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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第二十一話

 終わりはいつだってやって来る。 どんな出来事、物事だったとしても、唐突か予告されてかは分からないけれど終わりは必ずやって来るのだ。 一つの喜劇、一つの悲劇、一つの英雄譚から一つの奇譚まで世界は面白可笑しく彩られている。


 同じように、人は死ぬ。 時に容易く時にしぶとく人は死ぬのだ。 だけど、大方の人間はそんな事実を知りはしない。 見ていない。 人の死というものを身近で体験したことのない奴らは等しく弱い奴らだ。 人が死んだとニュースで聞いたとしても、大多数の人間はそれを身近に感じないことだろう。


「……馬鹿な兄を持つと本当に苦労するよ」


 私は手を合わせ、目を瞑る。 線香の匂いが鼻腔をつき、辺りには風が流れる静かな音だけが響き渡っていた。 空は薄っすらと灰色で、私の心を表しているかのような色をしている。


 兄上がこの世を去ってから一週間、葬儀はしめやかに執り行われ、その葬儀には千人以上もの参列者が並んだ。 人々の表情は皆が皆「信じられない」というもので、当の私も信じられずにいたのは言うまでもあるまい。 殺しても死なないような人物……私は嫌というほどに知っているから。


 凪家の跡取りであり、私が目指した場所に常に居た人物。 それが兄上だ。


 そんな兄上も今では何も語らない。 死して尚化けて出そうな性格の人であったが、一週間が経過した今でもそれは実現していないことから、さすがの兄上でも無理だったということだろう。


 戦力差の見誤り、それは重大な問題だ。 こと法使いに関して言えば異法使いや魔術使いを見下す傾向にあるからこそ顕著となって現れる。 今回のようなエリザの能力そのものを検討違いしていたように、異端者の奴らを見くびっているように。 最早、その両者の力は法使いと同等……いや、それ以上と考えても良いだろう。


「生きろ……か」


 兄上が最後に私に向けた言葉、それはきっと私の心の中に一生残り続けると思う。 嫌な命令をしてくれたものだと思い、私はふと笑う。 兄上はもう何も喋らない、私に苦言を呈すこともない、私をからかうこともない、私を馬鹿にすることもない、私に背中を見せることは、二度とない。


「最後まで、嫌な兄だったよ」


 空を見上げて呟く。 雨は降っていなかったのに、私の頬を雨粒が筋を描いて落ちていった。 拭うことなく零れ落ちたそれは、地面に小さな染みを作った。


 ……心底嫌いな人であったが、それでも私のただ一人の兄だった人だ。 私も一応、それなりには悲しみを覚えているというわけかな。


 そこで私は人の気配を感じ、振り返る。 そして目の前に居る人物が誰か認識し、構えを取る。


「別に殺り合おうってわけじゃないさ。 てか格好見れば分かるっしょ、それくらい。 相変わらずだね」


「……矢斬」


 周囲に人の気配は他にない。 一人でここへやって来たというわけか。 しかしそうだとすれば目的は……まさかな。


「まさかお前がって顔してるよ。 俺が墓参りってそんな変なわけ? 傷付くなぁ、俺ってメンタル弱いんだよ? 知ってた?」


「なんの真似だ、矢斬。 お前にとって兄上は」


「無視かよ。 まぁ、そうだね。 嫌いな人間だったってところかな。 タイミングがあれば殺すべき法使いだとも思っていたよ。 けどさ、凪。 今回殺したのは俺じゃねえし、多少は関わり合った人間だ。 それに友達の兄の墓参りってそんなにおかしなことか?」


 ……今目の前に居るのは、矢斬だ。 かつて私が関わりあっていた、矢斬戌亥に他ならない。 今思えば、こいつの気配を感じたときに恐怖を覚えなかったということは、そういうことなのだ。


