 二人はそんな様子で俺たちのことを見ていた。


「わたしたちはメッセンジャーですぅ。 矢斬戌亥には使命がありますのでぇ。 だから連れに来ましたぁ」


 俺の言葉に答えたのは、少女の方。 青い髪がフードから少し出ていて、それが異質な空気を放っていた。 見た感じ、両方ともに実力は同じくらいかな。 呼吸がとても静かで、人と戦うことに慣れているって感じ。 厄介そうだ。


「メッセンジャーね。 要するにパシリってわけか。 んで、そう言うからには俺に拒否権なさそうなんだけど。 ああ、ていうかさ、今めっちゃ楽しいところだったのに理由話さないとかさ、ほら、あれ。 あはは、どうかと思うよ?」


「……ッ!」


 おお、すごい反応だ。 俺の言葉に二人とも、咄嗟に距離を取った。 十五メートルほどの距離を足先の力だけで動いたって本当に人間なのかなぁ、怪しいね。 ああ、もしかして魔術かな、これも。


「……矢斬(やぎり)、あいつらは知り合いなのか?」


「まさか。 知らない知らない」


 後ろから尋ねてきた(なぎ)に、俺は首を動かして答える。 凪はそれで俺に対する不信感は消し去り、距離を取った二人を見た。


「俺たちが受けた命は二つ。 一つは矢斬戌亥(いぬい)を連れて来いとの命。 そして、もう一つは可能ならば危害を加えるなという命だ。 こちらとしても、素直に付いて来てくれると助かるのだが、無理だと言うならば仕方あるまい」


 男は言い、俺と凪へ手をかざす。 実力行使というわけか、それならば。


「ああ、ストップストップ。 なら付いてくよ。 俺だって喧嘩は好きじゃないし、もしかしたら俺にとって良いことかもしれないし。 でしょ?」


「おい矢斬!?」


 両手を上へやり、そう言った俺に向かって文句を言いたげそうな顔をして言ったのは凪だった。 それが良いと踏んで言ったんだけど、どうやら凪としては却下の方向ってことか。 ちょっとそれはなんというか、意外かもしれない。 うまく収まる方法があって、それなのにそれを選ばないなんてね。


「ん? 待て、女。 今……なんと言った?」


「法執行」


 さてどうしたものかと思っていたところ、静かな声が響く。 男にしては聞こえが良い、静かな声色。 男相手にこう表現するのも嫌だけど、透き通るような声色だ。 そして同時、二人の魔術使いの内、片方の体が半分に割れた。 男の方は何やら凪の言葉に対して言いかけていたが、それを聞く前に状況が大きく動いてしまった。


「む」


 ()()()()のは、少女の方か。 残された男は、半分になった少女の体を見て、唸り声のようなものを漏らす。 焦りとも恐怖とも感じられない、落ち着いた声で。


「あはは、おっかないおっかない」


「……兄上」


 斬ったのは、心加(しんか)さんだ。 何が起こったのかは正直分からない。 俺の眼で見たとしても、こりゃ一発で理解するのは不可能だ。 あと何回か、視る必要はあるかもね。 今ある事実は心加さんの位置から考えて数十メートル先に居る相手をコンマ数秒でその場から動かずに斬ったということ。 本部の少佐ともなると、さすがと言わざるを得ない。 あれだけ強ければ、世界はどんな色で見えるんだろう? ちょっと気になるけど、最弱の法使いである俺が世界をそういう風に見れる日はきっと来ないんだろうなぁ。


「私を忘れてしまっては困るね。 取り込み中に横槍なんて、やはり卑怯な人たちだ。 魔術使い」


「卑怯? 笑わせるな、法使い。 貴様らがしてきたことを省みての発言なら、よっぽどの記憶障害と思わざるを得ないな」


 やはり、あの魔術使いも法使いを恨んでいると見える。 まぁ当然と言えば当然だけど、中には変わり者も居るし一概に全員がってわけじゃないんだよね。 それがまた、ややこしい事態を招いているんだ。 俺としては皆仲良くできないもんかねって思うんだけど。 難しいよね、やっぱり。


「ははは、面白いことを言うね君は。 良いかい? これは私たち法使いがその力を身に付けたとき、一番最初に習うことだ」


 いつの間に手に取ったのか、心加さんは小さな剣を持っていた。 俗に言う短剣と呼べるもの。 あれでさっきの技を使ったのかな? ああ、気になる。


「法使いのすることは必ず正しく、異法使いのすることは必ず間違っている。 そして魔術使いのすることは、狂ったものだ。 ってね」


 瞬間、何かが切れる音が聞こえた。 風、空気……違うな、もっと違う何かが切れた。 心加さんがした動作と言えば物凄く単純なもので、右手に持った短剣を軽く振るっただけ。 剣に付いた何かを取り払う仕草のようなそれで、何かを斬った。


「……うっ」


 声のもとへ顔を向ける。 すると、そこには先ほどの少女と同じように体が半分に裂かれた男が居た。 苦しそうな声を漏らし、そして……体が消滅した。


「おやおや」


 俺は思わず感嘆の声を漏らす。 あの二人は相手の実力を見極められていなかったわけではない、最初から完全に見極めて襲ってきたんだ。 勝てないことも分かっていたし、殺されることも分かっていた。 それを理解した上で、襲ってきた。 その行動の結果が何を意味するのかは少し分からないが、それでも自分たちが死ぬという結末を理解していたのだとしたら。 そして、二人の正体から考えるに。


「凪、周囲に今死んだ奴らの反応とかある?」


「何を……いや、待て。 法執行」


 凪は目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませる。 いつ見ても便利そうな法で、正直言って羨ましい。 五感を強化するとは聞いたけど、一体どのくらいの強化なのか皆目見当も付かないし。 俺もそういう強い者の世界ってのを見てみたいものだよ。


「居た。 遠いな……ここから数キロは離れている。 兄上! あいつらはまだ」


「知っているよ。 まったく卑怯な奴らだね、相変わらず。 けどこれ以上手を出す気はなさそうだし、何より罠の可能性だってある。 目的がどうやら矢斬くんみたいだし、彼を置いていくのは状況が暗転するように思える。 私たちにとって、君は最重要参考人だからね」


「あはは、そりゃ助かります。 てか、最重要参考人ならもうちょっと丁寧に扱ってくださいよ、ほんと」


 本当にね。 いきなり脅していきなり指を一本ずつ折るとか、いい歳した大人がやることじゃないって。 痛いんだからさ、あれ。


「君がもう少し聞き分けが良ければ、そうはならなかった。 ということで正楠(せいな)、これで貸し借りはなし。 だからもう怒らないでくれよ」


「……私がそれで、はいそうですかと言うと思ったか、兄上。 だが、そもそも私が矢斬に真相を話していなかったのが悪かった。 次はないと思え」


「はは、怖いね。 とりあえず今日のところは終わり。 けど矢斬くん、私は君に対しての疑いをまだ持っているからね。 それにあの魔術使いたちが来たことによって、より疑わしい存在となったと言っても良い。 今日みたいな手荒な真似はどうやら意味がなさそうだからもうしないけど、事情聴取は明日もする。 時間通り、よろしく」


「……逃げて良いですかねぇ。 マジで」


 わりと本気で、この人は苦手かもしれない。 俺は人を苦手になることなんてそうそうないけど、むしろ俺が苦手がられる方がよっぽど多いけど、この人はちょっと苦手だなぁ。 性格もそうだし、友達の兄という立ち位置もそうだし、執行機関本部という超重い肩書きもそうだし、何より……その強さが苦手だ。

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