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異法使いのポチ  作者: 枚方赤太
四章 会遇
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第十九話

 かつて、わたしはヒトだった。 まだ本当に小さい頃、わたしが魔術使いとなる前の話。 そして、この世の全てをわたしの犬にしようとする前の話。 お母さんがいて、お父さんがいて、おにぃがいて、仲良く暮らしていたときのお話。


「おにぃ、わたしと一緒に死んで」


「……ヤだよ。 なんだよ急に」


 おにぃに言うと、おにぃは怖がっていた。 それがなんだか面白く、わたしはたまにおにぃにそんなことを言っていた。 おにぃのことが好きで、愛していて、だから一緒に死ねたらそれは幸せなんだと信じていた。 もちろん今でもそれは思っている。 わたしの犬にして、一緒に死ぬ。 それがわたしの望み。 おにぃに対するわたしの愛情。


「ねぇおにぃ、わたし」


 ある日のこと、口にしようか迷っていた。 おにぃには何も隠したくなかったから。 けど、もしもおにぃがわたしのことを嫌っていたら? いらないと思われていたら? 伝えることによって拒絶されたら? もしもそうなら、おにぃはきっとわたしのことを言ってしまうと思うと、怖かった。 一方的な愛は美しいけど、一方的な敵意はただの敵意だ。 だからこそわたしは、どんなものでもペットとして愛している。 だからこそわたしは、一方的な敵意は苦手。


「わたし、魔術使いみたい」


 でも、やっぱり言った。 しっかりと伝えた。 わたしが言うと、おにぃはわたしの頭を撫でてくれた。 そして言ってくれた。


「お前はきっと最強になれる」


 そう、優しい声で言ってくれた。 頭を撫でられるというのはあまり受け入れないわたしだったけど、おにぃのそれだけは許せた。 むしろ、嬉しかったのを覚えている。 そしておにぃはその秘密を誰にも言わず、黙っていてくれたのをわたしは知っている。


 オカシクなってしまったのは、それから数ヶ月後のことだ。 おにぃがある日、血まみれで帰ってきて言ったんだ。


「母さんと父さんを殺した」


 そのとき、わたしは初めておにぃのことが怖いと思った。 同時に、美しいと思った。 人が人を殺すということを知ると、人はこんなにも怖く美しい顔をできるのだと思い知らされた。


 しかし、人……それも両親を殺したというのにおにぃはあまり動揺していなかった。 お母さんとお父さんのことはあまり覚えていない、きっと殆ど仕事で顔を見ていないからだと思う。 だから、わたしも特別思うこともなかった。


「どうして殺したの?」


「殺さないといけなかったから」


「……おにぃ、わたしはおにぃの味方だよ」


 わたしが言うと、おにぃは優しく笑ってわたしの頭を撫でてくれた。 そしてそのままの顔で言った。


「荏菜、俺は……俺は、この世界を殺す。 お前とはきっと、一緒に暮らせなくなる。 だけどお前のことはなんとかするから安心しろ」


 おにぃはそう言った。 きっと、おにぃとの決別はそのときだったと思う。 わたしは世界を手にしたかったから、想いが違ってしまったんだ。


 それから数週間後、わたしは誘拐された。 そしてあらゆる非人道的な実験の材料にされた。 最後は身体をバラバラにされ、冷たい冷蔵室に入れられた。 自分の切断された手足を眺めるというのはなんとも不思議な気分だった。


 ……ああ、その前に確かあの子にあったんだ。 法者と名乗る女の子に。


「こんにちは。 ワタシは法者、アナタの類まれなる才能はとても希少ですね」


「……」


「ああ、口枷をされているので喋れないのですね。 それならば仕方ありませんが……アナタはきっとオモシロイ立ち回りをしてくれるでしょう。 それに期待し、ワタシは傍観者として眺めましょう」


 法者は薄気味悪く笑い、そう言った。 そしてわたしは殺された。 だけどあの子たちはナメてたのよね、わたしの魔術を。 刻印さえ魔術で入れてしまえば、わたしはその犠牲を持って何度でも生き返ることができるってね。




 それからわたしは魔術使いの地区に行き、もっとも強い魔術使いと言われていた人を殺し、頂点へと立った。 法使いの研究施設で教えてもらったからね、弱い人は躾ければ良いって。 わたしは弱くないから屈しなかったけど。 沢山ペットを得ることができたのは、その法使いの施設で見てきたことから学んだ。