「それに俺は恩を売ってあるかちゃんと確認するタイプだからね」


 矢斬は笑うと、兄上の墓に花を添え、その前にしゃがみ込んだ。 こいつの言っている言葉の意味が分からないわけではない、だが……それはあくまでも建前のように聞こえた。


「どんなタイプだ、それは」


「さぁ? 俺みたいなタイプじゃないかな」


「……本来、お前と私は敵同士だ。 しかし、助けてくれたことには礼を言わなければならない。 きっと、私以外は言わないだろうからな」


 あの日、兄上がエリザに殺された日、その場に現れたのは矢斬だったというのは猩々大佐から聞いた話だ。 どうやって嗅ぎつけたかは定かではないが、こいつはその場をうまいこと言い包め、追ってくるエリザに殺されかけた私たちを救ったのだ。


「助けた? あは、面白い解釈をするんだね、凪は。 俺はただ必要な駒を落ちないようにしただけだよ。 助けようと思えば心加さんのことだって助けられた。 けれど助けなかった。 理由は何か? 心加さんが必要な駒ではなかったから。 俺はそういう奴だよ、凪。 分かったら俺に馴れ馴れしく接するのはやめてくれ」


「……そうか。 では、私はお前にどういう感情を向ければ良い?」


「それを俺に聞くの? 自分で考えなよ、それくらい」


 言いながら、矢斬は私に背を向けて歩き出す。 背中越しに私に手を挙げ、最早言い残すことはないとでも言いたげに。 昔から本当に変わっていない、やはりこいつは私の知る矢斬戌亥だ。 わざと嫌われるような態度を取っている辺りなんかは特にな。


 こいつは恨まれることを望んでいる。 人に恨まれ、憎まれ、そして殺意を持たれることを望んでいるのだ。 理由は分からない、けれど推察することはできる。


音葉(おとは)(しずく)


 私は矢斬の背中に向け、とある人物の名前を出す。 それを聞いた矢斬はぴくりと体を反応させ、振り向いた。


「……全く嫌になるね、だから凪は嫌いなんだ」


 矢斬の声は、ほんの少しだけ震えていた。 僅かではあったものの、矢斬は動揺していた。


「俺って博愛主義者だけどさ、凪だけは嫌いになれそうだよ。 これ冗談とかじゃなくてマジな話でね」


 次に口を開いたときには既に震えはなくなっている。 たった数秒で持ち直す辺り、さすがと言うべきか。


「誤魔化すなよ、矢斬。 過去のデータを見させて貰ったよ、今更ながらな」


「もう少し他人のプライバシーを尊重して頂きたいね。 で、それがどうかしたか?」


 音葉雫、その人物が今の矢斬に深く関わっているのは言うまでもない。 だとすれば、私が立てられる予測は一つに絞られる。


「お前がポチで居る理由だ。 そしてお前が法使いを敵視する理由だ」


「あはは、悪いけど全然的外れだよ。 彼女は俺の初恋の人で、俺が今でも愛してる人ってだけだ。 そう言っておいた方が綺麗に聞こえるでしょ? だからさ、そういうことにしておこうぜ、凪」


「お前がそれで良いと言うなら構わないさ。 しかしな矢斬、人を憎んだとしてもそこに生まれるのは憎しみの連鎖、恨みの連なりでしかない。 お前は数多さんをその手で殺した、だがどうしてかな……私はお前に憎しみなんて感じていないんだよ」


「……そうかい。 もしかしたら俺たちより凪の方が余程狂っているのかもね。 少なくとも俺だったら、凪に仲間が殺されたら殺しに行ってるよ」


「そのときは受けて立つさ。 だが矢斬、これだけは覚えておいてくれ」


 空はどんよりと曇り、鼻先には今度こそ本物の雨粒が当たった。 本格的に振り出しそうであったが、傘を忘れてしまった所為で濡れるのは確定か。 ツキがないようだ。


「私はお前の味方だよ、矢斬」


「あっはは、泣けてくる言葉どーも。 懐かしいなぁ……こうやって馬鹿げた会話を繰り広げるってのも。 ならそんな凪に俺からも良いことを教えてあげる」


 矢斬は言い、空を見上げる。 眼を閉じ、降り始めた雨を浴びて気持ち良さそうにする姿はどこか矢斬らしくもあった。


「終わりは近づいている。 次にあるとすれば、それは異端者として最後の戦いになる。 だから凪、そのときにでも決着を付けようか」


「ふふ、あくまでも戦う気というわけか。 ああ、良いよ。 私はいつでも受けて立つ、ただし矢斬、わざと負けてお前の評価を上げるような真似はしないから覚悟しておけ。 お前が踏み外した道は私が正してやる」