 わたしを慕ってくれるヒト……ペットは、沢山居た。 沢山と言ってもわたしから見れば少数で、ジェロームの言を借りるならば「少数精鋭」というものだった。 まともに話したことがあるのはおにぃくらいだったから、仕方ないのかもしれない。 口より魔術で、人々を従える方が楽だったし。


 そんなある日、わたしは風の噂で聞いた。 わたしが住まう城から少し離れた街で流れている噂について。


「絶望の魔女?」


「はい、そのような噂を流布してる者が居るようで」


「ふうん……」


 有り体に言ってしまえば悪口というものだろう。 わたしはそれを聞き、吹雪の中に見える街を眺めた。 城の一室から見下ろす街並みは平和そのものと言える光景だ。 わたしが主に干渉していない所為か、自由と平和を満喫するのどかな街。


「処刑致しますか?」


「そうね」


 わたしはジェロームに視線を移さずに告げる。 わたしに対する冒涜なんて、即死刑で良いと思って。


 ジェロームはすぐさま行動に移すべく部屋から去ろうとする。 そんなとき、ふと視界に二人の子供と一人の男が映った。 遠くではあったけど、遊んでいるように見えた。 雪を手に取り、二人の子供は屈託なく笑い一人の男はそんな子供を見て微笑んでいる。


「ジェローム」


「はい、なんでしょうか?」


「……やっぱり良いわ。 絶望の魔女というのも、中々似合っているかもだしね。 そんなことより早く紅茶を頂戴。 今日は寒いから」


「畏まりました」


 そう言って頭を下げたジェロームの口元は僅かに緩んでいた気がした。 本来であれば不敬で殺していたところ、わたしの玩具にしていたところ。


 ……けれど、なんだか気が乗らなかった。 わたしは結局気分屋で、気分が乗らないことはしたくないだけ。


 そして数ヶ月後、その街はわたしに恨みを持っていたライムの派閥によって焼却された。 不思議とそのときは何も思わなかった。 ただ、わたしの持つわたしの国に歯向かったことが許せなかったのは覚えている。 ペット如きが主人に歯向かうということに、苛立った。 あくまでも魔術使い全体の絶対的支配者はわたしであり、他の者ではない。 それを分からせてやろうと思い、わたしは行動を起こす。


 まず、ライムに手を貸す魔術使いは全て始末した。 残されたライムと一部は魔術使いのZ地区を抜け、法使いに下ったと聞いたのは、数週間後のこと。 それならそれで良いから、放っておいている。 それからわたしに少しでも反抗の意思を見せた者は調教し、いつでもわたしのために犠牲になると誓わせ、刻印を打ち込んだ。


「エリザ様、どうやら法使いが数名、侵入を試みているようです」


「あらそう。 誰? そんな愚か者は」


「凪心加、凪正楠、神田宗、猩々彩佳、ラム・ライロット、以上五名です」


「凪正楠……ワンちゃんと仲が良かった子ね。 ギルたちと一緒に始末してきなさい」


「はっ」


 そう言い、ジェロームは姿を消した。 誰もいなくなった一室でわたしは外を眺める。 今日も今日とて、極寒地区であるここは吹雪だ。 あの日から一度も、それが止んだことはない。


 気に入らないことはまだ沢山ある。 苛立つこともある。 けど、この地区に来てからというもの楽しいことも多くあった。 逆らう者を殺すこと、気に入らない態度の者を調教すること、生意気な子を躾けること。 それと……。


「少し、わたしらしくないかも」


 ふと思ったことに対し、わたしは独り言を呟く。 長い間過ごした所為で情でも移ったか、それとも湧いたのか。 ひょっとして、わたしの死期が案外近い所為でこう思ってしまうのだろうか。


「……使えない子たち」


 数十分経った頃、三人の魔力が薄まったのを感じる。 死んではいないけど、満足に戦えはしないだろう。 まぁけど良いわ。 どの道あの子たちでは止められないだろうと思っていたし。 最近法使いは図に乗っているところもあるから一度躾けておかないとって思ってたしね。


 今回、この魔術使いの根城に侵入してきたのも、恐らく魔術使いが三つの組織の中でもっとも力を持っていないと思われたからだろう。 事実、わたし以外の魔術使いはそこまで驚異的な存在ではない。


 だから分からせよう。 魔術使いとはどういう存在なのか?


 答えは、一人の絶対的な存在から成り立つ組織。 わたしという存在が存在し続ける限り、魔術使いはいつでも対等に戦えるのよ。

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