 私がいつか言ったように言うと、矢斬は笑った。 そして肩を竦めて「怖い怖い」と言うと、喪服のポケットに両手を入れて歩き出す。


「そういう凪の容赦ないところは好きだね。 そんな凪に免じて俺たちは少し休むことにするさ。 いつかまた会おう、それで思う存分殺し合おう。 それと、もうひとつ」


 数秒の間を置いて、矢斬は言う。


「俺が道を踏み外したって言ったね、凪。 残念ながらそれは違う、俺が歩いた場所こそ道だ。 だから俺が道を踏み外すことなんて決してない」


 そう言い、矢斬は去って行った。 どこか食えない性格をしている私の友人は、数年経っても一緒だった。 しかしさ、矢斬。 お前は散々憎まれ口を叩くけど、お前が持っている優しさを私は知っているんだよ。


「馬鹿な奴め」


 私は言い、兄上の墓に手を添える。 そこには矢斬が添えていった花と線香が残っており、私はしばらくの間そこに居た。




「挨拶は済んだか」


 墓地から出ると、その出入り口で待っていたのは神田大佐だ。 この辺り一帯は間違いなく禁煙なのだが、関係なしと言わんばかりにタバコを吸っている姿は実にこの人らしい。


「はい、大丈夫です」


「別に大丈夫かどうかは聞いてねえよ。 今の質問で大丈夫って答えるってこたぁ大丈夫じゃねぇっつうことだ。 気を付けろボケ」


「はい、申し訳ありません」


 今となっては、神田大佐のキツイ物言いにも慣れてきてしまっていた。 私は特に何も思わずに返し、そんな私の顔を数秒見つめた後、口を開く。


「凪心加の自宅から遺書が見つかった。 お前を跡取りにするっつう内容だ」


「……そうですか」


 兄上が居なくなったことによっての立ち位置。 そう考えると、素直に喜べることではない。 私は結局兄上のお零れを貰い続けており、いつだって兄上の背中を見ていることしかできなかったのだ。 最後の最後まで、兄上の横に立つことはついに叶わなかった。 そして、その目標が果たされることはもう――――――――。


「おい凪正楠。 凪心加は認めてねぇ奴を死の危険がある任務に連れて行くほど無能じゃねーよ」


「声に、出ていましたか」


「雰囲気でそんくらい分かるっつうの。 で、あくまでも俺個人の意見だが、テメェはもうあの野郎とそう変わりはしねえよ。 生意気なところも真面目なところも実力もな」


「……ふふ、ありがとうございます」


「何笑ってんだぶっ殺すぞクソガキ」


 神田大佐は言うと、歩き出す。 私は黙ってその後ろに続いた。 不器用な励ましの言葉は刺々しいものであったが、今の私には逆に心地良くもあった。


「凪、俺の部隊に来い。 どうせ今まで通り一人部隊でやっても先には進めねぇ。 今のお前には新しい環境が必要になるはずだ」


「どうしてまた。 私とでは相性が最悪ではないですか」


 自分でした発言ではあったが、大分失礼なものだったと思う。 だが、私と神田大佐ではそれこそ正反対のような人格、性格としか思えない。 どちらがよいかなどは分からないが、同じ場所に行くというのは少し気が引けた。


「これでも俺は責任感じてんだよ、凪正楠。 同じ轍は踏まねぇ、次にアイツと殺り合うときのために最高の戦力を整える。 だから来い、凪正楠」


 神田大佐なりに、私に対する気遣いのように思えた。 同時に、私を認めてくれての言葉だとも思った。 それは、きっと私が何より欲しかったものだったのかもしれない。


「……分かりました、神田大佐。 あなたの部隊に加わります」


「んじゃあ決定な。 これ、今日付けでの異動の書類とこれからの所属先だ」


「……」


 手渡されたのは、既に決まった出来事。 どうやら神田大佐は予め私が来ると予測し、先に手続きは済ませていたようである。


 ……本当に、先行きが不安になってきた。

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